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第十一話:らいほうしゃ

 初夏の終わりが近付き、夏の足音が聞こえようとしている頃。

 五十刈村の中央では相も変わらず活気の良い声が響いている。


 そこから離れた場所にある家。迷家。

 村の主が住むというそこで、主である匁は縁側でどこから持ってきたのか箱を積み上げ、その上に乗り、つま先立ちをしている。

 そんな匁が見ている先。そこには小さなフックがあり、そこへ向けて一生懸命手を伸ばす。

 その匁の手には、ガラスの風鈴。

 可愛らしい金魚の絵が描かれた風鈴。

 それを一生懸命体を伸ばし掛けようとしていた。

 そうして、頑張って頑張って、頑張った結果。


「掛かったー!」


 無事にフックに掛かった事に喜んだ。

 と、そんな匁の耳に、何か音が聞こえてくる。辺りを見渡すと遠くの空に珍しく黒雨が動いているのが見えた。

 それと、音が徐々に大きくなっていき


「りょぶっ!」


 そんな声と、乗っている台に何かがぶつかった様な音と衝撃が自身の乗る積み上げた箱の踏み台に―――




 ―――突如、聞こえた大きな物音に台所で作業をしていた紅白はビクリと跳ねる。

 そして、音がした方へと視線を向け、思考する。


 あっちは縁側の方。確かあそこには今、家主様がいたはず―――……!


 紅白は、台所から慌てて駆けつける。

 そうして辿り着いた紅白の目に映るのは、風に揺られて鳴る風鈴と、箱の山の上に座して目をぱちくりしている匁の姿。


「だ、大丈夫ですか? 家主様」

「うん。ビックリしたけど大丈夫ー」

「りょうぅー……」


 紅白に答えた匁の下。崩れた箱の山から聞こえた唸るような声に二人が視線を向けると、そこには見知らぬ者が一人。

 崩れた箱の山から上半身を出して目を回して埋もれていた。


「わっ、大変だ!」


 匁はそう言うといそいそと箱の山から降り、紅白に助けようと言うと共に箱を退けて埋もれていた者を引きずり出す。

 大きさは匁の半分程と思われるくらいに小さい者。

 その者を引きずり出すのと同時に数枚、昔のやら現代のやら色々な小銭が床に散らばるも、匁は気にせずにその者に「大丈夫?」と声をかける。


「りょー」という声を漏らしふらふらしていたその者は、匁の声でハッとし、匁とその後ろでこの者の事を一緒に見ていた紅白と目が合った。

 そうして見つめ合う事、数秒程。


「お、お前も(せん)を狙ってるでしゅもんー!?」


 その者はそう言うと匁から距離をとる。

 といっても、体が小さいがためにそんなに離れてはいないが。

 だが、その者が言っている意味がよく分からないようで匁は紅白と顔を見合わせると、視線を警戒しているこの者の方に戻すと口を開いた。


「狙ってないよ?」

「嘘でしゅもん! もう騙されないでしゅもん! 出会った皆、銭を狙うんでしゅもん!」

「そうなの?」

「そうでしゅもん!」

「なんでー?」

「知らないでしゅもん。でも、なんか閉じ込めたり、あいつを捕まえるんでしゅもん!って狙われるんでしゅもん! それで捕まったら銭に意地悪してくるんでしゅもん!」


 ぷるぷると震えながら拳を握り涙を浮かべるこの者。

挿絵(By みてみん)

 その様子に、なんとなくこの村に来る前の自分が重なり紅白は少し胸が締め付けられるような感覚がしたが、だからといってどうする事も出来ないと思いただ見ているしか出来ない。


