第八話:からおけてん
「ごめんねー。匁っち、急に来ちゃって」
「別に良いよ~」
そんな会話をしながら日に照らされた縁側で座布団に座る匁と座布団の上に乗る秋穂。
その二人に静かに、そっと後ろからお茶と茶菓子が置かれる。
羊羹のようだ。
それを二人は、「ありがとう」と持ってきて後ろに控える紅白に礼を言い口へと運ぶ。
途端、口に広がる甘みに二人はとろけた顔になる。
「小豆製菓の羊羹美味しいねー」
「ねー」
そんな二人の様子をただ後ろから見やる紅白。だが、二人の表情を見てそんなに美味しいのかと気になり食べてみたい気持ちが湧き出てくるが、使用人である自分が客人がいる目の前で食べるのはと気持ちを落ち着ける。
「紅白も食べよ食べよ!」
「そうそう、そんなところにいないで紅白ちゃんも羊羹食べようよ」
立派で大人な客人と主という組み合わせではなく、子供と若者という全くそんな気を遣わなくても良い雰囲気を放つ二人に気持ちが揺らぐ紅白だが、気持ちをグッと抑え、お二人の分だけですから自分に気を遣わずに召し上がって下さいと勧める。
「紅白の分も用意したよ?」
そんな主の言葉を聞くまでは。
羊羹がある場所は匁も知っているのは知っているが、自分が先程開封したのが最初であるのに、いつ取りに行ったと頭の中で解を巡らせるが全く出てこない。
そんな紅白とは裏腹に秋穂は怪しむ様子もない。
「流石匁っち! 準備が良い!」
「でしょー!」
ましてや匁を褒める始末。
対してドヤ顔で胸を張る匁。
「という訳だから紅白ちゃんも食べよう」
「食べよー」
「いえ、私は」
「良いのー? 家主様が良いって言ってるのにー?」
「そうだよー?」
「え、えと」
迫る二人の姿。それにどう対応して良いか分からず、ついに紅白は折れる形となる。
そうして、羊羹を食べながら秋穂が本題へ。
「それで、私と咲子さんとで一緒にこの前話したカラオケ店に昨日行ってみたんだけど」
「うん」
「中はまあ普通の、私も行った事あるようなカラオケで結構最近の曲まで入ってたんだけどさ、入って色々見て回ったけど何も起きないしとりあえず歌って盛り上がった訳よ」
「ずるーい! 良いなぁ。僕も行きたーい」
「まあ、今度一緒に行こうね。って、違う違う。ちょっとおかしかったんだよ」
「う?」
「おかしい、ですか?」
「うん。なんて言うか、歌い終わって満足して部屋から出たら、廊下に水溜まりが点々って感じで出来てたの。それで、また色々探したんだけど何にもいなくてさ、これは匁っちに相談だなーって」
「なるほどー」
「と言う訳で一緒に行ってみない?」
「行くー!」
手を上げて無邪気に返答する匁。
そういう訳で、匁と紅白は秋穂と共にそのカラオケ店に行く事に。
村の中心を通り、村の端にある不思議な濃い霧の中を通る三人。と、追加の二人。
その二人は山之治とアンネル。
途中で丁度村の茶屋で団子を食べていた山之治とアンネルの二人を見つけた匁が話をして一緒に行く事になったのだ。
「霧の町行くの久々だね~」
「久々……久々……」
「うん、久々」
霧の中を進みつつそんな事を言う仲良し三人組。
そんな三人に先導する秋穂が声をかける。
「こんなに近くなのに村の誰も来ないからさぁ、皆来てよー」
「遊び場ないもん」
「オ外……怖イ……」
「間違ってお外出たら危ないから」
「君達、霧で迷って外に出たりしないでしょ。遊び場無いのは、そうだけどさー」
色々言う三人に答える秋穂。
そんな四人の後ろを見ながら着いていく紅白は、ふとこの村に来た時の事を思い出す。
山風の翁から離れないように後ろを、翁の足下を見ながら歩いたこの霧の町。
今思えば周りの風景を見ていなかったと。
しかし、その時もそうだったが、霧が広がるこの場所は遠くは影が見える程で近付かなければそれがなんなのか分からない程。
視界ではっきりと見えるのは前を歩く四人と固いコンクリートの地面。そして、近付いてきた現代風の建物や電信柱、塀くらいである。
