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第九話:けんだま

 晴れ渡る空の下。

 いつもの様に紅白と匁は一緒に洗濯物を干している。

 本来であれば主にその様な事をさせるのは使用人としてあるまじき事だと思う紅白だが、匁が折れないために仕方無く一緒に行っている。


 匁は台に乗ったまま竿に掛かけた洗濯物のシワを伸ばすと、満足げな表情で紅白を見やる。


「終わったねー!」

「はい。終わりましたね」


 太陽にも負けないほどの笑顔で終了の宣言をする主に、紅白も自然と無意識に少し表情が柔らかくなる。

 それを見た匁は更に笑みを強める。


 ふと、そんな二人の耳に下駄で地面を蹴る音が垣根の向こう側から聞こえてくる。

 その音の感覚は勢いよく地面を蹴っている様に聞こえるものの、歩いている様な音では無く、ケンケンをしている様な音。

 聞いた事のない音に紅白が不思議に思っていると、隣にいた匁が首を傾げる。


朱太郎(あかたろう)かなー?」

「朱太郎様、ですか?」

「うん。いつもは佐々木の家(ささきのや)にいるんだけどねー、何か用事かなー?」


 首を傾げる主と共に音の動きに合わせて紅白が目線を動かすと、音は玄関の方へと向かい、垣根の終わりから紅白の視界に赤い唐傘が飛び出ると、それは。大きく長い舌を出すと先を丸め、戸に向かって伸ばし、二回ほど叩く。

 と、戸が開き匁が顔を出す。


 その様子に「え?」と思った紅白が横を見ると、そこには当然と言えば当然だがさっきまで一緒に居たはずの主の姿はない。


 そんな紅白を気にもせず匁は来訪した唐傘に声をかける。


「今日はどうしたの?」

「今日はどうしたのって? ケケケ」


 唐傘は匁の言葉を復唱すると不気味な笑い声を出し、傘を束ねるバンドの様に自身に巻かれている鞄の中へと舌を入れ、何かを取り出した。

 それは、一つのけん玉。

 それを見た匁は何かを思い出した様な表情をすると、朱太郎はケケケと笑い出す。


「持ってきた」

「ありがとう!」


 嬉しそうに匁が受け取ると、朱太郎は笑い「じゃあ」と振り返ると来た時の様に跳ねながら帰って行く。

 その後ろ姿に「またねー」と手を振る匁。

 と、そこへ遅れてやって来る紅白。


「すみません家主様。お客様に対応して頂いて」

「う?」


 頭を下げる紅白に匁は何故頭を下げるのだろうと首を傾げるが、まあいっかと戻ってきたけん玉を見せる。


「これ直して貰ったの!」

「そうなのですか」

「うん!」


 元気に頷くと匁は「見てて見てて」と紅白に言い、けん先に玉をセットすると勢いよく動かす。

 それにより先端から離れた玉。それを受け止めようと匁はけん玉を横に向けると、


 勢いよく落ちてきた玉は匁が向けた皿に当たり、


 皿から外れた玉は重力に従い落ちる。が、紐によりぶら下がる。

 それをジッと見ていた紅白はなんと言葉をかけて良いのか分からず固まっているものの、匁は気にした様子もなくもう一回とまた同じ様にやり、また同様の状態になる。

 そうして繰り返すものの成功は無く、成功するかと思うもおしくも落ちてしまったのが何回かという状況。


「紅白出来る?」

「え?」


 上手くいかず顔を上げた匁に不意に声をかけられ戸惑う紅白だが、昔一人で遊んでいた事もあり少しですがと返答する。

 その返答に匁は出来るんだと期待の眼差しでズイッとけん玉を差し出した。


「やってみてー!」

「えっと、分かりました」


 けん玉を受け取った紅白は握ったその感触に少し懐かしさを覚えながら始める。

 手慣れた紅白の動きに合わせ、軽快で心地よい音を立てて各皿に乗っていく玉。そうしてしばらくやった後、紅白は綺麗に剣先に玉をはめ、終わらせる。


「凄ーい! 紅白凄ーい!」


 目を輝かせて喜んでいる匁に、嬉しくはあるも少し恥ずかしい気持ちもあり少し視線を逸らしながらありがとうございますと返答しけん玉を返す紅白。

 けん玉を受け取った匁は紅白の動きを見てああやれば出来ると思ったのか再度挑戦する。


 そうして数分後。


「紅白ぉ~、出来ない~」


 凄く情けない声と表情で紅白を見やる匁。

 その様子になんとなく可哀想で教えたい気持ちと、逆に主が教えて欲しいと言ってないのに自己判断で教えても良い物なのかという考えが過ぎり躊躇してしまっているが、目の前でしょぼくれる主に我慢出来ず、


