7. 死の方角
「……酷い状況だ」
迎撃戦を統率する司雅 涅泉元帥は顔を顰める。
司雅は緑がかった髪の美青年。
普段から狩衣を愛着している、皇帝軍の中で最も人望の厚い元帥だ。
いつも柔和な司雅の表情も、今だけは険しかった。
目視できる範囲でも相当な壊滅状態にある。
加えて大規模な通信障害。
これでは指揮が機能しない。
部下を王城の通信部隊へ確認に向かわせたが、まだ帰ってこない。
必死に指揮を執る彼のそばに、ルチアノ元帥が飛び降りた。
「ここにいましたか、司雅」
「ルチアノ。全体の様子はどうかな?」
司雅の問いにルチアノは答えず、ただ首を横に振るのみ。
言葉で答えることすら憚られる。惨憺たる状況だった。
さらにもう一人、元帥が合流。
フルフェイスのヘルメットを被った男。
彼は猛スピードでバイクを繰り、二人の傍に急停止した。
ロスト・ワール元帥。
常日頃からヘルメットを被っており、素顔を知る者はほとんどいない。
「ルチアノ。……司雅も一緒か。
通信の状況はどうなっている? 誰の手によるものだ?」
「人為的なものではないでしょう。おそらく二度の地鳴りが原因です。今までは一度の地鳴りを耐え、迎撃戦後に復旧していました。
しかし、二連続の衝撃でサーバーがダウンしたのでしょう。過去に例を見ない状況。ここは元帥の働きが重要となるかと」
「ああ。戦線は准尉以上の手によって維持されている。ただし、早急に指揮系統を立て直さなければ若い芽が全員死ぬことになるだろう」
新兵を戦場に駆り出すのは、後進を育てることが目的。
ここで失っては元も子もない。
状況をみた司雅が提案する。
「ルチアノ、方舟の破壊を頼めるだろうか」
「無論です。二分以内には終わらせましょう」
「ありがとう。僕は負傷者の救護に回る。ロストは持ち前の機動力を活かし、各所の敵を殲滅してくれ」
「任された」
ルチアノは天へ飛翔し、ロストはバイクで走り出す。
すでに相当な数の死傷者が出ている。
士気は下がり、恐慌する兵士が出てもおかしくない。
このままでは仲間割れにもつながるだろう。
一刻も早く状況を立て直す必要がある。
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走り続ける。
前方を俺が、後方をレブロとユーリが警戒。
ひたすら走り、他の大隊を探す。
「クソッ……死体ばっかりじゃねえか!?」
堪らず俺は叫んだ。
外敵の数が二倍に増えたんだ。
そりゃ壊滅状態に陥るのも無理はない。
しかし、被害が大きすぎないか?
この迎撃戦には七人の元帥がいるはずだ。
九人のうち二人は城の警護に残っているけど、七人もいてこの状況は……少しおかしいんじゃないか?
「……! 止まれ!」
後方の二人に合図を出す。
前方に敵影。
ドヴェルグ一体か……
「ひっ……」
「大丈夫だ、ユーリ君」
後方では怯える二人。
あんな光景を見れば無理もないだろう。
さっきだってドヴェルグが人を裂いているところを見て、迂回して逃げてきたんだから。
「イージャ、どうする!?」
「……交戦する。大丈夫、俺が戦う。
俺にもしものことがあれば……逃げろ」
一応、俺は上官だ。同期だけどな。
それなら俺が犠牲になるべきだ。
「僕たちも……力になれることは?」
「後方で待機を頼む。俺の天星刃が折れたら……お前らのを投げてよこしてくれ」
二人は頷く。
よし、大丈夫。
ホルスト元帥に鍛えてもらったんだ。
あの時間は、この日のためにあった。
眼前、ドヴェルグが粘着音を立てて迫ってくる。
「――暗闇」
夜闇。
光のない時間は、俺を落ち着かせる。
周囲の闇を支配下に置く。
視覚、聴覚、触覚。拡大する。
ドヴェルグとの距離は七メートルほど。
あの個体は二メートルか。
間合いに入った。
ナイフを逆手に握り締める。
「──」
心臓の音が煩わしい。
ヒュ。風切り音が鳴る。
ドヴェルグの背後に『目』を飛ばしていた。
ゆえに、奴が触手を伸ばす兆候に気づいた。
反射的に眼前に靄を展開。
靄の中で触手が減速。
「らぁっ!」
斬る。
二本の触手を天星刃で両断。
けど、これは根本的な解決にはならない。
首か心臓部を斬らなければいけないんだ。
触手をいくら斬っても、体積を溶かして触手を生産されてしまうから。
次は俺から仕掛ける!
