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第五話:たうえまつり

 山から朝日が出てくる頃。

 ヒタヒタという音が近付いてくる。

 と、それは家の戸を勢いよく開ける。


「おはよう。匁、持ってきたぞー」


 風呂敷に包まれた荷物を持った河兵衛は戸を開け、迷家の中に声をかける。

 だが、早朝のまだ薄暗い家の中。返事は無く、河兵衛の声は静寂に消えていく。

 と思われたが、


「おはよー!」


 先程まで家の中で何かが動いていたような気配などはしなかったというのに、いきなり元気な声が聞こえ、家主が廊下から見える突き当たりからひょっこり顔を出す。


「珍しいな匁、いつもなら玄関先で待ってるのによ。今起きたところか?」

「ううん、僕は起きてたよー。でもね、紅白がまだ起きてないから、しーだよ!」

「そうか」


 普通のいつも通りの声量で静かにしろという匁にお前は良いのかと思いつつ河兵衛は小声で「ほらよ」と手に持っていた荷物を、玄関先までやって来た匁に手渡す。


「いつもありがとー」

「良いって事よ。あ、それと―――」


 匁に何かを伝えようとした時、ふと匁の後ろの方に何か気配を感じ見た河兵衛は匁が顔を出していた廊下の突き当たりと目が合った。


「よう、おはようさん」


 河兵衛の言葉に匁も振り返るとそこには、少し驚いているのか止まっている紅白の姿。


「あ! 紅白おはよー!」

「おはようございます。家主様、滝壺河兵衛(たきつぼのかわべえ)様」

「あー、滝壺ってのは言わなくて良い。俺は今、実家とは絶縁関係だからよ」

「っ、申し訳ありません」


 不快にさせてしまったと慌てて頭を下げる紅白。


「知らなかったんだろ? だからそんな謝るほどのことじゃねぇよ。でも、ま、次からはよろしくな」

(うけたまわ)りました」

「ああ、そうそう。紅白。匁のと一緒にお前さんのも持ってきたから」


 さも当然というような何気ない様子で話しかける河兵衛だが、その会話の流れに紅白は顔色一つ変えてはいないのだが、何の事だろうと考え、


 河兵衛は顔を匁へと向けた。


「匁」

「んー? 何―?」

「今日の事、紅白の嬢ちゃんに言ってるか?」

「う?」


 河兵衛の言葉に首を傾げる匁。

 そうして、


「あー! 忘れてたぁー!」

「お前なぁ」


 匁の返答になんとなく答えは分かってはいたが実際に想像した返答と同じ事を言われ、河兵衛は呆れる。

 そんな二人のやり取りを見ていた紅白。と、そんな紅白に匁が告げる。


「あのね、今日ねお祭りがあるの!」


 ☆


 河兵衛が帰ってから数時間後、匁と紅白は家を出て会場へと向かう為に玄関先に出る。

 だが、これから祭に出掛けると言うにはあまりにもみすぼらしい継ぎ接ぎの目立つボロボロの着物を二人は着ている。

 しかし、二人は恥ずかしがる様子も無く匁は意気揚々と、紅白はいつも通り静かに家を後にした。

 向かう道中、村の中心を通るためそこを通ると、匁と紅白が着ているものと同じものを身につけた者もちらほらとおり同じ方へと向かっていく。

 傍にいる者や近くにいる者は皆、匁と紅白に声をかけ挨拶を交わす。

 その度に紅白が立ち止まり頭を下げるため匁と紅白はどんどん向かう者達の群れの後ろ側に位置がズレていくのだが。

 そうして二人が会場に着いた頃には向かっていた者達含めてこの祭に参加するのであろう者達全員が集まっている様子で、皆、服装は同じ様にぼろぼろな服装である。

 と、匁と紅白の前に二人がやって来る。

 一人は歩き、一人は跳ねながら。


「おはよう、匁」

「オハヨー……オハヨー……」

「おはよー! アンネルと山之治」


 そんな二人に元気よく笑顔で手を上げて答える匁。

 その横では丁寧に二人に頭を下げる紅白。


「アンネルがいるの珍しいね」

「たまには村の者として神社側も手伝わないとって事で、来た」

「そーなんだ!」


 自慢気に自身を指さすアンネルに納得する匁。

 と、そんな事をしていると不意に賑わいが静まり、辺りは静かになり会場にいる皆が一斉に集まっている場所にある古い木の小屋へ視線を向ける。

 そこには、いつの間にいたのか、はてまた元からいたのか、皆と同じ様なボロい着物を身に纏った牛の顔の女性と、人の顔をした仔牛が立っている。まるで顔を入れ替えたのでは無いかと思うような感じもあるが仔牛の顔は隣に立つ牛顔の女性に対しては幼い感じの顔である。