だが、現代風の建物以外にも歴史を感じさせる雰囲気のある平屋なども所々見受けられるが、村の建物に比べれば全然現代風であるが。
そんな場所を進んでいくとふと皆の視界に動く影が見える。
それは大きな影で上下に動きながらゆっくりと五人の方へと向かってくる。
「あ、八千代だー!」
と、そんな影を見た匁がそんな声をあげ手を上げると、その影はピタリと止まり―――
「ぽぽぽぽ!」
一瞬にして皆の目の前に現れる。
黒く艶やかな長い髪を持つ白を纏う怪異の姿。
八千代は匁の前に来るとしゃがみ込み、「ぽぽぽぽぽ?」と嬉しそうに声をかける。
「あのね、なんかね怪しいカラオケっていうお店に行くために来たの!」
「ぽぽぽぽ? ぽぽぽぽぽ?」
「うん! そうだよ!」
「ぽぽ~」
匁の言葉に頷く八千代。
と、そんな八千代に匁が首を傾げて問いかける。
「八千代も行くー?」
「ぽぽぽぽー、ぽぽ、ぽぽぽぽぽぽぽ」
「そうなんだー」
それじゃあ仕方無いねと八千代に手を振って分かれる匁とそれぞれじゃあねと八千代に声をかける四人。
しばらく歩き続けると、小さくではあるが遠くからカンカンカン―――という音が聞こえてくる。
その音に紅白はここに来た時に乗った初めての電車の事を思い出すが、その時は目の前に考えの読めない恐ろしい山風の翁がいたためにただ固まっていただけだった。
今思えばもう少しゆっくり乗ってみたいなと思う。
と、そんな時、匁が首を傾げる。
「あれ? 誰かお外行くのかな?」
「あー、村に向かう前に優丸君が駅に向かってたからそれじゃない?」
「なるほどー」
秋穂の言葉に納得する匁だが、ふと紅白は気になる。
先日の田植えの時は優丸は空から飛んできたのに乗る必要があるのかと。
―――気になったら聞けば良い。
だが今聞くのはどうかと思った際に思い出されたその言葉。
そうして、自分は匁の従者。些細な事でも知らないというのはいかがなものかと自身を奮い立たせる。
「あの」
「ん? 紅白ちゃんどうしたの?」
「優丸様、飛べますけど、電車に乗る必要あるのですか?」
「へ?」
そんな紅白の質問に目を見開いて固まる秋穂。
だが、その反応に逆に「えっ」という表情をした紅白を見て察する。
「匁っち、紅白ちゃんにちゃんと村の事教えてる?」
秋穂の言葉にキョトンとして首を傾げる匁。
それを見た秋穂は完全に理解する。
「紅白ちゃん、あとでカラオケに着いたら教えてあげるね」
「はい。ありがとうございます」
「あ、僕も教えるー!」
「匁っちは皆と探検係。良いね?」
「えー!」
「えー、じゃないの」
と、そんなやり取りをした一行はとりあえず行こうとなり出発する。
しばらく進むと霧の中。上方に薄らと灯りが見えてくる。
そうして進む一行の前に姿を現したのは大きな駐車場と、ビルに入っているような物では無く、まるで西洋の城の様な外観のカラオケ店である。
そうして霧の中で見えた光は、所々消えていたり、点滅はしているもののほとんどが点いている駐車場の看板を照らすライト。
「ここだよ」
「大きーい!」
「大キイ……大キイ……」
「でかい」
「っ……」
指をさす秋穂の言葉に手を上げてテンションが上がる二人と、唖然として見上げる二人に分かれる。
「とりあえず来た事だし、入って調べよう」
秋穂の提案に頷くと中に入る五人。
中は蜘蛛の巣が張っていたり、一部剥がれている床や装飾が目に映るが、それ程荒れている訳でもなく綺麗な状態のものも見受けられる。
「とりあえず昨日入った部屋に行こう」
そうしてまるでオシャレな城よろしく真ん中から左右に分かれ湾曲した階段を上がり昨日入ったという二回の部屋へと向かう。
「むむ、昨日の水溜まりがない」
と、部屋の前に着くと秋穂がそう口にする。
「水溜マリ……水溜マリ……」
「水溜まり?」
「うん、匁っちにはさっき話したんだけど、昨日ここから点々ってあっち方向に続いてたんだよね」
そう指す先に全員が視線を向けると、そこは曲がり角になっている。