「じゃあ、ここに住むー?」


 突然のその言葉に、二人が匁を見やる。

 そうして沈黙の後、この者が口を開いた。


「……なんでそういう事になるんでしゅもん?」

「え? だって、大変なんだなぁって思ったから」


 ただそう思っただけという事を伝える匁に少しなんとも言えないような感情が湧き出る紅白だが、


「わ、分かってくれるんでしゅもん!?」

「うん!」


 先程まで色々酷い目に遭っていたと話していたのに、こんなやり取りで嬉しそうな、少し泣きそうな表情をするこの者にも少し困惑する。

 だが、この者がそれで無事にここで過ごせるならばと紅白は成り行きを見守る。


「それじゃあ、―――銭はここに住むでしゅもん!」

「うん! じゃあ、住む所探さないとね!」

「でしゅもん! ……りょ?」


 匁の笑顔での元気な返事に、笑顔で答えたこの者はキョトンとして首を傾げる。

 対して匁もそんな顔をしているこの者に首を傾げた。


「どうかしたのー?」

「今、ここに住んだらって言ったでしゅもん?」

「うん。言ったよ」

「なんで住む場所を探すんでしゅもん?」

「え?」


 向き合い、再度お互いに首を傾げる二人。

 その様子に紅白も首を傾げる。

 ある意味息の合った三人の沈黙が続き、それを破ったのは匁だった。


「だってここの村に住むなら住む場所欲しいでしょ?」


 その言葉に更に首を傾げるこの小さき者とは反対に紅白はそういうことかと理解する。


「りょ? もしかして、ここってお家(ここ)じゃなくて、村に住むって事でしゅもん?」


 紅白が理解したのと少し置いてからこの者も理解したようで、匁にそう問いかける。

 と、匁は「うん! そうだよ」と元気に頷いた。


「ふむふむ、そうでしゅもん―――。って、そんな怖い事出来ないでしゅもん!」


 今まで怖い経験をしていた本人の反応としては当然と言えば当然で、相手はムーと反論する。


「なんで怖いの?」

「だって、何されるか分からないでしゅもん!」

「大丈夫だよ? 皆優しいもん」

「……そうなんでしゅもん?」

「うん!」

「そこまで言うなら安心でしゅもん」


 匁の言葉を完全に信じ、お互いに笑顔を浮かべる二人。逆にこの者の言動に不安になる紅白。

 と、匁は不意にその顔を庭の見える縁側の方へと向ける。


「だから、もう良いよー。黒雨ー」


 匁の言葉に他の二人も庭を見るが、特に変わった様子はない。


「え? あ、き、気付いてました……?」


 と、誰もいないはずの庭の方から、そんな気弱な声が聞こえてくる。

 そうして突如皆の視線の先にある庭と空の風景は鮮やかな朱で塗りつぶされ、それ以外の見える景色は艶やかな黒に埋められる。


「りょわー!」


 突如として現れた大百足に、青冷め、声をあげてこの者は匁にしがみついた。

 そんな小さい者を見つつ、黒雨は匁へと問いかける。


「あの、家主様。そのー、いつから気付いてました?」

「え? んーとね、その風鈴付けようとしてる時に珍しくお仕事してるーって見てたから、あとねこの子がビューンって来たから、今、いるかなーって」

「っ本当にごめんなさいぃ!!」


 匁の言葉に、黒雨は迷家から少し頭を引くと、急いで深くその頭を下げた。


「まさか、侵入者を排除しようとしたら小さすぎて、牙じゃ捉えられなくて、家主様の元に(はじ)いて吹っ飛ばしちゃって。ううっ……ごめんなさいぃ」


 凄く謝る黒雨に匁は「大丈夫だよー」といつのもの調子で答える匁。

 その間、匁にしがみついたままのこの者は陰から話を聞き、突然視界が赤くなって吹っ飛ばされたのは黒雨(これ)のせいなんだと、思うと同時に自身が襲われていたという事を理解し怯えながら黒雨の様子を覗う。

