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暗闇の怪物  作者: 朝露ココア
1章 怪物の目覚め
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10. 争いと死と

 ホワイトさんとジーラさんに後処理を任せ、俺たちは帰路につく。

 帰り道に魔導医療軍の支部に寄り、けがを手当てしてもらった。


 ……制服が真っ赤に汚れてしまったな。

 クリーニングしてもらわないと。


 電車に乗る際に上着は脱いだ。

 さすがに血まみれの人が乗ってきたら驚くだろう。


「はぁ……ほぼ死にかけた。もうあんな目に遭うのは御免だよ」


「やっぱり夜勤にしてもらいましょう。夜はぼくも戦力になれるし」


「そうだな。アバドンと初日に遭遇するなんて……かなり悪運が強いみたいだ」


 俺はぐったりと座席に背中を預ける。

 今はリラも俺を気にかけてくれているようだ。

 夜が近いから、怠さが消えたのかもしれないが。


「しかしアバドンの連中、どうしてあんな真似を……皇帝軍に攻撃するならまだ理解できる。けど戒律を破る理由なんてないだろ」


「……戒律? ねえ、戒律ってなに?」


「――は?」


 思わず耳を疑った。

 疲労による眠気はすべて吹っ飛んだ。


 今……リラは何と言った?


「なに、言ってんだ……お前……」


「じ、冗談よ。そんな目で見なくてもいいじゃない」


「は、ははっ……本当に、冗談でもそんなことは言わない方がいいぞ。下手したら不敬罪で処分される」


 他の乗客は聞いてないみたいだ。よかった。

 冗談にしても性質が悪すぎる。


 世界(ノアティルス)における絶対の規律。

 それが戒律。


 今回で言えば、アバドンは『大地へ不敬を働いてはならない』に反していた。

 地面を傷つけるならまだしも、掘るなんてもってのほかだ。

 大地は十聖が創り、皇帝陛下が均した神聖なるもの。

 汚すことは許されない。


「こっちはそうやって回ってるのね……ふーん……」


「あーほんと。お前って常識がないよな。皇帝軍の事情にはやたらと詳しいけど、世間知らずというか。はっきり言うと変人だな」


「他者からの評価を気にしていたらキリがないわよ。ぼくはリラ・ルキス。それ以外の何者でもない。ぼくを変わり者だと言う人がいるなら、その人の常識を変えてやるの」


「すげえ……アレだな。大成功するか大失敗するか、どっちかのタイプだな」


 でも、リラは大成功する気がした。

 なんとなく。


 ---


 ようやく魔導皇城(ティアキャッスル)に到着した。

 激動のパトロールだったな……


 中央の区画を通りかかると、訓練兵たちが魔導の訓練をしていた。

 魔導の訓練って、どうやるんだろうか。

 リラは彼らの様子を遠まきに眺めて、俺と同様に首を傾げた。


「魔導の訓練、ね。ぼくたちにはわからない感覚だわ。

 『腕を動かす練習をしろ』って言われてるようなものでしょう?」


「だからホルスト元帥は義手に喩えてたな」


 今回の戦いでも、新たな魔導の活用法を編み出した。

 靄に飛び込み、全身を防御する技。

 影を足裏に射出して急加速する技。


 これらの応用は本能的に『できる』と感知したもの。

 不可能な技はそもそも思いつかない。


「イージャ!」


 訓練兵の中から、馴染みのある顔がやってきた。

 ザガリスとハピだ。

 彼らは俺の服を見て唖然とした。


「え、イージャくん……その服、どうしたの? 赤いペンキでもこぼした?」


「血だ。さっきアバドンと交戦してきた。本部から応援も来てくれて、問題なく鎮圧できたよ。

 ……死にかけたけど」


「だ、大丈夫なのか!?」


「生きてるんだから大丈夫だよ。服についてるのはほとんど返り血だし。おかげで場数を踏めた」


 二人を心配させないように、俺はできるだけ気丈に振る舞った。

 正直なところ、まだ恐怖で身体が震えてるけど。

 いい経験になったのは事実だ。

 おかげで自分の未熟さを再認識した。


「それよりお前ら、魔導の具合はどうだ? 使えるようになったのか?」


「……ううん。私たち、本当に魔導を授かったのかわからないくらい……何もできるようにならない。ザガリスくんは治癒系の魔導で、私は毒系の魔導らしいんだけど。

 他の訓練兵でも、まだ魔導を使えた人はいないみたい。焦らずに鍛えていくべきなのかな」


 まあ、昨日授かったばかりだ。

 さすがに翌日に使いこなせている人はいないだろう。


 ただ、ハピの『焦らずに』というフレーズは引っかかった。


「いや。焦った方がいい。少なくとも一か月後には魔導を使えるようになっておかないと。

 その……がんばれよ。俺も応援してるから」


「う、うん! がんばる!」


「じゃ、またな」


 外敵との交戦は一か月後。

 その日までに魔導を使えないと、死ぬ可能性が極めて高くなる。

 リラと先日話した軍曹から聞いた情報だ。詳細は話せないんだけど。


 俺は……もう大切な人を失いたくない。

 だから二人には魔導を使えるようになってもらわないと。



 ――争いだ。

 今日も、争いと隣り合わせだった。



 そして死がいつもそばにいる。

 きっと……これから永遠に付き合う命題だ。


 争いと死と共に、俺は生きていかなければならない。

 覚悟はできている。

 もう怯えたりしない。


 ---


 イージャの背を見送り、ザガリスとハピは何とも言えぬ気分になっていた

 そういえば、イージャの隣を歩いている銀髪の少女は誰だろう。

 