「家主様―――「全く、そんな力任せじゃ出来ないに決まっておるじゃろう」


 不意に聞こえた別の声に二人が向く。

 そこにはいつの間に居たのか普段通りの表情で立つ優丸の姿。

 優丸はちらっと田植えの時に見かけたから分かるものの、先程聞こえた様な声と口調だったかなと紅白が思っていると、主が口を開く。


「あれ? 優丸と包子(ほうこ)だ。今日はどうしたの? 何か用事?」


 ここには優丸しかいないというのに二人の名を上げる主。それに、包子とは誰だろうと思う紅白。

 と、先程の声が聞こえてくる。


「用事じゃ。というか用事以外で来る訳が無かろうて」


 声の出所。それは優丸の上。

 紅白が見やるとそこには気付かなかっただけで腕を組んだ日本人形が立っていた。

 その日本人形が口を動かし喋っている。まるで生きている様に。

 初めて見る付喪神。それから目が離せず凝視してしまっていると、首を動かした日本人形と目が合う。


「して、お主が匁の所に来たという使用人か」

「―――っ、お初にお目に掛かります。紅白と申します」


 一瞬視線を離してはいけない様な気がしたが、匁の態度から客人である相手に挨拶しないというのは使用人としてあるまじき姿と必死に体を動かし頭を下げる。

 そんな紅白の姿に「ほう」と感心した様な声を漏らすと、包子は顔を再度声をかける。


「匁には勿体ない素質の者じゃな。どうじゃ? この様なちゃらんぽらんよりワシの所で働かないかの?」

「ちょっと包子様」

「申し出ありがとうございます。ですが、私は家主様の使用人ですので他の方にはお仕え出来ません」


 優丸が慌てて止めようとしたものの、紅白はきっぱりと断った。

 何故かこの言葉がすんなり出て来て紅白も内心驚いているのだが。


 と、そんな紅白の言葉に笑う包子。


「本当に匁には勿体ない使用人じゃな。じゃが、それで良いのう。このちゃらんぽらんには」

「僕、ちゃらんぽらんじゃないもん!」


 包子の言葉にぷくーっと頬を膨らませる匁。

 対して包子は「そういう所じゃぞ」と言葉を発する。


挿絵(By みてみん)


 そんな二人の態度に気が気では無い優丸と紅白の二人だが、包子がぱんっと手を叩いた事で空気が変わる。


「まあ、おちょくるのはここまでにして、じゃ。本題なんじゃが、匁」

「んー? 何ー?」

「最近何か変わった事はあったか?」

「う?」


 突然の言葉に小首を傾げる匁。

 最近の事を思い出すものの紅白が来た事以外特別何かあった事は無い。

 優丸がカラオケ店を移したり、新しい住民を連れてくるみたいなのは結構あるため匁は特別とは思っていない為でもあるが。


「んー、無いよー? なんでー?」

「いや、特に無いなら良いんじゃ。ただの、優丸が建物を移動させるのが久々だと言っておったから、境界線に歪みとか出ていないか気になっての」

「ふーん、そっかー。でも、それなら白面の方がどうだったか知ってると思うよ?」

「……まあ、それはそうじゃな。じゃが、お主が気にしておらんのであれば特に何も無いじゃろう。悪かったな。時間を取らせて」

「良いよー」

「では、ワシ等は帰るとするか。行くぞ優丸」

「はい。では、失礼致します。匁様、紅白さん」

「はい。ご来訪ありがとうございました」

「またねー」


 立ち去ろうとする二人にそう声をかける二人。

 と、包子が振り返る。


「ああ、そうじゃ匁」

「ん?」

「けん玉、お主の使用人が上手いみたいではないか。であれば、教えて貰えば良いのではないか?」

「あっ! そっかー!」

「そうじゃ。技は盗めと言うが、基礎は習わねばいけぬしの」

「そうだね」

「ではの」


 そうして去って行く包子と優丸。

 二人の後ろ姿に元気に手を振り、姿が消えると匁は紅白の方へと振り返る。


「紅白、けん玉教えてー!」

「はい」


 教えを請う主に紅白は先程の事もあり快く承諾する。

 こうして匁は紅白に教えられながらけん玉をする。のだが、なかなか上手くいかない。

 と、紅白は「失礼します」とけん玉を握っている匁の手に手を優しく添え動かすと、綺麗に皿に玉が乗る。

 それを見た匁は歓声を上げながら目を輝かせる。

 そんなこんなで、


「出来たー!」

「おめでとう御座います。家主様」

「うん!」


 とりあえず始まりから皿に移す事は出来る様になりそれを報告する匁。

 そんな匁の姿に自分も嬉しくなる紅白。

 そうして自然にこぼれる紅白の笑みを見た匁は更に笑顔で紅白を見やる。


 そんな二人を太陽が高く昇って照らし、お昼の訪れを教えていた。

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