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暗闇の怪物  作者: 朝露ココア
2章 外敵迎撃戦
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1. 真意

 練兵場でザガリスは周囲を見渡した。

 魔導を授かってから数日が経過。

 未だに魔導を使えるようになった訓練兵はいない。


 和気あいあいと雑談する訓練兵たち。

 それを黙して見守る教官。


(どうして教官は雑談を止めないんだ……?)


 ザガリスはずっと違和感を感じていた。

 訓練兵たちが堂々とサボっていても、教官は素知らぬふりをして座っている。


 魔導判別によると、ザガリスの魔導は『治癒』

 目の前には枯れた花。

 植木鉢に咲いた一輪の花を、完全な状態まで回復させることが彼の目標だ。


「……」


 しかし、どうしたものか。

 教官からは『自身の内にある感情と、魔導の志向を同調させること』と指導されている。

 具体的な指示はなく、それゆえに他の訓練兵も困っている状況だ。

 最初のころは同期の新兵たちも、まじめに魔導の訓練をしていた。


 訓練兵だけが悪いのではない。

 教官は明らかに、意図的に訓練兵への指導を怠っている。


 そこで彼はひとつ試してみることにした。


「リュシオン教官。少しよろしいでしょうか」


 椅子に腕を組んで座る、強面の男性教官。

 リュシオン・ウェド准尉。

 外敵との戦いで大きな勲功をたて、昇進を果たした若手の実力派。


「なんだ」


「魔導がなかなか上手く発動できず……教官は俺と同じ『治癒』系統の魔導でしたよね?

 コツなどあれば、教えていただきたいです」


「…………」


 リュシオンはザガリスをじっと見つめた。

 蛇に睨まれた蛙のように、ザガリスは硬直する。

 視線を合わせること数秒。

 この数秒間、ザガリスは途方もなく長い緊迫を感じた。


 やがてリュシオンは椅子から立ち上がる。

 傍にある植木鉢を手に取った。


「――()す」


 彼が手をかざすと、植木鉢に咲く花はたちまち生気を取り戻す。

 そして鮮やかな色を纏って咲き誇った。


 これが本場の治癒魔導だ。

 動植物の傷のみならず、体内の環境を整える。

 凄腕の治癒使いにかかれば、悪しき病も手足の欠損も完治してしまう。


 リュシオンは植木鉢を置き、ザガリスに尋ねた。


「お前はこの花をどう思う」


「え?」


「花とは本来、種から成長し、咲き誇り、そして枯れるものだ。しかし俺は枯れた状態から、咲いている状態に……強引に引き戻した。

 人間で例えれば、老人から中年に戻したようなもの。これは自然の摂理に反していると思わないか?」


「それは……仰る通りです。ですが、魔導とは超常なる力。それくらいの奇跡があっても良いのではないでしょうか?」


 魔導は神にも等しい皇帝から授かったもの。

 神であれば、若返り程度の傲慢は許されるだろう。


「そうだ。魔導とは摂理に反し、起こりえない事象を引き起こすもの。同時に魔導とは、意志によって培われるもの。

 ――いわば進化だ」


「進化……なるほど」


「今の説明でわかったのか?」


 ザガリスは深く考える。

 抽象的な物事を考察するのは彼の得意分野だ。


「鳥は、空を飛ぶ必要があるために翼を持つ形態に進化しました。俺たちもあり得ないことを実現する必要があって、進化を願うことで魔導を得る……そういうことですか?」


「……ほう」


 彼の説明にリュシオンは驚嘆した。

 わずかな説明で、ここまで魔導を正確に理解できるとは。


「そうだ。魔導とは進化を世代間で起こさず、個人の中で完結させるものに等しい。明確な定義は出ていないが、俺はそう解釈している。あくまで私見だがな。

 お前はこの花を、何が何でも治したいと思うか? 俺は思わない。俺が治癒魔導を得たきっかけは、迎撃戦で友が死にかけている時だった。絶対に彼を助けてみせると……そう誓い、意志が爆ぜた。その時に俺は治癒の魔導を得たんだ」


「それって、つまり……」


 ザガリスの胸をざわざわとした何かが駆けた。

 今のリュシオンの説明は"おかしい"


 魔導を得るには、強い意志を持つきっかけが必要だ。

 イージャも死の淵に立たされ、同時にトワコを失ったから魔導を得たのだと推測できる。


 だが、もしもそうなら。


「……この時間に、意味はあるのですか?」


「魔導を目覚めさせるという観点から言えば、意味はない」


 リュシオンは断言した。


 そう。この訓練に意味はない。

 だから教官も指導していない。

 魔導は窮地に置かれなければ現出しない。


 ――ならば、この時間を設ける意味とは?

 体術や座学としないのは何故だ?


(この時間が完全に無駄なら、他の教練に充てるはずだ。魔導について、教官は聞けば真剣に答えてくれた。指導を怠けていたわけじゃない……よな。

 リュシオン教官はずっと椅子に座って、訓練兵たちの様子をぼんやりと眺めて……いや違う。リュシオン教官は普段から眠そうな目をしている。アレは『ぼんやり』じゃなくて、『普段通り』に見ているんだ。指導する気がないなら、そもそも俺たちの方を見ることすらないだろう。

 それなら……ええと。この時間の、目的は……)



 ザガリスはハッとして顔を上げる。

 深い深い思考の末、その結論に至った。

 至ってしまった。


(選抜、なのか……?)


