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暗闇の怪物  作者: 朝露ココア
2章 外敵迎撃戦
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8. インパクト

 本当は臆病者。

 ユーリ・ベオンは弱虫だった。


 小さいころから泣き虫で、いつも他の奴らに馬鹿にされていた。

 悲しかった。寂しかった。

 ただ、寄り添ってくれる友が欲しかったんだ。


「またユーリ泣いてるよ!」

「なんで泣くんだろう? 何が怖いの?」

「虫くらい触ればいいのに」

「逃げてないでちゃんとボール受け止めろよー!」


 何気ない言葉がささくれ立って、俺の心を刺していた。

 無垢な子どもたちの言葉は俺の本性を詳らかにした。

 いつも逃げていた男。それがユーリ。


 いくつになっても弱いのは変わらなくて、何をするにも優柔不断。

 逃げられる場所があれば逃げ込んだ。

 言い訳ができるなら言い訳していた。



 弱い自分を鍛えたくて軍に入った。

 解雇されないし、給料は高いし、まあなんかやれそうだったから。

 弱い自分を鍛えたい、なんて言ったら笑われる。

 また馬鹿にされる。だから金のために入ったと理由をつけた。


 道化を演じた。



 皇帝軍に入ってから俺は孤独にならないように振る舞った。

 目が血走るほど周りの奴らを見て、好感を得ようと奔走した。


 ずっと本性が見透かされないか怯えてたけど。

 よかった。俺の取り巻きが出来た。


 だが、あいつらが本当に『友』と呼べる人だったのか。

 俺にはわからない。



『ユーリは周囲の人をよく見てるし、皆を引っ張る力がある。お互いの悪いところを見るんじゃなくて、良いところを見ようよ』



 ある日。レブロが言った。

 俺の行動をよく見ていて、レブロは言った。

 よく考えたら、あいつは俺の本性をすぐに見抜いていたのだとわかる。 


 虚をつかれると同時に嬉しかった。

 俺の本性を垣間見てもなお、俺を友と呼ぶやつ。

 そんな奇特な人間は見たことない。


 だって、俺だぜ?

 弱虫な本性を隠して、イージャを馬鹿にして、浮ついた奴らを侍らせて。

 そんな奴、俺でさえ付き合いたくないと思うね。

 自分のことなんだけど。


 運よく新兵の中で地位を確立できただけ。

 運だけの男だ。



 そんな俺を見て、本質を見透かしていて。

 それでもなお叱咤して立ち上がらせてくれたやつ。


 友と呼ばずに何と言おうか。

 俺は決めた。

 必ずレブロと、イージャと生き残るって。



 それなのに、


「お前はっ……俺から友人を、初めて出来た友を奪った!」


 俺が弱かったからレブロは死んだのか?

 魔導を使えたら、もしかしたら助けられたのかもしれない。


 恨め。俺を恨んでくれ、友よ。

 今さら魔導に目覚めたから、何なんだよ。

 もう遅いじゃねえか。


「ユーリ、お前……」


 だが。

 まだ守れる馬鹿(とも)がここにいやがった。

 レブロほど好きじゃねえけど。


「立てよ。あのバケモン、殺すんだろ?

 俺も手伝うぜ」


「……ああ」


 天星刃を握り締める。

 これが魔導か。

 そうか、ようやくイージャの言葉が理解できた。


 たしかに言葉じゃ説明できねえな、これは。


「俺の魔導は【衝撃(インパクト)

 たぶん衝撃波を出せる。よくわかんねえけど」


「最初はそんなもんだ。俺を吹っ飛ばすのはやめろよ」


「ハッ……保証はできねえな」


 魔導と戦闘に関しては、イージャの方が圧倒的に上だ。

 俺は補助に回る。


 正直、俺の手でドヴェルグをぶっ殺してやりたいが。

 悔しさはイージャも同じだろう。

 レブロはあいつに話しかけてる数少ないクラスメイトだったからな。


「いくぞ」


「おう」


 イージャが駆け出す。

 かと思ったら、上にぶっ飛んで。

 空中を高速で移動している。


 魔導の使い方ひとつで、あそこまで動きが変わるのか……


「らあっ!」


 あいつが上に跳躍している間に、衝撃波をかます。

 のけぞったがダメージはないようだ。

 人間なら間違いなく骨折する威力なんだが。


 ドヴェルグは俺に狙いを定める。

 そりゃイージャより俺のが殺しやすいだろうよ。


 まっすぐに触手が伸びた。

 ――クソ速い!


「攻撃は俺が防ぐ」


 前方に靄が広がり、触手が切断された。

 イージャは今までこんな攻撃を見切ってたのか……


「わかった。俺はどうすりゃいい?」


 ひとまず上官の指示に従ってやる。


「衝撃波は効いてたな。俺がもう一度跳ぶ。

 俺の滑空攻撃に合わせて、衝撃波を頼む。奴が仰け反った隙に攻撃を浴びせる」


「了解!」


 さて。俺の攻撃にそこまでの精度があるかな。

 だが、やるしかねえ。上官命令だ。


 再びイージャは駆ける。

 あいつは敢えて動きを緩慢にして、ドヴェルグの攻撃を引き受けてくれている。


 空中へ跳んだ。

 あとはイージャがドヴェルグの真上に来たら衝撃波を……


「!?」


 だが、俺の予測は外れる。

 ドヴェルグはイージャに触手を伸ばして攻撃しなかった。


 背の翼を広げて飛翔。

 イージャに空中戦を挑もうってのか……!


