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暗闇の怪物  作者: 朝露ココア
2章 外敵迎撃戦
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6. 死屍累々

 轟く咆哮。

 絶望の報せ。


『――!』


 大気がビリビリと割れる。方舟の叫び。

 先程と全く同じ光景なのに、絶望感は一段と違った。


「馬鹿な……ありえん……」


 リュシオン准尉は刮目して天を見上げていた。

 ゆさゆさと方舟の巨体が揺れる。


 べた、べちゃり。

 ドヴェルグの素となる粘液が降り注ぐ。


『――二体目の方舟の出現を確認した。

 今までにない事例だ。緊急レベルを最大まで引き上げる。各自、指揮官の指示に従って速やかにドヴェルグを討滅せよ』


 通信機越しに、ルチアノ元帥の声が響く。

 元帥はこんな時でも冷静な声色だった。


「リュシオン准尉!」


「っ……あ、ああ。わかっている。

 集合! 防御姿勢を取れ!」


 准尉の号令により、俺たちは一箇所に集合。

 背中を預け合って敵の数を捕捉する。


「クソ……最悪だ……」


 後ろではユーリのぼやきが聞こえた。

 最悪なのは誰だって同じだ。


 暗闇の目を借り、敵影を捕捉する。


「いち、に、さん……五体!

 五体のドヴェルグに包囲されています!」


 俺の報告に仲間たちが静まり返った。

 信じられないものを見るような目で、俺のことを見ている……?

 今は俺を見るんじゃなくて、周囲を警戒すべきだろ!?


「イージャ二等兵! 冗談はよせ!」

「そ、そうよ! 五体なんて、そんな……今までになかった!」


 この人たちは……先輩方は何を言っている?

 俺の報告が間違いだとでも言うのか?


 たしかに暗闇を介して見たんだ。

 こちらへ迫るドヴェルグを。

 俺の言葉を肯定するようにリュシオン准尉が頷く。


「いや、間違いない。東方に三体、北方と南方に一体ずつ。二体目の方舟に纏わりついていたドヴェルグの数は、一体目よりも明らかに多かった」


 もう一度、暗闇の目を使ってみる。

 夜闇の中で浮彫になっている白い輪郭。


 奴らが……こちらへ迫って来ている。

 リュシオン准尉が言うように、東から三体。南北に一体。


 俺たちは冷静じゃない。

 場数も踏んでいない。

 ユーリとレブロは錯乱していてまともに動けなさそうだ。


「離脱するとしたら西だ。下方に他の部隊はない。

 俺と一班で東の三体を相手する。南の一体は二班が対処を。四班の新兵諸君は西へ離脱し、ロスト元帥の麾下に入れ。上手くいけばドヴェルグと会敵せずに切り抜けられるはずだ。会敵した場合は、無理に相手をせず逃走しろ」


 まくし立てるように指示を出すリュシオン准尉。

 今の一言で、どれだけの人が命令を理解できたのだろうか。


 俺は思わず尋ねてしまった。


「勝算は……ありますか」


「ない。俺も三体まとめて相手はできん。時間を稼ぐ」


 非情な宣告。

 一班の先輩が准尉に迫る。


「ちょ、ちょっと待ってください! 俺たちに捨て駒になれって言うんですか!?」


「そうだ。死ねとは言っていない。新兵が生き残るだけの時間を稼ぎ、離脱しろと言っているんだ。目的はドヴェルグの討伐ではなく、新兵の救援。

 皇帝軍は若い命を優先する。それが鉄の掟だろう」


「っ……!」


 皇帝軍に歳を取った人材はほとんどいない。

 みな若い命を優先して死んでいくからだ。


 俺たちに優先されるだけの価値があるのか?

 先輩たちを置き去りにするだけの価値があるのか?


 俺は逃げないって決めた。

 だけど、ここで命令に背くのは馬鹿なだけだ。


「武運を、祈ります!」


 ユーリとレブロの手を取って駆け出した。

 目指す先は西方。


 指揮系統を遵守する。


 ---


「っはあ……疲れた! なんで俺たちがこんな!」


 ある程度走ったところで、ユーリが音を上げた。

 周囲に敵影なし。

 少し冷静になるか……


「この荷台に隠れよう。三人入れるスペースがある」


 俺は荷台の中にユーリ、レブロを入れた。

 続いて入り、扉を閉める。


「イージャ君、通信はどうなってる?」


 レブロに言われて思い出す。

 そういえば通信を聞いていなかった。

 今の指揮はどうなっている?


『こちら第八大隊。壊滅状態。指揮系統が機能していない』

『こちら第十二軍輸部隊。ドヴェルグの猛攻を受けている。至急応援を要請する』

『――――』


 ……駄目だ。

 通信が混線している?

 まさか城内の通信部隊がやられたわけじゃないだろうし……各軍に指揮を出している元帥たちは何をしているんだ?


