第十八話:うみべのこえ
人で賑わうホテルのレストラン。
そこでは現在中央にバイキング形式で料理が並び、やって来た人々が各々好きな物を取って席へと着く。
「ご飯ー!」
「ご飯でしゅもん!」
そんな人達と同じ様に匁は自身の手にしたプレートに料理を乗せ、銭と共に持ってきた物の味を想像し、期待に目を輝かせる。
いただきますとのかけ声の後、二人は楽しそうにプレートの上の物を分け合い、美味しいと笑顔で食べる。
すると匁が「はいどーぞ」と隣に料理を手渡す。のだが、渡したのは銭がいるのと逆の方。
そこには、縮こまりながら座る力を分けた少女の姿があった。
「え、いや、あの。私は大丈夫ですから」
少女は渡そうとしてくる匁に苦笑い気味に断りを入れる。
そんな少女に「良いの?」と首を傾げる匁。
その向かい側では、
「はい、神様。あーん!」
「いや良いですから。明理さん食べて下さい」
明理が優丸へあーんをしようとして断られ、項垂れている。
「お前等、先に来てたのか」
ふとそんな声が聞こえて皆が視線をそちらへ向けると、そこにはサングラスをかけているえんりの姿。
その後ろには同様に顔が分からないようにと眼鏡をしているミアと、スーツ姿からラフな格好に着替えたマネージャーがいる。
「えんり、これ美味しいよ!」
「でしゅもん! プリン美味しいでしゅもん!」
と、やって来たえんりに匁と銭の二人は食べかけていたプリンをおすすめする。
それにえんりは、
「お、そうなのか。そんじゃ、そのおすすめ、あとで食べてみるわ。今、俺様はがっつり肉が食いたい気分だから、その気分が収まってから食ってみる事にするぜ!」
二人にそう返すと、二人の隣。見慣れない者を見やる。
少女はえんりと目が合い、匁の隣で縮こめていた体に更に力を込めて身を固めた。
「―――ところでよ。そいつ、誰だ?」
えんりは怯えている少女を見つつ、真面目な声色で匁へと問いかける。
匁はえんりの視線が向いていた先を見て、一瞬何の事だろうと思うものの、ふと思い出したように待ってましたと声をあげる。
「蝶々の人!」
「でしゅもん! 蝶々でしゅもん!」
「ふーん、蝶々の人か。そうかそうか」
問いかけた匁と話に乗っかってきた銭の報告に理解したように答えるとえんりは、項垂れながらもそもそと食事をする明理を横目で見て少し悪いことをしたかもしれないと思っている優丸の方へと近寄る。
「んで、優丸。結局、あいつ誰なんだ?」
匁の方をチラッと気にしながら、優丸に小声で問いかけるえんり。
それに対して優丸はもそもそ食事している明理から視線を外して、同様に小声で返す。
「このホテルで起きる現象の、元凶の方だよ」
「え? もう見つけたのか?」
優丸の言葉に目を丸くするえんり。
それに頷く優丸。
「って言っても匁様が見つけたんだけどね」
「へえ、流石は俺様達の匁様だな」
再度匁の方へ視線を向けるえんり。そこでは食べかけのプリンを銭と一緒に美味しいと言いながら食べる匁の姿。
えんりはそこから視線を外して再度優丸の方へ。
「けどよ、ここまで妖力が強い相手に俺様がホテルに入った時に気付かないなんて、こいつ、隠れるのが上手いのか?」
えんりのその言葉に優丸は気まずそうに一瞬視線を逸らす。
だが、それを見逃すえんりでは無い。
「おい、優丸。何かあったろ」
えんりは顔を寄せ、問いただす。それに押され気味に一瞬なんと言おうかと思った優丸だが、正直に全ての経緯をえんりに話す事に。
「―――って言う感じだよ」
「成る程。匁と銭が悪霊に片足突っ込みかけてたこいつに力与えてこうなったって事か」
えんりは納得はしたもののあまりいい顔はしていないが、匁が勝手にやったことだろうしなと溜息をつきつつ顔を上げ、匁達の隣で縮こまっている少女を見やる。
そんなえんりと視線が合い、少女は話の内容は聞こえなかったものの明らかに自分のことを話していたんだろうと考え、怯えて身を強ばらせる。