 そんな二人は集まった魑魅魍魎達の方を向いている。


「お集まり頂きありがとうございます」

「ございます」


 二人が皆に向かい頭を下げる。


「これより田植え祭を開催したいと思います」

「ます」


 その宣誓に、村の者達は湧き上がり歓声を上げる。

 勿論、紅白の傍にいる三人も例外なく。

 だが紅白だけは周りの怒号にも近い声に体を強ばらせていた。


「では、皆さんお待ちかねの泥田様の登場です」

「です」


 そんな中、二人がそう声を発した瞬間、再度歓声があがる。

 と、妙な妖力を感じ紅白が傍の田んぼを見ると、大きな泡がぼこり弾けた。

 普通であればただ、田んぼの泥の中にあった気泡が出て来て弾けたものだと思うかもしれない。だが、紅白が見ているうちに気泡の数は明らかに増え、そして―――、


 水の音と泥が飛び散る音を響かせ、大きな泥の塊が田んぼから飛び出す。


 それに呆気にとられているうちに、泥はぐぐぐと伸び始め、大きな人型になり、現れた。

 明らかに異様で強大な泥の人に紅白が固まっていると、歓声と嘆声が聞こえる。

 その声に何事かと紅白は当たりを見ると、喜ぶ者悔しがる者様々で、そんな皆の手には白い紙があり、それを見ている。

 紅白があの紙は何だろうと思っていると、


「どうじゃったかな? 当たった者は祭の終わりに村の店で使える券を渡すぞ。じゃから、当たった紙をしっかり持っておくようにな!」


 突然、泥の人型が陽気な声で話し出し、それに対して様々な返事が上がる。

 様々な声が上がる中、アンネルと山之治は外したと肩を落とし、匁はそんな二人に「残念だったねー」と声をかける。


「それでは、泥田様の抽選が当たった方もそうでない方も、今日は張り切ってお願い致します」

「ます」


 その声に再度会場は沸いた。


 祭開催の宣誓から一時間も経とうとしている頃。


「初めてって言ってたのにもうそんな上手くなるとはな。凄く手際が良いじゃないか。流石は家主殿の使用人だ」

「ありがとうございます」


 腰を屈めて稲の苗を植えていく紅白に隣で同じ様にしている東雲が声をかける。

 と、普段東雲は髪を先端の方で縛っているのだが、今日は珍しく根元で縛りポニーテールとしている。

 そんな東雲に紅白は気恥ずかしさを感じながらも表情には出さずに答えた。


「それに比べて私の妹ときたら、汚れるだの疲れるだの、泥田殿が折角着物を用意してくれたというのに」


 紅白は大変ですねと返しつつ、ちらり他の場所を見やる。

 そこではいつもの二人と、他の怪異の子と共に用水路できゃっきゃしている主の姿。

 誰かが大きなザリガニを用水路で見つけたらしく、子供達はそれを聞き、作業そっちのけで用水路に行き、他に大きなザリガニがいないかと探しているうちにそのまま遊び始めたのだ。

 そんな子供達を注意しようとする者もいない訳では無いが、泥田が折角田んぼに来たんだからと笑いながら言い、子供達は自由に遊んでいる。

 あと、いつからいたのか梅と八千代もおり、用水路の(へり)でしゃがみながら子供達に何か声をかけている様子である。

 だが、その二人は皆が今着ているようなぼろぼろの服装では無く、普段着でも無く割烹着を着ていた。


「それにしてもここに来てから驚く事ばかりだったな。階級や地位に関わらず皆が手を取り合い助け合ったりしている。ここに来る前など、五十刈村は爪弾き者(地を追い出された弱者)の集う場所と聞いていたのだが、こういうのが、理想郷と呼ばれるものなんだろうな」


