1. 真意
練兵場でザガリスは周囲を見渡した。
魔導を授かってから数日が経過。
未だに魔導を使えるようになった訓練兵はいない。
和気あいあいと雑談する訓練兵たち。
それを黙して見守る教官。
(どうして教官は雑談を止めないんだ……?)
ザガリスはずっと違和感を感じていた。
訓練兵たちが堂々とサボっていても、教官は素知らぬふりをして座っている。
魔導判別によると、ザガリスの魔導は『治癒』
目の前には枯れた花。
植木鉢に咲いた一輪の花を、完全な状態まで回復させることが彼の目標だ。
「……」
しかし、どうしたものか。
教官からは『自身の内にある感情と、魔導の志向を同調させること』と指導されている。
具体的な指示はなく、それゆえに他の訓練兵も困っている状況だ。
最初のころは同期の新兵たちも、まじめに魔導の訓練をしていた。
訓練兵だけが悪いのではない。
教官は明らかに、意図的に訓練兵への指導を怠っている。
そこで彼はひとつ試してみることにした。
「リュシオン教官。少しよろしいでしょうか」
椅子に腕を組んで座る、強面の男性教官。
リュシオン・ウェド准尉。
外敵との戦いで大きな勲功をたて、昇進を果たした若手の実力派。
「なんだ」
「魔導がなかなか上手く発動できず……教官は俺と同じ『治癒』系統の魔導でしたよね?
コツなどあれば、教えていただきたいです」
「…………」
リュシオンはザガリスをじっと見つめた。
蛇に睨まれた蛙のように、ザガリスは硬直する。
視線を合わせること数秒。
この数秒間、ザガリスは途方もなく長い緊迫を感じた。
やがてリュシオンは椅子から立ち上がる。
傍にある植木鉢を手に取った。
「――治す」
彼が手をかざすと、植木鉢に咲く花はたちまち生気を取り戻す。
そして鮮やかな色を纏って咲き誇った。
これが本場の治癒魔導だ。
動植物の傷のみならず、体内の環境を整える。
凄腕の治癒使いにかかれば、悪しき病も手足の欠損も完治してしまう。
リュシオンは植木鉢を置き、ザガリスに尋ねた。
「お前はこの花をどう思う」
「え?」
「花とは本来、種から成長し、咲き誇り、そして枯れるものだ。しかし俺は枯れた状態から、咲いている状態に……強引に引き戻した。
人間で例えれば、老人から中年に戻したようなもの。これは自然の摂理に反していると思わないか?」
「それは……仰る通りです。ですが、魔導とは超常なる力。それくらいの奇跡があっても良いのではないでしょうか?」
魔導は神にも等しい皇帝から授かったもの。
神であれば、若返り程度の傲慢は許されるだろう。
「そうだ。魔導とは摂理に反し、起こりえない事象を引き起こすもの。同時に魔導とは、意志によって培われるもの。
――いわば進化だ」
「進化……なるほど」
「今の説明でわかったのか?」
ザガリスは深く考える。
抽象的な物事を考察するのは彼の得意分野だ。
「鳥は、空を飛ぶ必要があるために翼を持つ形態に進化しました。俺たちもあり得ないことを実現する必要があって、進化を願うことで魔導を得る……そういうことですか?」
「……ほう」
彼の説明にリュシオンは驚嘆した。
わずかな説明で、ここまで魔導を正確に理解できるとは。
「そうだ。魔導とは進化を世代間で起こさず、個人の中で完結させるものに等しい。明確な定義は出ていないが、俺はそう解釈している。あくまで私見だがな。
お前はこの花を、何が何でも治したいと思うか? 俺は思わない。俺が治癒魔導を得たきっかけは、迎撃戦で友が死にかけている時だった。絶対に彼を助けてみせると……そう誓い、意志が爆ぜた。その時に俺は治癒の魔導を得たんだ」
「それって、つまり……」
ザガリスの胸をざわざわとした何かが駆けた。
今のリュシオンの説明は"おかしい"
魔導を得るには、強い意志を持つきっかけが必要だ。
イージャも死の淵に立たされ、同時にトワコを失ったから魔導を得たのだと推測できる。
だが、もしもそうなら。
「……この時間に、意味はあるのですか?」
「魔導を目覚めさせるという観点から言えば、意味はない」
リュシオンは断言した。
そう。この訓練に意味はない。
だから教官も指導していない。
魔導は窮地に置かれなければ現出しない。
――ならば、この時間を設ける意味とは?
体術や座学としないのは何故だ?
(この時間が完全に無駄なら、他の教練に充てるはずだ。魔導について、教官は聞けば真剣に答えてくれた。指導を怠けていたわけじゃない……よな。
リュシオン教官はずっと椅子に座って、訓練兵たちの様子をぼんやりと眺めて……いや違う。リュシオン教官は普段から眠そうな目をしている。アレは『ぼんやり』じゃなくて、『普段通り』に見ているんだ。指導する気がないなら、そもそも俺たちの方を見ることすらないだろう。
それなら……ええと。この時間の、目的は……)
ザガリスはハッとして顔を上げる。
深い深い思考の末、その結論に至った。
至ってしまった。
(選抜、なのか……?)
