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第七話:たきつぼ

 先日まで降り続いていた雨が止み、地面にある水溜まりが日光により輝く五十刈村では先日前までとは違い雨音の混じらない住人達の賑やかさが今から始まろうとしている。

 そんな時間。

 村の中心から外れた位置にある迷家では溜まっていた洗濯物を洗い、干すために桶に入れた紅白が縁側を歩いている。

 と、紅白がふと見やる庭の土は湿ってはいるものの水溜まりはないが、垣根に作られた小さな蜘蛛の巣には水滴がまだ残っておりそれがキラキラと輝いているのが映る。


 ―――今日は良い天気。

「僕もやるー!」


 不意に聞こえた主の声に紅白はビクッとし当たりを見渡すが、誰も見当たらない。

 しばらく待ちつつ耳を澄ますも再度声が聞こえる事も音もなく、気配は無く、気のせいかと思い視線を庭の方へ向けた。


「紅白、どうしたの?」


 手に持った桶の下から不思議そうに小首を傾げた匁の顔が覗く。

 急な主の出現に驚き半歩程後退する紅白だが、ぐっと堪えて向き直る。


「家主様、たまには休まれたり遊んだりしたらどうでしょうか? 家事は私に任せて頂いて大丈夫ですし」

「う? いっつも遊んでるよ? ちゃんとお昼寝もしてるよ?」

「それはそうですが……」

「それよりもね、洗濯物をねバーって広げるの楽しいからやりたーい!」


 元気にそう返答する主に困る紅白。

 だが、悩んでも仕方無いと折れた紅白は匁と一緒に洗濯物を干す事に。

 台に乗って、上機嫌で物干し竿に掛けていく匁の姿に少し羨ましくも思う。


 そうして洗濯物を干し終わる二人。


 仕事のなくなった二人は匁の提案で居間でゆっくりする事に。


 そうして居間でちゃぶ台にお菓子とお茶を置き、ゆっくりする準備をする二人。

 準備も整い座ったところで、ふと紅白は壁に掛けられているカレンダーを見やる。

 と、本日の日付のところに黒い小さな丸が書かれているのを見つけた。


「あの、家主様」

「んー、なーに?」

「あの、黒い丸のある日は何か用事でしょうか?」

「んう?」


 紅白の言葉にカレンダーを見る匁。

 最初、「あー、あれねぇ」と説明を始めようとした匁だが、突然「あー!」と声を出して立ち上がる。

 それにビクッとする紅白。


「大変。準備しないと!」


 匁は慌てて部屋を出る。

 その後を、そんなに何か大事な予定があったのかと思いつつ「私も準備のお手伝いを」と追いかける紅白だが、廊下の突き当たりを主同様に曲がったところで、そこに主の姿は無く、物音もせず、ただ廊下と曲がり角のない突き当たり、部屋に入るための襖が並んでいるのみ。