 ふと呟くように言う東雲の言葉に、視線を戻し紅白は「そうですね」と答える。


「むっ、すまん。変な事を言ってしまったな。紅白殿を見ていると初めてここに来たときのことを思い出してしまってな」

「いえ、私も同じ様に思っています。それに、こんな私を家主様は置いておくだけでなく食事も出して下さいますし、ですけど、失敗しても叩く事も、怒る事も無く、……それが―――少し怖いですけれど」


 一瞬固まる空気。だが、そんな気まずい空気を壊そうと東雲は、


「……紅白殿。安心して良い。家主殿は―――」

「紅白ーーー!! 東雲ーーー!!」


 東雲が何か言おうとしたが、大声で聞こえた声に遮られ、二人がそちらを向くと―――。


「見てみてー! 用水路(あそこ)で大きなお魚捕まえたのー!」


 それは三メートルはあるかという程に大きな(なまず)

 を、両手で掲げて迫る主の姿。

 その姿に固まる二人。

 そんな二人を掲げられながら自信満々のドヤ顔で見やる鯰。


挿絵(By みてみん)


「お、大きいですね」

「でしょ!」


 目前まで迫る大鯰の口を見る形で固まりつつもなんとか返答する紅白に匁は笑顔で自慢気に答える。

 と、そんな二人の横からボコボコと田泥が現れた。


「ほほう、家主さん。立派な鯰を捕りなさったな。今日は此奴を夕飯にでもしますかな?」

「えっ」


 田泥の言葉に、これを調理するのかと顔を向ける紅白と、食べられるかもとビビる鯰。


「僕、あんまり鯰好きじゃ無いから泥爺食べるー?」

「わっはっは! 儂もあんまり好きじゃ無いぞ」

「じゃあ、ばいばいしてくるー!」


 そう言って用水路に戻り行く匁。

 匁が戻ると、そこでまたきゃっきゃと声が聞こえる。

 そんな子供達を見やる三人。

 と、泥田はふと紅白に声をかける。


「そう言えば、お嬢さん。お初にお目にかかりますのう。儂は、もう知っておると思うがこの田んぼを管理しとる泥田という名じゃ。よろしくな」

「ご丁寧にありがとうございます。紅白と言います。こちらこそ、よろしくお願い致します」

「これはこれはご丁寧にどうもじゃ。それじゃあ、儂は戻るからの。お嬢さん、頑張るんじゃぞ」


 そう言うと泥田は笑いながらまるで田んぼに呑み込まれていくかのように足からズブズブと田の中に入っていき、最後の頭が呑まれると同時に大きな波紋を残し、消えた。

 その様子を見つつ、紅白は泥田の頑張れという言葉が田植えの事ではなく、何か別の事を指しているような気がした。

 そうして泥田と分かれてから再度田植えを始める紅白と東雲。

 そこにしばらくして用水路で遊ぶのに飽きたのか匁達も加わった。

 黙々と行う二人と、植える苗を分け合い早いだの凄いだのと良いながら行う三人。


 しばらくして、鐘の音が田んぼに響き渡る。


「皆さん、お昼です」

「です」


 そんな声が聞こえ、「お昼だー」と喜ぶ匁、山之治、アンネル。

 三人は他の者達同様に田んぼの(ふち)に向かい、向かいつつ二人に行こうという匁の言葉に続く紅白と東雲。

 五人が縁に辿り着く、最初に皆が集まった場所に既に列が出来ている。

 そこへと向かい、五人は列の最後尾に並ぶ。


「今日なんだろうね?」

「スイトン……スイトン……」

「豚汁の可能性」

「可能性はあるが、先程滝壺殿が見えたからあら汁という可能性もあると思うが」

「骨イッパイ……」

「あれ、食べ辛い」


 並びながらそんな会話をしている四人だが、山之治とアンネルの少し不満そうな言葉に話に入っていた東雲は少し寂しそうに「そうか」と呟くように声を発する。

 そんな主達のたわいもない話を聞きながら、ふと集まっている皆が作業していた田んぼを見やる。

 そこはまだ植え足りていない場所もちらほらとあるが、綺麗に苗が植えられている様子と風で水面が揺れ、太陽の光で輝いているのがとても綺麗だと紅白の目に映る。

