5. 迎撃戦
『皇帝軍より お知らせです
外敵の出現が 検知されました
周辺都市のロックダウンを行います
外出中の方は 速やかに 建物の中へ避難してください
ロックダウン解除まで 外に出ることはできません
繰り返します……』
警報がずっと鳴り響いている。
耳慣れた警報だ。
半年に一度の外敵出現に合わせたロックダウン。
漠然と『外敵』としか知らされていないが、今までの俺たち民間人は何ら疑問を持たなかった。
外敵を討伐する中で、どれだけ人が死んでいるのかも知らなかった。
外敵とはどこから来るのか。
外敵とはどのような生物なのか。
外敵の目的は何なのか。
何も……知らなかった。
「灰月夜か」
半年に一度の周期で、月が灰色に染まる。
その日を『灰月夜』と呼んだ。
外敵が襲来するのは決まって灰月夜。
俺はぼんやりと寮の廊下で灰色の月を眺めていた。
「悠長ね。そろそろ奈落付近に集合よ」
「リラ。外敵って何なんだろうな」
「……ぼくに聞かれても困るわ。皇帝軍の使命は外敵を倒すこと。それだけでしょう?」
「そうだよ。けどさ、どうして誰も疑問に思わないんだろう。
民間人も、外敵と戦ってる皇帝軍ですら。正体を探ろうとしないのは何故なんだ?」
「知らない方がいいこともあるのでしょう。行くわよ」
悩みは絶えない。
悩む前に生き残ること。
理屈ではわかっているけど。
俺は思考を放棄してリラの後に続いた。
---
奈落。
実際に近づくのは初めてだ。
「おい、見ろよレブロ! 何も見えねぇ!」
「ユーリ君! 落ちるよ!?」
ユーリが危機感を抱かずに奈落を覗き込む。
たしかに底は見えない。どれだけ深いんだろうか。
コオォ、と不気味な風音が底から聞こえてくる。
『全軍、陣形を展開せよ!
装備の不備、班員の欠如はないか!』
拡声器でルチアノ元帥が全員に伝える。
俺が見る光景は圧巻のものだった。
奈落を囲うように、皇帝軍のほぼ全戦力が展開されている。
九人の元帥が統率する軍隊が集結。
人数はおよそ5000人もいるとか。
九人のうち、二人の元帥は城の警護に残っている。
ブランカ元帥とロベリー元帥が城にいるらしい。
だとしても、七人も元帥がいるのは過剰戦力だ。
高位の階級の方々も数多く見受けられる。
これじゃ俺たち新兵の出番なんて……ないんじゃないか?
「ユーリ訓練兵。下がれ」
「っ……すいません」
俺たちの班を指揮するのは、リュシオン准尉という人。
金色の徽章がきらりと光る。
リュシオン准尉に注意され、ユーリは引き下がった。
俺たちの分隊は四班から構成される。
その四班をまとめるのがリュシオン准尉だ。
「総員、装備に不備はないか。事前に伝えた作戦は頭に叩き込んでいるか。なにか質問があれば今のうちに受け付けておこう」
大丈夫だ。
ドヴェルグを殺す『天星刃』は持っている。
作戦も理解している。問題ない。
俺たちの様子を確認したリュシオン准尉は、本隊に準備完了の通信を送った。
緊張する俺にレブロが話しかけてくる。
「イージャ君。今回の戦いは、僕たちは足手まといになると思う。
後方支援に徹するから外敵と交戦することはないと思うけど、緊急時は君が頼りだ」
「ああ、任せておけ。
……とは言ってもやっぱり緊張するな!」
「ははっ……大丈夫。リラックスしていこう」
レブロの言葉に少し緊張が和らぐ。
彼が同じ班員でよかった。
「おいレブロ。俺のことは頼りにしてないのかよ?」
「あ、うん……ユーリ君も頼もしいよ。僕に比べたらずっと運動神経もいいし。重くて持てない物資とかがあったら、ぜひ手伝ってくれ」
「おう、任せとけよ!」
ユーリもまあ……なんだかんだで扱いには慣れてきた。
とりあえず褒めておけばいい。
レブロとユーリの仲がいい理由がわかった。
基本的にレブロは人の長所を見抜いて褒めるスタイルだから、ユーリと相性がいいんだ。
……しかし、静かだな。
喋っているのは大半が徽章を持たない訓練兵だ。
他の階級持ちは、みな口をつぐんでいる。
外敵の恐ろしさを知っているからだろう。
『全軍の準備完了を確認した。これより迎撃態勢に入る』
ルチアノ元帥の通信が入ると、他の大隊が動き出した。
予備の天星刃を載せた台車が運ばれていく。
ルチアノ元帥が管轄する軍隊が城の各所に上る。
そして手から淡い色の光を放つ。
あれは『結界系』の魔導……ホワイトさんと似たような魔導だ。
あの結界を使い、魔導皇城全域を覆う。
外敵を城外に逃がさないための措置だ。
続いて水色の髪を伸ばした男性が、皇城の屋根に立った。
ケレス・シャサー元帥。
個人の軍を持たない元帥だ。
彼は城の周囲に展開された結界に触れ、より強度を底上げする。
淡い水色の結界が、まばゆい金色の結界に。
これで外敵が城外に出ることはなくなった。
『結界構築を完了。予備物資の準備完了。
外敵出現まで待機せよ』
あとは戦うだけ。
大丈夫、俺ならやれる。
ホルスト元帥にも鍛えてもらったんだ。
その時間は、短いようで永遠のように感じられた。
外敵が奈落から出現するまで待つ。
待つ。
ひたすら待つ。
誰も話さない。
静寂だけが場を支配していた。
これだけの人がいるのに異様な静けさだった。
俺は試しに魔導で暗闇を『耳』にしてみる。
奈落の底に聴覚を向けて、何か聞こえないか探りを入れてみた。
――ォォ
――ァ――ィ
――ェ
……なんだ?
