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暗闇の怪物  作者: 朝露ココア
2章 外敵迎撃戦
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3. 外敵

 教室に入るのが憂鬱だ。

 勉強が嫌いなわけじゃない。

 学校に通っていたころも、成績は悪くはなかった。


 けど、皇帝軍の学科は好きじゃない。

 人間関係が悩みの種。


「……」


 教室に入ると、真っ先に視線が合った。

 ユーリ・ベオン。

 初日に俺に絡んできた輩だ。

 一言でいえば不良。


 目つきの悪い黄土色の瞳。

 俺はしばし奴と視線を合わせたが、何もアクションを起こさずに着席した。

 今日はリラも来ている。

 騒いだらリラに怒られそうだ。


「イージャ君、おはよう」


「レブロ。おはよう」


 前の席に座る少年はレブロという。

 穏やかな性格で、疎外感を感じている俺にも話しかけてくれる。

 黄緑色の髪を肩のあたりで切りそろえている、小柄な少年だ。


 レブロは問題児のユーリとも仲がいい。

 誰とでも平等に接する人なのだろう。


「今日はリラさんも来てるんだね」


「なによ。悪い?」


「い、いや……」


「おい。レブロにきつく当たるのは止めろ」


 リラは誰に対しても愛想が悪い。

 この前もナンパしに来ていたユーリを一蹴していた。

 ただ、何の非もないレブロを責めるのはよくない。


 学科の準備をしていると、教室のざわめきが静まった。

 教官が入ってきたようだ。


 あれ……いつもの教官とは違う?


「これより講義を開始します。今回は重要な講義です。

 欠席者はいないと思いますが、念のため確認しておきます」


 海のように深く青い長髪。

 理知的な色を秘めたアメジスト色の瞳。

 不思議な雰囲気を持った女性だ。


 響いた怜悧な声は、その場にいる全員に耳を傾けさせた。


「ルチアノ……元帥閣下ね」


 隣のリラが呟く。

 そうか……あの人がルチアノ元帥か。


 ルチアノ元帥は、外敵の対策を主に担当している。

 魔導の研究家でもあるそうだ。


 教室の人数を把握したルチアノ元帥。

 彼女は淡々と語り出す。


「今回の講義は『外敵』について。本講義を受講以降、皇帝軍からの退役は難しくなります。事前に聞いているでしょうが、改めて確認しておきましょう。

 ……退役を希望する者はいませんね?」


 得も言われぬ緊迫感が走る。

 元帥の言葉の節々に、怒気のようなものが混じっていた。


「よろしい。では、始めましょう。

 ……まずはハーブを焚くのだ」


 唐突に元帥は白いハーブを焚き始めた。

 教室のみんなが注目している中で。

 ……なにしてんだ?


「あなたたちはこう思ったでしょう。

 『急にハーブ焚き出したけど何やってんだこの女。頭おかしいのか?』と。半分正解です。私の頭がおかしいという点については、否定できません。

 このホワイトハーブにはリラックスの効用があります。今日はリラックスして、お話を聞いてほしいのです」


 自虐的な冗談を交えながら、元帥は語り出す。


「身命を賭し、陛下と民のために戦う皇帝軍。実にかっこいい。少年少女の憧れです。ですが、はぁ……現実は非情である。

 事前に警告はしました。『外敵に関する情報を聞いた後は、皇帝軍から逃がすつもりはない』と。この教室にいるほとんどの兵士諸君には、捨て駒になってもらいます」


 直球だ。

 俺も事情あまり知らないけど、他の訓練兵よりは知っている。

 いきなりそんなことを言って大丈夫なのか?


「つまり陛下は仰せである。『死ね』と」


 ――死ね。

 その一語に、教室中がざわついた。


 色々と問題があるんじゃないか?

 その言い方だと不敬罪になりかねない。


 ユーリが先陣を切って挙手した。


「は、はい!」


「そこのチャラそうな金髪、どうぞ」


「ユーリ・ベオンです!

 俺は死にたくありません!!」


 なに言ってんだ……

 死にたくないのは当然だろ。


 思わず鼻で笑ってしまった。


「そうでしょう、そうでしょう。私も死にたくないし、兵士諸君にも死んでほしくありますん。

 しかし外敵は強力。力なき者は死に至る。生きたければしっかりと講義を聞き、鍛錬を積むのです。さて、そろそろ解説を始めよう」


 ルチアノ元帥は一枚の写真を黒板に張る。

 広げられた模造紙。

 そこに焼き付けられた彩度の低い写真。


 ……異形が映っていた。

 ええと、言葉で説明するのはすごく難しいな。


 全身が白く、人型。

 顔面にあたる部分はのっぺりしていて、鼻や目といったパーツはない。

 ただし、口のような切り込みが入っている。

 背中や腕先からは触手というか、茨のようなものが生えていた。


 はっきり言うと気色悪い。


「これが外敵です。この生物を創った方は、なかなかの芸術センスをおもちですね。もう少し愛くるしい見た目がよかったな。

 この外敵の名を『ドヴェルグ』という」


 ドヴェルグ。

 これが俺たちの世界(ノアティルス)に侵攻を目論む外敵か。


魔導皇城(ティアキャッスル)の中央にある大穴、アレはもう見ましたか? あの奈落の底から、奴らが這い上がってくるのです」


 這い上がる……ね。

 けど、あの穴は底が見えないほど深い。


 俺はひとつ疑問が浮かんだので挙手してみた。


「質問です」


「そこの修羅道を往きそうな黒髪、どうぞ」


「イージャ・キルシャです。あの奈落から上がってくるってことは……ドヴェルグは飛べるのですか?」


 形状的に飛べそうには見えない。

 あと修羅道を往きそうってなんだよ。

 俺、そんなヤバい奴に見えるか?