 屋敷にいた頃は見る事すら無かった田園風景。

 それが近くに見える事に少し感動を覚える。

 と、そんな田んぼの水面に小さくはあるが動く影が見えた。

 最初は田んぼに住む小さな虫だと思った紅白だが、波打つと一緒に揺れてしまう様子に空を見やる。


 ―――何かが飛んでいるのが見える。


 見えはするが、空高く飛んでおり逆光のせいでそれは影となり詳しくは分からないが羽ばたきながら飛んでいるのは分かる。

 なんだろうなと紅白が良く見ようとした時、


「ほお、珍しい。優丸(やさまる)殿じゃないか」


 隣で突然聞こえた声に驚き見やると、東雲が同じ方の空を、手で太陽の光を遮りながら見上げていた。


「え? 本当!?」

「優丸……優丸……」

「あの飛んでるの?」


 と、東雲の言葉に反応する三人。

 その様子は完全にアイドルや有名人が来た時のような反応。

 東雲はあそこだとそんな三人に指し示す。

 すると匁が空に向かって


「優丸ー! やっほー!」


 大声で手を振る。

 その声に列に並び世間話等のたわいもない話をしていた者達も話をやめて匁達が見上げる空を見やる。

 そうして、


「優丸ー!」


 との大合唱と大歓声。

 誰が合図をした訳でもないのに重なった声は大きな音になり空を飛ぶ者へと届いたようで、その影は明らかに動揺しているのが見て取れる。


「お、間に合ったみたいだな」


 そうして皆がわいわい話している中、匁達の隣でそんな声が聞こえる。

 河兵衛である。

 河兵衛は匁の隣に立ち、同じ様に空に視線を向けていた。


「滝壺殿。優丸殿は何か持っているみたいだが、何か頼んでいたのか?」


 そんな河兵衛に東雲が問いかけると、河兵衛は朝方、紅白に言ったような事は言わず、普段通りと言った様子で「ああ」と話を続けた。


「ちょっと今日持ってくる魚が足りなくなってな。あいつくらいにしか頼めなくてよ」

「ふむ、なる程な」


 そんな言葉を交えて二人は再度空を見る。

 皆が空を見上げている間、その影は進みつつ徐々に皆の方へと降りてきている。

 そうして影の主、優丸の姿が皆の視界に入る。

 それは顔の半分を髪で隠した、少し根暗そうな少年。

 その手には両手で持つ様な大きさの木箱が三つあり、そのうちの二つは背から生えている大きな腕で一つずつ持ち、一つは普通に両手で持っている。その箱は他の二つに比べて少し小さい。

 そうして彼は腕の他に背から生えている蝙蝠のような翼で空を飛んでいる。

 優丸は、その翼をゆっくりと羽ばたかせながら皆の前に着地する。

 地に着いた足がしっかりと体重を支えると、背中から生えていた翼はまるで体に吸収されるように縮み、消えた。

 それはそれとして、そんな優丸に上がる歓声に紅白も優丸もビクッとする。

 紅白は何でこんなに優丸(この人)が人気なのかが分からないが、優丸はそんな皆に苦笑いに似た表情を浮かべつつ、軽く頭を下げると、今回の依頼主である河兵衛を見やる。


「河兵衛さん、頼まれていた魚です」


挿絵(By みてみん)


「おう、ありがとな。と、悪ぃけどよ、こっちまで運んでくれるか?」

「あ、はい。了解です」


 そうして河兵衛の後ろを着いていく優丸。

 その二人の後ろ姿を見つつ、紅白は東雲に耳打ちする。


「あの、東雲様、申し訳ありません。あの優丸様という方、存じ上げていない方なのですけれど、どのような方なのですか?」

「ああ、紅白殿は会った事が無かったのか。優丸殿は、そうだな。ここにいる半分程の者達を村に連れてきた者と言ったところだ。まあ、普段、村の外にいるか、そうでなければ佐々木(ささき)()にいるだけなんだが、討たれる可能性がある外からこの地(ここ)に連れてきてくれた事に恩義を感じている者も少なからずいるといった感じだな」