 と、黒雨が顔を少し動かし、それにビクリとするこの者。


「それで、こちらの侵入者さんは村人になるんですね」

「うん!」

「えーと、それじゃあ、今後は空を飛んでいても襲わないので安心して下さい」

「りょ……。それは、ほ、本当でしゅもん?」

「そりゃあ、村人を襲ったら怒られますし……」


 黒雨はさも当然のように答える。


「わ、分かったでしゅもん」


 この者の返事を聞いた黒雨は「それでは、すいませんでした……」と顔を神社のある方へと向けたかと思ったら、「あ」と短く声を漏らすと勢いよく振り返る。

 それに再度この者はビクッとする。


「えっと、あの、家主様、あのー」

「ん? どうしたのー?」

「伝言で、明日の夜に神社に来て欲しいって主様が言ってましたので、あの、伝えましたので、来て下さいね?」

「うん。分かったー」

「それじゃあ」


 匁に用事を伝えた黒雨は再度神社がある方を向き、そこに向けて体をくねらせ飛んでいく。

 そうして、三人の視界には神社に帰る黒雨と、晴れ渡る青空が映る。

 黒雨が行った事にふうと安心する小さき者。

 と、匁が何かを思い出したように「そういえば」と呟くとこの者の方へ視線を向ける。


「お名前なんて言うの?」

「りょ?」


 突然の言葉に小首を傾げるこの者だが、最初癇癪を起こしてしまっていたために名前を言っていないのに気付き、匁の前に進み出る。


(せん)(せん)って言うでしゅもん」

「銭って言うんだ。僕はね、匁って言うの。よろしくね」

「よろしくでしゅもん」


 言って握手をする二人。

 それを一件落着というふうに見やり、表情は変えないものの内心安心する紅白。


「それじゃあ、明日は神社行かないといけないから、今日は銭のお家にする場所探しに行こー」

「はいでしゅもん」


 銭の頷きにて、匁達は村の中央へと行く事に。

 村に着くと、いつものように匁は村の者達に声をかけられる。

 その為、匁の隣で浮いていた銭が初めましてであるため色々質問されてそれに答えるのでいっぱいいっぱいだった。

 そんなこんなで匁が向かったのは―――


「河兵衛、こんにちはー」


 村の中で茣蓙(ござ)をひき、魚を売っている河兵衛の元へ。


「おー、匁か」


 近寄りながらきた匁の言葉に河兵衛が見やる。

 と、その隣には見慣れない河童が。


「あ、匁ちゃんどうもー。と、使用人さんもどうも」


 その河童は近寄ってくる匁達にそう言葉を掛ける。

 だが、その声をかけてきた河童が、紅白には全く見覚えがない。

 と、匁がその河童へと声をかける。


「流香、退院出来て良かったね!」

「ええ、お陰様で」


 その言葉にこの河童が先日、ようやく見つかった河兵衛の娘という事が分かったが、紅白の知る流香は目が開いたと報告があった時に匁に連れられて行った時に見た、痩せ細って、匁より少し大きいかくらいの大きさだった流香であるのだが、今、目の前にいる相手は明らかに紅白と同じか少し低いくらいである。

 と、疑問を頭の中で浮かべている紅白の耳に河兵衛の声が入ってくる。


「それで、匁どうした? というか横のやつは初めましてだな」

「は、初めましてでしゅもん。銭は銭って言うでしゅもん」

「おう、そうか。俺は河兵衛ってんだ。で、こっちが」

「流香って言います」


 銭に頭を下げる流香。


「ところで、銭。まさかと思うけどよ。お前さん、まさか金霊(かねだま)か?」

「りょ? そうでしゅけど、それがどうかしたでしゅもん?」

「あ、いや、まとまった形を()してる金霊なんて初めて見たから珍しくてよ」


 首を傾げる銭に河兵衛が答える。

 と、河兵衛は顔を匁の方へと向ける。


「で、銭に関する事で何か用事か?」

「うん! そうだよ! 銭の住む場所探そうと思って来たのー!」


 元気に答える匁の様子に、河兵衛はそうかと納得し一考すると、


「正直、場所探して建物建てるより、迷家においた方が良いと思うぞ?」


 河兵衛はそう答える。

 そんな河兵衛の言葉に匁は首を傾げ「何で?」と河兵衛に問いかけた。


「なんでって、そりゃこの大きさだ。そうなりゃ普通の一軒家じゃ一人暮らしは大変だろうし、いやそれよりもだ。村がいくら安全って言っても、金霊はまだ来た事無い妖だ。まあ大丈夫だとは思うけどよ、万が一、金銭目的で銭の居場所に行くやつとかいりゃ後々面倒な事になるかもしれない。それならちゃんと人の目があって、そういった奴がそこまで自由に出入りできる様な場所じゃない迷家においておいた方が良いだろって、な」


 河兵衛の答えに、なんとなくは分かった様子で「なるほどー?」と声を発する匁。


「でも、ま。暮らすのは銭だからな。お前さんはどう思うんだ?」

「りょ?」


 問われ銭は考える。

 迷家と言えばその土地に住む妖怪達の長が住むと言われる場所。つまり一番偉い者が住むところであり、その主の趣味嗜好により建物も十人十色。

 そして村とはいえ、これ程までに多くの妖怪を従える長となれば凄く厳格な者であり、凄く立派な建物だろうとそう考え、少しワクワクが湧いてくる。


「銭も迷家の方が良いでしゅもん!」


 少し考えたと思ったら、目を輝かせて発言する銭。

 その様子に何かを察したのか河兵衛は少し笑いそうなのを堪えて匁を見やる。


「ま、そういう事だ匁。銭の事、迷家まで連れてってやれ」

「匁、よろしくでしゅもん」

「分かったー」


 二人にそう言われて答える匁。と、


「あ、居たいたー」


 そこに聞こえるように声を発しながら、頭の狐耳と、後ろから生えている九本の尻尾が特徴的な巫女服の少女がやって来る。

 普段は神社に住む妖狐。古賀子(こがね)である。


「んお? 珍しいな古賀子。お前さんが村に降りてくるなんて」

「んー? まあ、白面様に伝言頼まれたからね。面倒くさいけど。でも、ま、河兵衛の家の方まで行かなくて済んで良かったわ」


 そう言って古賀子は本題に入る。


「んで、伝言なんだけどー、河兵衛とその娘と家主、白面様が明日の夜に神社に来いって言ってたからよろしく。私はこれからそれを伝えに雷造君の事探しに行くから、山風の翁に見かけたら同じ事伝えておいて。それじゃ」