「それで辿っていったらトイレだったんだけど何もいなくてさ」
「ふーん」
「トイレ……トイレ……」
「そうなんだー」
「そういう事で、昨日私がいたこの部屋をキャンプ地として何がいるのか見つけよう!」
「「「 おー! 」」」
そういう事で、気合いを入れた一行は一回部屋に入る事に。
中は少しソファーの皮が破れ中のスポンジが見えてはいるものの、普通のカラオケ店と遜色はなく、タッチパネルも完備されている現代の物。
そしてその部屋は広く団体さん用の部屋となっている。
「それじゃあ、私は紅白ちゃんに村の事教えるから、その間は匁っち達は探検よろしく。解決したら皆で遊ぼうね!」
「うん!」
「それじゃあ、匁っち達これ着てこれ」
「う?」
手渡される衣服に首を傾げる三人だが、秋穂の手際で着替えが完了する。
それはサファリジャケットとパンツのセット。
「これで君達は、立派な探検隊だ!」
「おー!」
「オー……」
「着替えさせるの、早い」
秋穂の前で、三人が思い思いに着せられた服を見やる。
この服がどこにあったのかと言えば下の階のコスプレ用の物ではあるが。
「さあ、皆。調査にゴー!」
「おー!」
「ゴー……」
「じゃあ、行ってくる」
部屋を後にする三人。その三人を見送ると、秋穂はドアを閉めて紅白の隣へ。
「それじゃあ、とりあえず何から聞きたい?」
そう言いながら秋穂は肩から下げていたバッグから大学ノートを取り出すと、テーブルに乗りシャーペンをカチカチ鳴らす。
「えっと、先程聞いた電車について聞きたいんですけど」
「あー、あれね。あれはー、なんて言ったら良いのかな。まあ、私もなんだけど普通の妖怪とか怪異だとこの村から出れないんだよね。山上白面様には会った?」
「会いました」
「それなら話が早ーい。で、その白面様がこの町含めて村全体を囲むように結界を張ってるのよ。普通に誰も行き来出来ないように。でも、まあ、例外もあるんだけど。普通はそうだと思ってて良いよ」
「分かりました」
話を聞きながら何かと自分に突っかかってきたあの顔を思い出して少し嫌な気持ちにはなる紅白だが、そんな凄い事をしている神なのだと感心する。
「でも、まあ、例外である村の一部の人達は通れるんだけどね。それでも結構力使っちゃうから大変だから外に行く時は電車で行くんだよね」
「そうなんですね」
「あ、でも、そう聞くとなんで電車なら大丈夫かって思うでしょ?」
「え? あ、はい」
「それはね、白面様が関わってて、五十刈村に来たいって妖怪達を連れてくるために一台の電車に結界を通り抜けれるように特別な術を施したからなんだって。だけど、ここに来るには五十刈村を知ってる妖怪と一緒に乗らないといけないから他のが簡単に入れないようになってるんだって」
「そうなのですか」
「そうなんだよ。あ。で、これはあんまり関係ないんだけど、外の世界で言われてる異界駅って本来はその術を使って人間が来れない様にしてる場所なんだけど、補強のために一時的に結界を解いてたり、あとは結界に干渉出来る人、まあ、これは霊感がある人とかだね。これが乗ってたりすると普通の電車と異界行き行の列車がまじわった時に異界行きに間違えて人が引っ張られちゃって起こるらしいよ」
「そうなのですか」
「うん。って言っても白面様から聞いた話だけどね」
話ながら図を描きつつ綺麗にノートにまとめる秋穂。
その分かりやすさに感心しつつノートを見る。
そうして秋穂と紅白がそんな事を話しているその頃、三人はというと、
「トイレ、異常、無し!」
「無シ……無シ……」
「いや、油断禁物」
何やら変な遊びを始めた様子で個室一つ一つを指さし確認をする匁とその後ろからトイレの中を見やる山之治。そんな二人とは違い、潜入工作員よろしく背中を壁に付けつつその中を見やるアンネルという構図。
だが、三人の声はトイレに反響するだけで特にそれ以外の音はしない。
「何もいないねー」
「居ナイ……居ナイ……」
「じゃあ、次に行こう」