「なるほど」

「あとね、よく遊んでくれるの!」

「優丸……良イ妖怪……」

「遊んでくれるの、村にいる時だけだけど」

「そうなのですね」


 紅白は東雲と、その話を聞きつけて話に入ってきた匁、山之治、アンネルの説明に納得すると再度、優丸へ視線を向ける。

 良い人なのだろうと考えるその考えに少し疑問を持ちながら。

 そうして、ゆっくりと進み匁達が皆が昼食を受け取っている場所。

 魚を焼く河兵衛と鍋から汁物をお椀へ移す梅達がいるところに着くと、優丸は帰った様子で既にいなくなっていた。

 だが、いない事を気にしたのは紅白のみで他は串に刺された焼き魚と豚汁、おにぎりを受け取っていく。

 その際、当てたアンネルは当たったと得意気な様子で言う。それと、匁達(子供達)がありがとうと受け取る度に梅と八千代は騒がしかった。


 匁達は自分達が植えていた場所近くの土手に腰を下ろし、匁と山之治、アンネルはいただきまーすと元気よくおにぎりを頬張る。

 美味しかったようで匁と山之治は幸せそうな表情をし、アンネルは黙々と食べているが雰囲気的に輝いていた。

 その隣で、紅白はボーッと受け取った一式を眺めていた。


「食べないのか?」

「え?」


 匁達とは逆の隣に座る東雲からそう問われ、紅白は顔をそちらへと向ける。

 そこには優しそうな表情で笑みを浮かべる東雲の顔。


「いえ、ただ、その、なんて言うんでしょう。少し、ボーッとしてしまっていました」

「ふふ、そうか」


 答えに微笑み視線を田んぼの方へと移す東雲。

 その反応に紅白はキョトンとして東雲の方を見やる。


「ねえねえ紅白」


 と、声がかかり紅白は匁の方へ顔を向ける。


「家主様、どうなさいました?」

「紅白のおにぎり、中なんだったー?」

「え?」


 凄くワクワクした様子で聞いてくる主の言葉に一瞬固まるも、少々お待ち下さいと自身に渡されたおにぎりを両手で割ってみる。

 温かい白米の中には、紅い果実が見える。


「梅、ですね」

「あ、(おんな)じだー!」


 答えを聞いた匁は嬉しそうにそう言うと、また半分程食べていた自身のおにぎりに(かぶ)り付く。


「ほう、では、私と同じ昆布の者はいるか?」

「鮭……鮭……」

「私も、鮭」

「む、昆布は私だけか」


 少し残念そうな声色で東雲が答える。

 そんなこんなでお昼が過ぎ、また皆が作業に戻る。

 そうして夕日が田んぼを照らす頃には、一帯に広がる田んぼには稲の苗が植えられており、水は茜色に染まっている。

 そんな田んぼを横目に、参加していた皆が朝と同じ様に集まっている。


「皆様、今日はご苦労様でした。お陰様で田植えが終わりました」

「ました」

「それでは、これで田植え祭を終わりたいと思います。皆様、お疲れ様でした」

「でした」


 皆の前に立つ、牛頭の女性と人面牛が頭を下げるとお疲れ様でしたとの大合唱が田んぼ一面に広がる。


「ほっほっほ。では、帰る前に当たった者はちゃんと受け取ってから帰るんじゃぞ~」


 その言葉に上がる歓声。

 そうして皆はそれぞれの帰路につくのを見送る三人。

 徐々に妖怪達が減り、会場にいた皆が捌けた頃。

 泥田が二人に話しかける。


「お疲れさんじゃ。花子、太郎」

「いえ、これくらいなら全然」

「田んぼ耕すの大変だった」

「ほっほっほ、それじゃあ今回の成功を祝って、今日は湯屋にでも行こうかの」


 泥田のその言葉にお礼を言う牛頭の女性花子と喜ぶ人面牛の太郎。

 そんな二人を連れて田泥は皆が帰っていった村へと向かう。

 今度は歓迎される側として。

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