3. 外敵
教室に入るのが憂鬱だ。
勉強が嫌いなわけじゃない。
学校に通っていたころも、成績は悪くはなかった。
けど、皇帝軍の学科は好きじゃない。
人間関係が悩みの種。
「……」
教室に入ると、真っ先に視線が合った。
ユーリ・ベオン。
初日に俺に絡んできた輩だ。
一言でいえば不良。
目つきの悪い黄土色の瞳。
俺はしばし奴と視線を合わせたが、何もアクションを起こさずに着席した。
今日はリラも来ている。
騒いだらリラに怒られそうだ。
「イージャ君、おはよう」
「レブロ。おはよう」
前の席に座る少年はレブロという。
穏やかな性格で、疎外感を感じている俺にも話しかけてくれる。
黄緑色の髪を肩のあたりで切りそろえている、小柄な少年だ。
レブロは問題児のユーリとも仲がいい。
誰とでも平等に接する人なのだろう。
「今日はリラさんも来てるんだね」
「なによ。悪い?」
「い、いや……」
「おい。レブロにきつく当たるのは止めろ」
リラは誰に対しても愛想が悪い。
この前もナンパしに来ていたユーリを一蹴していた。
ただ、何の非もないレブロを責めるのはよくない。
学科の準備をしていると、教室のざわめきが静まった。
教官が入ってきたようだ。
あれ……いつもの教官とは違う?
「これより講義を開始します。今回は重要な講義です。
欠席者はいないと思いますが、念のため確認しておきます」
海のように深く青い長髪。
理知的な色を秘めたアメジスト色の瞳。
不思議な雰囲気を持った女性だ。
響いた怜悧な声は、その場にいる全員に耳を傾けさせた。
「ルチアノ……元帥閣下ね」
隣のリラが呟く。
そうか……あの人がルチアノ元帥か。
ルチアノ元帥は、外敵の対策を主に担当している。
魔導の研究家でもあるそうだ。
教室の人数を把握したルチアノ元帥。
彼女は淡々と語り出す。
「今回の講義は『外敵』について。本講義を受講以降、皇帝軍からの退役は難しくなります。事前に聞いているでしょうが、改めて確認しておきましょう。
……退役を希望する者はいませんね?」
得も言われぬ緊迫感が走る。
元帥の言葉の節々に、怒気のようなものが混じっていた。
「よろしい。では、始めましょう。
……まずはハーブを焚くのだ」
唐突に元帥は白いハーブを焚き始めた。
教室のみんなが注目している中で。
……なにしてんだ?
「あなたたちはこう思ったでしょう。
『急にハーブ焚き出したけど何やってんだこの女。頭おかしいのか?』と。半分正解です。私の頭がおかしいという点については、否定できません。
このホワイトハーブにはリラックスの効用があります。今日はリラックスして、お話を聞いてほしいのです」
自虐的な冗談を交えながら、元帥は語り出す。
「身命を賭し、陛下と民のために戦う皇帝軍。実にかっこいい。少年少女の憧れです。ですが、はぁ……現実は非情である。
事前に警告はしました。『外敵に関する情報を聞いた後は、皇帝軍から逃がすつもりはない』と。この教室にいるほとんどの兵士諸君には、捨て駒になってもらいます」
直球だ。
俺も事情あまり知らないけど、他の訓練兵よりは知っている。
いきなりそんなことを言って大丈夫なのか?
「つまり陛下は仰せである。『死ね』と」
――死ね。
その一語に、教室中がざわついた。
色々と問題があるんじゃないか?
その言い方だと不敬罪になりかねない。
ユーリが先陣を切って挙手した。
「は、はい!」
「そこのチャラそうな金髪、どうぞ」
「ユーリ・ベオンです!
俺は死にたくありません!!」
なに言ってんだ……
死にたくないのは当然だろ。
思わず鼻で笑ってしまった。
「そうでしょう、そうでしょう。私も死にたくないし、兵士諸君にも死んでほしくありますん。
しかし外敵は強力。力なき者は死に至る。生きたければしっかりと講義を聞き、鍛錬を積むのです。さて、そろそろ解説を始めよう」
ルチアノ元帥は一枚の写真を黒板に張る。
広げられた模造紙。
そこに焼き付けられた彩度の低い写真。
……異形が映っていた。
ええと、言葉で説明するのはすごく難しいな。
全身が白く、人型。
顔面にあたる部分はのっぺりしていて、鼻や目といったパーツはない。
ただし、口のような切り込みが入っている。
背中や腕先からは触手というか、茨のようなものが生えていた。
はっきり言うと気色悪い。
「これが外敵です。この生物を創った方は、なかなかの芸術センスをおもちですね。もう少し愛くるしい見た目がよかったな。
この外敵の名を『ドヴェルグ』という」
ドヴェルグ。
これが俺たちの世界に侵攻を目論む外敵か。
「魔導皇城の中央にある大穴、アレはもう見ましたか? あの奈落の底から、奴らが這い上がってくるのです」
這い上がる……ね。
けど、あの穴は底が見えないほど深い。
俺はひとつ疑問が浮かんだので挙手してみた。
「質問です」
「そこの修羅道を往きそうな黒髪、どうぞ」
「イージャ・キルシャです。あの奈落から上がってくるってことは……ドヴェルグは飛べるのですか?」
形状的に飛べそうには見えない。
あと修羅道を往きそうってなんだよ。
俺、そんなヤバい奴に見えるか?
