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第四話:じんじゃ

 丑三つ時。者によっては元気に活動し、寝るものは寝る時間。

 匁は特に何も無い普通の部屋である自室にて敷かれた布団ですやすやと寝息を立てていた。

 と、匁の寝る部屋の障子から一つの光がぼうっと入ってくる。それは、輪っか状で、障子をすり抜けて侵入し、ふよふよと上下に揺れ動きながら眠っている匁の方へと静かに、着実に進んでいく。

 そしてゆっくりと進んできた光は眠っている匁の上で止まり、天井近くまで上がっていく。


 すると、その光の輪の間からゆっくりと何かが出てくる。

 それは、足。それがゆっくり、ゆっくりと光の中から降り、次第に、膝、腰、胴体と輪から出てくる。

 そうして頭が出たとき、白い服に身を包んだ小柄なそれは匁の寝ている布団の上に落ち、衝撃でそれのたわわが揺れた。


「んう?」


 不意に感じた重さに匁が目を開ける。

 そんな匁の視界には先程部屋に入ってきた光の輪を頭に浮かし小さな翼を背に生やした者が馬乗りになっている姿がぼんやりと映る。

 と、上に乗ったその者は眠そうにも見える半目で匁を見やると、手を向けた。


「よ。匁」

「んー?」


 声を掛けられた匁は目を擦り、相手が上に乗っているのも関わらずまるで何も乗ってないかのように普段通りの動作で体を起こすと、表情を一切変えずにそのまま布団の上を滑り台のように後ろに滑り膝側に移動した相手を見やる。


「あー、アンネルだー。どうしたのー?」


 相手を確認した匁は寝起きのふにゃふにゃした感じで相手に問いかけると、アンネルはそんな匁に、膝に乗ったまま答える。


「聞いた。匁、最近使用人案内してるって。なんで神社に来ない? 神様、最近ずっと毎日うろうろしてる」


挿絵(By みてみん)


「う?」


 アンネルという者の言葉に首を傾げる匁。

 そうして、「んー」と考え


「じゃあ、今日行くー」

「そう。なら待ってる。じゃあ」

「うん、じゃぁー」


 匁が今日行くと聞いたアンネルは先程とは違い、障子を開けて匁の部屋から出て行く。

 匁は寝ぼけた声で「ばいばーい」と出て行くアンネルに声をかけ、ぽてっと布団に倒れるとそのまま寝息を立てた。


 ―――朝。


 朝日を感じ匁は目を覚まし、体を起こすと体を伸ばす。

 そして布団を畳み、着替えて部屋を出る。

 廊下を歩く匁。と、匁の耳に他の部屋から静かに障子を閉める音が聞こえた。

 その音に匁は目を輝かせて音のした方へと駆けて行く。


「おはよー! 紅白―!」

「っ、おはようございます。家主様」


 先程まで気配が無かったのにも関わらず突然現れた主の登場にビクッとはするものの、礼儀正しく紅白は頭を下げる。

 そんな紅白を見てふと数時間前の事を思い出し「あのねあのね」と話す。


「今日、ご飯食べたらね神社に行くよ」

「神社、ですか?」

「うん! アンネルがね、紅白と来てーって言いに来たの。だから神社に行くー」


 匁の言葉に昨日帰ってきてから来客などあったかと考える紅白だが、当然ながら思い当たる節は無い。だが、何も言わないのはと、とりあえず流れで「分かりました」と答える。

 そうしていつも通り、今日の朝食作りと配膳を一緒に行う事にし、朝食を終える二人。

 食器洗いを一緒に行いながら、ふと匁は紅白へ話しかける。


「ねえ、紅白ー。神社に何持って行けば良いと思う?」

「え?」


 意外な質問に紅白は固まる。

 いつも行っていたところには土産など持たずに行っていたというのにも関わらず、今日は何故か持って行くと言うのだ。

 だが、主からの言葉に何か答えないのは失礼だろうと紅白は頭を回す。


「行く途中に村に寄って良いものを買っていけば良いのではないでしょうか?」

「おー!」


 苦し紛れに出した答えだったが、匁は感心し満面の笑みになる。


「じゃあ、村に行って買って行こー」

「はい」


 とりあえずホッとし紅白は匁に頷く。

 そして食器洗いが終わり、二人で玄関に向かうために廊下を歩いている時だった。

 何の気配も無く玄関が、開いた。

 そんな二人の視界には法被を着て、腹にサラシを巻いた“体”が映る。

 だが、その体には足は一本しか無く、本来あるはずであろう頭部が無い。だが、顔はあった。本来人の体の胸に当たる部分に目が、鳩尾に口が、そこにあった。笑みを浮かべた顔が。