だが、隣の匁がこれ美味しいよと少女に次なるオススメをオススメしてきて、慌ててそっちの対応をする事に。
その様子を見たえんりは、まあ良いかと溜息一つ。
「んじゃ、とりあえず俺様は隣の席でミア達と飯食うからよ」
えんりは既にマネージャーとミアが座っている、優丸達の席の隣へと向かう。
そこではえんりが話している間にミアとマネージャーが既に料理を持ってきており、後から来たえんりにミアが口を開く。
「えんり、アンタも早く取ってきなさい」
「おう」
えんりは簡単にそう答えると、ミアの持ってきたエビフライを一つ摘まみ自身の口に放りバイキングの方へ。
その流れるような動きに、一瞬流しかけたミアだが、自身のプレートを見てやられたことを理解し、えんりの背中へ怒鳴るのだが、マネージャーにまた取ってきなさいよと呆れながら言われ意気消沈する事に。
「僕のあげる!」
仕方無いと溜息をつきつつ立ち上がろうとしたミアに元気な声が掛かる。
見れば匁が小皿に自分の取ってきたエビフライを乗せてミアの傍に立っていた。
「ありがとう。でも、大丈夫よ。また取りに行くから。貴方のは貴方が食べなさい」
匁が妖怪だというのはえんりの関係者という事で理解しているミアだが、流石に見た目が子供の者から貰うのは気が引けたためそう言い席を立つ。
その背中を見てそっかと少し寂しそうに席に戻る匁。
「匁、銭、エビフライ欲しいでしゅもん」
と、席に戻った匁に銭がそう言ってくる。
それに匁はパアッと明るい表情になり、手にした小皿を差し出した。
「はい! どうぞ!」
「ありがとでしゅもん!」
銭は小皿からエビフライを取ると、もぐもぐと。
匁はそれを見て満足気でまた食事へと戻る。
そうして落ち込んでいた明理も食事で気分が戻ってきたらしく楽しく食事をし、そして満腹となり食事を終えた匁達。
少し雑談しつつ、ゆっくりしている。
すると匁がふと優丸へと声をかけた。
「優丸、海行こー!」
「え? もう行きますか?」
「うん!」
「海? 何しに行くんだ?」
元気に頷く匁の横から丁度席を立ち、おかわりの物を持ってきたえんりが問いかける。
「なんかね、海にもいるんだって!」
「でしゅもん。海にもいるみたいでしゅもん」
目を輝かせてえんりに報告する匁と、続く銭。
そんな二人の様子にそうかと頷くえんり。
そして数十分後。
「海だー!」
「海でしゅもん!」
「海ですよ神様!」
「海の夜はなんかワクワクするな!」
潮騒の音が響く夜の浜辺で元気な声を出す四人。
そんな四人とは違いどういう表情をして良いのかと言った様子の優丸と、
「ちょっと、えんり。あんた、イベント前に何考えてんのよ」
呆れつつ強めの口調で詰め寄るミア。
「何ってそりゃあ、折角のイベントが妖怪のせいでめちゃくちゃになったら嫌だろ? だからその原因を探るために来たんだよ。んでもし影響がありそうなら摘むんだよ」
得意気に話すえんり。だが横から優丸が口を挟む。
「だけど今日、何も起きたとか見たとか聞いてないし、その原因の方もいるかどうかだよ?」
「心配すんなって。俺様とミアもいるんだ。簡単に見つかる。いや、見つけ出すぜ!」
「私も巻き込むの!?」
「当然! 仲間だろ? それに、お前の自慢の糸で犯人縛り上げればどんな奴だろうが逃げられないしな」
「……アンタね」
話すえんりにミアは呆れたように額を押さえ、
「分かってるじゃない。私の糸からは何人たりとも逃さないわよ」
気合い十分に言い放つ。
優丸はミアがノセられている事に良いのかなと思いつつも、探す者が多い事に越した事は無いためとりあえず良いかと考える事にした。
そんな三人から少し離れた場所。海水が押しては返す波打ち際。その辺り。
「見てみてー! 大きなお砂のお山できたー!」