 言って意気揚々と病院の方へと駆けて行く古賀子。

 そんな後ろ姿を見て相変わらずだなという言葉と共に溜息を漏らす河兵衛だが、まあ良いかと視線を戻す。


「しかし、明日の夜か。うーむ、何の用かは知らねぇけどとりあえず山風の爺さんに知らせに行ってくるかぁ。流香、店番よろしくな」

「任せてよ。父ちゃん」

「おう。んじゃ、匁達もまた後でな」

「うん! じゃあねー」


 この場から去って行く河兵衛に返事をし、匁達も流香に挨拶をするとこの場を後にする。

 向かうは銭の暮らす事となった迷家。

 移動する匁の後をワクワクしながらついて行く銭だが、ふとこれから行く迷家の主がどの様な人物か気になり紅白へ問いかける。


「紅白、迷家の(おさ)の人ってどんな人でしゅもん? お世話になるから知っておきたいでしゅもん」

「え?」


 いつも平然と淡々としている紅白の表情が少し困惑顔に変わり視線を前を歩く匁と銭へと交互に動かし始め、銭は首を傾げる。


「どうしたんでしゅもん?」

「いえ、その迷家の家主様でしたら前におられますけど」

「りょ?」


 言われて見やる銭だが、見えるのは匁の後ろ姿だけで特に他は見当たらない。

 その事に更に首を傾げるが、紅白が嘘をつくとは思っていない銭は、もしかして相手は姿を消せる者なのだろうと考える。

 と、ふと銭はある事に気付く。


「匁、なんで来た道戻ってるんでしゅもん?」

「え? だって、僕のお家に行くんでしょ?」

「りょ?」


 匁の言葉に首を傾げる銭。


「匁、迷家に行くんでしゅもん。匁のお家じゃないでしゅもん」

「へ?」


 銭の言葉に首を傾げる匁。それに対してまたも首を傾げる銭。

 お互いに色々考えてるようだが思考が明後日の方に行ってしまって後半は何も考えて無いのと等しい状態になり、そのまま硬直している二人。

 そんな二人の様子に紅白はこのままだと(らち)が明かないと口を開く。


「あの、銭様。この村。五十刈村の迷家はこちらにおります家主様が住む家ですよ?」

「りょ?」


 そう言われて匁と紅白を交互に見る銭。そして小首を傾げて数秒。


「そうなんでしゅもん?」

「そうですよ」

「りょー……、匁、本当でしゅもん?」

「うん」

「じゃあ、そうなんでしゅもんね」


 理解したように発言する銭だが、現実味を感じず、ただそう答えただけだが、そんな銭の脳裏にさっき村などで経験していた匁に対する皆の様子が徐々に思い出されていく。

 そして、


「……も、匁。そのー、家主って本当でしゅもん?」

「本当だよ?」


 二度目の質問にも平然と答える匁の回答は、銭の頭の中で響くように繰り返されていく。

 そうして、


「りょー!? 匁が迷家の家主でしゅもん!?」


 とびっきりの驚きをする銭。

 それに対して三度目のそうだよーと言う匁と、銭の気持ちも分からなくもないけれどと少し視線を逸らす紅白。

 と、急に匁に銭が頭を下げた。


「匁ー! いや、匁様ー。ごめんなさいでしゅもん」

「ふえ? 何が?」


 突然の謝罪に首を傾げる匁に銭は続ける。


「だって、銭、失礼な事、匁様にいっぱいしちゃったでしゅもん」


 そう言う銭だが、思い出しても心当たりが全く無い匁ははてなを無数に頭に浮かべる。


「銭、何かしたっけ?」


 首を傾げる匁だが、対して癇癪起こしたり、呼び捨てにしたりした事が頭の中でぐるぐるしている銭。

 と、匁が何かを思い出したようにそんな銭に声をかける。


「それより、僕のことさっきみたいに呼び捨てで良いよ! 皆も好きに呼んでるし。僕もそっちが良いから!」

「い、良いんでしゅもん?」

「うん!」


 元気に頷く匁。それに分かったと答える銭。

 そうしてそんなこんなで、三人は迷家へと戻る。


 そこで匁は「どこにする?」と色々な部屋を開けながら銭に問いかけるが、部屋の広さが違うだけで全て家具のない似てるような部屋であり、日当たりは良好な様で障子で和らげられた光が入っている。


