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暗闇の怪物  作者: 朝露ココア
2章 外敵迎撃戦
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9. 混迷の奈落

 ホルストの天星刃がドヴェルグを斬り捨てる。

 数十体目の討伐だ。


「数が多いな。まだ通信の乱れは回復しないのか?」


 傍に控えていたホワイトが答える。


「まだ回復しないようです。

 ルチアノ元帥の見立てでは、地鳴りによる通信障害とのことですが」


「そうだな。しかし、例年の三倍近い外敵の数か。

 これは相当な数の新兵が死ぬだろう」


 あえてイージャの名は口にしなかった。

 彼ならば無事だとホルストは信じていたから。


「一応、狼煙で各戦場の状況は把握できています。異常事態を受けて、城の警護に回っていたロベリー元帥が出陣。陛下からの御言葉は特にないようです」


「ああ。しかし、異様だ。元帥が七名も出ていてこの壊滅状況。

 私と同じ働きをしている者が六名もいれば、すぐに外敵は殲滅できそうなものだが」


「内紛です。混乱した兵士たちが上官に攻撃を仕掛けていました」


「それは把握している。だが、その混乱をも鎮めるのが元帥の役目。

 後で調べてみる必要がありそうだな……」


 ホルストは奈落の周縁を見渡した。

 地平線の彼方まで開いた、広大な大穴。


 見渡す限り、近辺の指揮は安定している。

 いったい穴を挟んだ向こう側で何が起こっているのだろうか。


 ---


 天に蜷局を巻く蛇。

 通称『方舟』


 方舟を見上げて、ルチアノは呟いた。


「司雅には二分以内に方をつけると約束しましたから。

 正直、方舟を壊すのはあまり気が進みませんが……面倒ですし」


 彼女は嘆息しつつも、戦闘準備を整えた。

 両のまなこで敵を見据える。


 全身に魔導を纏い、彼女は天空に飛翔。


「おもしろい見世物をしてくれましたね。あなたのおかげで地上は地獄絵図です。兵士諸君が死ぬ光景は見ていて楽しいですか?」


『――!』


 方舟の正面に出たルチアノ。

 方舟は矮小な人間の接近に対し、爆音で咆哮を上げた。

 しかしルチアノは怯みすらしない。


「私としては複雑な胸中です。少なくとも愉快な光景ではありませんね。

 まあ、仕事は仕事です。あなたを速やかに排除し、タスクを処理していきましょう」


 パチンと指を鳴らす。

 瞬間、青色の輝きが方舟を覆った。


 尾、腹、頭。

 各部位に光輪のようなものが出現し、それが方舟を絞め上げていく。


『――』


 苦悶の声を上げる方舟。

 しかし拘束が緩むことはない。


「――永遠。たしかに素晴らしいものです。

 あー私も永遠に生きたい。それはそれとして、あなたには死んでいただきますよ。肉体も、魂も、根源も。すべてを焼き焦がしましょう。

 命の名を冠する者といえども、終わりは来るのです」


 ルチアノの瞳が妖しく発光。

 同時に光輪は方舟の身体に入り込み、内部から細々に破壊した。

 壊したのは肉体だけではない。


 方舟を構築するあらゆる気を、根源を破壊した。

 彼女は外敵のエキスパート。殺し方は心得ている。


「想定よりも十秒早く終わりましたね。

 あー疲れた。もう寝たいなー……」


 ---


「……なるほど」


 ゴシック調の衣服に身を包み、黒髪を長く伸ばした少女。

 彼女は戦場にいるとは思えない優雅な所作で、死体を見て確信した。


 名をミラ・ゼレ。

 元帥の一角である。


 彼女は戦場に転がる死体を丹念に調べていた。


「レヴハルト」


「ここに」


 ミラが名を呼ぶと、どこからともなく少年が背後に降り立った。

 雪のように白い髪、血のように紅い瞳。

 少尉階級の徽章をつけている。

 レヴハルトと呼ばれた少年はミラに傅いた。


「内紛を誘導している曲者がいます。特定し、殺しなさい」


「了解」


 ふたつ返事でレヴハルト少尉は命令を了解し、再び影に消えた。