「いい質問です。一部のドヴェルグには『飛翔個体』と呼ばれる、飛行可能な個体が存在します。ただし、ほとんどのドヴェルグは飛べません。

 大半の個体は『方舟』に乗ってやってきます」


 ルチアノ元帥は続いて二枚目の写真を張った。


 二枚目の写真は……竜、か?

 おとぎ話に出てくる細長い竜みたいな。

 背中に羽が生えた蛇と形容するべきか。


「これが第二の外敵。名を『方舟』という。

 全長はおよそ50メートル。身体の各所に突起のようなものが見えるでしょう? ここにドヴェルグが引っ掛かっていて、奈落の底から上がってきます。

 天空に到達した方舟は、体を揺すってドヴェルグを地上に振るい落とす。地上に落ちたドヴェルグを掃討するのが皇帝軍の役目です。方舟は元帥が始末します」


 聞いただけでも悍ましい話だ……

 その光景をイメージして後悔した。


 空中から化け物が降ってくるんだ。

 そりゃ当然、死人もたくさん出るだろう。


「ドヴェルグは白い粘体で身体を構成しています。ですので、自由自在に触手を伸ばして攻撃してきます。体長は1メートルから3メートルほど。舐めてると魔導持ちも普通に殺されますね。ましてや魔導に目覚めてすらいない訓練兵など……想像しただけでも恐ろしい。

 で、基本的にドヴェルグは不死身です」


 ――は?


「あ、今あなたたち『は?』と思いましたね?

 そうでしょう、そうでしょう。恐ろしいですね不死身。魔導でいくら破壊しても、どれだけ身体を斬り刻んでも、細胞が一片でも残れば瞬間再生するのです。

 じゃあどうやって倒すんだよって話」


 不死身なら打つ手がない。

 しかし元帥は言った。『基本的に』不死身だと。

 ならば対抗手段はあるはず。


 ルチアノ元帥が廊下から持ってきたのは、一本の剣。

 遠くてよく見えないが、皇帝軍の紋様が刻まれているようだ。

 柄は水色。刀身はキラキラと独特な輝きを放っている。

 元帥は剣を掲げて見せた。


天星刃(てんしょうじん)っ! Yeah!

 ……ドヴェルグを倒すための武器です。これでドヴェルグを攻撃すると、破壊した箇所は再生しません。人体と同じ急所を攻撃すれば殺せます。剣や槍など、様々な形態があるので自分に合った武器選びをしましょう。

 逆に言えば、天星刃がなければドヴェルグ相手に勝ち目はない。たとえ私たち元帥であろうともね。これは迎撃戦の前にあなたたちに支給されます。くれぐれも粗末に扱わないように」


 つまりドヴェルグとは接近戦必須ってことか?

 影で遠方から殺す俺とは相性が悪い。

 まあ、最近は魔導を絡めた体術も鍛えてるから……何とかカバーしよう。


 ふと、隣で何かが動いた。

 リラが挙手したようだ。


 寝てると思ってたし、彼女が質問するなんて意外すぎる。


「そこの偏食してそうな銀髪色白女。どうぞ……チッ」


「リラ・ルキスです。その天星刃はどうやって作っているのですか?」


「天星刃は皇帝陛下がお作りになっています。皇帝陛下の加護、ということになっていますが。元帥にも正確な製造法は伝えられていません。知っている人がいたら私に教えてほしいくらいですね」


 それ、大事な話か?

 大事なんだろうけど、今するべき質問ではないと思う。


「説明はこんなところです、か。次の学科では迎撃戦の陣や作戦、緊急時のマニュアルなどについて講義します。

 時間は数十分余っていますが、今日の学科は終わります。私が有能すぎて講義は短時間で終わりましたね。わかっていると思いますが、軍関係者以外に外敵の話をしてはいけません。情報漏洩が発覚した場合は問答無用で死罪です。親族も全員死罪です。

 それではお疲れ様でした」


 ルチアノ元帥はハーブを消し、教室から出て行った。

 いつも終了後はざわめく教室。

 しかし、今日だけは静かだった。


 あまりに内容が衝撃的だったのだ。

 自分たちが安穏と過ごしてきた社会の裏で、軍がこんな化け物と戦っていたとは。


 今ならホルスト元帥の言葉の意味もわかる。

 俺も死なないよう、最善を尽くそう。

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