「うーん、どこも良いって思わないでしゅもん」

「そっかー」


 とりあえず色んな部屋を見たもののどれもピンとは来なかった様子。

 ここで紅白はそろそろ夕食の支度をと台所へ行く為に一時離脱。

 残った二人はとりあえずという事で匁の部屋へ向かう。


「ここが僕のお部屋ー」

「りょー」


 到着した匁の部屋は見渡す限り特におかしな物はなく、小さなタンスや机があるというだけの部屋。

 何か他の物があるといえば、タンスの横にある手鞠やけん玉が入っているのが見える木製のおもちゃ箱くらいである。

 辺りを見渡した銭は目を輝かせた後、声を出す。


「匁! ここ! 銭、ここが良いでしゅもん」

「え? そうなの?」

「はいでしゅもん」

「でも、ここ僕のお部屋だけど、僕がお部屋移る?」

「りょ? 銭は一緒でも良いでしゅもん」

「一緒!」


 いつも一人で部屋で過ごしていた匁は銭の言葉に目を輝かせ、それじゃあと銭の部屋をここにしようと決定した。


「じゃあ、紅白に教えに行こー!」

「はいでしゅもん」


 そうして決まった事を伝えに行くためにパタパタと廊下を走る匁の後ろをふよふよと銭がついていく。

 そうして台所へと勢いよくやって来る二人。


「「 紅白ー! 」」

「どうなさいました?」

「「 お部屋決まったー! 」でしゅもん!」


 息ぴったりな様子で報告する二人に、紅白は落ち着いた使用人の如くどこになったのかと問いかける。


「僕のお部屋ー!」

「匁のお部屋でしゅもん!」

「……え?」


 何を言ってるのだろうと思う紅白だが、二人は決まった事に喜んで興奮したためにもしかしたらちゃんと情報を言えていないのかもと考え、自分なりに推測し話す。


「えっと、家主様の隣のお部屋が銭様のお部屋になったという事でしょうか?」

「違うよ。僕のお部屋だよ!」

「でしゅもん!」


 間違いじゃなかった事にどうしてそうなったのかと気になる紅白だが、二人で決めたのだろうからと、とりあえず


「申し訳ありません。勘違いしてしまいました。お二人でお部屋を使われるのですね」


 紅白の確認に元気にうんと頷く二人。


「それではお部屋が決まった記念に腕によりを掛けて御食事を作りますね」

「僕もやるー!」


 いつものように参戦しようとする匁。

 それにいつものようにやんわりと断りを入れようとする紅白。だが、今日は口が挟まれた。

 銭である。


「りょ? 匁。匁はここの主でしゅもんね?」


 問いかける銭に匁は小首を傾げてそうだよと返答する。


「それならお料理するのはおかしいでしゅもん」

「そうなの?」

「そうでしゅもん」


 銭の言葉に、主が反応した様子に、紅白はなんとなく今回初めて断る事が出来るのではと可能性を見出した。だが、ここで自分が余計な事を言ったらと思い様子を見守る事に。


「なんでー?」


 首を傾げ、未だ陥落する様子を見せない無邪気の城。

 それに次なる砲撃をと期待し紅白は銭の方を見やる。


「りょ? うーん、何ででしゅもん?」


 しかし不発どころか、砲撃の目標を見失った銭軍の様子に、紅白は「あれ?」と心の中で思いながら怪しい雲行きを感じた。


「だってお料理するの楽しいんだよ!」

「りょ? そうなんでしゅもん?」

「うん!」


 元気に返答する匁。対して銭は、


「それなら銭もやってみたいでしゅもん!」

「じゃあ、一緒にやろー!」

「やるでしゅもん!」


 紅白軍が間に入らなかった隙により、銭軍が寝返る。よって新生匁軍の誕生を許してしまった。

 そう。これはつまりは、普段でさえ止められない匁を紅白はもう止められないと言う事に気付くのに総時間は要さなかった。


挿絵(By みてみん)


 そうして完全攻略した匁軍により三人で夕食の準備をする事に。

 だが、手慣れてる二人とは違い包丁もろくに触った事のない、というか小型の包丁くらいしか重さ的にも持てない銭がいるため紅白と匁が色々手伝ったり、教えながら作る事に。


 教える事が新鮮なのか匁がやたらと教えたがるが、ほぼ擬音と、こうするのーという感じで見せるだけのものであるため、紅白が再度色々付け足して教え直すを繰り返し、そんなこんなで出来上がった夕飯を見て初めて作った銭は目を輝かせて感動する。