匁は自身の腰程の大きさまで積み上げた砂の山を満足気に明理と銭に報告する。
「りょー! 大きいでしゅもん!」
「凄く大きいですね! あ、そうです。お城とか作りませんか?」
「お城!」
「作るでしゅもん!」
「じゃあ、頑張って作りましょー!」
「りょー!」
「おー!」
元気に手を上げてやる気を高める三人。
だが、
「ちょっと、三人とも。それどころじゃ―――」
「いや、ミア。良いんだよ。匁達はホテルの方で頑張ってくれたみてーだし、今度は俺等が頑張れば良いんだから。というか、匁達に俺様のかっこいいとこ見せてーしよ」
三人を戒めようとしたミアだったが、えんりに止められ振り返る。
その目に映るえんりを、その表情を見て、仕方無いなと溜息交じりに「そう」と答える。
「匁、お城の作るの頑張れよ。その間にこの海に出る奴に関しては、俺様が頑張るからよ!」
「うん! 頑張って!」
「おう。それじゃあ、また後でな」
「うん!」
「明理さん」
「はい、なんでしょうか神様」
「すみませんが匁様の事、よろしくお願いしますね」
「はい! 任せてください!」
それぞれの元気な返事を聞いて、えんりとミア、優丸の三人は匁達から離れ、海に出るという妖怪の探索へと出掛ける。
三人がいなくなり、匁達は早速砂のお城の制作へと取りかかる。
「そうですね。折角ですし、お城はこの匁様が作ったお山から作りませんか?」
「うん!」
「分かったでしゅもん!」
三人は匁がただ積み上げただけの砂の山に集まり明理の指示の元、せっせと砂を減らしたり、増やしたり、明理が少し海水をかけて砂を固める。
海水で砂が硬くなる様子に匁と銭は目を輝かせて見やり、凄いと褒めて明理は照れくさそうに頭を掻く。
そうしてわいわいとお城作りが進んでいく。
「じゃあ、僕、お水入れてくるー!」
「りょー! 銭も行くでしゅもん!」
匁と銭はそう言うと海の方へ。そんな匁の手には明理が海水を持ってくるのに使っていたペットボトル。
匁はそのペットボトルを海に沈め、海水をなみなみに入れると、持ち上げた。
「あぶない」
突然そんな声が聞こえて匁と銭は辺りを見渡す。
けれど二人の視界にその声の主は映らず、ただ月明かりに照らされた海と遠くに見えるホテルの姿のみ。
だが声は確かに聞こえ、明らかにすぐ傍から聞こえたといった感じだ。しかし、匁達がいくら探しても声を発したと思われる者の姿は無い。
声がしたのに誰もいない事に不思議だと匁と銭はお互いに首を傾げていると、慌てた様子で明理が匁の元へ来るのが見える。
「匁様ー! なんか声が聞こえたんですけど!」
「僕も聞こえたー」
「でしゅもん。銭にも聞こえたでしゅもん」
やって来た明理にそう報告する二人。
するとまた、同じ様な声が。同じ声量で先程と同じ様にまるで傍に居るような音量で聞こえてくる。だが、やはり辺りには誰もいない。
「ま、また声が!」
「明理、大丈夫だよ」
「でしゅもん。匁がいるから大丈夫でしゅもん」
慌て、怯え、匁に抱きつく明理に二人は平然と答える。
しかし完全に怯えてしまってる明理は、
「ですけど、声出してる方見えないですよ! どこにいるか分からないですよ!?」
「うん。そうだね。あ! じゃあ、探そう!」
「でしゅもん。探すでしゅもん!」
「え? えぇ!? 探すんですか!?」
「明理、しーっ」
「でしゅもん。しーでしゅもん」
二人に静かにと言われて慌てて口を塞ぐ明理。
そして明理はヒソヒソ声で二人に問いかける。
「探すって、もしその声の方が危ない方だったらどうするんですか?」
「大丈夫だよ」
「でしゅもん。匁がいるから大丈夫でしゅもん」
二人が平然とそう言ってのける。普通ならどこからその大丈夫の精神が湧いてくるのかと思うところだが、不思議と明理は二人の大丈夫という言葉にそこまで言うなら大丈夫なんだろうという思考になる。