 だが、襖を開ける音も何は聞こえておらず、普通であれば部屋に入ったという事は考えられないが、そんな廊下を進みながら、各部屋を開けて中を確認する紅白。

 だが、主の姿は無く、次、次と部屋を開けるが見つけられない。

 最後の部屋を見てもそこにもいない。

 どこに行ったのか。紅白がそう考えていると、


「紅白ー」


 不意に背後から聞こえた主の声にビクリとする紅白だが、平静を装いゆっくりと振り返る。

 そこにはずっと探していた巾着袋を持った匁()の姿。


「教えてくれてありがとね!」

「あ、いえ―――」


 笑顔で礼を述べる匁に紅白は返答する。その時、ふとこれからどこに行くのか気になった。

 だが、聞くのは失礼だろうという思いが頭を過ぎるが、ふと先日のマイの言葉を思い出し、気付いたら口が動いていた。


「あの、家主様」

「んー?」

「本日はどちらに行かれるのですか?」

「河兵衛のところだよー」

「河兵衛様の所、ですか?」

「うん」

「そうですか」


 頷く匁に淡々と答える紅白だが、よく河兵衛は迷家(ここ)に来るが住んでいる場所は知らないなと思う。

 よく匁が世話になっているため、もし何かお裾分けとかを持って行く事があった時に行く事になれば知っておいた方が良いなと思う紅白。


「紅白も行くー?」


 と、不意に匁が考えていた事に丁度良い提案をしてきた為「え?」と声を漏らし顔を上げる。

 だが、匁の質問型の言葉(問い)に咄嗟に「いえ」と言いかけるが、なんとかその条件反射を飲み込み、一拍置いてから


「御一緒致します」


 そういう事で二人は迷家を後にする。

 迷家からの道を通り、村の中心を過ぎ、今まで行った事の無い道へと向かう。

 その際、道に入るところには他の古めかしい瓦屋根の建物とは違う、現代風のガラス戸と白く四角い平屋の建物が目に入り、そこには風切(かざきり)医院と書かれた看板が出ている。

 その玄関で、植木鉢に咲く花に水をあげているイチの姿があり、匁と紅白はそんなイチに声をかけ、イチも二人に笑顔で挨拶と会釈をする。

 二人はそのまま病院前を通り過ぎると、病院脇の道を通っていく。

 しばらく行くと、木で作られた大きなアーチ状の橋があり、その下を大きな川が日光を反射させながらキラキラと流れている。


 橋を渡りながら普段見ない川の光景に見惚れてしまう紅白だが、匁に呼ばれ我に返り、謝りながら橋を通る。

 橋を通り終えると、道に沿って木々が生え、道以外には太陽光が当たらず、場所によっては完全に枝などで遮られ道にも日光が届かず薄暗く涼しい場所も出来ている。

 そんな道をしばらく歩くと、次第に橋の下を流れていた大きな川が進行方向からしての左側に、木々の隙間から見えるようになり徐々に道に近寄り始め、ついには左側の木々が消え、道と川原が隣接する。

 そこでは紅白が会った事のある者もいれば、無い者もおり、釣りをしていたり、

 川から頭を出して世間話をしていたりという様子が見られる。

 そんな川原を過ぎ先に進むと、またもや木々が生え始めて視界には川ではなく木々しか見えない。と、紅白の耳に、次第に何やら激しい水音が聞こえてきて、進む度に大きくなる。

 何の音かと思う紅白だが、先を進む匁から離れないように進んでいく。

 すると、音が大きく聞こえてきたところで急に木々がなくなる場所が目に見え、その先には道の脇に簡素な古い木製の家が見えてくる。


 そうして林道を抜けると二人の広がった視界には、少しボロい家の他にその傍にある大きな滝と滝壺、木々の生えていない石と砂利だけの大きな川原が目に映る。のだが、家の脇から滝壺に向かって柵があり入れないようになっている。

 匁は続く道には行かずその家の方へと向かい、紅白も続く。

 そうして辿り着いた匁は両手で家の戸に手を掛けると、思いっきり開けた。


「河兵衛、来たよー!」

「ん? おお、匁。と、紅白の嬢ちゃん」


挿絵(By みてみん)


 二人の挨拶に答える河兵衛と、


「おや、家主殿。紅白、久しぶりじゃな」


 二人を見やりほっほっほと笑う山風の翁の姿が。


(おきな)様、お久しぶりで御座います」

「珍しいー。 山爺も会いに来たの?」


 山風の翁に深々と頭を下げる紅白だが、匁はそんな紅白とは違って疑問を山風の翁に聞く。


「ほっほっほ、毎年来ておるぞ」

「そうなの? でも、見た事無いよ?」

「うむ。いつもワシは早朝に来るからな。それで会わないだけじゃ」

「なるほどー」


 翁の言葉に納得する匁。

 そんな二人の会話を聞きながら、毎年来ているって事は今日は何があるのだろうと紅白が思っていると、


「あ、そうそう。河兵衛、皆にこれ持ってきたよ」


 匁が河兵衛に巾着袋を見せる。

 それを見た河兵衛は「いつも悪いな」と笑みを返すと、立ち上がる。


「折角だ。(お前)があげてくれ。来たの知ったら彼奴(あいつ)らも喜ぶだろうしよ。それに、話ばかりしか聞かせてないから、匁のところに来た嬢ちゃんも紹介しなくちゃいけねぇしな」