三人は話し合いそのトイレから離れて行く。
立ち去ってからしばらくして、トイレの個室にスッと白い影が現れ、それは濃くなり人の形を取り始める。
そしてその影はおかっぱ頭に白のブラウス、赤いスカートを履いた少女となりトイレの個室に立つと、ふうと息を吐き胸を撫で下ろす。
「まさか、昨日に引き続いて他の妖怪が来るなんて」
個室のドア横の壁に寄りかかりそうぼやく少女。
「あ、やっぱりいたー!」
「居タ……居タ……」
「発見」
不意にそんな声が聞こえビクッとし、しばらく固まった後、少女は恐る恐る声のした方を見やる。
だが、個室の入り口には誰もおらず、静かに視線で辺りの様子を覗うも音も気配も無い。
しばらくし少女は恐る恐る個室から顔を出して覗く。
―――誰も居ない。
その事にとりあえずさっきの三人が別の場所で何か居たのを見つけてその声がここまで聞こえたのだろと自分を納得させ、ふうと心を落ち着かせゆっくりと扉を閉めて個室へと戻る。と、
―――個室のドアの正面。壁側で笑顔で立っている二人と、無表情な一人と目が合った。
「ひゃぁぁぁあああああ!!!」
カラオケボックスで外から急に聞こえた知らない声に二人はビクリと体を跳ねさせ、一瞬の沈黙の後、辺りを見渡す。
だがしばらくしても何も物音はしない。二人はお互いに視線を合わせて頷くと、何かあったのだと感じ、部屋のドアを開ける。
のだが、
「どっから声したんだろう?」
頭を傾げる秋穂。
それもそのはずであの声が聞こえたというのに外は静まりかえっている。
だが、あの三人にもしかして何かったのかと焦りつつも辺りを見渡す二人。
と、紅白の耳に物音が聞こえ「多分あっちです」と別れ際にチラリと磨りガラスから見えた匁達が向かった廊下の方を指す。
秋穂はその方角からあのトイレかと直感し、急いで向かう。紅白も後を追うと、トイレから「出して」と泣き叫ぶのに近い、だが聞いた事のない声とドンドンと中で何かを叩いている音が聞こえる。
その音に秋穂と紅白はお互いに再度見合うと、頷き、突入する。
二人の目には、奥の個室の戸がドンドンと音を立て動いているのが見える。
そして入ってからずっと聞こえていた「助けて」という声はそこから聞こえている。
その声に秋穂が「誰か居るのか」と問いかけようとした瞬間―――
突如、強くその戸からドンッという音が鳴ると断続的に鳴っていた音も声も止んだ。
「今、こっちが聞いてんだろ? お前、なんて言うんだ?」
静まりかえるトイレ内で次に聞こえてきたのは、そんな吐息混じりの知らぬ声。
そんな知らない声二つを聞いた紅白は誰が入っているのだろうと思うが、その隣で秋穂がその個室前まで進む。
「アンネルちゃん、何してるの?」
「外野は黙っててくれ。今、こいつと話したいんだよ」
秋穂の言葉にこの声がアンネルの事だと分かった事で、頭の中が疑問符のみで埋め尽くされる紅白。
紅白が知るアンネルの声はこんな声ではなく、可愛らしくも無気力な淡々とした口調。こんな吐息をはらむ男性の声ではない。
だが、そんな紅白とは対照的に秋穂は戸を開けようとするがびくともしない。
「とりあえずアンネルちゃん。ここ開けてくれない?」
「フッ、だからこいつの事を説得してるんだ。どうやら、驚いて自分の能力で戸を閉めて妖力による施錠をしてしまっている様だからな。それで交渉するために変身して名前を聞いてるんだが、全く答えてくれなくてな」
色気のある男の声で答えるアンネル。
「上の隙間はー?」
「ここの個室一帯がこいつの作った結界に阻まれてるから簡単に出入り出来ないだろうな。何せ限定的な場所用の結界だから」
「匁っちでも無理?」
「匁、出来るか?」
「出来るけどー、大丈夫?」
二人の提案に首を傾げている様子の匁。
その匁の大丈夫?という言葉の意味が分からず何の事だろうと思う紅白。
「匁なら通過出来るみたいだが、それによる結界が受けた妖力の反動をこいつの体が耐えられない可能性があるみたいだ」