 紅白は普段は全く変わらない表情なのだが、その者を見た彼女は目を見開き、確実に恐怖が顔に出ていた。

 それは相手が人のみならず、妖怪等の雌を狂わす事で自身の縄張りを守ると言われる怪異であるが故に。

 狂わされた者がどうなるのかは紅白は知っている。故に、自身がそうなったらと怯えが出たのだ。

 そんな怯える紅白とは対照的に匁は徐々に目を輝かせ、笑顔で口を開く。


山之治(やまのじ)―! 久しぶりー! どうしたのー?」

「遊ビ……来タ……」


 その怪異は匁の言葉に、笑顔な表情とは反対に表情の無い声色で途切れ途切れに返答する。


「そうなの? んー、でも僕これから紅白に神社案内―――。あ、そうだ! 山之治も一緒に行く?」

「行ク……」


 匁の言葉にその怪異は返答すると同時に勢いよく手を上げる。

 その動きに紅白はビクリと反応。

 と、山之治の視線が紅白の方へと向き、紅白の姿を確認すると、また匁の方へ。


「匁……匁……、誰……誰……」

「紅白だよー」

「紅白……紅白……、使用人……使用人……」

「うん。そうだよー」


 匁の返答を聞いた山之治は体を揺らし紅白の方へと再度視線を向ける。

 その行動に再度身を強ばらせる紅白。匁の接し方からするに知り合いなのだろうというのは分かるのだが体が反射的に動いてしまう。と、山之治が口を開く。


「山之治……、よろしく……よろしく……」

「よ、よろしく、お願いします」


 おずおずと紅白が答えると山之治は体をゆらゆらとさせながら紅白を見ている。

 ジッとこちらを見る山之治に対して恐怖心から視線を逸らす事が出来ず止まる紅白。

 本来は見てはいけないのだが。だが、紅白は特に体等には異変は感じない。


「紅白ー、どうしたのー?」


 と、主の声に紅白は視線を匁へと向ける。

 見れば匁は既に草履を履き、山之治の隣で紅白を待っている。


「申し訳ありません。今、準備致します」


 そう答え綺麗な動作で下駄を履き匁の元へ。


「それじゃあ、出発ー!」

「出発……」


 匁と山之治は元気よく片手を上げ、三人は迷家を後にした。

 普通に歩く二人の速度に合わせて一本足で跳ねながら移動する山之治。

 出発してから始めは山之治を気にする紅白であったが、匁と仲よさそうに話ながら道中脇にあった小川を見たり、落ちてる木の棒で匁と一緒に地面に何か書いたりしているのを見て徐々に警戒心が無くなっていく。だが、恐怖心が消えた訳では無く山之治が紅白の方を見た時には少し体に力が入る。

 そんな感じで進み村の賑わいが聞こえ、見えてきた頃。ふと、匁が口を開く。


「山之治、神社に行くんだけど、何買っていけば良いと思う?」

「……お菓子……お菓子」

「お菓子!」


 山之治の言葉に様々なお菓子を思い浮かべ目を輝かせる匁。

 自身が食べる物では無いのだが。

 そんな匁と同様に山之治もお菓子を思い浮かべ目を輝かせている。

 そうして、ルンルン気分で進む二人と紅白は歩みを進めこれまた立派な瓦屋根の建物へと入る。


 小豆製菓(あずきせいか)と書かれた布連をくぐる三人。だが、匁と山之治は身長が足らずくぐったのは紅白だけではあるのだが。とそんな三人に老人が頭を下げる。


「へぇ、いらっしゃいませ」


 身につけているのは立派な感じの着物だが、その老人は普通の男性より背は低く、指は三つという感じだ。


「これはこれは家主様。今日はどの様な要件で?」


 老人は手を合わせて擦りながら匁へと問いかける。


挿絵(By みてみん)