 ついて来てくれと言い家の裏口を開けた河兵衛の後ろを匁と紅白はついて行く。

 そこは広い川原で何も景観を邪魔する物がなく滝壺と滝が見える絶景の場所。


 だが、その川原には特段何も見えず、気配もしない。

 ふと、誰がいるのかと気になった紅白は河兵衛の後をついて行きながら知っているであろう匁に耳打ちをする。


「あの、家主様」

「なーに?」

「先程紹介したいと言われましたけれど、誰がいるのでしょうか?」

「えっとね、河兵衛のお嫁さんとね、子供」

「奥様とお子さん、ですか」

「うん」


 河兵衛の家族と聞き、少し気になる紅白。

 全く何も感じないという事は皆、滝壺に潜っているのかと思う紅白だが、着いたぞという河兵衛の言葉と場所に先程の考えが間違えだと気付く。

 そこは滝壺に近い川原の端。

 そして周りの石とは色も形も違う石が四角い石の上に三つ置かれていた。

 一つは他の二つの石と比べて大きく真ん中に設置され、他の二つはその石を挟むように置かれている。

 その石の前。四角い石の上には石に対して一本ずつの、計三本の灰が落ちているのが目に入る。

 匁は巾着袋から中に入っていたのであろう煎餅を三枚取り出し真ん中の石の前に置き、仲良く食べてねと言うと脇に線香を供えた。


「ほら、匁が来てくれたぞ。それと、父ちゃんが話してた紅白の嬢ちゃんもな」


 匁が拝んでいる隣で河兵衛はしゃがみ石に向かって語りかける。

 その表情はいつも通りだが、どこか優しく、どこか寂しげな雰囲気を紅白は感じ取る。

 それと同時に、目の前でただ捨てられただけの母親の遺体の事を思い出し、ズキンっと胸が痛くなる。


 そんな時だった。

 晴れていたはずであるのにも関わらず、不意に川原に雷が落ち、轟音が辺りを包んだのは。

 その音にその場にいた全員が振り返ると、そこには髪を後ろで束ねた青年が立っていた。


「久しぶりっす。河兵衛の旦那」


 その青年は視線を河兵衛に向ける。

 そんな青年に河兵衛は、


「おう、雷造。久しぶり。で―――」


 そこまで言う河兵衛に無言でゆっくりと頭を横に振る雷造。

 それを見た河兵衛は少し視線を落とすが、


「そうか。まあ、ありがとうな」


 そう言って雷造に笑顔見せる。

 話を聞きながら、この方が雷造さんと見やる紅白。

 そんな雷造は河兵衛の脇にいる匁の方へと視線を向ける。


「迷家の旦那、いらしてたんすね。お久しぶりっす」

「うん。久しぶりー」


 笑顔で手を振る匁。そして、当たり前のように視線は紅白の方へ向き、


「それと、こちらの方は?」

「申し訳御座いません。申し遅れました。家主様の元で使用人をしています紅白と申します」


 丁寧に頭を下げる紅白。それに対して、紅白の礼儀正しさに少し緊張したのか雷造は


「あ、ど、どうも、っす。俺、あ、いや、えーと、……雷造って言いますっす」


 しどろもどろで答える。

 そんな為にぎこちない感じにの空気が流れている中、一つの声が空気に割り込む。


「それじゃあ、僕、帰るねー」

「おう、毎年ありがとな」


 主のその言葉で、「それでは失礼します」と頭を下げる紅白。

 そうして、帰る二人の背中を見送る河兵衛と雷造と山風の翁。

 二人の背中が見えなくなる頃、ふと雷造が口を開く。


「なんとか今日までに見つけたかったっすけど、すいません」

「いや、俺でもまだ見つけられてないんだ。手伝ってくれてるだけでもありがたい」

「妖力を知るのは家主殿と河兵衛殿のみじゃ。河兵衛殿と同じ様なといっても違う妖力であるのに変わりは無い。素人が見つけるのは難しいじゃろうて」


 ほっほっほと笑う山風の翁の言葉に「ああ、でも一緒にやってくれるのはありがたい」と答えつつ、河兵衛は開いている家の裏口から見える奥さんと子(三人)の墓を見つつ、思う。



 ―――絶対に父ちゃんが見つけてやるからな。流香(るか)

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