 いくら外敵が急増したとはいえ、これだけの元帥がいて混乱しているのは異様だ。

 そう考えたミラは結論を得る。


 内紛を誘導し、皇帝軍内で殺し合いを促している者がいると。

 通信障害も恐らく偶然ではあるまい。


 これは計画的犯行だ。

 かなり面倒なことになった。


「最も恐ろしいのは人の悪意。

 生きていなくては、人を愛することもできないでしょうに」


 皇帝軍は一枚岩ではない。

 渦巻く陰謀は止まることを知らず。


 ---


 ユーリと一緒に走っていると、やがて人の群れが見えた。

 彼らはみな勇敢にドヴェルグと戦い、乱れぬ連携で奮戦していた。


 あの長袍を着た集団は……実力者揃いの八部(はぶ)元帥の軍だ!

 彼らは俺を見て制止した。


「止まれ! 所属を」


「第三十三小隊のイージャ・キルシャです!

 本隊が奇襲を受け、逃走して合流するように命令を受けました!」


「そうか、新兵だな。

 こんな異常事態に鉢合わせるとは……運が悪かったな。少し待っていろ。指揮官を呼んでくる」


 ようやく俺たちは落ち着きを得た。

 心なしかユーリも安堵の表情を浮かべている。


 少し待つと、紫色の徽章を持つ男性が奥から来た。

 咄嗟に敬礼をする。


「第八大隊指揮官、勇祈(ゆうき)中将だ。

 イージャ・キルシャ二等兵、ならびにユーリ・ベオン訓練兵。ここまでよく逃げ延びた。まずは被害状況を教えてもらいたいのだが……その前に武器を預からせてくれ」


 勇祈中将の言葉に俺は面食らった。

 武器を預かる? 戦場で?

 もしドヴェルグと接敵したらどうすんだ?


「それは……大丈夫なのですか?」


「ああ。外敵を発見した場合、上官が責任を持って倒す。

 実は、軍内で内紛が起こっているんだ」


「は……? な、内紛?」


 呆けた声が出てしまった。

 この人は何を言っているんだ……?

 人が死にまくって、外敵がこんな大量に湧いている状況で仲間割れ?

 そんな大馬鹿者、軍内にいるわけ……


「ここに来るまでの途中、銃創を受けた死体を見ました。

 そういうことだったのか……」


 ユーリは納得したように呟いた。

 よくそんな細かいところまで見てるな……ということは、本当に軍内で仲間割れが起こってるのか!?


「こんな緊急時に内紛って……何やってんだ!?」


「どうしようもない混乱状態に陥ると、人は何が敵だかわからなくなる。愚かな行為だとしても、混乱状態ではそれを愚行だと気づくことができない。

 そういうわけだ。念のため、君たちの武器を預かってもいいかな?」


 俺たちは頷き、勇祈中将に天星刃を手渡した。


「元帥たちの働きにより、戦場は沈静化しつつある。あとは残った外敵を排除し、通信の回復を待つ。新兵の君たちは先達の戦いをよく見ておくように。

 それと、死亡者のリストアップも行いたい。事務官に報告を頼む」


 死亡者。

 その言葉で、俺はレブロの死を思い出す。


 ユーリも思い出したのか、背後で歯ぎしりする音が聞こえた。


「……イージャ。俺は悔しい」


「俺もだよ。安穏と生き延びて、安堵してる自分が恥ずかしい」


「悪かったな。今まで魔導だなんだお前を馬鹿にして。

 ……やっとわかったよ。これが意志を得るってことなんだな」


「…………」


 意志か。

 俺の意志は何かと問われれば、迷いなく答えられる。


 けれど語ることはしない。

 魔導によってその『願い』を実現できる日が来るまでは。


 俺の大望が敵えば、トワコのように、レブロのように死ぬ人も。

 そして悲しむ人もいなくなる。


 だから戦い続けるんだ。

 進み続けろ。

 闇を駆けて、藻掻け。


「死を踏み越える。ユーリ、もう後戻りはできない」


「言われるまでもねえよ。俺は……弱い自分を捨てる」


 彼は彼なりの覚悟を決めたようだ。

 きっと別ベクトルの意志を抱いているのだろう。

 だが、意志は意志。何かを為そうとする心。


 俺はユーリの道を尊重しよう。

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