「ですけど、探すと言ってもどこを探すんですか?」
「あそこ?」
言って匁が指した場所。
そこは波が届かないくらいの場所で、人一人なら余裕で後ろに隠れられそうな大きな岩が一つ。
「確かにあそこなら隠れられそうですね」
「でしょー」
「ですけど、足音立てたら逃げられちゃうかもしれないですね」
「そうだね」
「りょ! じゃあ、銭が飛んで見てくるでしゅもん」
明理の小声での「気を付けてくださいね」という言葉を背に銭は任せてと岩の方へとふよふよと飛んでいく。
銭は岩に辿り着くと上に降り立ち、四つん這いになるとゆっくりと身を乗り出した。
そんな銭の目に映る。岩を背にしてしゃがんでいる者の姿が。
見た目は明理と同い年くらいかというような普通の少女といった感じだが、両手は三本指で鋭い爪が生えているのが見える。
その者はぶつぶつと何か喋っており銭は耳を澄ませた。
「こんな時間に子供だけで海に来るなんて危ないから私の力で注意したけど、帰ったかな? さっきは帰ってなかったから二回言ったけど、もう一回見てみて、いたらまた声をかけよう。うん。それが良いよね。うわん一族としては間違ってるんだろうけど、でも折角の楽しみにしてきた旅行とかだろうし、それが悲しい結果になるのは可哀想だし。うん。そう! それに私は、勘当された身。何しても良いんです! そう! 頑張れ、私!」
「りょー、お家、追い出されたんでしゅもん?」
「はい。お恥ずかしながら。私が人間の誰も驚かせない事に呆れられて」
「驚かせないとダメなんでしゅもん?」
「そうなんです。ですけど、他の皆と違って上手く声と音の操作ができなくて、そのーお恥ずかしながらこの歳になったのに、操作出来ずそのままの自分の声でしか脅かせなくてですね。里を追い出されてしまいましてー、この地に来たんですけど、鳴かず飛ばずで、良い方法とかないかなってここに住んでる方々に勇気を振り絞ってちょっと遠くからですけど、声をかけたんです。けど、ここの土地の妖怪達、声をかける度に見なくなってしまいまして、やっぱり、私は他の方から見ても才能がないんだなぁって」
話し、項垂れるその者。
銭は相手の話を聞き同じ様に俯き、シュンとする。
だが、銭はそうだと何か思いついたようで手を合わせると、むむむーと力を込めた。
すると、銭が合わせた手の間に一枚の小銭が現れる。
それは月明かりを受けて黄金色に輝く一枚の―――、五円玉。
銭はそれを手に岩から離れその者の傍までゆっくり下降し、自らの力で生成した五円玉を俯いてるその者の手の上に置いた。
「五円玉……?」
「でしゅもん。五円玉は御縁がありますようにって言って神社にお供えするらしいでしゅもん。だから、御縁があるようにあげるでしゅもん。元気出してでしゅもん」
「ありがとうございます」
お礼を言い俯いていたその者は、視線を向けた。
彼女の目に映るのは、先程、自身が注意していた者の姿。
その事実に、そしていつ来たのかと、目の前にいる事に目を丸くする。
対して銭は先程笑顔を向けていたのに急に驚いた様子を見せる彼女に対してどうしたのだろうと首を傾げた。
しばらくそんな感じで固まる二人。
「大丈夫ー?」
「大丈夫ですか?」
硬直していた二人だが、突如として声が聞こえ振り返る。
そこには岩の影からひょっこりとこちらを覗く匁と明理の姿が。
「大丈夫でしゅもん。あと、後ろにこの人いたでしゅもん」
銭は現れた二人に岩の後ろにいた彼女を指し示すと、匁はやっぱりいたと少し嬉しそうにしている。
「それとさっきの声、この人が危なーいって教えてくれたみたいでしゅもん」
「そうなんだ!」
「でしゅもん。親切でしゅもん。あと可哀想なんでしゅもん」
「「 可哀想? 」」
「でしゅもん。この人、お家追い出されちゃったらしいでしゅもん」
「そうなの?」
銭から報告を受けた匁はその者へと声をかけた。