 クソ。空中の敵に衝撃波を当てることなんて……

 それにイージャに当てないようにコントロールすることも難しい。


「ユーリ、構わない。やれ」


 空から声が降ってくる。

 ああ、そうか……お前はそういう奴だよな。

 いつもかっこつけやがって……!


 空中を跳び回るイージャ、飛翔するドヴェルグ。

 ∞を描くように両者は空中で巡る。



 凝視。

 見ろ。ひたすら観察しろ。


 次にドヴェルグはどこに来る?

 イージャはどこに跳ぶ?


 イージャが作る影の軌道。

 ドヴェルグが動かす翼の向き。


 見ろ、見ろ、見ろ。

 観察は俺の得意分野だろ。

 今まで他人を観察して生きてきたんだから。



 俺は、俺なら――見える!


「そこだぁあああっ!」


 ――衝撃(インパクト)

 轟音が爆ぜる。衝撃に俺までふっ飛ばされる。

 だがイージャには当ててないはずだ!


「……やるじゃないか、ユーリ」


 遠のく視線の先。

 影の鎧を纏ったイージャがドヴェルグの首を裂いていた。

 なんだ。お前に当てても防げたのかよ。


 力なく落ちるドヴェルグ。

 イージャはさらに追撃し、奴の頭を天星刃で圧し潰した。


「勝った、か……」


 勝った。

 でも喜びはない。


 安堵と後悔だ。

 勝利の後に残る味を、俺は初めて知った。


 ---


 死屍累々。

 戦功を立てる者がいる中で、敗走する者もいた。


 ザガリス・モティは敗者の一人である。

 壊滅は突然に訪れた。


 二体目の方舟が出現、すさまじい数のドヴェルグが地上にあふれる。

 彼の所属していた小隊は瞬く間に全滅しかけた。


「どうして……」


 ザガリスが真っ先に選んだ択は逃走。

 上官はみな彼を逃がそうと躍起になった。

 枷でしかない彼を、命に代えて守ろうとした。


「ザガリスくん……たぶん、もう……無理かな……」


 その理由は『彼女』だ。

 ハピは瀕死状態にあった。


 ドヴェルグの奇襲を受け、腹部を負傷。

 致命傷は免れたが出血が酷い。


 ザガリスとハピが友人であることを知っていた隊員たちは、ハピを連れて離脱するように命じたのだった。

 しかし負傷者を連れて逃げることは難しい。


 戦場各地から聞こえる悲鳴、爆発音。

 耳をつんざく音がザガリスの神経をすり減らす。


「…………っ」


 彼がハピにかけてやれる言葉はない。

 逃げた自分が、どうして励ましの言葉などかけられようか。

 ハピは生と死の狭間を彷徨っているのだ。



「少し、休むぞ……」


 ハピはザガリスの身体から手を離し、倒壊した兵舎の陰に倒れた。

 布で塞いだ傷口から血がこぼれ出る。


「クソ、どうして俺は……!」


 ハピを助けたい。

 もう親友を失うのは御免だ。


 どうしても助けたい。

 自分の命に代えても助けたい。


 本心からそう思っているのに、助けられない。

 イージャは比類なき意志力が魔導の根源だと語った。

 ならば、今この瞬間に。

 授かった治癒の魔導が目覚めないのはどうしてなのだろうか。


「ザガリスくんは……あっち、行ってて……」


 ハピは震える手で、大隊の位置する方角を指さした。


「何言ってるんだ! 置いていけるわけないだろう!?」


「大丈夫だよ……すぐに追いつくから……」


「もういい、喋るな……! すぐに応援が来てくれる!」


 周囲を見渡せど、他部隊の姿は見えない。

 唯一見える人影は死体だった。


 誰か応援を。

 そう願うザガリスだったが、同時に情けなさに見舞われた。


(また、他力本願じゃないか……)


 自分が治癒魔導を使えれば、ハピを助けられるのに。

 どれだけ願っても魔導は授けられない。


 これでも足りないというのか。

 ならば何を差し出せばいいのか。


 あまりに無力だった。

 イージャとの差は開いていくばかりだ。

 前にいる友ひとり助けられない愚者。


「イージャくん、無事かなあ……」


「イージャなら大丈夫。それよりも今は……自分の心配を」


「ふふ……」


 死にかけなのにハピは笑っていた。

 どうしようもない時、人は笑いたくなるという。

 だから彼女は笑っているのか?


 違う気がした。

 ハピは悲しい時は素直に悲しむ人だ。


「ザガリスくん。

 私ね、まだ自分が助かると思ってる……」


「…………」


 驚いた。

 素直に驚愕した。


 他人のザガリスでさえ、ハピの命はないと思っていたから。

 何を根拠にそんなことが言えるのか。


「――その通り。君はまだ死んじゃいけないよ。

 僕の前で誰かが死ぬのは許さない」


 ゆらり。影が現れた。

 いつしか狩衣を着た青年が立っていた。


 皇帝軍に所属していれば、嫌でも名前は知ることになる。

 度が過ぎる人格者ゆえに。


「司雅、元帥……」


()

 (さき)ふ」


 司雅はハピに手をかざす。

 緑青色の煌めきが彼女を包み、一瞬にして傷口を塞いだ。

 輝きはハピ以外の周辺にも伝播し、ザガリスの軽傷を治癒。

 周囲の草木すら色を取り戻し、のびのびと天に手を伸ばした。


「体が、軽い……!?」


「よし。次の負傷者を手当にしに行くか。

 君たちはこのまま前進。大隊があるから、そこの麾下に入って。道中の外敵は僕が全部倒しておいたから大丈夫」


「は、はい! ありがとうございます!」


 ザガリスが礼を告げる前に、司雅の姿は消えていた。

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