9. 混迷の奈落
ホルストの天星刃がドヴェルグを斬り捨てる。
数十体目の討伐だ。
「数が多いな。まだ通信の乱れは回復しないのか?」
傍に控えていたホワイトが答える。
「まだ回復しないようです。
ルチアノ元帥の見立てでは、地鳴りによる通信障害とのことですが」
「そうだな。しかし、例年の三倍近い外敵の数か。
これは相当な数の新兵が死ぬだろう」
あえてイージャの名は口にしなかった。
彼ならば無事だとホルストは信じていたから。
「一応、狼煙で各戦場の状況は把握できています。異常事態を受けて、城の警護に回っていたロベリー元帥が出陣。陛下からの御言葉は特にないようです」
「ああ。しかし、異様だ。元帥が七名も出ていてこの壊滅状況。
私と同じ働きをしている者が六名もいれば、すぐに外敵は殲滅できそうなものだが」
「内紛です。混乱した兵士たちが上官に攻撃を仕掛けていました」
「それは把握している。だが、その混乱をも鎮めるのが元帥の役目。
後で調べてみる必要がありそうだな……」
ホルストは奈落の周縁を見渡した。
地平線の彼方まで開いた、広大な大穴。
見渡す限り、近辺の指揮は安定している。
いったい穴を挟んだ向こう側で何が起こっているのだろうか。
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天に蜷局を巻く蛇。
通称『方舟』
方舟を見上げて、ルチアノは呟いた。
「司雅には二分以内に方をつけると約束しましたから。
正直、方舟を壊すのはあまり気が進みませんが……面倒ですし」
彼女は嘆息しつつも、戦闘準備を整えた。
両のまなこで敵を見据える。
全身に魔導を纏い、彼女は天空に飛翔。
「おもしろい見世物をしてくれましたね。あなたのおかげで地上は地獄絵図です。兵士諸君が死ぬ光景は見ていて楽しいですか?」
『――!』
方舟の正面に出たルチアノ。
方舟は矮小な人間の接近に対し、爆音で咆哮を上げた。
しかしルチアノは怯みすらしない。
「私としては複雑な胸中です。少なくとも愉快な光景ではありませんね。
まあ、仕事は仕事です。あなたを速やかに排除し、タスクを処理していきましょう」
パチンと指を鳴らす。
瞬間、青色の輝きが方舟を覆った。
尾、腹、頭。
各部位に光輪のようなものが出現し、それが方舟を絞め上げていく。
『――』
苦悶の声を上げる方舟。
しかし拘束が緩むことはない。
「――永遠。たしかに素晴らしいものです。
あー私も永遠に生きたい。それはそれとして、あなたには死んでいただきますよ。肉体も、魂も、根源も。すべてを焼き焦がしましょう。
命の名を冠する者といえども、終わりは来るのです」
ルチアノの瞳が妖しく発光。
同時に光輪は方舟の身体に入り込み、内部から細々に破壊した。
壊したのは肉体だけではない。
方舟を構築するあらゆる気を、根源を破壊した。
彼女は外敵のエキスパート。殺し方は心得ている。
「想定よりも十秒早く終わりましたね。
あー疲れた。もう寝たいなー……」
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「……なるほど」
ゴシック調の衣服に身を包み、黒髪を長く伸ばした少女。
彼女は戦場にいるとは思えない優雅な所作で、死体を見て確信した。
名をミラ・ゼレ。
元帥の一角である。
彼女は戦場に転がる死体を丹念に調べていた。
「レヴハルト」
「ここに」
ミラが名を呼ぶと、どこからともなく少年が背後に降り立った。
雪のように白い髪、血のように紅い瞳。
少尉階級の徽章をつけている。
レヴハルトと呼ばれた少年はミラに傅いた。
「内紛を誘導している曲者がいます。特定し、殺しなさい」
「了解」
ふたつ返事でレヴハルト少尉は命令を了解し、再び影に消えた。
いくら外敵が急増したとはいえ、これだけの元帥がいて混乱しているのは異様だ。
そう考えたミラは結論を得る。
内紛を誘導し、皇帝軍内で殺し合いを促している者がいると。
通信障害も恐らく偶然ではあるまい。
これは計画的犯行だ。
かなり面倒なことになった。
「最も恐ろしいのは人の悪意。
生きていなくては、人を愛することもできないでしょうに」
皇帝軍は一枚岩ではない。
渦巻く陰謀は止まることを知らず。
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ユーリと一緒に走っていると、やがて人の群れが見えた。
彼らはみな勇敢にドヴェルグと戦い、乱れぬ連携で奮戦していた。
あの長袍を着た集団は……実力者揃いの八部元帥の軍だ!
