スーパーおっちょこちょい悪役令嬢は、何度ループしても断罪されてしまう
「テレーゼ様、お覚悟はよろしいですか」
「……はい」
死刑執行人のアルバンさんが、女性かと見紛うほどのお美しい顔で私を見下ろしている。
後ろ手に縛られている私は、アルバンさんにそっと首を差し出した。
大丈夫、全然怖くない。
この人なら、痛みを感じる間もなく私の命を絶ってくれると知っているから。
「では、参ります」
アルバンさんが聖剣ニャッポリートを、天高く掲げる。
「――あなた様に、魂の救済があらんことを」
ヒュンという風を斬る音と共に、私の意識は途絶えた。
「テレーゼ、ただ今をもって、君との婚約を破棄する!」
「――!」
目を開けるとそこは華やかな夜会の最中。
私の婚約者であり、我が国の王太子殿下でもあらせられるヨーゼフ様が、ドヤ顔で私に指を差しながらそう宣言した。
……ああ、また戻ってきちゃったか。
これでもう何回目かしら。
10回を超えたあたりからは、数えるのも億劫になっちゃった。
――何故か私は死ぬたびに、この場面まで時間が戻ってしまう。
何とかこの状況を打開しようと、あの手この手を尽くしてるんだけど、不思議と結果は毎回断罪エンド……。
一応私なりに頑張ってるつもりなんだけどなぁ……。
まあ、落ち込んでても始まらないわ!
今回こそは、断罪エンドを回避してみせるわよ!
「ヨーゼフ様! そんな、急に婚約破棄だなんて、酷いです! せめて断罪だけは勘弁してください!」
「……何だと?」
「あ! いえ! 今のはこっちの話です!」
危ない危ない!
私が時間をループしてることがバレたら、ややこしいことになるのは必至!
しっかりしなさいテレーゼ!
今回こそは、この無限婚約破棄地獄から抜け出すのよ!
「フン、どうやら後ろめたいことがあるようだな。やはりベティーネのネックレスを盗んだのは君なんだな、テレーゼ!」
「ち、違います! 断じて私は、盗んでなどいません!」
「ああ、ヨーゼフ様……」
男爵令嬢のベティーネさんが、悲愴感を滲ませた顔でヨーゼフ様にしなだれかかる。
その途端、カチリと金属が擦れるような音が微かにした。
「先日のベティーネを階段から突き落とした犯人も、君なんだろうテレーゼ!? そんな極悪人は、僕の妻に相応しくないッ!」
「そ、それも違います! あれはベティーネさんが勝手に……」
「いいえ、私は確かにあの時、誰かに背中を押されました! あの場で私を突き落とせたのは、テレーゼ様しか考えられません!」
「いや、マジで私じゃないんですってばッ! お願いです、信じてくださいッ!」
「ホウ、ではテレーゼ、君はベティーネのことをどう思っているのか、正直に言ってみろ」
「え? 正直にですか?」
うーん。
「まあ、ぶっちゃけ好きか嫌いかで言ったら、嫌いですよね」
「「「っ!?」」」
「だってそうじゃありません? 愛のない政略結婚とはいえ、一応ヨーゼフ様は私の婚約者なのに、あんなに露骨に色目使われたら、誰だっていい気分はしないでしょう?」
「「「っ!!」」」
「マジで何度階段から突き落としてやろうかと思ったかわかりませんよ。…………あ」
し、しまったああああああ!!!!
「遂に白状したなこの痴れ者めッ!!」
「い、いや、今のは違うんですッ!! 言葉の綾というやつでして……」
「ええい、うるさいうるさいッ!! 君のような極悪人は、一秒たりとも生かしておくわけにはいかん! ――即刻死刑だああああああ!!!!」
「ひえええええええええええ」
「テレーゼ様、お覚悟はよろしいですか」
「……はい」
死刑執行人のアルバンさんが、女性かと見紛うほどのお美しい顔で私を見下ろしている。
あー、いつ見てもアルバンさんは綺麗な顔してるなー。
マジで女の私より数段綺麗だよなー。
「では、参ります」
アルバンさんが聖剣ニャッポリートを、天高く掲げる。
さーてと、次こそは逆転ホームラン、決めてみせるぜ!
