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第六話:おうしん

 ―――ここに来てから何日経ったのだろうか……。


 雨が降る外を眺めながら今日は特にする事もないためにボーッとしながら紅白はふとそんな事を考えていた。

 その隣では匁がちゃぶ台に向かい、一生懸命に何かを描いている。

 紅白が覗き込もうとすると、どうやって察知するのかは分からないが急に体で隠し「まだだめー」と言う匁。

 その姿にここで描かなくても良いのではと思いつつ、そんな主の姿を見て田植え祭後に帰りながらに東雲から言われた匁から信頼されているという言葉を思い出し少し頬が緩みそうになる。


 水の落ちる音の中に、二回ほど風の音が一瞬混じる。

 それは些細な音ではあるが、紅白はその風に違和感を感じた。

 風が吹いたというのに、雨はその時も音を変えずに降り続いており、それどころか戸口も縁側の障子も外から聞こえる程の風だというのに反応していない。

 不思議な風の音を気にしていた紅白は袖を掴まれた感触にビクリとしつつ見やると匁が怯えた表情をしてこちらを見ているのと目が合った。

 主の今までに見た事がない表情に、何やらまずいモノが近くにいると不安を覚える紅白。


 と、そんな二人の耳に、玄関の開く音が聞こえる。


 すると匁は紅白の袖を握っていた手を離すと、今度は紅白の脇に収まる形で密着し、玄関のある方を見やる。

 紅白は匁がいる方の腕を下ろし隠すようにすると、同じ方を向き警戒する。

 いったい何が来るのか。

 緊張で鼓動が早くなる。

 と、玄関の方から声が聞こえてきた。


「お邪魔します。家主さん、いますか?」


 紅白には聞き覚えのない声。だが、その声を聞いた匁の緊張が解けたのが伝わった。

 そんな匁にふと視線を向けると、匁は少し不思議そうな顔をして「あれ?」と言うと紅白から離れ、立ち上がり紅白にちょっと待っててと言うと、玄関にいる相手に返事をしながら玄関へと向かった。


 匁が玄関に着くと、そこには大きなバッグを両手で持ち、穏やかそうな表情で、長い髪をまとめている白衣に身を包んだ者が玄関に立っていた。


「こんにちはです。家主さん」

「こんにちは。今日はどうしたの?」


 どうやら知り合いだった様子で挨拶を交わし、匁は相手に問いかける。

 その言葉に相手はなんというか気まずそうな表情で苦笑いを浮かべ―――


「今日はどうしたかって? それは本気で言ってるのか?」


 その者の後ろからそんな冷たい声と、一陣の風が匁へと吹き付けた。



「ひにゃあああ!!」


 ちゃぶ台のところで待っていた紅白の耳に聞いた事のない主の悲鳴が聞こえ、ビクリとしたが、主の危機を察知し、すぐさま玄関の方へ。

 そこでは、


「これか? このお口か? このぷにぷにほっぺと一緒に動くこのお口が大事な事は言わないで、無責任な返事して、自分勝手にお話ししてるのか!?」

「ふにーーーー!!!!」

「姉さん、そのくらいで―――」


 眼鏡をかけツリ目な女性がスカートからでている尻尾の毛を逆立て、匁の頬を両手で押さえ、もみくちゃにしていた。

 それを後ろから止めようとして声をかける先程の者。

 この状況に理解が追いつかず一瞬固まる紅白だが、意を決して声をあげる。


「家主様に何を―――」

「あ、こんにちは」

「こんにちは」


 普段通りといった感じで玄関に立っている者かけられた言葉に自然に頭を下げてしまう紅白。

 その自身の行動にハッとし、頭を上げると主に不敬を働いている相手に声を―――


「紅白ーーー!」


 かけようとしたら、解放された涙目の主が助けを求めて足にしがみついてくる。

 それを隠すように、そして主は隠れるように紅白の後ろへ。


「すみません。うちの姉が―――」

「おい、イチ。謝る必要なんて無いぞ。元はといえば家主(あいつ)が悪いんだ」

「でも―――」

「誰かを預かるにはそれ相応の責任がある。なのに来なかった。それに家主は返事をしたのにすっぽかした。―――どこに謝る必要がある」


 急にそんな言い合いを始めた二人。

 その様子にどうして良いか分からず、とりあえず声をかける事に。


「あの、家主様が何を……?」

「あんたが目を覚ましてから七日も()ったっていうのに、うちに来なかったのが原因だ」

「えっと……?」


 話が見えない事に紅白は戸惑いつつ、後ろに隠れた匁に視線を向ける。

 匁は言い返せない様子で、紅白にしがみつつジッと相手を見ている。

 そして相手もまた匁を見やる。

 その様子から主が何かやらかしたのだと察しが原因は分からないため紅白はどうしようかと悩む。


「とりあえず、このままじゃ話が進まないので中に入っても良いですか?」

「あ、はい」


 悩んでいた紅白の耳に飛び込んだイチの言葉に、紅白は「こちらへどうぞ」と言うと二人を座敷まで招き入れる。

 その間、紅白にしがみつくように一緒に動く匁に少し動きづらく感じながら。

 そうして座敷にたどりつき四人が席に着くと、イチが第一声を上げる。


「すみません。連絡もしないでお邪魔してしまいまして」

「いえ、それは良いのですけれど。本日はどういった御用でいらしたのでしょうか?