少しビクッと反応する彼女だが、少し気まずそうに視線を逸らし「ええ、まあ」と返答する。
そんな彼女に明理が声をかける。
「なんで追い出されちゃったんですか?」
「それは、ですね。その―――」
「人間を驚かせられなかったかららしいでしゅもん」
気まずそうな彼女の言葉よりも先に銭が公表する。
平然とバラされた事に赤面する彼女。
「人間を? んー、なんか、この方が人間じゃないみたいな言い方ですね」
「うん、違うよ」
「でしゅもん。違うでしゅもん」
首を傾げる明理に平然と答える二人。
それに「えっ」と声を出し固まる明理。
「そうですね。私は、人間の皆さんが言うところの妖怪の一族の者です。まあ、人間を驚かせられなくて勘当されちゃってますけど」
最後、視線を逸らし影を落としながら言うこの者。
それに対して慌ててフォローする明理。
「だ、大丈夫ですよ! 勘当されるくらい才能皆無でダメダメでも、まあ、なんとかなりますよ!」
「ふぐぅっ!」
ただ、それはトドメになってしまったようだが。
「でも、さっきビックリしたよ?」
「でしゅもん。ビックリしたでしゅもん」
完全に落ち込んでいる彼女にそう匁と銭が告げる。
「さっき、ですか?」
驚いたという言葉に反応する彼女だが、何の事か分からずに匁達へと聞き返す。
「うん。誰もいないのに危なーいって聞こえたからビックリした!」
「でしゅもん。ビックリしたでしゅもん」
「あ、確かに。あれはビックリしましたね」
三人がそれぞれ先程の彼女の注意に関して感想を述べると、彼女は少し考え、
「ごめんなさい。あれはそういうつもりでやった訳じゃなくてですね。そのー、夜に子供達だけで危ないなと思いまして、えっと、ごめんなさい」
不本意に驚かせてしまった事に謝る彼女。
そして再度、落ち込んでしまった。
「やっぱり、私、ダメダメだぁ。だからここで見かけた妖怪の方々にも声をかけただけで以降見かけなくなって、才能がないのが分かって見限られたんだぁ」
完全に項垂れそうぶつぶつと呟く彼女。
匁と銭は、そんな彼女を宥める。その傍らで、彼女の発言を聞き明理は何かにハッと気付く。
そして、
「匁様、ちょっと良いですか?」
「ん? どうしたの?」
「もしかしたら、この海に出る妖怪ってこの人の事なんじゃないでしょうかね? さっきみたいな感じで海の方々に話しかけちゃって驚いて皆いなくなっちゃった、みたいな」
「おー」
明理の推理に確かにと感心したように声を出し納得する匁。
それにより、この事は快速の如き解決を迎える。
そして―――
匁達がいたところから離れた位置。
えんり達はかれこれ一時間近く探しているものの、一向にそれらしい影どころか何にも見つかっていない。
それどころか見渡す限り障害物になりそうなもの事態があまりなく、隠れるところもほぼ無い。
故に同じ場所を三回探したりとしている。
「えんり、やっぱり今日は居ないんじゃ」
「そうね。こんなに探しても居ないんだし」
「いや、居るに決まってる。それに匁にああ言っておいて釣果は無かったなんて言いたくねーしよ。それに、匁は凄ーけど、俺様だって負けてねぇってとこ見せねぇとよ」
「つまり匁様に先に解決されて悔しいからって事?」
「違うわ!」
「えんり、顔にそうですって書いてるわよ?」
探すえんりと呆れた様子の二人。
そんな時だった。
「ふはははは。私を探しているようだなぁー」
三人の耳に声が聞こえる。すぐ傍に居るような距離で、すごく棒読みの声が。
それにえんり達は辺りを見渡した。
「誰だ! 姿見せやがれ!」
えんりがそう言うと、近くの結構調べ尽くした岩の後ろからマントを翻し、影が現れる。
「ふはははは。私が―――、えーと、ここの者達を、追い出した。しゅ、主犯の妖怪だぁー」
「へぇ、お前がそうか」
探していた相手の出現に気持ちが高ぶり、ニヤリとするえんり。