「――あなた様に、魂の救済があらんことを」
ヒュンという風を斬る音と共に、私の意識は途絶えた。
「テレーゼ、ただ今をもって、君との婚約を破棄する!」
「――!」
目を開けるとそこは華やかな夜会の最中。
よし、いい加減私も学習したわ。
誠に遺憾ながら、どうやら私はスーパーおっちょこちょいみたい。
だから下手に口を開くと、一気に奈落にボッシュート!
沈黙は金という言葉もある。
ここはそれに習って、徹底して沈黙を貫きましょう!
「…………」
「む? 何とか言ったらどうなんだテレーゼ! ベティーネのネックレスを盗んだのは君なんだろう!?」
「…………」
「ああ、ヨーゼフ様……」
男爵令嬢のベティーネさんが、悲愴感を滲ませた顔でヨーゼフ様にしなだれかかる。
その途端、カチリと金属が擦れるような音が微かにした。
「そしてベティーネを階段から突き落とした犯人も君だ! そうなんだな!?」
「…………」
「ホウ、黙秘を決め込むつもりか。――つまりそれは、自分に非があると認めているようなものだ。もし違うというなら弁明してみろ! でなければ自白したものと見なす!」
「…………」
「――死刑だああああああ!!!!」
「…………!?」
あ、あれ!?!?
「……テレーゼ様、お覚悟はよろしいですか」
「……はい」
うーん、おっかしーなー。
今回はイケると思ったんだけどなー。
「……では、参ります」
アルバンさんが聖剣ニャッポリートを、天高く掲げる。
まあ、くよくよしててもしょーがないよね!
次こそは、次こそはハットトリック決めてみせるぜッ!
「――あなた様に、魂の救済があらんことを」
ヒュンという風を斬る音と共に、私の意識は途絶えた。
「テレーゼ、ただ今をもって、君との婚約を破棄する!」
「――!」
さて、ここで状況を整理しよう。
要は一番のポイントは、私が無実の罪を着せられてるってとこなのよね。
つまり私の無実さえ証明できれば、ハッピーエンドに辿り着けるはず。
考えなさい、考えなさいテレーゼ。
伊達に何十回もループしてないわ。
きっとどこかに、ヒントはあるはず。
「その気まずそうな表情、やはりベティーネのネックレスを盗んだのは君なんだな、テレーゼ!」
「い、いえ、これは、考え事をしていただけで……」
「ああ、ヨーゼフ様……」
男爵令嬢のベティーネさんが、悲愴感を滲ませた顔でヨーゼフ様にしなだれかかる。
その途端、カチリと金属が擦れるような音が微かにした。
――!!
もしかして、この音は――!
「ネ、ネックレスは、ベティーネさんがご自分で持っています!」
「「「――!」」」
「何!? そんなわけないだろう! デタラメを言うな!」
「そ、そうですそうです!」
「じゃあ今すぐ、ベティーネさんの胸ポケットを調べてみてください!」
「胸ポケットを? ……いいか、ベティーネ?」
「いや、あの、その……!」
滝のような汗を流すベティーネさん。
フフフ、どうやらビンゴのようね!
「こ、これは……!」
案の定胸ポケットからは、ギラギラと光り輝く、趣味の悪いネックレスが出てきた。
「どういうことなんだベティーネ!? 君は僕を騙していたのか!?」
「そ、そそそそそそんなわけないじゃありませんかヨーゼフ様! 私がヨーゼフ様を騙すなんて、そんなまさか」
やれやれ、どうやらスーパーおっちょこちょいなのは、ベティーネさんもだったみたいね。
胸ポケットにネックレスを隠してなかったら、バレることもなかったのに。
「もうやめんか、見苦しい」
「「「――!!」」」
その時だった。
ずっと一連の遣り取りを無言で眺めていた国王陛下が、初めて口を開いた。
イッケネ!
あまりにも存在感なかったんで、いらっしゃったの忘れてました!
「こんな女狐の拙い奸計に踊らされおって。我が息子ながら情けない」
「そ、それは……!」
あ、陛下はベティーネさんの奸計だって気付いてらっしゃったんですね?