 」

「そうですね。簡単に言えば、貴女の健康診断ですね」

「健康診断、ですか?」

「はい。出来れば貴女が目覚めてから三日目くらいに来て頂きたかったのですけど」

「その時に、そう言ったのに返事だけして一週間も忘れてる家主()がいたからこっちから出向いてきたんだ。全く―――」


 紅白にしがみついてる匁を腕組みしつつ見やる女性。それを「まあまあ」と(なだ)めるイチ。

 紅白はそんな三人の行動を見つつ、聞き慣れない健康診断という言葉が気になっている。


「まあ、良いか。とりあえず、その上物の体、触診で色々調べてやるからな」


 眼鏡を光らせ不敵な笑みを浮かべる女性。その雰囲気に少しビクッと身を引く紅白。

 そんな様子に更に笑みを強め迫る。


「そんなに緊張しなくても大丈夫だ。私が優しく―――」

「とりあえず早くやって終わらせちゃいましょう。予定もあるでしょうし、自分達もこの後色々ありますので」


 紅白に迫る勢いの姉を押しのけ、イチが紅白に言う。

 自分自身特に予定はないのだが、予定があるという来客の言葉にこのいやらしく迫る人に見られるのは嫌だが困らせてしまうのもと思い「分かりました」と返答。

 それを聞いたイチは視線を姉の方へと向けた。


「あ、それと姉さん」

「ああ、任せろ。私がくまなく異常がないかを見てやる」


 分かっているという風に答える姉にイチは微笑みを浮かべ、


「家主さんとここで待ってて下さいね」

「「 え? 」」

「さ、行きましょう」

「はい」


 匁と姉が振り向くのと同時にイチは紅白を連れて部屋を後にする。


 ☆


「それじゃあ、座って少しゆっくりと深呼吸して下さいね」

「はい」


 イチの言うままに深呼吸をする紅白。

 その間、イチは鞄から聴診器とバインダーを取り出しそこにファイルから取り出した紙を挟むとそれを傍に置き紅白の方へ。


「それじゃあ、ちょっと胸元を出して下さいね」

「はい」


 そうしてイチの言うままに紅白は着物を開けて、イチはそこに聴診器を当てる。

 当てられる際に少しビクッとした紅白だが、そんな紅白にイチは「聴診器、少し冷たかったですか?」と聞く。

 それに紅白はそんな事は無いと返答する。と、イチはそうですかと少し微笑むと目を閉じ音に集中する。

 その様子を見つつ、紅白はイチがとても綺麗で可愛らしい方だなと思う。

 イチの艶やかで長い髪と整った顔立ち、そして長いまつげに。


「良し。はい、それじゃあ着物直して下さいね」


 と、終わった様子でイチが聴診器を外しそう言うと言葉通り紅白は着物を正す。


「それじゃあ、次は―――」


 と、そんな感じでイチが別の部屋で真面目に診察をしている間。

 残された女性は、匁を膝の間に座らせながら頭に顎を乗せ暇そうにしていた。

 そんな事をされている匁だが、全く意に介さない様子で一生懸命に紙に何かを描いている。


「家主、何かいてんだ?」

「紅白」

「ふーん」


 聞いておきながらまるで興味がなさそうに返事をする女性。

 その言葉も匁は意に介していないが。


「そんなに大事ならもっと気配ってやりな」

「分かってるもん」

「はあ、全く。()()()のような答えするな」


 口を尖らせながら匁の頬を人差し指で押す。

 その行為にも特に嫌がる様子はなく匁はされるがままに描き続ける。かと思いきや、ふと匁は持っているクレヨンを置くと女性の方へと振り返る。


「マイも雷造(らいぞう)と仲良くしてね?」

「ングッ!! は、はぁ? 何で急にあいつの話だよ。 あ、あいつは関係ないだろ?」

「だって、いつも会ったら怒ってるから」

「それはあいつが―――、って、そんな話はどうでも良い。はぁ、全く。―――ちょっと便所借りるぞ」

「うん。いってらっしゃーい」


 そう言って立ち上がる女性、マイを匁は部屋から出て行くまで見送ると再度お絵描きに取りかかる。

 だが、マイはトイレに行く訳では無くイチと紅白がいる部屋の前で立ち止まる。

 中では丁度一通りの診断が終わったようで、イチと紅白が向き合って座っている。


「それで、最近何か体調に関して気になる事とかありますか?」

「いえ」

「そうですか。それじゃあ、最近気になる事はありますか?」

「え?」


 先程と同じ質問に返答に迷う紅白だが、その質問がイチの言葉で別のモノだと知る。


「なんでも良いですよ。家主さんは何も聞かない方ですし、この村に来て気になっている事なら何でも聞いて下さい。答えられる事なら答えますから」


 にこやかに言うイチ。

 それに紅白は口を開く。


「その、なんでこの村の人達は―――」

「優しくしてくれるんですか、か?」


 紅白が言い終わる前に障子を開けたマイが言う。

 急な登場に紅白がビクッとすると、イチは少し呆れながら姉の方へと目を向ける。


挿絵(By みてみん)


