4. 潜む怪物
『迎撃戦』の作戦について講義を受けた。
俺たち新兵は補助に回り、外敵の掃討は先輩に任せる方針らしい。
三人一組の班で行動し、緻密な連携が求められる。
俺は同じ学科を受けるクラスメイトと組むことになったのだが……
「なんで俺がお前と同じ班なんだ!」
「こっちのセリフだ! クソ、ユーリと同じ班って……」
例のふざけた野郎と同じ班になってしまった。
最悪だ。連携なんて取れるわけがない。
嘆願してなんとか再編してもらえないだろうか……
「ま、まあまあ……二人とも。決まってしまったんだから仕方ないよ。
少しでも協力できるようにがんばろう!」
唯一の救いは同じ班になったレブロ。
レブロは俺とユーリ、二人と交流がある。
ユーリと直接的に絡みたくないので、レブロを介して行動しよう。
練兵場で言い合う俺とユーリを見て、周囲の訓練兵は距離を取っていた。
ユーリは舐めた口調で言う。
「ま、いいさ。俺の役目は後方支援。適当に物資を運んだりしてればいいだろ」
「お前な……! そんな簡単な話じゃねえだろ! 俺たちが怠ければ、先輩方の装備が不足する。そしたら先輩方の命が危なくなる! わかってんのか!?」
「はあ? そんならイージャ、お前が真面目に働けよ。クラスに一人はいるよな、お前みたいな奴。上っ面だけクソ真面目で、実績と能力が伴ってない見かけ倒し。
内申はいいけど学力は低いタイプだろ、お前」
「お前は他人にレッテル貼りする典型的な男だな。他人の価値を下げて、自分の価値を上げようとするクソ野郎。ユーリみたいな人間は必ず組織を腐らせる」
「テメエ……」
ユーリが鋭い目つきで俺を睨む。
前みたいに魔導でぶっ飛ばしてやろうか?
「あーもう! 君たちさあ、少しは仲良くしようよ!」
レブロが間に割って入る。
彼がいなければ一触即発の状況だ。
「いいかな、二人とも。人にはそれぞれ個性がある。
イージャは魔導に目覚めてるし、何事にも真剣に取り組む。ユーリは周囲の人をよく見てるし、皆を引っ張る力がある。お互いの悪いところを見るんじゃなくて、良いところを見ようよ」
ユーリが周囲の人をよく見てるって?
……そういえば、あいつは訓練兵たちのリーダーというか、ムードメーカー的な存在だったな。
けど俺を引っ張る力はないみたいだな。
レブロの言葉を聞いて少しは冷静さを取り戻したのか、ユーリは声のトーンを落として話す。
「……でもよ。イージャは魔導に選ばれただけじゃねえか。
運がいいだけで、優遇されて最初から階級持ちだ。俺は気に食わねえよ」
「その『選ばれた』って言い方、俺は好きじゃないな。魔導は強い意志力によって現出するものだ。俺には明確な意志がある」
「……意志? なんだそりゃ。魔導って目覚める基準があるのか?」
こいつ……まさか魔導について何も知らないのか?
俺も皇帝軍に入るまでは『軍の人たちが使う超能力』としか考えてなかったけど。
「知らないのかよ。感情を強く揺れ動かした時、あるいは強い決意を持った時。魔導は目覚めるんだ。
俺の場合は……親友がアバドンに殺された。その瞬間に思ったんだ、『この世から争いを無くさなきゃならない』って。それが俺の意志で、原動力、そして魔導の源。
俺は絶対に抗争の禍根を断つ。皇帝軍として秩序に満ちた世界を実現する」
語っているうちに、語気が強くなっていた。
無意識にあの日のことを思い出して。
熱く語る俺を見て、ユーリとレブロは目を丸くしている。
少し恥ずかしいな。
「……ま、まあ。そういう強い意志がなければ、魔導に目覚めることは絶対にない。お前ら訓練兵がやってる……魔導訓練だっけ? あれ意味あるのか?」
「それは……僕たち訓練兵の中で、魔導に目覚めた者はいない。みんな段々と訓練も適当になって、疑問を感じ始めていたところだ。まさか魔導にそんな原理があるなんて……」
「チッ。俺も知らなかったぜ。ただ運がいいだけじゃなかったんだな」
無知は争いを生む。
互いを理解しなければ歩み寄れない。
ユーリは『イージャは運がいいだけの男』と認識していたが、俺の説明で認識が変わった。
俺もまた相手が誤解を抱いていたのだと理解できた。
おもむろにユーリは手を差しのべた。
「まあ、悪かったよ。そんな過去があって……さっきのお前の話には、とんでもない熱があった。手打ちといこうや」
「そうだな。迎撃戦で命を預け合う身だ。円滑な交流をしよう」
「よ、よし! 二人とも仲良く!」
手を握り返す。
俺たちの和解を見て、周囲の訓練兵は囃し立てていた。
……こいつらが一番邪魔だな。
「ま、でも俺の姿勢は変わらないぜ。サボれるならサボる」
俺は握った手を離し、ユーリの頬を殴った。
その後大喧嘩になったのは言うまでもない。
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月明かりの下、鍛錬を積む。
「甘いな。ドヴェルグの攻撃速度は今の一撃よりも速い」
ホルスト元帥の突きを受けて、猛烈な勢いで転がった。
とんでもなく速い。
そして容赦がない。
「もう一度……お願いします!」
立ち上がる。
再び元帥が木剣を突き出す。