「美味しいお菓子下さい!」

「へ、へぇ、美味しいお菓子と言いますと?」

「美味しい……お菓子……ふわ……ふわ……」


 更なる男の言葉に答えたのは匁の隣にいた山之治だ。

 その言葉に老人は「ふわふわ」と頭を傾げ繰り返す。と、ふと何かを思いついた様子で待っていて欲しいと店の奥へと入っていく。

 そんな男を待ちながら山之治と匁は何が来るだろうねとワクワクしながら話し合う。その様子を見ていた紅白はふと視線を動かし、店内を見やる。

 店内は棚がありそこにも商品と思われる物は置いてあるが、小さな菓子といった物がほとんど。と、一見すると古く土間の形を取っているこの場所には似つかわしくないような、ショーケースもあり、そこには箱に詰められた菓子の見本が入っている。

 と、男が入っていった店の奥。布連で遮られているそこをふと見ると音も無く、紅白と同い年だろうかという見た目の少女と、少女よりは明らかに年上な女性が布連を開け、現れる。

 その二人は足音がしないどころか、足が無く、そこには代わりとばかりに蛇の下半身となっていた。紅白は綺麗な方と少女を見ていると、顔を上げた少女と目が合った。


「いらっしゃいませ。お客様」


 紅白に気付いた少女は丁寧な動作で紅白に頭を下げると、隣の女性もいらっしゃいませと頭を下げる。

 と、その声に反応して匁がそちらを向く。


「あ! お(きよ)だー! こんにちは!」

「あら、家主様。山之治様。来ていらっしゃったんですね。こんにちは」


 可愛らしいとも上品ともとれる声色でお清という名前らしい少女は匁にお辞儀をする。

 と、お清は顔を上げ、


「と言う事は、こちらのお客様はアンネル様ですね?」

「違うよ。紅白だよ」


 匁が訂正すると、お清は面食らった表情をして、


「そうなのですか。申し訳御座いません紅白様」


 と、紅白に頭を下げるが、紅白は慌ててお気になさらずと言い、頭を上げるように言う。


「そういえば、お清がお店にいなくて奥にいたの珍しいね。どーしたの?」


 ふと気になったようで匁が問うと「ああ、その事ですか」とお清は顔を上げて説明する。


「先程、普段あまりないんですけれどお菓子作り用の竈の火が消えてしまって、つけ直していたんです」

「そーなんだ」

「はい。普段であれば一回火を付ければお仕事終わりまで消えないのです。そう、それは人間であった頃の私の安珍(あんちん)様への思いのように、ああ、安珍様! もう一度会いとう御座います。そして今度は逃げる事無く――「お待たせ致しました。家主様、こちらで御座います」


 お清の言葉が終わらないうちにやって来る店主。いや、遮ると言った方が良いかもしれない。と、その手には包み紙で綺麗に包装された箱。

 それを匁はありがとうと受け取ると、店主に「はい」といつの間に持っていたのか手にしたお金の入った袋を渡すと店主は中身も確認せずに「では丁度」と、それを懐へとしまう。


「では家主様、またご贔屓(ひいき)に」


 店主にそう言われつつ見送られて、三人は菓子屋を出発。

 その間も聞き相手がいないにも関わらず話をしているお清を紅白はちらちらと気にしてはいたが、「神社に行くの楽しみだねー」と言いながら山之治と話している主の後ろをついていく事に。

 と、その前に寄り道もしていたために昼時となってしまい三人は村の食堂でゆっくりと昼食を摂り、再度出発する。


 そうして村の中心から神社の方へと伸びているのであろう道へと進んでいく。

 と、歩きながら紅白ある事を思い出し、前を歩く主へ問いかける。


「あのー、家主様。先程、お清様も申されておりましたがアンネル様とは、誰なのでしょうか?」

「う?」


 声をかけられた匁はキョトンとして紅白の方を向く。

 と、何かに気付いたようで「あっ」とした表情になると笑顔で紅白へと答える。


「アンネルはね、友達だよー。ね!」

「友達……友達……」

「御友人様ですか」


 頷く二人にそう返す紅白。

 最初は匁のふとした言葉であったため特に気にしてはいなかったが、昨日家に来たという言葉とそのアンネルに全く気付かなかった事を謝った方が良いのだろうかと紅白は考えるが、歩きながら山之治と楽しそうに話す主に声をかける事は出来ずにそのまま後をついていく。


 道は緩やかに曲がり三人を林へと向かわせる。そこから先は緩やかな上り坂になっている。と、林の入り口の脇に苔が生え所々崩れた石の灯籠(とうろう)が道を挟むように二つ置かれている。