だが、それとは対照的な表情をする二人。
その二人の視線の先には、その者が出て来た岩陰から様子を覗っている匁達の姿が映る。
「ねえ、優丸君。これって」
「多分、見つけたんですよ。先に匁様達が。だけど、えんりに花を持たせるために連れて来たんでしょうね」
「……はぁ」
そうヒソヒソ話をする二人。
「お前がここの海の奴等を追い出したのか」
「それは、本当にごめんな―――あっ! ん゛ん゛っ! くくく、そうだ。そして、私に挑もうなど、私の戦闘力は百年早いぞ! かっこよく決めっ!」
「……色々混ざってるわね」
「そうですね。それに多分、カンペとかに書いてるポーズのところ、言っちゃってますね」
「なんというか、こんな子が海の妖怪達を追い出したとは思えないけど」
「そうですけど、でも匁様達は何か確信したのは事実でしょうね」
「ふぅん、私にはそう感じないけど、あなた達の言う匁様はそんなに凄いのね」
「ええ、まあ」
後ろでこそこそ話している二人を余所にこちらは目をギラギラと輝かせたえんりが意気揚々と言葉を発する。
「この蛇虎えんり様がお前をぎったぎたにしてやるぜ!」
「え? 蛇虎えんり? 蛇虎えんりって、あの蛇虎えんりですか!?」
だが、そんな相手の言葉に構えていた状態を少し崩すえんり。
「ああ、そうだけど?」
「そうなんですか! 私、ファンなんです! サイン貰っても?」
「え? おう、良いけどよ……」
「やったー!」
彼女はそう言うとどこから取り出したのか、サイン色紙とペンを持ち、それをえんりへと渡す。
「あ、ずるいですよ! 私も欲しいです!」
と、岩陰から明理が飛び出し彼女へ抗議を始める。
それを引き金に、匁と銭も岩陰から出て来てえんりの元へ。
「えんり、サインってなーに?」
「サインはサインでしゅもん」
問いかける匁に銭が答える。
だが、それに首を傾げる匁。
「サインっつーのは、そうだな。出会った記念に渡す印、いや、ただの印じゃなく、んー、まあ、そうだな。魂の破片みたいなもんだ」
「おー! なんか凄ーい!」
「でしゅもん。なんかかっこいいでしゅもん!」
えんりの発言に目を輝かせる二人。
そうしてえんりは色紙にサインを書き上げると、彼女へ色紙を渡した。
嬉しそうにそれを受け取った彼女は大事に抱えお礼を述べる。
「ありがとうございます! 大切にしますね! んふふー、鵺であるえんりさんのサインだー」
「おい、ちょっと待て」
スキップして喜ぶ彼女の肩を掴みえんりは静止させた。
「どうかしましたか? あ! もしかして、私の名前を入れてくれるんですか!?」
「いや、まあ、それは後でやってやるけどよ。なんでお前、俺様の正体知って―――」
「へ? ああ、その事ですか? いやー、偶然見ちゃってですね。えんりさんとミアさんがファンに襲いかかった妖怪の方を元の姿に戻って撃退してるところを。あれが凄くかっこよくて、でも、ステージでは可愛く歌ったりしててファンになっちゃいました。それにあんなに人間と見分けがつかない程に変化出来るものなんですね」
彼女はその当時を思い出し、色紙を抱いて満足気に報告する。
対して温度差のある様子で彼女を見やる二人。
その後ろで、
「あの、匁様」
「ん? なーに?」
「あの方がここの方々を追い出したんですか?」
「うん! 明理がね、その力に皆がビックリしたからーって言ってた」
「でしゅもん。明理がそう言ってたでしゅもん」
「その力、ですか?」
匁に問いかける優丸。
すると匁は「うん」と目を輝かせて優丸に報告し始める。
「凄いんだよ! どこでも同じくらいの大きさでね声が聞こえるの!」
「でしゅもん。どこでも同じでしゅもん!」
「そうなんですか」
「それでね、僕達の声も一緒に同じ大きさで出来るんだよ!」
「でしゅもん。楽しかったでしゅもん!」
「ねー」とお互いに顔を合わせる二人。