「イージャ、辛そうだったな」


「……うん。元気なフリしてる時のイージャくんだよ。

 本当はかなり辛いのに、それを隠してるみたいだった」


 二人には彼の本音がわかる。

 伊達に長いこと付き合っていない。


「それに一か月後って……どういう意味なんだ?」


「わかんない。イージャくんも、私たちに話せない事情があるんだと思う。

 でも……こうして燻ってるのはダメだよ。早くイージャくんに追いついて、一緒に戦えるようになろう」


「そうだね。でも、俺たちに足りないものって……」


 なんだろう。

 ザガリスは深く考え込んだ。


 ---


「褒められた行為ではないな」


 報告を受けたホルスト元帥は、渋面して腕を組んだ。

 俺とリラは彼の前に背を伸ばして立っている。これは叱られる雰囲気か。


「確かに、通信では『鎮圧に向かえ』と指令があって。それに従った君たちは、ある意味では正しいだろう。

 ただし相手の規模も不明瞭だった。君たちの為すべきことは、先行して敵勢力の規模を把握することだった。単独でアバドンを鎮圧できる確信、自信があるのならば構わない。しかし君たちは新人だ」


「ま、まあまあ……結果的に助かったんですし……

 そもそもパトロールを命じたのは私ですから。アバドンと遭遇した際のマニュアルを作ってなかった、私の責任です。罰するなら私を」


 ソウルさんが俺たちを庇ってくれる。

 彼女は必死にホルスト元帥を宥めていた。


「……何も罰する気はない。イージャ、リラの勇気は素晴らしい。民を守るため、命を賭けて戦ってくれたことに感謝しよう。

 そして君たちの提案どおり、今後の任務は夜勤とする。二人とも魔導は夜の方が有効に使えるだろう」


「は、はい! ありがとうございます!」


 ホルスト元帥の言うことは正しい。

 リラも戦えない状況で手出しするべき相手じゃなかった。

 俺は激情に身を任せ、勝ち目のない戦いに挑んだのだ。


「他に話はあるか? 何か心配事や、不便に思っていることなど。遠慮せずに言ってくれ」 


「ぼくはないです」


「あ、俺は……えっと。聞いてみたいことがあるんですけど。

 ホルスト元帥はどうやって強くなりましたか?」


 その問いに、ホルスト元帥は目を閉じた。

 数秒間沈黙し……彼は語る。


「魔導を鍛えるものは『意志』だ」


「意志?」


「ああ。イージャ、君が魔導に目覚めた時……何者にも代えがたい感情を覚えたはずだ」


 ああ、そうだ。

 俺はトワコが死んで、どうしようもない怒りを覚えた。

 自分が死に直面していることに対して、恐怖……に似た何かを感じた。


 けど、それだけじゃない。

 ずっと前から、途方もなく昔から、俺は『それ』を感じていたと思う。

 言葉にするのは難しい。

 強いて言うなら……『厭戦』かな?


「その感情を、カタチにして実現しようとする心。

 それが意志だ。魔導は意志(つよ)き者にのみ現出し、そして成長する。魔導の幅を広げて強くなるには、意志を固持する必要があるな」


 彼の話を聞いて、隣のリラが尋ねた。


「じゃあ、ホルスト元帥にも『魔導』を目覚めさせるきっかけ……意志の爆発があったんですか?」


「……そうだな。当代元帥の中では唯一、私は既覚者ではなかった。皇帝軍に入りたてのころ、私は『養殖』だった。

 だが、ひとつのきっかけで自分の魔導に目覚めることもある。私もそうだった」


 少し元帥のトーンが落ちる。

 魔導現出のきっかけを聞くのは失礼にあたるだろうか。

 でも、気になるなあ……


「きっかけを聞きたそうだな、イージャ」


「えっ!? い、いえ……そんなことは」


「ふっ。私の魔導を目覚めさせたのは『相棒殺し』だ。

 今のイージャとリラのように、私には相棒がいた。彼を殺したのが……私が意志を持つきっかけとなった」


 ――重っ。


 で、でも俺から聞きたいって言ったわけじゃないし。

 気まずい雰囲気になる前に、ホルスト元帥は話題を切り替えた。


「まあ、その話は今度にしよう。

 魔導は身体能力の強化にも使える。人間の身体能力には限界がある。その限界を突破させるのが魔導だ。基礎体力を磨き、魔導の応用を考える。

 これを両立することで強くなれるだろう」


 確かに……影を足裏で射出して急加速する技。

 あれは身体能力の強化と言えるだろう。

 スピードを上げているわけだからな。


 自分の技を増やすことが強さにつながる。がんばって考えよう。

 あとは基礎トレも大事だ。


 よし、明日から特訓開始だな。

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