とてもじゃないが真相を教官に尋ねることはできなかった。
尋ねたとしても、額面通り『これは魔導の訓練だ』と返答されるだけだろう。
ザガリスが立ち尽くしていると、鐘が鳴った。
訓練終了の時間だ。
リュシオンは立ち上がり、訓練兵たちに叫ぶ。
「今日の訓練は終了だ! この後は体術訓練に向かうように!」
それだけ告げ、彼は立ち去っていく。
呼び止めることもできずにザガリスは彼を見送った。
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「はっ!」
訓練用のナイフを振るう。
訓練相手のホワイトさんは軽々と俺の攻撃を流す。
足を払われて無様に転んだ。
体術は得意じゃない。
けど、体格の小柄なホワイトさんに手も足も出ないなんて。
「もう一度お願いします」
「うん。君が満足するまで、私は応えよう。先輩の務めだからね」
ここ数日間、訓練をしていて仲良くなった人たちがいる。
目の前のホワイトさんは、かなり真面目な性格だ。
頼りになる先輩。
冗談を言っても真剣に受け取られるので注意。
遠くで笑って観戦しているジーラさんは、見ての通り愉快な性格。
俺をしきりに飯に誘ってくる。
ジーラさんを通して、同じ軍の人とも交流が広がっている。
そして、この数日で得たのは交流だけじゃない。
技に磨きをかけた。
「いきます!」
駆ける。いや、跳ぶ。
足裏に影を作り、一気に前方へ押し出す。
何度も練習して、これは確実に成功するようになった。
猛スピードでホワイトさんに迫る。
俺は接触する寸前に──身を翻した。
地面に背を向け、俺の人影を射出。
そのままの勢いで一気に高度を上げた。
二段階に分けて自分の身体を飛ばすことにより、空中へ舞い上がるのだ。
よし、いける!
あとはもう一段階、俺自身を吹っ飛ばす!
そう、次は俺を地面に向けて射出する。
問題は影。
俺が暗闇を行使するには、影と接触している必要がある。
空中では人影もなく、俺は影に触れられない。
だから、
「ふっ……!」
空中で上着を脱ぎ捨てる。
強引に影を作ってしまえばいい。
これまでは何度も失敗してジーラさんとリラに笑われていた技。
だが、今回は成功させてやる!
ちょうど真後ろに上着を広げ、ホワイトさんの方を向く。
影で自分の背を押し出した。
「はぁああっ!」
急速に地上との距離が接近。
ナイフに影を宿し、武器の長さを延長。
ホワイトさん目がけて振り抜いた。
「上出来だね」
俺の渾身の一撃は、ホワイトさんの光の盾に阻まれる。
ナイフに宿した影を強めれば盾を破れるかもしれないが、これは訓練。
そこまで全力を出さなくてもいい。
「よ、よしっ! 決まった!」
「やるね。今の攻撃は、熟練者でも想定できないよ。どんどん技のバリュエーションが広がっている。これは明らかに、努力による進歩と言えるだろう」
「ありがとうございます! ホワイトさんのおかげです!」
遠くではジーラさんが「うおおおおお!」と叫んでいた。
この数日間で、俺の動きは明らかに洗練されてきている。
魔導の幅を広げるほど武器が増えていくんだ。
魔導とは解釈。
どのように応用すればいいか。
使い方を考えるだけで、戦略が無限に広がる。
まだまだ試してみたい戦法は尽きない。
「それでは、俺はここで失礼します。今日もパトロールがあるので」
「ああ。お疲れ様。無理はしないように」
「はい、ありがとうございました!」
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訓練が終わったものの、俺の一日は終わらない。
実はさっき起きたばかりなんだ。
夕方に起きて、訓練して、夜中に任務。
寝るのは朝方。
夜勤になってからこの生活リズムだ。
座学がある日はやや変則的な生活になるが。
そろそろリラが起きてくる時間だろう。
俺が起こさないと寝てる日もあるけど。
さて、今日はどうかな。
俺はリラが起きていることを祈りつつ、部屋の扉を開けた。
「起きて……る」
「…………」
部屋の中央でリラがうずくまっている。
……いや待て。何かがおかしい。
「……リラ? 大丈夫か!?」
「う……ぅ……」
呼吸は荒く、胸元を抑えている。
何かの持病か?
「きみ……その、カバン……取って……」
リラが示したカバンはデスクの横にあった。
すぐさまカバンを手渡す。
リラはカバンを開き、中から小瓶のようなものを取り出した。
赤い液体だ。
彼女は液体を一気に喉に流し込む。
「はぁっ……あ、危ないところだったわ……」
「大丈夫なのか?」
「……ん? ああ、イージャ。いたの」
「えぇ……」
俺の存在に気づかないほど憔悴していたらしい。
ふと、鼻腔を奇妙な匂いがくすぐった。
つい先日、嗅いだような……鉄の匂い。
さっきの赤い液体。
もしかして……
「……血、か?」
俺はリラが握っている小瓶を見つめた。
まさか血を飲んだのか?
「ぷっ……まさかイージャ、この液体を血だと思ってるの?」
「いや、なんか匂い的に……血かなって」
「血を飲む人間がどこにいるのよ。ただの栄養剤よ。
根拠のない憶測も大概にしておきなさい」
「まあ、そうだよな。これからパトロールだけど……今日は休むか?」
「問題ないわ。ぼくは軟弱者じゃない。少し具合が悪いだけで、仕事に支障はないわ」
本当に大丈夫だろうか。
リラは性格的に虚勢を張ってそうだ。
今日は少し注意してパトロールしよう。