「繋がってる系?」
「そうみたいだな」
「そうなのね。んー、なら仕方無いかぁ。中の人ー、私達はあなたに危害を加えるために来た訳じゃないから安心してー。ただ、今までなかった建物が出来てたから探検してただけなのー」
強制突破はやめ、秋穂は中の少女に説得を試みる。
それに続く形で中にいる山之治と匁も続く。
「うん。そうだよ! 探検してたの!」
「探検……探検……」
すると、ギィと戸が開いた。
そして秋穂と紅白の目に映るのは、顔を真っ赤にして俯いている白いブラウスと赤いスカートのおかっぱの少女。
それと後ろには立派な羽根を畳み、頭に輪っかを浮かせた白い布を巻いただけの様な服に身を包み碧眼の無表情とも涼しい顔ともとれる様な表情のスラッとした男性が立っている。あと、その脇に匁と山之治の姿。
初めて見る男性の姿にこれがアンネル様?と思っていると、男性が急に光り、徐々に背が低くなり、紅白の見知ったアンネルへと変化した事で信じられないがアンネルなのだと紅白は理解する。
それと、服装も先程着ていた探検隊セットに戻っている。
「それで、この人がトイレにいた」
元に戻ったアンネルがそう言って目の前の俯いてる少女を見やる。
「この子って、花子さんじゃない?」
「「「 花子さん? 」」」
秋穂のそんな言葉に首を傾げる三人。
「んーと、トイレに住み着く怪異だね。だけど本来は学校だったと思うけど……。でも、ま、とりあえずここで話すのもアレだし部屋に行こう。貴女も一緒に行こ」
という事でキャンプ地に戻る五人とそれについていく少女。
その間、色々秋穂とかが少女に話しかけるが彼女は全く口を開かず下を向いている。
これは今はコミュニケーションは無理かなと秋穂が諦めて、ドアの取っ手に手をかけた時、少女が口を開く。
「あの、どうやったら帰れますか?」
「え? あー、んー、まあ、帰りたいなら電車に乗れば―――」
「んー、帰れるのかな?」
少女に答える途中で不意に言葉を発した匁に注目する皆。
「え? 匁っち、乗れば帰れるんじゃないの?」
「だって、電車に乗ってきたんじゃないんでしょ?」
匁のその発言に首を傾げる秋穂。
「でも、乗ればどこかには行けるでしょ?」
「そうだけどね。悪ーい気持ちで帰りたいってなったりばいばいしたら危ないんだよ? だから今、乗っちゃったら危ないんだよ」
「危ないって、どんな風に?」
「えーとね、危ないところにぽーんってされちゃうの」
「え? えっと……」
「危険な停車駅に止まって電車から投げ出される。だからこの村に対してマイナスな気持ちを持った常態で帰りたいで乗るのは危険」
匁に代わり淡々と説明するアンネル。
そのアンネルに秋穂が問う。
「危険な停車駅って、何?」
「降りようものならその場所に取り込まれたりするところとか、怪異でさえも精神が崩壊する無限回廊駅とか」
「え、何それ。怖ぁ……。なんでそんな機能ついてるの?」
「賊とか悪い事した妖怪がまたこの村に来ないようにするため」
「なるほど……」
アンネルの説明にとりあえず納得する秋穂。だが、その説明で帰れないのと知り、落ち込み下を向く少女。
その少女に励まそうと秋穂は口を開く。
「ごめんね。私達じゃどうにも出来ないけど、白面様なら―――」
「というか、なんで五十刈村に来る事になったの?」
励まそうとする秋穂の言葉を遮り問いかけるアンネル。その時、遠くから微かに踏切の音が聞こえてくる。まるで帰れない少女をからかうかのように。
と、少女はゆっくりと口を開く。
「そんなの知らない。数日前になんか変な違和感はあったけど、居場所が移動になってるなんて思わなかったし、なんか見た事もない怪異が来てるし、もう、助けてよ。メ―――」
「大丈夫だよ」
話ながら混乱し少女が泣き出しそうになったのだが、ふと匁が少女にそう語りかける。
それに対してキョトンとして匁を見やる少女。遅れて何が大丈夫なのかという感情が少女の中に湧きそんな匁に反論しようとするが、突然電話の着信音が聞こえ、皆の視線は個室へと向く。
