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8. 聖女様が逃げたせいで暴動が起きているらしい


 人手は足りなくなったが、研究はこれまでにない進展を見せた。

 聖人を正の魔力を内包する魔石とみなすことによって、散らばっていた点と点が次々につながっていき、聖属性魔力に関わる多くの事象が綺麗に説明がつくようになったのだ。

 初めのうちは背教者になるのではないかと恐れていたメンバーたちも、研究者の(さが)なのか、一度染まれば未知を探究する誘惑に抗うことはできなかった。

 残ったのが若く柔軟な思考を持つ者たちであったことも大きかっただろう。



 リタは出ていった研究員たちの処遇について、ほとんどを知らない。

 そのような雑事はリタの(あずか)るところではなかった。

 リーダーとして責任感に欠ける態度だと理解していたが、今なによりも集中すべきはひと月後に消滅する結界をなんとかすることであり、所長も、その上のスティエン公家の人間もリタにそれを望んでいる。



 この頃、所長に進捗状況を報告に行くと、彼はひどく疲れた顔をしている。

 辞めた人たちの対応に追われているであろう姿には負い目を感じる。可能な限りリタが動きやすいように気を配ってくれていることには、感謝してもしきれないという思いだった。



 こんなことを考えるのはジンクスを作ってしまうようで不安だけど、全部終わったら盛大に(ねぎら)ってあげなきゃ。

 そのために私にできることは、やっぱり研究しかないわ。



 そんな使命感に燃えるリタを嘲笑うかのように、数日後、問題が降りかかってくる。

 聖女が隣国へ亡命したせいで結界がもうすぐ消えてしまうという噂が、街に広まってしまったのだ。

 スティエン公家も教会も「そのような事実はない」と否定してはいるものの、人々の不安を完全に取り除くことはできていない。

 結界が消えて魔石を求める魔物たちに街が荒らされる前に自主的に避難しようと考える者もいずれ現れるだろう。

 それが加速すれば大混乱は(まぬか)れない。



 秘密を漏らしたのはきっと彼らのうちの誰かだ。

 犯人探しをするつもりはない。

 リタ自身が蒔いた種だ。一刻も早く研究を完了させることで報いるしかない。












 魔石を生成する水晶花は、負の魔力を取り込んでいる。

 しかし、今リタたちが欲しているのは、聖属性魔力――つまり正の魔力だ。

 では、正の魔力を取り込んでいる植物はどこかにあるのか、という問いに、リタが真っ先に思い当たったのが、祈願花であった。



 朝のミーティングを研究チーム全員――といっても6人しかいないが――で行う。

 以前はチームをさらに班ごとに分けてそれぞれで話し合っていたが、人数が減った今、残ったメンバー全員でまとまってやることになった。

 所長に人員補充の要望は出しているが、期待は薄い。

 宗教絡みのプロジェクトということで、そもそもが慎重に選出したメンバーたちだったのだ。

 そんな彼らでさえ、多くが信仰を冒涜する忌避感からチームを抜けていった。

 今から適格な研究者を再び選び出すのは厳しかった。

 ただ、悪いことばかりでもなかった。

 若い人ばかりが残ったことで、みな大胆な意見を恐れずに発言できるようになった。

 研究者というものは、年齢とともに保守的になってしまいがちだ。十代、二十代の頃の研究が最も評価されている研究者もざらである。

 話し合いで若い発想が飛び交うようになったのは良い変化であった。



「――ですので、あくまで仮説にすぎませんが、祈願花の発光は、水晶花が余剰魔力を魔石として蓄積することと実質的に同じ働きなのではないか、ということです」



 リタが意見を言い、メンバーを見る。

 アランと仲の良かったライアンが相槌を打つ。



「なるほど。発光によって余分な魔力を体外に放出している、ということですね」



「はい――また、魔石が人体に悪影響を及ぼすのに対し、祈願花の発光についてはそのような話を聞きません。これはおそらく、水晶花が負の魔力を生成するのに対し、祈願花は正の魔力を活用しているからだと考えられます」



「つまり、祈願花の魔力をなんとか正の魔力の魔石として取り出すことができればよいということですか? でもそれじゃあ、仮に成功したとして、十分な正の魔力を得るのは難しい気がします」



 ライアンが首を傾げる。



「その通りです。水晶花と比べ、祈願花が生命活動に必要とする魔力は圧倒的に少ないです。加えて、花の絶対数も少ないので結界の展開に必要な魔力量は補うことができません」



「と言いつつ、他に何か案がありそうな顔ですね」



「はい。負の魔力しか生成できない水晶花に、なんとかして正の魔力の魔石を作らせることを考えています」



 全員から驚きの声が漏れる。



「え、でも、そんなことできるの?」



 ケイトが半信半疑といった様子で言った。



「さあ、どうでしょう」



「どうでしょうって、リタ」



「それをここにいるみんなで考えましょうという提案です」



 それから6人でうんうんと唸りながら意見を出し合ったが、どれも理論的に破綻しているか、実現できそうにないものばかりであった。

 良い案がすぐには出てきそうになかったから、リタは頃合いを見て話し合いを終わらせた。

 話し合いが終わっても、みな席についたままめいめいに研究資料と真剣な顔で向き合っている。

 リタもしばらくは論文を読んでいたのだが、徹夜続きで体力が限界を迎え、そのまま机に突っ伏して眠ってしまった。


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