 そうして、いただきますと食卓を囲む三人。

 初めてのために銭が切った物は少し(いびつ)な形の物だが、それを銭は少し変な箸の持ち方ではあるものの器用にそれを掴み、これは自分が切ったやつと興奮気味に紅白と匁に見せる銭。

 それにあまり感情を出さずに淡々と返す紅白と、銭が切った物らしき物を箸でとって見つけたーと嬉しそうに銭に報告する匁。

 そんな感じにいつもよりも賑やかに夕飯を食べる三人。

 夕食が終わり、紅白が一人で下げようとするものの、匁がいつものようにやりたがり今度は三人で食器を洗う。

 それが終わり、


「僕、お風呂行ってくるねー」


 匁が両手を挙げてそう言うと承知致しましたと紅白が返答する。

 それはいつもの事なのだが、普段はいない銭が匁と同じ動きで声をあげる。


「銭もお風呂入りたいでしゅもん!」

「あ、じゃあ、一緒に入るー?」

「入るでしゅもん!」

「じゃあ、行こー!」

「はいでしゅもん!」


 そこでふとある事を思いついて銭は紅白の方へと向く。


「紅白も一緒に行くでしゅもん」

「お誘いありがとうございます。ですが、申し訳御座いません。使用人である私が家主様と一緒に入るのは恐れ多い事。ですので、お二人でお入り下さいませ」

「りょ?」


 頭を下げる紅白に首を傾げる銭。

 と、匁が口を開いた。


「僕は別に大丈夫だよー?」

「申し訳御座いません」


 丁寧に頭を下げる紅白に口を尖らせる匁。

 だが、なら仕方無いと匁は気持ちを切り替えてじゃあ行ってくるねと紅白に声をかけてタオルを取りに向かう。

 その後ろを銭もついていくが、こちらを見ている紅白の方をチラリと少し気にする様子も、匁に早くと急かされてその後をついて行く。

 銭は匁の後ろを浮きながら問いかける。


「匁、紅白とお風呂で何かあったでしゅもん?」

「ん? 無いよー」

「じゃあ、なんで来ないんでしゅもん?」

「んー、分かんない。けどね、それを河兵衛に聞いたらね。『お風呂を一緒に入って騒ぎたい奴もいれば、一人で入ってゆっくりしたい奴もいるもんだ。あと、恥ずかしいから一人でとかな。まあ、匁に最後のは分からねぇかー』って笑って言ってた。だから多分、紅白はね、一人でゆっくりしたいんだよ」