 とてもじゃないが真相を教官に尋ねることはできなかった。

 尋ねたとしても、額面通り『これは魔導の訓練だ』と返答されるだけだろう。


 ザガリスが立ち尽くしていると、鐘が鳴った。

 訓練終了の時間だ。

 リュシオンは立ち上がり、訓練兵たちに叫ぶ。


「今日の訓練は終了だ! この後は体術訓練に向かうように!」


 それだけ告げ、彼は立ち去っていく。

 呼び止めることもできずにザガリスは彼を見送った。


 ---


「はっ!」


 訓練用のナイフを振るう。

 訓練相手のホワイトさんは軽々と俺の攻撃を流す。

 足を払われて無様に転んだ。


 体術は得意じゃない。

 けど、体格の小柄なホワイトさんに手も足も出ないなんて。


「もう一度お願いします」


「うん。君が満足するまで、私は応えよう。先輩の務めだからね」


 ここ数日間、訓練をしていて仲良くなった人たちがいる。

 目の前のホワイトさんは、かなり真面目な性格だ。

 頼りになる先輩。

 冗談を言っても真剣に受け取られるので注意。


 遠くで笑って観戦しているジーラさんは、見ての通り愉快な性格。

 俺をしきりに飯に誘ってくる。

 ジーラさんを通して、同じ軍の人とも交流が広がっている。


 そして、この数日で得たのは交流だけじゃない。

 技に磨きをかけた。


「いきます!」


 駆ける。いや、跳ぶ。

 足裏に影を作り、一気に前方へ押し出す。

 何度も練習して、これは確実に成功するようになった。


 猛スピードでホワイトさんに迫る。

 俺は接触する寸前に──身を翻した。


 地面に背を向け、俺の人影を射出。

 そのままの勢いで一気に高度を上げた。

 二段階に分けて自分の身体を飛ばすことにより、空中へ舞い上がるのだ。



 よし、いける!

 あとはもう一段階、俺自身を吹っ飛ばす!


 そう、次は俺を地面に向けて射出する。

 問題は影。

 俺が暗闇(ブラインド)を行使するには、影と接触している必要がある。

 空中では人影もなく、俺は影に触れられない。


 だから、


「ふっ……!」


 空中で上着を脱ぎ捨てる。

 強引に影を作ってしまえばいい。

 これまでは何度も失敗してジーラさんとリラに笑われていた技。


 だが、今回は成功させてやる!

 ちょうど真後ろに上着を広げ、ホワイトさんの方を向く。

 影で自分の背を押し出した。


「はぁああっ!」


 急速に地上との距離が接近。

 ナイフに影を宿し、武器の長さを延長。


 ホワイトさん目がけて振り抜いた。


「上出来だね」


 俺の渾身の一撃は、ホワイトさんの光の盾に阻まれる。

 ナイフに宿した影を強めれば盾を破れるかもしれないが、これは訓練。

 そこまで全力を出さなくてもいい。


「よ、よしっ! 決まった!」


「やるね。今の攻撃は、熟練者でも想定できないよ。どんどん技のバリュエーションが広がっている。これは明らかに、努力による進歩と言えるだろう」


「ありがとうございます! ホワイトさんのおかげです!」


 遠くではジーラさんが「うおおおおお!」と叫んでいた。

 この数日間で、俺の動きは明らかに洗練されてきている。

 魔導の幅を広げるほど武器が増えていくんだ。


 魔導とは解釈。

 どのように応用すればいいか。

 使い方を考えるだけで、戦略が無限に広がる。

 まだまだ試してみたい戦法は尽きない。


「それでは、俺はここで失礼します。今日もパトロールがあるので」


「ああ。お疲れ様。無理はしないように」


「はい、ありがとうございました!」


 ---


 訓練が終わったものの、俺の一日は終わらない。

 実はさっき起きたばかりなんだ。


 夕方に起きて、訓練して、夜中に任務。

 寝るのは朝方。

 夜勤になってからこの生活リズムだ。

 座学がある日はやや変則的な生活になるが。


 そろそろリラが起きてくる時間だろう。

 俺が起こさないと寝てる日もあるけど。


 さて、今日はどうかな。

 俺はリラが起きていることを祈りつつ、部屋の扉を開けた。


「起きて……る」


「…………」


 部屋の中央でリラがうずくまっている。

 ……いや待て。何かがおかしい。


「……リラ? 大丈夫か!?」


「う……ぅ……」


 呼吸は荒く、胸元を抑えている。

 何かの持病か?


「きみ……その、カバン……取って……」


 リラが示したカバンはデスクの横にあった。

 すぐさまカバンを手渡す。


 リラはカバンを開き、中から小瓶のようなものを取り出した。

 赤い液体だ。

 彼女は液体を一気に喉に流し込む。


「はぁっ……あ、危ないところだったわ……」


「大丈夫なのか?」


「……ん? ああ、イージャ。いたの」


「えぇ……」


 俺の存在に気づかないほど憔悴していたらしい。

 ふと、鼻腔を奇妙な匂いがくすぐった。

 つい先日、嗅いだような……鉄の匂い。


 さっきの赤い液体。

 もしかして……


「……血、か?」


 俺はリラが握っている小瓶を見つめた。

 まさか血を飲んだのか?


「ぷっ……まさかイージャ、この液体を血だと思ってるの?」


「いや、なんか匂い的に……血かなって」


「血を飲む人間がどこにいるのよ。ただの栄養剤よ。

 根拠のない憶測も大概にしておきなさい」


「まあ、そうだよな。これからパトロールだけど……今日は休むか?」


「問題ないわ。ぼくは軟弱者じゃない。少し具合が悪いだけで、仕事に支障はないわ」


 本当に大丈夫だろうか。

 リラは性格的に虚勢を張ってそうだ。


 今日は少し注意してパトロールしよう。


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