「もう、姉さん。今、紅白さんに聞いてるんですから」

「別に良いだろ。この村に来た奴等皆同じ様な事聞くんだし」

「それはそうだけど……」

「それよりも、だ。そうだな。簡単に言やあ皆それぞれ追い出されたり、仲間に入れなかったりした奴等だからだな。出生やどんな事があったのかは違えど皆が同種から追(同じ様)い出された者達(な境遇)だ。私達含めてな。それをあの脳天気家主が迎え入れて、お人好しな村の奴等と一緒に居場所を与えてくれたんだよ。って、少し話の主旨がズレたな。まあ、だから新入りには皆が親切なんだよ。早く村に慣れるようにってな」

「そう、なんですか」


 マイの言葉にそう答える紅白だが、続く言葉が見つからず黙ってしまう。

 何か気まずい雰囲気が流れる中、ふとイチが声を出す。


「まあ、そういう事ですね。それで、他には何かありますか?」

「あ、っと」


 そう言われて頭に浮かんだのは、私達もというマイの言葉。

 だが、そんな事をいきなり聞けば失礼だろうと口を閉ざす紅白だが意識してしまいマイの方を向いた視線がマイに拾われる。


「私達の経緯が気になったか?」


 紅白はドキッとした。

 何も言っていないのに何故分かったのかと。

 と、相手はそんな紅白を見て察したようにフッと笑むと、


「気になるなら聞きゃあ良い。話したくない奴らは話さないだけだからな。それに、別に私達の経緯なんて隠す必要も無い事だしな」


 マイはそう言うと柱に寄りかかり続ける。


「さっきも言ったとおりここには追い出された者がいる場所だ。それはただ仲が悪くてという者もいる、だが、大抵はその(あやかし)として欠陥のある者だ。私達の場合はただ数が足りなかったってだけだ」

「数……?」

「ああ」


 紅白の反応に頷くとマイは更に続ける。


「私達は本来、三体で一つの妖だ。だが、私とイチは二体として産まれた。それだけだ」

「それだけで……?」

「他の妖からしたらそれだけだ。けど、私達がいた里じゃ欠陥扱いだよ。それでも頑張った。誰にも負けな様にと、な。けど、結局、皆の目の色は変わらなかった。それで、里から追い出されたって感じだな。里に迫った退魔師(人間達)を遠くに巻くための()として」

「それで、どうやって五十刈村(ここ)に来たのですか?」

「退魔師達に襲われてもうダメだと思った時に、偶然近くにいた河兵衛さんに助けられて、ですね。まあ、その時雷造さんもいたんですけど」

「あいつはいたけど、勝手に身代わりになって退魔師の攻撃うけて転がってただけだろ?」

「もう、姉さん。それで無事に助かったんでしょ」


 その言葉にバツが悪そうにそっぽを向くマイ。

 それに対してイチは溜息をつく。

 そんな二人の様子にふと紅白が口を開く。


「あの、雷造さんというのは?」

「ああ、そうですね。雷造さん、滅多に村にいませんし知りませんよね。雷造さんは―――」

「知らなくても良いだろ。ほら、イチ。終わったんなら行くぞ。次の診察もあるんだから」

「そうだけど」

「そんじゃあ、紅白。今度は私がしっかりと隅々まで診察してやるからな。いつでも当院(うちの病院)に来てくれて良いからな」


 その言葉に背筋に寒気が走りビクリとする紅白。

 そんな様子の紅白を見て笑いながらイチに行くぞと先に歩いて玄関の方へ向かうマイ。


「もう、姉さん! すみません紅白さん」

「いえ、お気になさらず」

「本当にすみません。それでは失礼致します」


 そう言い頭を下げるイチ。

 すると、室内なのにも関わらずつむじ風が吹き不意の事に手をかざし顔を守る。

 つむじ風が止み手を避けるとそこには誰もおらず、紅白だけが一人残されていた。


 ―――見送りをしてない。


 急ぎ玄関を見ようと廊下に出るも、マイの姿もなく玄関は閉まっており雨音だけが聞こえる。


「紅白ーーー!」


 と、そんな聞き慣れた声に振り向くと匁が紙を持ちやって来る。

 そんな主を見ながらふと、マイの言っていた言葉が頭に浮かぶ。


 ―――主が皆を住まわせている。追い出された者達を―――


 その言葉に、使用人と言いながら村の事も、主の事も本当に自分は何も知らないんだなと考える。


「紅白? どーしたの?」


 ふと聞こえた声にハッとすると目の前で首を傾げた匁が目に映る。

 どうやら紅白はボーッとしていたようで、慌てて言葉を紡ぐ


「いえ、その。イチさんって方、綺麗な女性ですねと思いまして―――」

「う? イチ、男だよ?」

「―――え?」


 固まる紅白。

 外では雨が少し強くなっていた。

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