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婚約破棄系1

悪役令嬢は王太子の政敵(後日談)

作者: ひつじかい

 雷雨による悪天候により、まるで夜のように暗い夕方。

 エカチェリーナの弟であるニコライは、自室から食堂に向かっていた。


 女の身でありながら跡継ぎのように振舞うだけでは飽き足らず、王太子アレクサンドルの婚約者である事を利用し、玉座を狙っていた罪深い姉が密かに処刑されてから三年。

 あの時、処刑に立ち会った者達は三年の間に次々と亡くなり、今では、自分とアレクサンドル、そして、彼の現婚約者であるマリアの三人だけとなっている。

 彼等は皆、「許してくれ。エカチェリーナ!」と錯乱して死んだ。


 カッと閃光が闇を切り裂き、雷鳴が轟いた。


「今っ?!」


 窓から誰かが覗いていた気がして、ニコライは振り向いた。

 誰もいない。

 二階なのだから、当たり前だ。


「気の所為……だよな?」

『フフフフフ』


 雷雨に紛れ、女の笑い声が聞こえた気がした。


 ◇


 アレクサンドルは、この一年、エカチェリーナらしき悪霊に毎夜睡眠を妨害されていた。

 当初は、教会に頼み悪魔祓いをすれば、直ぐに治まると思っていた。

 側近達は祓う間も無く命を奪われたが、アレクサンドルには時間があった。

 城に悪魔祓師を呼び、悪魔祓いの儀式をして貰う。

 しかし、効果は無かった。


「何故だ!?」

「恐れながら、悪霊の正体が間違っているのでは?」


 エカチェリーナではないから祓えないと言う。


「あの顔は、エカチェリーナだった! 婚約者だった私が間違える筈はない!」

「お言葉ですが、現に、祓えませんでした」

「其方等の力量の問題ではないのか?」

「……もし、そうであるならば、大変申し訳ありませんが、悪魔祓いはお諦めください。私共以上の悪魔祓師は居りませんので」


 彼等以上の実力者は居ないと聞き、アレクサンドルは動揺した。


「王太子である私を見捨てるのか?!」

「御救いしたいのは山々ですが、その(すべ)が有りません」


 トップクラスの悪魔祓師ですら手に負えなかった話が広まり、誰もがアレクサンドル達との関わりを恐れた。



「エカチェリーナ! 逆恨みは止めろ!」


 アレクサンドルは、最初の頃は、眠る度に夢に出て来る彼女に厳しい態度で臨んでいた。


「どうしたら、許してくれるんだ。エカチェリーナ?」


 半年が経つ頃には大分弱り、強気な態度など取れなくなっていた。


「私が悪かった。どうか、マリアだけは許してくれ」


 最近は、せめて愛する人だけでもと懇願するようになった。


『未だに気付かないのね。私がエカチェリーナではないと』

「許してくれ……。エカチェリーナ」


 最早、ただ許しを請うしか出来なくなったアレクサンドルをつまらなそうに見る。


『あの子のように大人しく死を受け入れたら、許したかもね』


 ◇


「アレクサンドル様……」


 マリアは、痩せこけたアレクサンドルの手を握り、苦し気な寝顔を見詰めていた。


「うう……。許してくれ。エカチェリーナ」


 何度もうわ言で、死に追いやった元婚約者に謝罪する彼の姿に、マリアはエカチェリーナに祈った。


「エカチェリーナ様。どうか、アレクサンドル様を許してください。恨むならば、私を……。お願いします」


 しかし、願いは届かない。

 アレクサンドルの命を奪おうとしているのは、エカチェリーナではないからだ。


『次は、貴女の番よ』


 耳元で聞こえた女の声に驚き振り向くが、誰もいない。


「今の声は……? 『次は』って……。まさか!」


 慌ててアレクサンドルの様子を見れば、息が無かった。


「アレクサンドル様?! そんな……!?」


 次は自分だと言う恐怖が、マリアの頭を占める。


「いやああああ!!!」


 寝室を飛び出したマリアは、走りながらエカチェリーナが追って来ているのではないかと振り返り、幻の彼女を見る。


「ごめんなさい! エカチェリーナ様! 私が止めるべきだったのに!」


 あれからずっと罪悪感に苛まれていたマリアの精神は、愛する者の死と自身の死の宣告に限界を迎えてしまった。

 曲がるべき廊下を曲がらず、突き当りの部屋の扉を開けると、逃げ場はバルコニーしかなかった。


「ああ。そうですよね」


 バルコニーから見えた誘うような空を目にしたマリアは、自分がするべき事を理解した。


「エカチェリーナ様。今、其方に、謝罪に参ります」


 ◇


 ニコライは、アレクサンドルとマリアの訃報を病床で聞かされた。


「ち、父上。それは、本当なのですか?!」

「嘘を吐いてどうなる?」


 信じたくなかった。

 アレクサンドルとマリアの二人もエカチェリーナによって命を落としたとなれば、自分もそうなるのだろうから。


「父上。私を独りにしないでください」

「側近がいるだろう」

「父上に居て欲しいのです」

「子供でもあるまいし。私は忙しいのだ」


 エカチェリーナの死後もニコライの方がエカチェリーナより優秀だと認めてくれなかった父親は、息子が死にそうだと言うのに何も思わない様子で去って行った。


「姉上。逆恨みは止めてください」


 最早、声にも力が無い。


「ああ……。母上、姉上から私を助けてください」

『母の顔を忘れたのかしら? 薄情な子』


 自分を苦しめているのは母親だと気付き、ニコライは絶望した。


「姉上ではなく母上だったのですか? 何故? 私は、貴女の息子なのに」

『私の娘を殺しておいて、何を言っているのかしら?』

「……父上も母上も、姉上ばかり! 何故、私を認めてくれない?!」

「ニコライ様……」


 側近達は、自分達には見えない幽霊と話すニコライを痛ましげに見詰めるだけだった。


『エカチェリーナを超えるのではなく、排除しただけだからじゃない? ……もう、聞こえてないわね』


 思春期を迎えた頃から彼女の死の間際まで、女だからと母親を見下していた息子の死に顔を、彼女は無表情で見詰めた。




「気は済んだか?」


 アレクサンドル達がエカチェリーナを勝手に裁いた証拠を国王に提出した公爵は、現れた妻の霊に声をかけた。


『ええ。……陛下は何と?』

「アレクサンドル殿下達の罪を公表してくださるそうだ」

『そう。アレクサンドル殿下が死ぬ前だったら、もっと良かったのだけれど』


 そんな妻に、公爵はもう一つ尋ねる。


「お前がエカチェリーナと誤解された為、アレクサンドル殿下達が命を落とした件がエカチェリーナの悪評となったが、お前はそれで良いのか?」

『……あの子には、申し訳ないと思っているわ』

「そうか」


 国王に、エカチェリーナではなく妻の仕業だと言った事は伝えない。


『貴方、私の代わりに謝ってくれる?』

「自分で謝りなさい。……何時か、罪は許されるだろう」

『だと良いけれど』


 何処かへ消えた妻を見送り、公爵は下城した。

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