 試しにホルスト元帥に通信を入れてみる。

 ……つながらない。


「通信がおかしなことになってる。一切指示が伝わらない。

 ただひとつわかるのは……ほとんどの部隊が壊滅してるってことだけだな」


「ッおかしいだろ! 毎回こんな地獄みてえなことしてんのかよ、迎撃戦はよぉ!」


「ユーリ君、声が大きい。外敵に気づかれるよ。

 それに今回は異常事態だ。准尉や元帥の口ぶりからして、今までに方舟が二体くることはなかった。この混乱も仕方ないことだと思う」


「けど、通信が乱れてるのは……おかしいよな。外敵と戦っていない城内の人たち。彼らが通信を管理してるはずだ」


 状況を整理しているうちに、落ち着きを取り戻していった。

 考えてもわからないものは仕方ない。


 今は西進して他部隊との合流を目指そう。


「な、なあ……このまま戦いが終わるまでさ。この荷台に籠ってねえか?」


「はぁ!? お前、何言って……」


 ユーリの発言に思わず激昂しそうになった。

 今も先輩が死ぬ気で戦っている。

 命を賭けて逃がしてくれた。


 それなのにコイツは……!

 俺をレブロが制止する。


「ユーリ君、その気持ちはわかる。魔導を持たない僕たちは一般人同然。

 勝ち目だってない。戦場に出る意味を問われれば……たぶん、肉壁でしかないんだと思う」


 意外だった。

 真面目で真摯なレブロがこんなことを言うなんて。


「……けどさ。僕たちは皇帝軍だ。

 たとえ皇帝軍にお金目当てで入ったとしても、名誉ほしさに入ったとしても。腐っても皇帝軍なんだ」


 彼は立ち上がり、荷台の扉に手を掛けた。


「僕は弱い。まだ魔導の基となる意志すら持っていない。

 でも、行くよ。イージャ君も行くだろう」


「もちろんだ。俺は戦う」


 俺も立ち上がった。

 ユーリはレブロの姿を呆けて見上げている。


 よかった。

 レブロまで戦う意思をなくしたら、俺も精神的にきつかった。


「僕よりも弱虫だね、ユーリ君は。いつも強気に振る舞ってるけど、実際は気が弱いんだ。

 一生そこにいろよ……弱虫」


「は、はぁ!?」


「ここで戦わないで、いつ戦うんだよ!

 今に見てろ。僕の方が先に魔導を発現させて、ユーリ君を追い越してやる!」


 扉は開け放たれる。

 そこから先は地獄。


 悲鳴と悪鬼が蔓延る奈落。

 灰色の月が嗤っていた。


「お前……言ってくれるじゃねえか!?

 おい、行くぞ! ユーリ・ベオンの本気、見せてやらぁ!」


 俺とレブロは微笑んだ。

 戦場には似つかわしくない笑顔だ。


 けど、悪くない。

 俺たち三人で生き残る。


 ---


 リラ・ルキスは孤独に戦場を駆ける。

 奈落の周縁部をぐるぐると廻る。


 すでに彼女の部隊は壊滅していた。

 独断で戦線を離脱し、彼女は真相を探る。


 眼前、巨躯を持つドヴェルグを捕捉。


「……煩わしい。誰に攻撃してるのか、わかっているの?」


 猛烈な速度で伸びた触手。

 目にも止まらぬ速さで回避し、懐へ潜り込む。

 そして天星刃を一振り。


 ドヴェルグは細切れとなって絶命した。

 何体斬り殺したかわからない。


「ぼくはどうするべきなのかしら」


 独り言ちた。

 皇帝軍の血と、ドヴェルグの粘液を浴びて服は汚れている。

 何を斬るべきなのか。戦場はどこへ向かうのか。


 紛糾の中で、彼女は緩慢と歩き続ける。


「……」


 ふと、足元に固い何かが当たった。

 死体だ。


 よく見ると、周囲には無数の死体が転がっている。

 ここで中規模の交戦があったようだ。


 人間の死体が四つ、ドヴェルグの死体が二つ。

 先程リラが殺したドヴェルグが壊滅させた部隊らしい。


 よく見ると、金色の徽章を持つ軍人も死んでいる。

 名前は、



「リュシオン・ウェド准尉。

 この傷は……ドヴェルグに殺されたのではないわね。軍内の同士討ちか、あるいは……」


 准尉がドヴェルグに後れを取るとは思えない。

 ドヴェルグとの交戦で疲弊したところに、人間による不意打ちが加わったか。


「通信の混乱はどういうことなの? 誰が皇帝軍を殺して回っているの? ぼくは何も聞かされていないわ……ルチアノが知っているのかしら」


 天には未だ方舟が座している。

 灰色の月を背景に、空を漂っていた。


「…………イージャは無事かしら」

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