 のだが、両方とも草に囲まれ、苔が生え、所々崩れ、(ひび)が入っている。

 そして片方は完全に役割を果たせない程に崩れ、破片や灯籠の屋根であったであろう石が草むらの中に落ちている。


「ここ行くとね、神社だよ」

「神社……神社……」


 と、林の中を通る道を指さして匁と山之治は紅白に伝えると「そうなのですね」と二人に返事をしつつ、この灯籠の様子から(さび)れた神社なのだろうと予想する。


 そうして林の道を進む三人。と、今度もまた似たような石の灯籠が道の両端に置いてある。

 先程見たものよりはしっかりとした様子で苔は先程よりは生えていない。

 そんな灯籠を過ぎると、また一定間隔で灯籠が道の脇に置いてある。

 だが、置いてある灯籠は進むにつれて徐々に苔も無くなり、(ひび)も無くなっていく。

 その様子に違和感を感じる紅白だが、主は歩みを止める事無く山之治と最近どうしていたか等の話をしながらルンルンで進んでいく。

 明らかに新品とまではいかないが、綺麗な状態の灯籠が見えてきた時、他の物が進む三人の目に映る。

 それは、林の中では非常に目立つ、朱色。

 鳥居である。


「あの階段登れば神社だよ!」


 振り返り鳥居の先にある立派な石造りの階段を指さして嬉しそうに匁が言うと、山之治も紅白の方を向く。

 そうなのですねと能動的に答える紅白。

 そうして三人は鳥居のところまで来ると、階段を見やる。

 現役で使われている様に立派で綺麗な石の階段はずっと続き、手すり代わりであろうロープが階段の縁に沿って張られ、その様子からどうやら途中で曲がる造りのよう。

 そんな階段を見て、登っていくのは大変そうだと思った紅白はふと匁に提案する。


「主様、階段大変でしょうから、私が飛んでお二人を階段の先までお連れ致しましょうか?」

「あ、紅白はね、今、飛んだらダメだよ」

「飛ブノ……ダメ……」


 と、二人は紅白の提案にだめだめと首を横に振る。それを受けた紅白は飛ぶのは何かしらの理由があってダメなのだろうと納得し、「申し訳ありません。忠告ありがとうございます」と頭を下げる。

 そうして三人はその階段を登っていく。

 前いたところで嫌と言う程階段の往復をしていた紅白はこれくらいなら大丈夫だろうと思いつつ、匁や山之治が途中で疲れた時に背負ったりしないとと考える。

 しばらくして―――


「紅白、大丈夫ー?」

「大丈夫……大丈夫……」

「も、申し訳、ご、ございません。だ、大丈夫、です」


 最初の思いはどこへやら。

 紅白は息を切らしつつ、膝に手を当てロープにつかまりながら返答する。

 体力には自信があった紅白だが、この階段は予想以上であった。

 別に階段が変に小さな幅とか斜面が急とかそういう事では無く、ただ単に、長いのだ。

 どれだけ上がっても、先は階段。他は黒く艶々(つやつや)している岩肌か木々しか見えない。


「少しお休みするー?」

「オ休ミ……オ休ミ……」

「いえ、はあ、だ、大丈夫、です。」


 数段上で心配している二人に呼吸を整えつつ、二人の元へ行こうとゆっくり、ゆっくりとロープに掴まりながら一歩一歩進む。

 そうして二人のいるところまで紅白は辿り着く。


「お、お待たせ、致しました」


 息も絶え絶えで言う紅白。

 そんな紅白に二人は大丈夫かと問いかけるが、紅白は大丈夫と先に進む事を言う。

 だが明らかに無理しているのが分かる紅白の様子に悩む匁。

 と、先程階段を上る前に紅白が言った事を思い出し、案が思いつく。


「僕が上まで運んであげる!」


 今のうちにと呼吸を整えていた紅白は匁のそんな案に、咄嗟に返答する。

 それがいけなかった。


「―――ありがとうございます。っで」

「じゃあ、行くよー!」

「え?」


 感謝を述べられて気合いが入ってしまった匁の行動は早く、紅白の「ですが」と言いかけた言葉を待たずして匁は紅白をお姫様抱っこし、階段を駆け上がる。

 急な事で何が起きたのか理解が追いつかない紅白だが、次第に状況が分かると慌て、匁に降ろすように言おうと思うが、明らかな身長差で不安定な手の位置のお姫様抱っこの恐怖と先程の疲れもあり頭が回らず、ただ体を強ばらせるしか出来なかった。