「りょー、なるほどでしゅもん」


 匁の話を聞いて頷く銭。

 そうしているうちに二人はお湯と書かれた戸がある場所へと辿り着く。

 匁が戸に手をかけて開け、先へと進むと、銭湯を思わせる様な広い脱衣所が二人を迎え入れる。

 その光景に銭は目を輝かせて、


「広いでしゅもん!」

「でしょー! 皆が頑張って作ってくれたんだよー!」

「皆でしゅもん?」

「うん。河兵衛とか山爺とかー。いっぱい!」

「りょー」


 匁の説明に感心したように声を出す銭。

 そんなこんなで二人は脱衣所で服を脱ぐと、更にその先にある戸を開ける。


「りょー!」


 広い洗い場に、大きな檜風呂。それが銭の瞳に映る。


「凄いでしゅもん凄いでしゅもん!」

「でしょー!」


 興奮する銭に自慢気に返す匁。

 そうして一番でしゅもんと銭は湯船に入ろうとして、


「あ、待ってー」


 匁の声に静止させられ振り返る銭。


「どうしたんでしゅもん?」

「先にここで体洗うんだよ?」

「そうなんでしゅもん?」

「うん!」


 そう言われて、銭は指された洗い場の風呂椅子へと腰をかける。

 そこには鏡と石鹸。そして、シャンプーとボディーソープの容器。


「匁、これどうすれば良いでしゅもん?」

「ん? えーと、これが頭洗うのでね。こっちは体洗うのー」


 匁の説明にへーという感じで聞いている銭。と、匁が「そうだ!」と何か思いついた様子。


「僕が頭洗ってあげる!」

「頭でしゅもん?」

「うん! 床屋さんで洗い方見てたから、やってあげるー!」


 匁の元気に言うその言葉に目を輝かせる銭。


「じゃあ、お願いするでしゅもん」

「はーい!」


 そう言って匁は洗い場の横にあるお湯が溜まってる所からお湯を桶に汲む。

 と、ふとある物が目に止まる。


「銭ー! これ着けるね!」


 声をかけてきた匁の方を向く銭。

 その手には縁が波々の様な感じになっているシャンプーハットが。


「りょ? それなんでしゅもん?」

「これね、お風呂用の帽子なの! これ着けるとね頭洗う時にお目々(めめ)(つぶ)らなくても良いんだよ!」

「そうなんでしゅもん?」

「うん!」

「じゃあ、それお願いするでしゅもん」

「はーい」


 そういう事で銭の頭にシャンプーハットを着け、「じゃあ、お湯かけるねー」と桶に溜めたお湯を頭にかけ、手にシャンプーを出すと銭の頭を洗い始める。

 洗われながら、気持ちよさそうに目を細める銭。


「痒いところはありますかー?」

「ないでしゅもん」

「分かりましたー!」


 そんなやり取りをしながら進めていき、じゃあ流すねと髪についてる泡を流していき、それに気持ちよさそうに声を発する銭。

 頭が洗い終わると、匁は銭の頭をタオルで拭き水気を取り、シャンプーハットを外す。


「じゃあ、今度背中やるねー!」

「お願いするでしゅもん!」

「はーい!」


 匁はスポンジにボディーソープを付けて、泡立てると銭の背中を洗う。


「痒いところありますかー?」

「ないでしゅもん」

「はーい!」


 同じ様な会話をして背中を洗う匁。

 そうして背中を洗い終えると匁はスポンジを銭に手渡す。


「じゃあ、前は自分でやってねー」

「はいでしゅもん」


 言われたとおりに自分で洗い始める銭の横で匁はシャンプーハットを被り、頭を洗い始める。


「りょ、匁。今度は銭がやってあげるでしゅもん!」

「本当! やってやってー!」

「任せてくださいでしゅもん!」


 今度は銭が匁の頭を洗う事に。

 そうしてお互いを洗った後、二人は湯船に入る。


「良いお湯でしゅもん」

「そうだねー」


 肩まで入り、のんびりとした様子で浸かる二人。

 だが、


「そろそろ上がろー!」

「でしゅもん!」


 五分も、いや、三分も経たないうちに上がる二人。

 そうして脱衣所で体を拭いていつの間にか用意してある浴衣へと着替え、そのまま二人はお風呂を出た。

 そのまま二人は居間の方へ。


「紅白ー! 上がったよー! 次良いよー!」

「でしゅもん!」


 スパーンと廊下から襖を開けて報告する二人。

 それに対して居間の障子を開けて縁側でゆっくりとしていた紅白は振り返り、立ち上がると報告ありがとうございますと頭を下げる。


「では、お言葉に甘えて入らせて頂きます」

「うん! 行ってらっしゃーい!」

「何か御用があればお手数ですが、お風呂場まで来て頂いて良いですか?」

「うん! 分かったー!」

「それでは失礼致します」


 匁達と入れ替わりで居間を出ていく紅白の姿を見送る。と、


「あ、そうだ! 銭、お風呂上がったらね。飲み物飲むんだよ」


 元気にそう説明する匁。


「そうなんでしゅもん?」

「うん! それが良いってイチが言ってた!」


 そうして二人は台所へと行きコップに水を注ぐとそれを一気に飲み干した。

 本来はゆっくりと飲むのが良いのだが。

 水分補給を終えた二人は今度は匁の部屋へと向かう。


「それじゃあ、お布団敷こう!」

「はいでしゅもん!」


 部屋に着き、二人は眠る準備を始める。

 と言っても布団を敷くだけなのだが。


