10. 争いと死と
ホワイトさんとジーラさんに後処理を任せ、俺たちは帰路につく。
帰り道に魔導医療軍の支部に寄り、けがを手当てしてもらった。
……制服が真っ赤に汚れてしまったな。
クリーニングしてもらわないと。
電車に乗る際に上着は脱いだ。
さすがに血まみれの人が乗ってきたら驚くだろう。
「はぁ……ほぼ死にかけた。もうあんな目に遭うのは御免だよ」
「やっぱり夜勤にしてもらいましょう。夜はぼくも戦力になれるし」
「そうだな。アバドンと初日に遭遇するなんて……かなり悪運が強いみたいだ」
俺はぐったりと座席に背中を預ける。
今はリラも俺を気にかけてくれているようだ。
夜が近いから、怠さが消えたのかもしれないが。
「しかしアバドンの連中、どうしてあんな真似を……皇帝軍に攻撃するならまだ理解できる。けど戒律を破る理由なんてないだろ」
「……戒律? ねえ、戒律ってなに?」
「――は?」
思わず耳を疑った。
疲労による眠気はすべて吹っ飛んだ。
今……リラは何と言った?
「なに、言ってんだ……お前……」
「じ、冗談よ。そんな目で見なくてもいいじゃない」
「は、ははっ……本当に、冗談でもそんなことは言わない方がいいぞ。下手したら不敬罪で処分される」
他の乗客は聞いてないみたいだ。よかった。
冗談にしても性質が悪すぎる。
世界における絶対の規律。
それが戒律。
今回で言えば、アバドンは『大地へ不敬を働いてはならない』に反していた。
地面を傷つけるならまだしも、掘るなんてもってのほかだ。
大地は十聖が創り、皇帝陛下が均した神聖なるもの。
汚すことは許されない。
「こっちはそうやって回ってるのね……ふーん……」
「あーほんと。お前って常識がないよな。皇帝軍の事情にはやたらと詳しいけど、世間知らずというか。はっきり言うと変人だな」
「他者からの評価を気にしていたらキリがないわよ。ぼくはリラ・ルキス。それ以外の何者でもない。ぼくを変わり者だと言う人がいるなら、その人の常識を変えてやるの」
「すげえ……アレだな。大成功するか大失敗するか、どっちかのタイプだな」
でも、リラは大成功する気がした。
なんとなく。
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ようやく魔導皇城に到着した。
激動のパトロールだったな……
中央の区画を通りかかると、訓練兵たちが魔導の訓練をしていた。
魔導の訓練って、どうやるんだろうか。
リラは彼らの様子を遠まきに眺めて、俺と同様に首を傾げた。
「魔導の訓練、ね。ぼくたちにはわからない感覚だわ。
『腕を動かす練習をしろ』って言われてるようなものでしょう?」
「だからホルスト元帥は義手に喩えてたな」
今回の戦いでも、新たな魔導の活用法を編み出した。
靄に飛び込み、全身を防御する技。
影を足裏に射出して急加速する技。
これらの応用は本能的に『できる』と感知したもの。
不可能な技はそもそも思いつかない。
「イージャ!」
訓練兵の中から、馴染みのある顔がやってきた。
ザガリスとハピだ。
彼らは俺の服を見て唖然とした。
「え、イージャくん……その服、どうしたの? 赤いペンキでもこぼした?」
「血だ。さっきアバドンと交戦してきた。本部から応援も来てくれて、問題なく鎮圧できたよ。
……死にかけたけど」
「だ、大丈夫なのか!?」
「生きてるんだから大丈夫だよ。服についてるのはほとんど返り血だし。おかげで場数を踏めた」
二人を心配させないように、俺はできるだけ気丈に振る舞った。
正直なところ、まだ恐怖で身体が震えてるけど。
いい経験になったのは事実だ。
おかげで自分の未熟さを再認識した。
「それよりお前ら、魔導の具合はどうだ? 使えるようになったのか?」
「……ううん。私たち、本当に魔導を授かったのかわからないくらい……何もできるようにならない。ザガリスくんは治癒系の魔導で、私は毒系の魔導らしいんだけど。
他の訓練兵でも、まだ魔導を使えた人はいないみたい。焦らずに鍛えていくべきなのかな」
まあ、昨日授かったばかりだ。
さすがに翌日に使いこなせている人はいないだろう。
ただ、ハピの『焦らずに』というフレーズは引っかかった。
「いや。焦った方がいい。少なくとも一か月後には魔導を使えるようになっておかないと。
その……がんばれよ。俺も応援してるから」
「う、うん! がんばる!」
「じゃ、またな」
外敵との交戦は一か月後。
その日までに魔導を使えないと、死ぬ可能性が極めて高くなる。
リラと先日話した軍曹から聞いた情報だ。詳細は話せないんだけど。
俺は……もう大切な人を失いたくない。
だから二人には魔導を使えるようになってもらわないと。
――争いだ。
今日も、争いと隣り合わせだった。
そして死がいつもそばにいる。
きっと……これから永遠に付き合う命題だ。