 そんな紅白を余所に匁と山之治は階段を駆け上がる。

 それはもう、二人の見た目からは想像も出来ない程に速い速度で。


「着いたー!」

「着イタ……着イタ……」


 一時間以上かかりまだ三分の一も登っていなかったのだが、それから紅白を抱えて駆け上がりものの数分で階段を登り切り、笑顔の二人。と、匁にお姫様抱っこされて生きた心地のしないまま顔を引きつらせた紅白。

 そんな三人の視界には、鳥居の先にある大社へ続く道と、九本の尻尾と頭の上から生えている上に伸びる毛で覆われた耳を揺らし、巫女服に身を包んだツリ目気味な少女が箒で道を掃いている姿。


「やっほー! 古賀子(こがね)、来たよー!」

「来タ……来タ……」

「ん?」


 鳥居をくぐり普通に遊びに来たというように声をかけながらやって来る二人と一人の方へ少女は顔を向ける。


「あー、来たんだ。いらっしゃい。家主と山之治。と、その子が使用人?」

「うん!」


 匁は指された紅白をはいっと渡すかのように古賀子へと見せる。


「なんかこの子凄く疲れた顔してるけど、来る途中なんかあった?」

「無いよー」

「無イ……紅白……登ルノ……疲レタ……」

「ふーん、んで家主がお姫様抱っこしてるの?」

「うん!」

「それは何かおかしい気もするけど、んー、まあ、何も無かったならいっか。大社で白面様が待ってるわよ」


 そう伝えられた匁と山之治は古賀子にまたねと声をかけ、大社の方へと向かっていく。

 大社は現代の大きく立派な大社にも引けを取らない程に立派で綺麗なものである。


「あの、家主様。そろそろ下ろして頂いてもよろしいでしょうか?」


 と、大社前に来たところでハッと我に返った紅白が声をかける。


「もう大丈夫?」

「大丈夫です。お陰様で疲れが取れましたので、ありがとうございました」

「どういたしまして!」


 お礼を言われて嬉しそうに紅白を下ろす匁。

 対して、紅白は平静を装いつつも先程まで見ていた事を思い出し内心色んな感情が湧き上がっていた。

 と、そんな紅白はさておいて、


「お邪魔しまーす」

「来タ……」


 二人は社の戸を開けて、


「ちょっと待って。準備まだ出来てないから、出来たら開ける」


 中にいたアンネルにそう言われ、素直に分かったと返事を返すと戸を閉める。


「まだ準備中だってー」

「待ツ……待ツ……」


 その事を後ろにいる紅白へ。それを受けて紅白は「そうなのですか」とだけ答え、三人は待つ事に。

 数分後、待つのにも飽きた様子で匁と山之治は社の隣にある注連縄が巻かれた要石の傍でけんけんぱを始めている。

 そんな二人からの遊びの誘いを断り、開いたら知らせると、待つ事を選んだ紅白は待ちつつ二人を眺めている。

 まるで幼い弟と友達が遊んでいるのを遠くから見守っている歳の離れた姉のように。

 そんな二人の賑やかな声を聞きつつ、紅白はふと考える。

 先程、来る途中の灯籠の様子に寂れた神社を想像していたが、来てみると最初に見た灯籠からは想像できないほどの立派な大社に、大妖怪である九尾が巫女を務め、更には外の神が使うと言われる天使がいる。それはひとえにここには強大な力を持つ神が未だに奉られ(鎮座し)ているという事。

 それに、相手は今まで何も持たずただ向かっていただけの主が土産を持って行くような相手。

 一体、どの様な者が現れるのかと内心緊張する。


「凄ーい! 強ーい!」

「強イ……強イ……」

「ふっ」


 聞き慣れない声と盛り上がりに気付き紅白がハッと二人の方へ意識を向けると、別の遊びになっていた。だけではなく、人数が三人になっていた。

 増えたのは、先程二人にまだ準備が出来ていないと告げたアンネル。

 だが、先程の部屋は紅白の後ろに出入り口があり、そこから出て来たのであれば考え事をしていたとはいえ音で気付くはずである。

 しかし、紅白は全く気付かなかった。


 ―――いつ、外に


「お待たせ致しました! 匁殿!」


 アンネルがいつ外に出たのかと紅白が思った瞬間、突如勢いよく開いた戸の音と聞こえた声にビクッと肩を震わせる。

 扉を開けたのは、白衣(びゃくえ)と袴を身につけた優しそうな顔つきの男。だが、その頭には髪と同じ色の毛で覆われた尖った耳があり、後ろには同様の色のふわふわの毛で覆われた尻尾がある。