間違えではなく、確かにそこから電話の音が鳴り響いている。
「紅白ちゃん。受付に誰かいる?」
「え? いえ、誰もいませんけれど」
「じゃあ、誰?」
変な出来事に固まる秋穂と紅白だが、ハッとした表情で少女が部屋に駆け込む。と、それと一緒に中に入る匁達三人。
そんな四人の後を追う紅白と秋穂。
皆が入った部屋の中。そこでは時間を知らせるための電話が鳴り響いている。
するとその電話の受話器を少女は迷わずに取った。
「もしもし!」
「――――、―――、―――――――。―――――、――――」
少女の声の後、受話器の向こうから聞こえる声に感極まった様子で少女は声を上げる。
「私! 私だよ!」
「――――。―――――――――」
「うん、無事―――え?」
「―――――――――――」
「あ、うん」
少女がそう言うと向こう側で電話が切れる音。そして、彼女の持つ受話器からは、何の音もしない。
と、そんな少女に匁達が問いかける。
「誰から? 誰から?」
「誰から」
「誰カラ……誰カラ……」
「友達です、けど」
「「「 友達! 」」」
一斉に反応する三人にビクッとする少女。
その様子に何か色々察した秋穂はとりあえず一件落着かなと思いながら見やる。
と、今度はテーブルに置かれた秋穂の鞄の中から音が鳴る。
それに気付いた秋穂が自身の鞄の中を漁ると、今時は見かけない二つ折り式のピンク色の携帯電話が鳴っていた。
誰からだろと秋穂が携帯を開くと、そこには非通知と書かれている。
それに少し眉を顰める秋穂だが、とりあえず出てみる事に。
「はい、もしもし?」
「私メリーさんと申します。今、カラオケ店の前にいます」
「え?」
相手に反応しようとしたが電話はブツッと切れる。
それに対して秋穂は徐々に顔を青ざめさせ、紅白の方を向く。
「た、たたた、大変! どうしよう!」
「え? ど、どうしました?」
「メリーさんから電話来ちゃった……」
「は、はあ。メリーさん、ですか?」
「そうだよ! メリーさん! 聞いた話と違ってやけに礼儀正しかったけど。でも、電話をした相手から命とか体の一部とか奪う都市伝説だよ! うう、どうしよう……」
「そんな事しませんよ」
「だって、そう言われてるって事はそういう事でしょー!」
勢いで声のした方を振り返る秋穂。
その目に映るは呆れ顔の見知らぬ金髪碧眼の少女。
その少女を凝視した後、
「出たー!」
秋穂は咄嗟に隣に居た紅白にしがみつく。
「メリー!」
それとは逆におかっぱの少女はその少女、メリーへと抱きつく。
「花子、ごめん。何も言ってなくて。でも、もう大丈夫だから」
そう言って抱きついてきた花子をメリーは優しく撫でながらそう発言する。
と、その視線を部屋にいる匁達へと向ける。
「いきなりの訪問すみません。初めまして五十刈村の皆さん。私、メリーと申します」
「初めまして!僕は匁って言うの!」
「初メマシテ……山之治……」
「初めまして。アンネルっていう」
会釈する彼女に次々自己紹介する三人。
と、少し遅れて同じ様に自己紹介をする紅白と秋穂。
それに対してメリーはまた礼儀正しく頭を下げる。
「ご丁寧にありがとうございます。もう少しお話したいのですが、申し訳ありません。これからこちらの花子と、案内人の方と共に村の長の方に挨拶に行かねばなりませんので、これで失礼致します」
「「 え? 」」
重なる花子と匁の声。
そんな声と合わさる様にドアが開き、そこには優丸の姿が。
彼の視線は明らかに部屋にいる匁達を見て少し虚を突かれた様な様子。
と、そんな優丸にメリーが声をかける。
「案内人さん、すみません。先走ってしまって」
「あ、いえ。話を聞く限りだと先に貴方が行った方が良いでしょうし。それよりここに取り憑いてる友人さんは?」
「こちらにいます」
「そうですか。それとすみません」
メリーに頭を下げると優丸は匁達の方へと向く。
「なんで皆さん居るんですか?」