「いい質問です。一部のドヴェルグには『飛翔個体』と呼ばれる、飛行可能な個体が存在します。ただし、ほとんどのドヴェルグは飛べません。
大半の個体は『方舟』に乗ってやってきます」
ルチアノ元帥は続いて二枚目の写真を張った。
二枚目の写真は……竜、か?
おとぎ話に出てくる細長い竜みたいな。
背中に羽が生えた蛇と形容するべきか。
「これが第二の外敵。名を『方舟』という。
全長はおよそ50メートル。身体の各所に突起のようなものが見えるでしょう? ここにドヴェルグが引っ掛かっていて、奈落の底から上がってきます。
天空に到達した方舟は、体を揺すってドヴェルグを地上に振るい落とす。地上に落ちたドヴェルグを掃討するのが皇帝軍の役目です。方舟は元帥が始末します」
聞いただけでも悍ましい話だ……
その光景をイメージして後悔した。
空中から化け物が降ってくるんだ。
そりゃ当然、死人もたくさん出るだろう。
「ドヴェルグは白い粘体で身体を構成しています。ですので、自由自在に触手を伸ばして攻撃してきます。体長は1メートルから3メートルほど。舐めてると魔導持ちも普通に殺されますね。ましてや魔導に目覚めてすらいない訓練兵など……想像しただけでも恐ろしい。
で、基本的にドヴェルグは不死身です」
――は?
「あ、今あなたたち『は?』と思いましたね?
そうでしょう、そうでしょう。恐ろしいですね不死身。魔導でいくら破壊しても、どれだけ身体を斬り刻んでも、細胞が一片でも残れば瞬間再生するのです。
じゃあどうやって倒すんだよって話」
不死身なら打つ手がない。
しかし元帥は言った。『基本的に』不死身だと。
ならば対抗手段はあるはず。
ルチアノ元帥が廊下から持ってきたのは、一本の剣。
遠くてよく見えないが、皇帝軍の紋様が刻まれているようだ。
柄は水色。刀身はキラキラと独特な輝きを放っている。
元帥は剣を掲げて見せた。
「天星刃っ! Yeah!
……ドヴェルグを倒すための武器です。これでドヴェルグを攻撃すると、破壊した箇所は再生しません。人体と同じ急所を攻撃すれば殺せます。剣や槍など、様々な形態があるので自分に合った武器選びをしましょう。
逆に言えば、天星刃がなければドヴェルグ相手に勝ち目はない。たとえ私たち元帥であろうともね。これは迎撃戦の前にあなたたちに支給されます。くれぐれも粗末に扱わないように」
つまりドヴェルグとは接近戦必須ってことか?
影で遠方から殺す俺とは相性が悪い。
まあ、最近は魔導を絡めた体術も鍛えてるから……何とかカバーしよう。
ふと、隣で何かが動いた。
リラが挙手したようだ。
寝てると思ってたし、彼女が質問するなんて意外すぎる。
「そこの偏食してそうな銀髪色白女。どうぞ……チッ」
「リラ・ルキスです。その天星刃はどうやって作っているのですか?」
「天星刃は皇帝陛下がお作りになっています。皇帝陛下の加護、ということになっていますが。元帥にも正確な製造法は伝えられていません。知っている人がいたら私に教えてほしいくらいですね」
それ、大事な話か?
大事なんだろうけど、今するべき質問ではないと思う。
「説明はこんなところです、か。次の学科では迎撃戦の陣や作戦、緊急時のマニュアルなどについて講義します。
時間は数十分余っていますが、今日の学科は終わります。私が有能すぎて講義は短時間で終わりましたね。わかっていると思いますが、軍関係者以外に外敵の話をしてはいけません。情報漏洩が発覚した場合は問答無用で死罪です。親族も全員死罪です。
それではお疲れ様でした」
ルチアノ元帥はハーブを消し、教室から出て行った。
いつも終了後はざわめく教室。
しかし、今日だけは静かだった。
あまりに内容が衝撃的だったのだ。
自分たちが安穏と過ごしてきた社会の裏で、軍がこんな化け物と戦っていたとは。
今ならホルスト元帥の言葉の意味もわかる。
俺も死なないよう、最善を尽くそう。