「おや? 貴女(あなた)は?」

「申し遅れました。家主様の使用人をさせて頂いております。紅白と申します」


 そう答えると男は貴女がそうですかと呟くように言うと、姿勢を正す。


(わたくし)、ここで(白面)様にお仕えしております。刻郎(こくろう)と申します」

「ご丁寧にありがとうございます。今、家主様をお呼び致しますので、お待ち下さい」


 紅白は刻郎にそう告げ、匁の遊ぶところへ―――

 行こうとしたら、山之治、匁、アンネルの順に肩車をしている三人の姿。


「アンネル、何をしているのですか」


 そんな三人の様子に刻郎が呆れたように言うと、アンネルは表情一つ変えずに答える。


合体式(がったいしき)黒雨(くろさめ)


 アンネルの言葉に、それはそれは誇らし気な表情をする他二名。

 それにどうリアクションすれば良いのか分からず紅白は黙っているが、その後ろで刻郎は全くといった様子で呆れつつこのままでは話が進まないと、四人に大社の中に入るように声をかける。

 そうして中に入る者達の目には広い室内の奥に着物の上をはだけたように着た、鎮座する一人の女性の姿が目に映る。

 女性の表情は少し口角が上がっており、少しの怪しさと妖艶さも感じられる。


「よく来たな。迷家の者達よ。(わらわ)が―――」

「あ、白面。これお土産ー」

「……うむ、ありがとうな。匁」


挿絵(By みてみん)


 空気を読まずにお土産を渡しに近寄る匁と山之治と何故か混ざるアンネルになんか色々言いたそうな表情になるも白面は笑顔で礼を言いつつ立ち上がり土産を受け取ると、匁の頭を撫でる。

 匁は撫でられながら「えへへ」と笑う。

 そんな様子を見て、紅白は少し変な違和感を覚える。

 というのも、


「匁ぇ~」


 凄く小声だがそんな言葉を言いつつ、可愛いものを愛でるような感じでは無く、元々ツリ目気味というのもあるが、それが和らいだようにも鋭くなったようにも感じ、その目で匁を捉えつつ撫でているのが見えているからである。

 助けるべきなんだろうかと、周りの者を見るといつもの事というような様子で見ているために大丈夫なのかと思い動けない。

 と、白面の口が開く。


「匁、お主、ここに住まぬか?」

「んー、僕、迷家(おうち)にいないといけないから無理」

「……そうか」


 明らかに凄く残念そうな声色と表情の白面。

 と、その顔が紅白の方へと向かう。


「で、貴様(おぬし)は?」


 明らかに先程と違い威嚇するような呪うかのような声色で紅白を睨み付けるように見やる白面。

 紅白はビクッとなるも、すぐに平静を装い口を開く。


「申し訳ありません。申し遅れました。私、家主様の元で使用人をさせて頂く事になりました紅白と申します。今後ともよろしくお願い致します」

「ふん、少しは礼儀を弁えておる様じゃな。妾の名は山上(やまのかみ)白面(はくめん)じゃ。まあ、五十刈村(この地)にいる事を許そう。じゃが―――」


 鋭い目つきを更に鋭くし、再度見やる。


「匁とイチャ―――、いや、匁に無礼失礼を働く事は許さぬぞ!」

「……肝に銘じます」


 覇気迫る様子で言われた言葉に一歩引きそうになる紅白だが、ぐっと堪えて答える。

 と、そんなやり取りに一つの言葉が混ざる。


「紅白、そんな事しないもん!」

「そ、そうはいうが、何かあってからでは遅いんじゃ。じゃから、ちょーっとキツく言っただけじゃ。妾は皆で仲良く暮らして欲しいから間違いがあってはこの者も悲しんでしまうと思ってあえてキツく言っただけであってな―――」