そんな二人を微笑ましく見やる優丸。
と、視界に不意に現れた影に少し身を引く優丸。
「見て下さい神様! サイン貰えましたよ!」
現れた影、それは興奮した様子で色紙を優丸に見せ報告してくる明理の姿。
それを見た優丸は少し安堵しつつ、なんとも言えない表情になるもそんな彼女へ言葉を返す。
「良かったですね」
「はい! これ、神社に飾っても良いですかね!?」
「えーと、好きにして下さい」
「分かりました!」
上機嫌に色紙を抱きしめる明理。
「そういや、さっき匁が言ってたこと本当か?」
と、優丸の元にえんりがやって来て問いかける。
だが、さっきの匁の言ってたことがと言われてピンとこず、優丸はえんりにどこの事かと聞き返した。
「ほら、匁が『僕達の声も一緒に』って言ってた事だよ。それ本当か?」
「本当だよ!」
「でしゅもん。本当でしゅもん」
「そうか。ふーん、そうか」
えんりはそう言ってチラリとミアに色々話しかけてる彼女の方へと視線を向けた。
「なあ、お前、そういや名前なんて言うんだ?」
「え? 私ですか?」
不意に声をかけられた彼女は首を傾げる。
「ああ、サインを書こうにも名前を知らなきゃ書けないしな」
「あ! そうですね。私は響子って言います」
「響子か。そんじゃ、響子。お前、今日から俺様達の仲間になれ!」
「……へ?」
「は?」
えんりの言葉にそう言葉を漏らし固まる響子とミア。
同じ様に他の面々も固まり時間だけが過ぎていく。
それを破ったのは、響子の言葉だった。
「えっと、お友達になってくれるって意味ですか?」
「いや、お前をアイドルにスカウトしてんだよ」
「はあ、そうですか。……何故?」
「そりゃあ、お前の能力結構使えそうだしな。それに―――」
えんりは響子の肩に腕を回し、耳元に顔を近付けると、
「俺様達の正体を知ってる奴を野放しにする訳無いだろ?」
そう囁いた。
彼女のその威圧に身震いし固まりつつ返事を要求され「はい」と答える響子。
聞いてえんりは満足気に彼女を解放した。
と、そんな彼女へ呆れつつ言葉を投げる者が一人。ミアである。
「いや、あんた。イベント前に勧誘って、もう少し時間をおいても良いでしょ」
「大丈夫だって。それより早く帰ってレッスンしないとな!」
「え? ちょっと、えんり。レッスンって、確認なら明日のリハでも大丈夫―――」
「何言ってんだミア。こいつを加えての三人ユニットの動きとかフリとかやらなきゃいけないだろ?」
「は? いや、待ちなさいよ! 加入させるのは良いけど、そんないきなりのずぶの素人を出して、さらに付け焼き刃なんて―――」
「大丈夫大丈夫。今の俺様達には運がついてるからよ」
言ってえんりは匁の方を指し示す。
そんなえんりに色々言いたい様子のミアだったが、えんりは彼女に何も言わせない様な勢いで響子の腕を掴みホテルに向けて歩いて行く。
それを追う形でミアもついて行き、浜辺に残った匁達。
「凄いですよ神様! 世紀の瞬間に出会えた感じですよ! あの人気アイドルユニットに新メンバー加入の瞬間に立ち会えるなんて!」
三人の後ろ姿が見えなくなった辺りで感極まった様子で優丸に報告する明理。
それに対し、あんな感じの加入を見て感動している明理になんとも言えない表情をする優丸。
だが、そこでふと優丸はある事を思い出した。
「そういえば、あの方がここの元凶って言ってましたけど、不審な明かりについては何か関連が?」
「あー、なんかね、大道芸さん見た時に火を吹く人を見てね、凄ーい! ってなって、頑張って練習したら出来るようになったんだって!」
「でしゅもん。お口からボーって火出せるって言ってたでしゅもん。見たかったでしゅもん」
「……そうなんですか」
呆気なく幕を下ろしたホテルの怪奇現象の犯人捜し。
それを解決に導いた者達がホテルに戻る姿を月明かりが煌々と照らしていた。