変な音が聞こえる。
上手く言えないけど、意味を持った文字列のような……もっと集中して聞いてみよう。
――ドオォォォォッ!!
「っ……!」
いきなり爆音が轟いた。
何かが……向かって来る!
巨大な物体が地の底から!
『外敵の接近を確認。迎撃せよ』
いつしか闇を耳代わりにしなくとも、その音は聞こえていた。
地鳴りが大地を震わせる。
地の底より迫る威圧。
「来るぞ」
リュシオン准尉が呟く。
瞬間、巨大な影が月光を塞いだ。
――蛇竜だ。
『方舟』だ。
天に舞い上がった超巨体。
奈落の底より飛翔した其は、宣戦布告のように咆哮を上げた。
『――!』
その巨躯を、俺たちはただ呆然として見ていた。
ユーリもレブロも、呆気に取られている。
……あんな化け物に勝てるのか?
「何を見ている! 構えろ!」
リュシオン准尉の喝。
俺は正気を取り戻した。
そうだ、「勝てるのか」じゃないだろ。
勝たなきゃダメなんだ!
方舟は全身をくねらせ、月下に舞う。
自分の身体に付いた虫を払い落すように。
方舟の突起にこびりついていた白い丸。
それらが一斉に地上へ堕落する。
「ひっ……」
横のレブロが悲鳴を上げたのがわかる。
べちゃり、べちゃり。白い粘液が俺たちの前に落ちる。
遠方では訓練兵が粘液の下敷きになって死んでいた。
落ちた粘液はゴポゴポと不快な音を発する。
盛り上がり、立ち上がり。
やがて『ドヴェルグ』の肉体を形成した。
「接敵、二体!
一班、三班は前方で交戦! 二班は援護!
四班は後方支援!」
リュシオン准尉が怒号を飛ばす。
すかさず先輩方が陣形を展開。
俺たちは四班だから……後方支援!
「ユーリ、レブロ! さっさと下がれ!」
「ぁ……ああ!」
強引に二人を下げ、俺たちは物資の補給準備に取り掛かる。
奈落の周縁各地で戦闘音が響いていた。
周囲を警戒。
大丈夫だ、背後からドヴェルグは来ていない。
「き、キモすぎだろ……実物で見るとやっぱり違うな」
ユーリは顔の青褪めている。
口を動かすなら手を動かせよ。
けど、こいつは褒めて伸ばさないと。
「ユーリ、よく反応できたな。これから俺たちが戦う相手だ。
先輩方の動きをよく見ておこう」
「お、おう……俺はできるだけ戦いたくねえけどな……」
前方の先輩方の戦いを見る。
付近に着地したドヴェルグは二体。
班ごとに分かれて交戦している。
「おらァ!」
一等兵の先輩が、ドヴェルグに突っ込んでいく。
彼は天星刃の大剣を振りかざして迫った。
「っ、テッタ! 下がれ!」
リュシオン准尉の指令。
しかし先輩は止まらなかった。
いや、止まれなかったと言うべきか。
大剣の遠心力に振り回された先輩の攻撃は空振る。
ドヴェルグが避ける動作を見せた……!?
あいつら、攻撃を避けるだけの知能があるってのか!?
身体をくねらせたまま、ドヴェルグは腕から触手を伸ばす。
そして先輩の胸を貫いた。
「テッタ!」
また一人、他の先輩が救援に向かおう駆け出した。
「止まれ! 迂闊に攻めるな!」
リュシオン准尉の制止にもかかわらず、一等兵は止まらない。
おそらく貫かれた先輩と同期なのだろう。
俺だってザガリスやハピがああなったら……命を投げ打ってでも助けに行く。
制止命令を無視した先輩は、ドヴェルグが薙ぎ払った触手に両断される。
身体を真っ二つだ。
ぴしゃり、俺の頬にまで血しぶきが飛んできた。
「テッタ・アズ一等兵、及びケンヤ・ロウエル一等兵の死亡を確認。
各自、連携を合わせろ。攻撃を命中させることを最優先に動け!」
リュシオン准尉は淡々と、先輩の死亡を宣告した。
さっそく二人死んだ。
これが……迎撃戦。
これが外敵。
ドヴェルグは大量に降ってくるのに、個々の戦力が高すぎる……
まだ一体も倒せてないじゃないか!