 ぷんぷんと言うように白面に抗議する匁に対して白面は慌てた様子で理由を述べる。

 と、その白面の顔が紅白の方へと向く。


「という事で、そういう事じゃ。分かったな? 紅白」


 先程と声色は多少マシにはなり表情も笑みが見える感じだが、明らかに殺気をはらんでいるような威圧感を感じつつ、とりあえず分かりましたと紅白は頭を下げる。


「それで、匁。あちらの部屋でゆっくりと話でも―――」

「あ。その前にね、しなきゃいけない事あるの」

「そ、そうなのか? はっ!? ……まさかっ」

「うん、そうだよ」


 言って頷く匁に白面は顔を赤らめ、「し、仕方無いのぉ」と少し弱い声色で言う。

 そうして―――、


「黒雨! 来たよー!」


 匁達は大社の後ろへとやって来ていた。

 そこには黒く艶やかな岩肌があるだけで、特に何もいないのだが、匁は元気にそう声を発する。

 後ろで怒りとも悲しみとも諦めともなんとも言えない雰囲気を発し、殺気なのか覇気なのかを放っている白面もいるが。


 と、急に傾き始めた日光が凹凸の無い平たい岩肌に当たり反射している光がゆっくりと動き、岩肌が持ち上がったかと思うと動いた隙間から鮮やかな赤色が現れる。それは大きなこの大社程もあるかという程に大きな百足の頭部。

 その頭部に付いた紅く神社の裏手から鳥居まで届くかという程に長い触覚を動かすと全員を見やる。


「あの、家主さん、(ぬし)様、こんにちは。大勢で、どうしたんですか?」


 凄く気弱そうな声で大百足が問いかける。


「黒雨にね紅白の紹介をしようと思って来たの」

「紅白さん? あ、家主さんの所に新しく来たって言う使用人の方ですか?」

「うん!」


 元気に匁が頷くと、黒雨は触手を少し動かす。

 初めて見た大百足に驚き見るしか出来ない紅白の上を触手が通る。


「ああ、こちらの(天狗)の方がそうですか?」


 黒雨は触手を戻すと匁にそう問いかけ、匁は元気に頷いた。

 すると紅白は頭をゆっくりと紅白の方へと向ける。


「紅白さん、これからよろしくお願いします。紅白さんの妖力は覚えたので、この山一帯を飛んでも、私、襲わないので、大丈夫です」

「はい。ありがとうございます」


 お礼を言いつつ紅白は、何故匁達が階段を上る時に飛ぶのはダメと言ったのかが分かった。

 この山を知らない者が通ればこの大百足に襲われるのだろう。


「良かったね紅白。これでもう飛んでこれるよ」

「はい。わざわざ私のためにありがとうございます」


 匁が笑顔で言った言葉にそう紅白が返す。

 ただ先程から刺さる白面からの視線を受け二度と来たくは無いと思う紅白ではあるが。


「それでは、私、またお休みしますね」


 もう用事は終わったのだろうと黒雨はまた同じ位置に顔を戻し、山に張り付く黒く艶やかな岩肌へと戻る。

 その黒雨に反射する太陽が少し、赤みを帯びてきていた。


「それじゃあ、帰ろっか」

「帰ル……帰ル……」


 夕日に照らされ始め、匁が提案すると山之治も頷く。

 それを聞いてようやくこの視線から解放されると少し安堵する紅白。

 その視線の主は、なにやら虚ろな目でぶつぶつと何かを言っており、匁達の会話は頭に入っていない様子。

 そんな主を少し呆れながら見守る刻郎と、表情を変えずにガン見するアンネル。


「それじゃあ、またねー」

「マタ……」

「ばいばい」

「今度はゆっくり遊びにでも来て下さいね」


 互いに手を振り、夕日と共に帰る三人を鳥居の前で刻郎とアンネルは見えなくなるまで見送る。

 そうして匁達が去った後、刻郎が口を開く。


「さて、アンネルさん。どうしましょうか?」

「決まってる」


 二人が話をしながら見やる先には、先程から動かずに虚ろな目をしてぶつぶつと言っている主の姿。


「放置だ」

「……まあ、それしか無いですね」

「あれ? 二人とも鳥居前(そこ)で何してんの?」

「ああ、古賀子。実は―――」

「うわ、それ放置一択じゃん」

「ですよね」

「匁からのお土産食べる?」

「え? 家主、お土産なんて持ってきたんだ。珍しい」

「まあ、たまにはそうい日もありますよ。―――お茶淹れますね」

「じゃあ、私は包み剥がす」


 そうして三人は大社の中へと入っていく。

 そんな三人の会話を寝たふりをして聞き、黒雨はふうと一息。


「主様を私の所に置いてかれても困るんですけど……」

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