6. 死屍累々
轟く咆哮。
絶望の報せ。
『――!』
大気がビリビリと割れる。方舟の叫び。
先程と全く同じ光景なのに、絶望感は一段と違った。
「馬鹿な……ありえん……」
リュシオン准尉は刮目して天を見上げていた。
ゆさゆさと方舟の巨体が揺れる。
べた、べちゃり。
ドヴェルグの素となる粘液が降り注ぐ。
『――二体目の方舟の出現を確認した。
今までにない事例だ。緊急レベルを最大まで引き上げる。各自、指揮官の指示に従って速やかにドヴェルグを討滅せよ』
通信機越しに、ルチアノ元帥の声が響く。
元帥はこんな時でも冷静な声色だった。
「リュシオン准尉!」
「っ……あ、ああ。わかっている。
集合! 防御姿勢を取れ!」
准尉の号令により、俺たちは一箇所に集合。
背中を預け合って敵の数を捕捉する。
「クソ……最悪だ……」
後ろではユーリのぼやきが聞こえた。
最悪なのは誰だって同じだ。
暗闇の目を借り、敵影を捕捉する。
「いち、に、さん……五体!
五体のドヴェルグに包囲されています!」
俺の報告に仲間たちが静まり返った。
信じられないものを見るような目で、俺のことを見ている……?
今は俺を見るんじゃなくて、周囲を警戒すべきだろ!?
「イージャ二等兵! 冗談はよせ!」
「そ、そうよ! 五体なんて、そんな……今までになかった!」
この人たちは……先輩方は何を言っている?
俺の報告が間違いだとでも言うのか?
たしかに暗闇を介して見たんだ。
こちらへ迫るドヴェルグを。
俺の言葉を肯定するようにリュシオン准尉が頷く。
「いや、間違いない。東方に三体、北方と南方に一体ずつ。二体目の方舟に纏わりついていたドヴェルグの数は、一体目よりも明らかに多かった」
もう一度、暗闇の目を使ってみる。
夜闇の中で浮彫になっている白い輪郭。
奴らが……こちらへ迫って来ている。
リュシオン准尉が言うように、東から三体。南北に一体。
俺たちは冷静じゃない。
場数も踏んでいない。
ユーリとレブロは錯乱していてまともに動けなさそうだ。
「離脱するとしたら西だ。下方に他の部隊はない。
俺と一班で東の三体を相手する。南の一体は二班が対処を。四班の新兵諸君は西へ離脱し、ロスト元帥の麾下に入れ。上手くいけばドヴェルグと会敵せずに切り抜けられるはずだ。会敵した場合は、無理に相手をせず逃走しろ」
まくし立てるように指示を出すリュシオン准尉。
今の一言で、どれだけの人が命令を理解できたのだろうか。
俺は思わず尋ねてしまった。
「勝算は……ありますか」
「ない。俺も三体まとめて相手はできん。時間を稼ぐ」
非情な宣告。
一班の先輩が准尉に迫る。
「ちょ、ちょっと待ってください! 俺たちに捨て駒になれって言うんですか!?」
「そうだ。死ねとは言っていない。新兵が生き残るだけの時間を稼ぎ、離脱しろと言っているんだ。目的はドヴェルグの討伐ではなく、新兵の救援。
皇帝軍は若い命を優先する。それが鉄の掟だろう」
「っ……!」
皇帝軍に歳を取った人材はほとんどいない。
みな若い命を優先して死んでいくからだ。
俺たちに優先されるだけの価値があるのか?
先輩たちを置き去りにするだけの価値があるのか?
俺は逃げないって決めた。
だけど、ここで命令に背くのは馬鹿なだけだ。
「武運を、祈ります!」
ユーリとレブロの手を取って駆け出した。
目指す先は西方。
指揮系統を遵守する。
---
「っはあ……疲れた! なんで俺たちがこんな!」
ある程度走ったところで、ユーリが音を上げた。
周囲に敵影なし。
少し冷静になるか……
「この荷台に隠れよう。三人入れるスペースがある」
俺は荷台の中にユーリ、レブロを入れた。
続いて入り、扉を閉める。
「イージャ君、通信はどうなってる?」
レブロに言われて思い出す。
そういえば通信を聞いていなかった。
今の指揮はどうなっている?
『こちら第八大隊。壊滅状態。指揮系統が機能していない』
『こちら第十二軍輸部隊。ドヴェルグの猛攻を受けている。至急応援を要請する』
『――――』
……駄目だ。
通信が混線している?
まさか城内の通信部隊がやられたわけじゃないだろうし……各軍に指揮を出している元帥たちは何をしているんだ?