争いと死と共に、俺は生きていかなければならない。
覚悟はできている。
もう怯えたりしない。
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イージャの背を見送り、ザガリスとハピは何とも言えぬ気分になっていた
そういえば、イージャの隣を歩いている銀髪の少女は誰だろう。
「イージャ、辛そうだったな」
「……うん。元気なフリしてる時のイージャくんだよ。
本当はかなり辛いのに、それを隠してるみたいだった」
二人には彼の本音がわかる。
伊達に長いこと付き合っていない。
「それに一か月後って……どういう意味なんだ?」
「わかんない。イージャくんも、私たちに話せない事情があるんだと思う。
でも……こうして燻ってるのはダメだよ。早くイージャくんに追いついて、一緒に戦えるようになろう」
「そうだね。でも、俺たちに足りないものって……」
なんだろう。
ザガリスは深く考え込んだ。
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「褒められた行為ではないな」
報告を受けたホルスト元帥は、渋面して腕を組んだ。
俺とリラは彼の前に背を伸ばして立っている。これは叱られる雰囲気か。
「確かに、通信では『鎮圧に向かえ』と指令があって。それに従った君たちは、ある意味では正しいだろう。
ただし相手の規模も不明瞭だった。君たちの為すべきことは、先行して敵勢力の規模を把握することだった。単独でアバドンを鎮圧できる確信、自信があるのならば構わない。しかし君たちは新人だ」
「ま、まあまあ……結果的に助かったんですし……
そもそもパトロールを命じたのは私ですから。アバドンと遭遇した際のマニュアルを作ってなかった、私の責任です。罰するなら私を」
ソウルさんが俺たちを庇ってくれる。
彼女は必死にホルスト元帥を宥めていた。
「……何も罰する気はない。イージャ、リラの勇気は素晴らしい。民を守るため、命を賭けて戦ってくれたことに感謝しよう。
そして君たちの提案どおり、今後の任務は夜勤とする。二人とも魔導は夜の方が有効に使えるだろう」
「は、はい! ありがとうございます!」
ホルスト元帥の言うことは正しい。
リラも戦えない状況で手出しするべき相手じゃなかった。
俺は激情に身を任せ、勝ち目のない戦いに挑んだのだ。
「他に話はあるか? 何か心配事や、不便に思っていることなど。遠慮せずに言ってくれ」
「ぼくはないです」
「あ、俺は……えっと。聞いてみたいことがあるんですけど。
ホルスト元帥はどうやって強くなりましたか?」
その問いに、ホルスト元帥は目を閉じた。
数秒間沈黙し……彼は語る。
「魔導を鍛えるものは『意志』だ」
「意志?」
「ああ。イージャ、君が魔導に目覚めた時……何者にも代えがたい感情を覚えたはずだ」
ああ、そうだ。
俺はトワコが死んで、どうしようもない怒りを覚えた。
自分が死に直面していることに対して、恐怖……に似た何かを感じた。
けど、それだけじゃない。
ずっと前から、途方もなく昔から、俺は『それ』を感じていたと思う。
言葉にするのは難しい。
強いて言うなら……『厭戦』かな?
「その感情を、カタチにして実現しようとする心。
それが意志だ。魔導は意志固き者にのみ現出し、そして成長する。魔導の幅を広げて強くなるには、意志を固持する必要があるな」
彼の話を聞いて、隣のリラが尋ねた。
「じゃあ、ホルスト元帥にも『魔導』を目覚めさせるきっかけ……意志の爆発があったんですか?」
「……そうだな。当代元帥の中では唯一、私は既覚者ではなかった。皇帝軍に入りたてのころ、私は『養殖』だった。
だが、ひとつのきっかけで自分の魔導に目覚めることもある。私もそうだった」
少し元帥のトーンが落ちる。
魔導現出のきっかけを聞くのは失礼にあたるだろうか。
でも、気になるなあ……
「きっかけを聞きたそうだな、イージャ」
「えっ!? い、いえ……そんなことは」
「ふっ。私の魔導を目覚めさせたのは『相棒殺し』だ。
今のイージャとリラのように、私には相棒がいた。彼を殺したのが……私が意志を持つきっかけとなった」
――重っ。
で、でも俺から聞きたいって言ったわけじゃないし。
気まずい雰囲気になる前に、ホルスト元帥は話題を切り替えた。
「まあ、その話は今度にしよう。
魔導は身体能力の強化にも使える。人間の身体能力には限界がある。その限界を突破させるのが魔導だ。基礎体力を磨き、魔導の応用を考える。
これを両立することで強くなれるだろう」
確かに……影を足裏で射出して急加速する技。
あれは身体能力の強化と言えるだろう。
スピードを上げているわけだからな。
自分の技を増やすことが強さにつながる。がんばって考えよう。
あとは基礎トレも大事だ。
よし、明日から特訓開始だな。