……だったらもっと早く助けてくれればよかったのに。
「貴様のような愚息には、この国は任せられん。よって貴様からは、王位継承権を剝奪する」
「そ、そんな!? どうかお慈悲を、父上ッ!」
「却下だ。貴様と女狐には、禊として一年間懸賞生活を送ってもらう」
「「懸賞生活!?!?」」
「食事から衣服に至るまで、生活の一切を懸賞だけで乗り切るのだ。愚かなお前たちには、それくらいの暮らしが相応しい。――連れていけ」
「「「ハッ」」」
「お、お待ちください父上ッ!! どうかお慈悲をッ! お慈悲ををををッッ!!!」
「いやああああああああッッ!!!」
断末魔の叫びを上げながら、二人は連行されていった。
ふぅ、これでやっと、このループもザ・エンドか。
「災難であったな、テレーゼ」
陛下が私に労いの言葉をかけてくださる。
「い、いえ、私は別に…………ハッ、ハックションッ!!」
「「「――!?!?」」」
「…………あ」
私がくしゃみをした瞬間、陛下のカツラが遥か彼方に飛んでいってしまった。
えーーー!?!?!?
「――死刑だああああああ!!!!」
「うそおおおおおおおおおおおん」
そりゃないわよおおおおおおおおおお。
「…………テレーゼ様、お覚悟はよろしいですか」
「……はい」
アルバンさんが呆れたような顔で、私を見下ろしてくる。
おや? いつもは慈悲深い眼差しを向けてくれるのに?
今回はいつもと雰囲気が違うわね?
「……私があなたに初めてお会いした時」
「え?」
初めてお会いした時?
いや、初めても何も、このループでは、私とアルバンさんがお会いするのは今が初めてですけど……。
「あなたがあまりにも朗らかな笑顔で私を見つめてくるので、思わず私はお訊きしたのです。『あなたは私が憎くないのですか?』とね」
「――!?」
た、確かに、そんなことを訊かれた覚えはありますけど……!
――まさか!
「何せ今まで私が死刑執行人として相対してきた人たちは、心底恨めしそうに私を睨みつけるか、号泣しながら命乞いするか、全てに絶望して放心しているかのいずれかしかいなかったものですから」
「あ、あはは」
まあ、そりゃ私みたいに、処刑される段になってもボケっとしている人は、珍しいでしょうね。
単に何も考えてないだけなんですけど。
「ですが、あなたは私の質問にこう答えたのです。『全然憎くありませんよ! アルバンさんはご自分の仕事を全うなさってるだけじゃないですか! むしろみんなが嫌がる仕事を文句の一つも言わずこなされてる姿は、尊敬に値します!』とね」
「ああ」
確かにそう言いましたね。
それが私の正直な気持ちですし。
「……その一言で、私の心がどれだけ救われたか。――だから私は願ったのです、今度は私があなたをお救いしたい、とね」
「――!」
アルバンさん……。
「ですが、一介の死刑執行人に過ぎない私には、そんな力はありません。――ですから苦肉の策として、あなた自身の手で、あなたを救ってもらうことにしたのです。この時空をも歪ませる、聖剣ニャッポリートの力を借りてね」
「――!」
そういうことだったのですか。
「何度も苦しい思いをさせてしまい、誠に申し訳ございません。ですが、これしか方法がないのです」
「い、いえ! どうかお気になさらず! むしろスーパーおっちょこちょいな私に、こんなに何度もチャンスをいただけて、マジで感謝してます!」
「テレーゼ様……」
アルバンさんがいつもの慈悲深い眼差しを、私に向けてくれる。
うん、こんな優しい人が味方してくれてるなんて、この上なく心強いわ!
「見ててください。次こそはきっと、ハッピーエンドをもぎ取ってやりますから!」
「……フフ、期待していますね」
アルバンさんが聖剣ニャッポリートを、天高く掲げる。
一瞬だけニャッポリートが、キラリと輝いた気がした。
「――あなた様に、魂の救済があらんことを」
ヒュンという風を斬る音と共に、私の意識は途絶えた。
――でも、私の心は、希望で満ち溢れていた。
因みにこの後テレーゼがハッピーエンドをもぎ取るまで、20回以上かかりました。