「探検してたー」
「探検……探検……」
「羨ましい?」
答える三人。その後に秋穂が口を開く。
「まあ、色々と気になって私が誘ったんだけどね。それより、村の長に挨拶って事はもしかして、その二人、新しい住人さん?」
「そうですね」
「そうなんだ。てことは、苦労したんだねー。ここで会ったのも何かの縁だし、村の事で何かあったら頼ってね!」
「僕も僕もー!」
「頼ッテ……頼ッテ……」
「お願いの時は是非うちに賽銭入れて」
秋穂の言葉に続く匁と山之治とアンネルの三人。
「お気遣いありがとうございます。では、私達はこれで―――」
「あ、ちょっと待って下さい」
「どうしました? 早く迷家に行って村の長の方に挨拶をしたいのですが」
「いえ、その、村の長。家主様は今ここにいますので」
「……、え?」
優丸の言葉に固まるメリー。
そして視線が向くのは当然、匁達と秋穂達の方。
では誰がこの中で村の長に当たるのかと、メリーは考える。
相手は寛大ではあるが多種多様な妖怪、怪異を束ねている者。
となれば、威厳を感じない様子、そして同じ格好でこちらを見ている匁達は違うだろうと予想する。
であれば、残りの二人。
ここは古くからある土地であるというのは知っているため、近代怪異であるテケテケは候補から外れる。
ともすれば、白い着物を着た無表情の彼女が家主なのだろうと推理し―――
「ほら、匁っち。ちゃんと村の長としてビシッと決めちゃって」
「頑張ッテ……決メテ……」
「匁、家主の威厳を見せる時」
「はーい」
村人の言葉に前に進み出たのは一番無いだろうと予想していた探検家の服を着た、一番身長の低い子供型の妖怪である事に、なんとも言えない気持ちを覚える。と、それに遅れて失礼な事を言う前に分かって良かったと言う気持ちが彼女の中に生まれる。
「僕がここのね、五十刈村の、迷家の、家主の、匁だよ。よろしくねー!」
威厳とは何かを考えさせる様な口調と雰囲気で話す匁。
その後ろでは、
「いつも通りだね」
「カッコヨク……ナイ……」
「これが、五十刈村の威厳」
集まって小声で言う秋穂と山之治とアンネル。
そんな声につられ匁が振り返るのに対し視線を逸らす秋穂と山之治。と、不動のアンネル。
「ご丁寧にありがとうございます。まず、最初にこの建物を村の長である貴方様の許可も無く移してしまい申し訳ありません」
「別に良いよー」
丁寧に頭を下げるメリーに対して匁はのほほんと返答するが、メリーの隣で控えていた花子が驚いている様子。
そして、彼女はメリーの方へと視線を向け、
「メリーが私をここに連れて来たの……?」
「ごめん。花子。相談した方が良かったのは分かるんだけど、そんな余裕がなくて」
すまなさそうに花子に謝るメリー。
その様子に何があったのかを花子が問いかけるとメリーはゆっくりと口を開く。
「実はね、花子。あなたがいるカラオケ店。あと数日で解体作業が入る事になってたから」
「え? だから?」
メリーの言葉に首を傾げる花子。
その様子に何かおかしさを感じ、メリーは姿勢を戻し、
「だから?って、だってこの建物が解体されたら―――」
「他の場所に移るから大丈夫だよ?」
さも当然の様に答える花子の肩にメリーが唐突につかみかかる。
それに驚き、引き気味になる花子だが、メリーが急に膝から崩れ落ちたために慌ててメリーに呼びかけると、沈んだ声が返ってくる。
「ねえ、花子」
「な、何?」
「先に言ってよー! もー!」
「あ、その、ご、ごめん?」
力が抜けた様に座り込むメリーに、『そもそもそっちが言わなかったよね』と思いつつどうして良いのか分からずとりあえず謝罪する花子。
その様子にやれやれだねという感じで見やる秋穂と苦笑いを浮かべる優丸。
と、そんな空気を壊す様に手を合わせた音が鳴り、皆の視線が音を出した主。
いつの間に着替えたのか普段通りの着物姿の匁へと向いた。
そして匁は笑顔で花子とメリーの方を見やる。
「とりあえず二人とも。ようこそ五十刈村へ!」