「二班が壊滅状態か。三班は二班の援護を。
我々一班は……確実に仕留める!」
もうひとつの班の動きは、明らかに違っていた。
三人がそれぞれドヴェルグを取り囲むように動いている。
攻撃のタイミングを見計らっているのか?
ドヴェルグもどの敵に狙いを定めればいいのか、迷っているように見えた。
だけど、たしかドヴェルグって……
「今だ!」
一人の号令により、班員が一斉に動く。
風を纏った人。光の弓矢を番えた人。身体強化を施した人。
それぞれが天星刃を持ってドヴェルグへ迫った。
ヒュ。
白い線が円状にめぐった。
そう、触手の回転攻撃。
ホルスト元帥は言っていた。
ドヴェルグは全方位に攻撃が可能だと。
「ッ……」
光の弓を持った先輩が触手に両断される。
風を纏った人と、身体能力を施した人は躱した。
おそらく魔導で速度を強化できていたからだろう。
「この個体……自律個体か!」
「ミュー! クソっ……手を休めるな!」
自律個体……なんだよそれ?
たしかに個体差があるとは聞いてたけど……
他の二人は止まらない。
触手を躱して転がり込んだ先輩。
彼は構えた剣を振り抜き、ドヴェルグの触手を断ち切った。
天星刃に斬られた箇所は再生しない。
触手の断面は、青くキラキラした粉で凝り固まっていた。
「ハッ! ざまあみやがれ!」
触手を断った先輩は、そのままの勢いで斬り返す。
次は急所の首を断とうと肉薄した。
――ガバリ。
ドヴェルグの口が、大きく裂けた。
マズい、食いちぎられる!
先輩は目を見開いて、大きく開かれた口を眺めていた。
躱せない。
「結ぶ」
だが、口は塞がれる。
いつしかドヴェルグの背後に回っていたリュシオン准尉。
彼は魔導によってドヴェルグの口を塞いだ。
白い液体が溢れ出し、それが瞬間的に口の裂け目を閉ざしたのだ。
あれは……そうだ、治癒魔導の応用!
ドヴェルグの瞬間再生を逆手に取り、裂けた口部を『治癒』したんだ!
リュシオン准尉の天星刃により、そのドヴェルグは首を断たれる。
まったく動きが見えなかった。
「お、おい……先輩、何人死んだよ?」
ふと、隣のユーリが尋ねた。
戦いを見るのに夢中で、哨戒を忘れていた……大丈夫か!?
「周囲にドヴェルグは……いないか。残りはあの一体だ。
死んだ先輩は三人。一等兵が二名、上等兵が一名。こりゃ俺を頼りにされても、ますます困るだけだ」
「だ、大丈夫だよ。ほら、僕たちにはリュシオン准尉がいるし……他の部隊も犠牲を出しながら討伐を進めているみたいだ」
レブロが俺たちを落ち着かせるように言う。
今しがた、二班の補助に回った准尉がドヴェルグを倒したところだ。
やっぱり高位の人たちは頼りになる。
今回は後方支援だが、次の迎撃戦からは俺も前線に立たなきゃいけない。
今の戦いと犠牲を忘れるな。
「とりあえず遺体回収だ。俺たちにできる仕事はそれくらいだろ」
「うへぇ……死体とか触りたくねえなあ……」
「ユーリ君。先輩方は命を賭けて僕らを守ってくれた。それくらいはしないと、顔向けできないよ」
「わ、わかってるよ」
俺たちは死体回収に取りかかろうと奈落へ近づく。
無残に死んだ。この人たちにも家族がいただろう。
せめて家族のもとに……
――ォ
――ェ――ォ
――ァ――ェ
……なんだ?
また、何か聞こえた。
音を感じ取ったのは俺の耳ではなく、暗闇を介した耳。
聞き覚えがあるような……まさか。
俺は遺体を手放し、負傷者の治療をするリュシオン准尉の下に走った。
「リュシオン准尉! 少しいいですか!?」
「イージャ二等兵。緊急事態か?」
「い、いえ。その……外敵って、もう出てこないんですか?」
俺の質問に、リュシオン准尉は呆れるように答えた。
「無論だ。あんなのがこれ以上来たら困る。
順調に掃討は進んでいるようだ。今回もかなりの被害が出そうだが……」
それは……おかしい。
だって、あの『音』が聞こえる。
あの音はさっきと同じ。
方舟が来る前兆、じゃないのか……?
俺の勘違いか?
でも……
「あの、リュシオン准尉」
「さっきから何だ。今は治療で忙しい」
「また、方舟が来ると、思います……」
准尉は眉をひそめた。
狂人の戯言だと思われるだろうか。
「根拠を述べろ」
「俺は……特殊な音が聞こえるんです。魔導によるものなんですけど。
それで、方舟が来る前兆みたいな音が……聞こえています」
「了解した。緊急信号をルチアノ元帥に送る」
驚くことに、リュシオン准尉は俺の言い分をすんなりと聞き入れてくれた。
だが、
――ドオォォォォッ!!
もう遅い。
二体目の方舟が、奈落の底より飛翔した。