眼前に靄を展開するが、気づけば靄を破って木剣の先端が。
これがドヴェルグの触手ならば腹を貫かれて死んでいる。
「君の靄は有効な防御手段だ。靄の中に入った物体は速度を急激に落とし、避けるための時間が生まれる。上手いこと攻撃を靄に取り込むことができれば、かなり有利に戦える」
「どうしたら……相手の攻撃を見切れるようになるんでしょうか?」
「ふむ……私の場合は、魔導を体内に『組み込んだ』な。
そうすることで怪物……いや、失敬。超人のような力を得た」
「体内に組み込む? どういうことですか?」
魔導はすでに体の一部のように機能している。
いまいちイメージがつかめない。
「以前、魔導を腕に喩えたな。だが魔導は単一ではない。
腕であると同時に、目であり、耳である。イージャは腕として魔導を機能させているだろう」
こくりと頷いた。
影の針は腕で殴る代わりに。
黒い靄は腕で守る代わりに。
たしかに腕として機能している。
それと速度強化や空中での補助としても使っているから、足とも言える。
「その暗闇を介して、周囲の様子を見ることはできるか? 音や気配を感知することはできるか? 例えば……そうだな。君のような空間に作用する能力は、自分の感覚を『拡大させる』ことが多いな。
月下、広がる夜闇。これを君の感覚として支配下に置くことは?」
ホルスト元帥は俺のすべてを見透かしたようだった。
今までに似たような魔導使いを見てきたのだろう。
暗闇を支配下に置く、か。
俺の魔導は人影から発動するが、厳密に言えば『触れている影』から発動する。
今のように夜であれば、影がつながっている場所のどこにでも攻撃を仕掛けられる。
試しに、かなり離れた場所に針を出してみた。
「攻撃は遠くに飛ばせます。ただ、感覚を広げるのは……どうすれば」
「瞳を閉じろ」
「はい」
「光を失った状況。照明が落ちるなどのハプニングがあったとしよう。
眼前に敵が……そうだな、アバドンが現れた。君はどうする?」
イメージする。
あの憎たらしい仮面と黒服。
奴らが……ナイフを持って目の前にいるのを感じる。
俺を殺そうとしている。
けど見えない。
見えないから、為すすべなく殺される。
この幻影を前にして、俺はひどく不快感を覚えた。
そうだ、俺は。こいつらが嫌いだ。
"消さなければならない"
心の底から思う。
ずっと思ってたんだ。
「俺の……道を阻むな」
――瞬間、脳に焼けるような痛みが走った。
過剰な処理。信号のやり取り。
一気に拡大した情報量、感覚。
俺はいつしか……自分を見ていた。
周囲に広がる暗闇から視界を飛ばし、自分とホルスト元帥を俯瞰して見ていた。
人の像を、風音を、疎ましい電灯の光を。
すべてを感じ取れる。
「……見えました。すべて」
瞳を開いて報告する。
ホルスト元帥の眉がわずかに動いた。
「何? すべてが見えたとは……どういうことだ?」
「ええと、闇を介して人の姿、音、光の位置などが見えて。自分の姿を客観して見ることもできるようになりました」
「驚いたな。凄まじい才能だ。
君はよほど……意志が強いようだな。君ならば、あるいは……元帥を超え得るかもしれない」
「そ、そんなことは」
ホルスト元帥の言葉に謙遜したが、本音を言えば嬉しかった。
自分に才能があるってこと。
元帥に認められたこと。
そして……この魔導を使って、争いを無くすという目的に近づいたこと。
もっと力を伸ばす。
犠牲になる人を少しでも減らすために。
「では、その力を使ってみるか。自分を俯瞰して見れるならば、攻撃が自分に届くタイミングも測りやすくなる。次は私の攻撃を止めてみせろ」
「はい!」
迎撃戦まで時間がない。
ホルスト元帥の技を盗むつもりで強くなろう。
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鍛錬後、ホルストは執務室で書類に目を通していた。
イージャとリラはこれから仕事に向かうところだ。
「閣下。イージャさんの様子はどうですか?」
イージャの指導を担当するソウルが尋ねる。
彼女は日頃からホルストの執務の補佐を行っていた。
ホルストはペンを止めて考え込む。
「彼の成長は目覚ましい。よほど意志が強いようだな」
「……! それはよかったですね!」
ソウルの声には喜びの色が混じっていた。
しかし、ホルストの顔色は優れない。
「……どうだろうか。彼は強すぎるんだ」
「強すぎる?」
「意志力は目的へ邁進するための力となる。一方で、己を縛る枷にもなり得る。
私はイージャの底に……怪物が棲んでいる気がしてならないのだ」
ホルストは自分の仲間を想起する。
世界を支配する九の元帥。
彼らは強大すぎる意志力に懊悩する節があった。
ただ一人、自分だけは。
ホルストだけは。
その限りではないように思う。
彼には怪物ではないとの自覚がある。
――人はその感情を『劣等感』と呼んだ。
「強すぎる意志は魔導を……奇跡を肥大化させ、やがて使い手すらも食い潰す。彼らの末期はいつも悲惨なものになる。イージャの開花は素晴らしいが、それが行き過ぎないことを祈るよ」