 匁は押し入れを開け綺麗にたたまれた布団を取り出すと慣れた様子で敷いていく。

 その様子を浮きながらついて行き見ている銭。

 そうして布団を二つ敷き終えると、匁と銭は布団に寝転がる。

 最初は高いテンションで寝たまま好きに転がったり、話をしたりしている二人。

 と、少し落ち着いてきた頃。ふと銭が口を開く。


「匁ー」

「んー? なにー?」

「一つ思ったんでしゅもん」

「うん?」

「銭達は二人だから寂しくないでしゅもん。でも紅白は一人だから寂しいと思うでしゅもん」

「あ、そうだね!」


 銭のその言葉に寝転がっている体制から一変、起き上がる匁。


「これは一緒に寝た方が良いと思うでしゅもん」

「そうだね」


 考えが一致した二人の行動は早い。

 跳び起きて、二人は紅白の部屋へ。


「「 紅白ー! 」」


 唐突な二人の襲撃にそろそろ寝ようとしていた紅白はビクリと反応する。

 だが、慌てた様子で入ってきた二人であったために何かあったのかと察し口を開く。


「家主様、どうなさいました?」

「一緒に寝よー!」

「でしゅもん!」


 紅白の目に映るのは、勢いよくそう言ってくる二人の様子。

 全く話が飲めない紅白だが、何かの一大事なのかと思い紅白は分かりましたと了承する。


「であれば布団は家主様がお使いください。私は畳で大丈夫ですので」

「え? なんでー?」

「紅白も布団で寝るでしゅもん」


 紅白の発言に頭にはてなマークを浮かべる二人だが、流石に小柄な二人ならまだしもそこに自分が入る余地が無いのは紅白は分かっている。

 その事を伝えるために紅白は口を開く。


「申し訳御座いませんが、布団は一つしかありませんのでどうぞお使いください」


 紅白の言葉にそういう事かと理解した匁。


「あ、それなら大丈夫だよー」


 匁のその言葉に何が大丈夫なのかと下げた顔を上げると、匁は押し入れへと向かっていく。

 だが、そこには布団などもう無いのは紅白は知っているため何をするのだろうと思い見ていると、匁が何も無いはずの押し入れから布団を二つ取り出してきた事に更に首を捻る。

 匁はそんな紅白の様子を気にも留めずその布団を紅白の布団の横に敷いていく。

 紅白はこの現象に思考がついて行けてなかったが、ハッとして匁へと進み出る。


「も、申し訳御座いません。言って下されば私が敷きましたのに」

「え? 別に良いよー。それよりも、早くお休みしよー!」


 笑顔でそう言う匁。

 そうして左から紅白、匁、銭の順番で横になる。


「これで良いね」

「そうでしゅもん」


 寝転がり笑顔でそう言う二人。

 その様子に少し安堵した様子の紅白だが、ここでふと、なんで急に二人が来たのか気になった。


「あの、家主様」

「ん? なーにー?」

「申し訳御座いません。一つ質問なのですが、何故、今日、一緒に寝ようとおっしゃったのでしょうか?」

「えっとね、紅白だけ一人は可哀想だーってなって」

「でしゅもん!」


 そんな二人の回答にそんな理由でとなる紅白だが、少し気にかけてくれた事に少し嬉しく思う。

 しかし、裏腹に家主と一緒に寝る事に少し緊張を覚えている。

 寝ている間に寝返りを打って、家主に当たってしまったり等、失礼な事をしてしまわないかと。


「あ、そうでしゅもん。紅白、何かお話してくださいでしゅもん」

「え?」


 不意に振られたその言葉に固まる紅白。

 と、銭が続ける。


「寝る前にお話聞くとよく眠れるって聞くでしゅもん」

「そうなんだ!」


 銭の言葉に目を輝かせる匁。

 そして、


「紅白、お話ししてー!」

「でしゅもん! お話しして欲しいでしゅもん!」


 二人の息が合ってしまった。

 その事にどうしようかと固まる紅白だが、ふと頭に昔母親から聞いた好きだった昔話を思い出し、分かりましたと口を開く。


 それはどこかの土地でひっそりと語られているという昔話。貧しい小作人が光り輝く百鬼夜行を見てから幸せを掴むというもの。

 小さい頃に頑張っても皆からいじめられていた紅白だが、いつか幸せになれると信じ話を心に留め頑張っていた紅白。

 いつの頃からか流れ作業のように動いていた頃には忘れていた話。


 それを匁と銭に聞かせる。

 銭はその話に食いつくように聞き入ってきて迫ってくるために匁は紅白の方へと徐々に追い立てられる。

 そんな匁は百鬼夜行の辺りから「え?」という風に目をぱちくりさせていた。のだが、思い出しながら話していた紅白は見ていなかった。


 そうして紅白が話していくうちに二人の瞼は重くなり、欠伸をすると、紅白が気付く頃には完全に寝息を立てている。

 寝落ちてしまった二人の様子に紅白は寝てしまいましたかと安堵するのと同時に無邪気な寝顔の二人を見て少し心が温まった感じがし、更に同じ様な感じで寝ている二人にふと笑みがこぼれていた。


「お休みなさいませ。家主様、銭様」


 静かにそう呟き紅白も寝につく。


 翌朝、紅白が目を開けると自身が寝ている家主をしっかりと抱きしめている事と、更にその家主の顔に銭が全身でしがみついていた事で朝に少し色々あったのはまた別の話。

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