彼らは俺を見て制止した。
「止まれ! 所属を」
「第三十三小隊のイージャ・キルシャです!
本隊が奇襲を受け、逃走して合流するように命令を受けました!」
「そうか、新兵だな。
こんな異常事態に鉢合わせるとは……運が悪かったな。少し待っていろ。指揮官を呼んでくる」
ようやく俺たちは落ち着きを得た。
心なしかユーリも安堵の表情を浮かべている。
少し待つと、紫色の徽章を持つ男性が奥から来た。
咄嗟に敬礼をする。
「第八大隊指揮官、勇祈中将だ。
イージャ・キルシャ二等兵、ならびにユーリ・ベオン訓練兵。ここまでよく逃げ延びた。まずは被害状況を教えてもらいたいのだが……その前に武器を預からせてくれ」
勇祈中将の言葉に俺は面食らった。
武器を預かる? 戦場で?
もしドヴェルグと接敵したらどうすんだ?
「それは……大丈夫なのですか?」
「ああ。外敵を発見した場合、上官が責任を持って倒す。
実は、軍内で内紛が起こっているんだ」
「は……? な、内紛?」
呆けた声が出てしまった。
この人は何を言っているんだ……?
人が死にまくって、外敵がこんな大量に湧いている状況で仲間割れ?
そんな大馬鹿者、軍内にいるわけ……
「ここに来るまでの途中、銃創を受けた死体を見ました。
そういうことだったのか……」
ユーリは納得したように呟いた。
よくそんな細かいところまで見てるな……ということは、本当に軍内で仲間割れが起こってるのか!?
「こんな緊急時に内紛って……何やってんだ!?」
「どうしようもない混乱状態に陥ると、人は何が敵だかわからなくなる。愚かな行為だとしても、混乱状態ではそれを愚行だと気づくことができない。
そういうわけだ。念のため、君たちの武器を預かってもいいかな?」
俺たちは頷き、勇祈中将に天星刃を手渡した。
「元帥たちの働きにより、戦場は沈静化しつつある。あとは残った外敵を排除し、通信の回復を待つ。新兵の君たちは先達の戦いをよく見ておくように。
それと、死亡者のリストアップも行いたい。事務官に報告を頼む」
死亡者。
その言葉で、俺はレブロの死を思い出す。
ユーリも思い出したのか、背後で歯ぎしりする音が聞こえた。
「……イージャ。俺は悔しい」
「俺もだよ。安穏と生き延びて、安堵してる自分が恥ずかしい」
「悪かったな。今まで魔導だなんだお前を馬鹿にして。
……やっとわかったよ。これが意志を得るってことなんだな」
「…………」
意志か。
俺の意志は何かと問われれば、迷いなく答えられる。
けれど語ることはしない。
魔導によってその『願い』を実現できる日が来るまでは。
俺の大望が敵えば、トワコのように、レブロのように死ぬ人も。
そして悲しむ人もいなくなる。
だから戦い続けるんだ。
進み続けろ。
闇を駆けて、藻掻け。
「死を踏み越える。ユーリ、もう後戻りはできない」
「言われるまでもねえよ。俺は……弱い自分を捨てる」
彼は彼なりの覚悟を決めたようだ。
きっと別ベクトルの意志を抱いているのだろう。
だが、意志は意志。何かを為そうとする心。
俺はユーリの道を尊重しよう。