「はっ!」
影の針を生成。
ドヴェルグ目がけて突き出した。
全方位から影の針で刺したが、奴の姿は溶ける。
水泡音を立てて融解し、体を再構築。
奴が再生している間。俺は跳んでいた。
中空で翻り、影を幾重にも重ねて。
ドヴェルグは空中から迫る俺に対して触手を伸ばす。
攻撃パターンは単調。靄で止めればいいだけ。
降りて、降りて、降りる。
影に何度もはね返されて、ボールのように弾んで。
迫る触手をすべて靄で止めて斬る。
俺は知っていた。
ドヴェルグが触手を回転させて敵の接近を妨げることを。
だが、空中からの攻撃は止められないだろう!
「はぁああああっ!」
全身に靄の鎧を纏う。ナイフだけを靄から出し。
ドヴェルグの頭を思いっきり掻っ切った。
そして首に追撃を見舞う。
再生は……しない!
煌めく断面が、ドヴェルグの肉体を焼き焦がしていた。
刻む。何度も刻む。
間違っても再生しないように刻む。
二度と蘇ってくるな……!
「死ね、死ね……!」
初めて俺が外敵を殺した。殺せた。
俺の魔導を使って殺せた。
嬉しい。
これでドヴェルグに殺される人が、また一人減ったんだ。
「死ね。死ね……」
無我夢中。
だが、俺の行為は物音に遮られた。
――ぬちゃり。
粘着音と共に、重い何かが背後に降り立った。
冷や汗が背を伝う。
マズい、夢中になりすぎたか……!?
背後を取られ、
「……ぁ?」
自分でも笑うほど間抜けな声だった。
振り向いた視線の先。
そこには……
「レブロ?」
ドヴェルグに頭から食われてるレブロの姿があった。
羽が、生えている。飛翔個体だ。
あの羽で滑空してきて、一気にレブロに食らいついたんだ。
白濁の顔面から滴る鮮血。
ぐちゃりと音を立てて。
ドヴェルグが俺の友人を咀嚼している。
俺はナイフを止めて、ユーリは尻餅をついて。
奴の食事を眺めていた。
ぐちゃ、ぐちゃ。
ねちゃ、ねちゃ。
うまそうにレブロの頭を食っていた。
脳漿と血を飲み込んで。
「う、あ……」
アバドンなんかとは比べ物にならないくらい。
惨い殺し方だった。
だって、奴らに目的なんてない。
ただ人を殺したいだけなんだから。
「あああああああっ!? あああああ!?」
ユーリが半狂乱になって駆け出した。
こちらへ向かって来る。
ドヴェルグはおもむろに顔を上げ、触手をユーリの背後に伸ばす。
串刺しにするつもりだ。
獲物を逃がすまいと。
「ッ!」
間に合え!
咄嗟に展開した靄は、間一髪のところで触手を防いだ。
ユーリは体勢を崩して俺の足元に転がる。
「に、逃げ……」
「ユーリ、下がってろ。
あいつは……俺が殺す」
……なにが飛翔個体だよ?
死ねよ。
お前ら外敵は、何がしたいんだ?
何の目的があって人を殺す?
お前らの正体が何であっても、俺は。
「殺す……!」
知ってるか?
死んだ人は帰ってこないんだよ。
お前らにわかるのか?
大切な人を奪われる者の気持ちが。
わからないだろうな。
お前らは獣だから……!
「暗闇ッ!」
滅べ。
お前らさえ死んでくれれば俺は満足だ。
争いを起こす奴ら、全員死ねばいい。
ドヴェルグが俺を見る。
瞳すらない顔で、レブロを食った口元を歪ませて。
まだ奴の身体には血がこびりついている。
再び触手を伸ばした。
「その攻撃は見飽きた……!」
靄を展開。停滞した触手を断つ。
そして靄の向こうにいる奴を……!
「ッ!?」
「イージャ、上だ!」
ユーリの声が聞こえた。
真っ白な翼を広げた異形。
月明かりを遮って、俺を食らおうと滑空していた。
ガバリと大口を開けて突っ込んでくる。
――間に合うのか?
どの防御手段を取ればいい?
考えているうちに思考がショートして。
視界が真っ白に染まった。
俺は……ここで死ぬのか。
ホルスト元帥の期待に応えられないまま。
「ぁ……あああああっ!!」
視界の隅で何かが弾けた。
フラッシュ。一拍遅れて衝撃。
俺とドヴェルグ、互いに別方向に吹っ飛んだ。
今のは……ユーリが、やったのか?
「やめろよ……死にたくない! 死にたくないんだ!
誰かが死ぬのは嫌だ! 俺が死ぬのも嫌だ!
怖いんだよ、お前らが! ふざけんなよ、皇帝軍に入れば強くなれるって聞いてたのに……蓋を開けてみればコレだ! ふざけんな!」
喚き散らしてユーリは立ち上がる。
彼の顔は真っ赤に染まっていた。
「右を見ても左を見ても化け物だ! 化け物しかこの仕事じゃ生き残れねえのかよ!? なら、俺だって……俺だって……」
──波だ。
ぼんやりとした透明な波がユーリの周囲に集っている。
「……俺だって、化け物になってやるよ」
――畏怖
――戦慄
――衝撃
――恐怖
――慄然
魔導現出 : 【衝撃】