試しにホルスト元帥に通信を入れてみる。
……つながらない。
「通信がおかしなことになってる。一切指示が伝わらない。
ただひとつわかるのは……ほとんどの部隊が壊滅してるってことだけだな」
「ッおかしいだろ! 毎回こんな地獄みてえなことしてんのかよ、迎撃戦はよぉ!」
「ユーリ君、声が大きい。外敵に気づかれるよ。
それに今回は異常事態だ。准尉や元帥の口ぶりからして、今までに方舟が二体くることはなかった。この混乱も仕方ないことだと思う」
「けど、通信が乱れてるのは……おかしいよな。外敵と戦っていない城内の人たち。彼らが通信を管理してるはずだ」
状況を整理しているうちに、落ち着きを取り戻していった。
考えてもわからないものは仕方ない。
今は西進して他部隊との合流を目指そう。
「な、なあ……このまま戦いが終わるまでさ。この荷台に籠ってねえか?」
「はぁ!? お前、何言って……」
ユーリの発言に思わず激昂しそうになった。
今も先輩が死ぬ気で戦っている。
命を賭けて逃がしてくれた。
それなのにコイツは……!
俺をレブロが制止する。
「ユーリ君、その気持ちはわかる。魔導を持たない僕たちは一般人同然。
勝ち目だってない。戦場に出る意味を問われれば……たぶん、肉壁でしかないんだと思う」
意外だった。
真面目で真摯なレブロがこんなことを言うなんて。
「……けどさ。僕たちは皇帝軍だ。
たとえ皇帝軍にお金目当てで入ったとしても、名誉ほしさに入ったとしても。腐っても皇帝軍なんだ」
彼は立ち上がり、荷台の扉に手を掛けた。
「僕は弱い。まだ魔導の基となる意志すら持っていない。
でも、行くよ。イージャ君も行くだろう」
「もちろんだ。俺は戦う」
俺も立ち上がった。
ユーリはレブロの姿を呆けて見上げている。
よかった。
レブロまで戦う意思をなくしたら、俺も精神的にきつかった。
「僕よりも弱虫だね、ユーリ君は。いつも強気に振る舞ってるけど、実際は気が弱いんだ。
一生そこにいろよ……弱虫」
「は、はぁ!?」
「ここで戦わないで、いつ戦うんだよ!
今に見てろ。僕の方が先に魔導を発現させて、ユーリ君を追い越してやる!」
扉は開け放たれる。
そこから先は地獄。
悲鳴と悪鬼が蔓延る奈落。
灰色の月が嗤っていた。
「お前……言ってくれるじゃねえか!?
おい、行くぞ! ユーリ・ベオンの本気、見せてやらぁ!」
俺とレブロは微笑んだ。
戦場には似つかわしくない笑顔だ。
けど、悪くない。
俺たち三人で生き残る。
---
リラ・ルキスは孤独に戦場を駆ける。
奈落の周縁部をぐるぐると廻る。
すでに彼女の部隊は壊滅していた。
独断で戦線を離脱し、彼女は真相を探る。
眼前、巨躯を持つドヴェルグを捕捉。
「……煩わしい。誰に攻撃してるのか、わかっているの?」
猛烈な速度で伸びた触手。
目にも止まらぬ速さで回避し、懐へ潜り込む。
そして天星刃を一振り。
ドヴェルグは細切れとなって絶命した。
何体斬り殺したかわからない。
「ぼくはどうするべきなのかしら」
独り言ちた。
皇帝軍の血と、ドヴェルグの粘液を浴びて服は汚れている。
何を斬るべきなのか。戦場はどこへ向かうのか。
紛糾の中で、彼女は緩慢と歩き続ける。
「……」
ふと、足元に固い何かが当たった。
死体だ。
よく見ると、周囲には無数の死体が転がっている。
ここで中規模の交戦があったようだ。
人間の死体が四つ、ドヴェルグの死体が二つ。
先程リラが殺したドヴェルグが壊滅させた部隊らしい。
よく見ると、金色の徽章を持つ軍人も死んでいる。
名前は、
「リュシオン・ウェド准尉。
この傷は……ドヴェルグに殺されたのではないわね。軍内の同士討ちか、あるいは……」
准尉がドヴェルグに後れを取るとは思えない。
ドヴェルグとの交戦で疲弊したところに、人間による不意打ちが加わったか。
「通信の混乱はどういうことなの? 誰が皇帝軍を殺して回っているの? ぼくは何も聞かされていないわ……ルチアノが知っているのかしら」
天には未だ方舟が座している。
灰色の月を背景に、空を漂っていた。
「…………イージャは無事かしら」




