66話 浮野の戦い 第七段
織田信清兄弟、前野宗康が去った後、信長のもとに兵をまとめ終わった諸将が集まってくる。
「殿、犬山勢が去っていきますが、岩倉城は攻めぬので?」森可成が、開口一番、質問する。
「此度は、ここまでじゃ、浮野城を焼いたら、清洲に引き上げる」と、答える信長。
それに驚いて発言したのは、佐久間信盛と林秀貞である。
「殿、浮野城は、小城なれどやっと奪った拠点。もったいなくはありませんぬか?」
「いかにも、もったいなし」
「信盛、秀貞、お主ら、城攻めは、しておらぬであろう。長秀が言うなら仕方ないが、お主が言うのはおかしいわ。
それにな、浮野城は、清洲からほぼ真北なれど、岩倉城の方がはるかに近い。
ここを維持するのは、難しいし、無駄が多い。わかったか」
「はっ、御意にございます」と丹羽長秀が答える。
城を落とした功労者の丹羽長秀が了承したのに、異議を唱え続けるわけにはいかないと、佐久間信盛と林秀貞もしぶしぶ了承する。
「では、佐久間信盛と盛次、林秀貞らは兵を率いて、城を焼け。
丹羽長秀、森可成、佐久間盛重は、岩倉勢が今ひとたび攻めかかってこないか、警戒しろ。
特に長秀、去っていく犬山勢の様子もよく見ておけ。
岩倉のやつらが犬山勢を追撃するやも知れん」
「御意」「御意にござります」「「はっ」」
信長軍の諸将は、指示にしたがって各自動いていく。
「待て、長秀、今一つ、命を下す」
「は?」
速やかに部隊に戻ろうした丹羽長秀は主君に呼び止められて、すこし驚いたように疑問形と承諾の間のような声を出してしまった。
「長秀、儂の見立てでは織田信賢は、犬山勢に追撃をかけるはずじゃ。
負けたままでは守護代の面目がどうのと言いつつ、少ない兵相手なら勝てると思うだろうからな。
ただ様子をするだけではなく、犬山勢の後ろに物見のものを出しておけ。
信賢が兵を動かしたら、すぐ儂に知らせろ。
知らせつつ、そなたの部隊は犬山勢救援のために急行しろ。
犬山勢が岩倉城の北を過ぎて、なお、信賢が動かぬ時は、兵をまとめて清州に帰る、良いな」
信長の指示を聞き、追撃戦で手柄を挙げろと暗に言われていることに気付いた丹羽長秀は、今一度、緊張感を取り戻し、「御意」と強く答えると、自分の部隊のもとに速足で戻っていく。
信長は諸将が去り、小姓衆のみとなった陣幕で床几に腰を下ろした。
つまらなそうに浮野城に火の手が上がるさまを見るとは無しにみている。
当然、その心は、燃えていく浮野城ではなく、自分の読み通りに織田信賢が動くかどうか、動いた後はどう攻めるかのことを考えている。
信長と付き合いの長い小姓衆や馬廻り衆は、信長が丹羽長秀に言った通りにまた一戦あるのだろうと考え、兜の緒を締めなおしたり、刀や鎧の確認をし始めた。
四半刻の後、丹羽長秀の配下より伝令が届く。
信賢が信長の予想通りに動いたのだ。
「で、あるか。馬廻のものは、森可成、佐久間盛重に信賢を今一度たたく故、とく準備して追いかけてこいと伝えよ。そのほかの者どもは、儂についてこい。林と佐久間らは、焼き終わったら追いかけろと伝えろ。では、丹羽長秀を追いかける。行くぞ」
その頃、岩倉城の北、4町ほどのところで、犬山勢に対して岩倉勢は、後方から襲いかかっていた。
織田信清にしてみれば、岩倉城に逃げ込んだ織田信賢なぞ、守護代の名前に胡座をかいた小僧である。先ほどの勝利で討ち死に多数に驚き、打って出てくること等無く城内で震えているとたかを括っていた。
それに対して、織田信賢は、自分より格下の家柄である織田信長、信清に負けたことを認められず、周りに怒鳴り散らしていた。
そこに自分の率いる軍2000強より少ない犬山勢1000ほどが自分の城の近くを悠々と引き上げていくという報告を聞いて、堪忍袋の緒が切れた。
先程の戦いを生き残った家老の堀尾泰晴が懸命に諌めるが、信賢は数を頼みに犬山勢に襲撃をかける決断をする。
この結果、岩倉城の北で犬山城へと帰還中の織田信清の軍に織田信賢の軍が攻めかかっていくことになった。
そして、二つの軍の動きを信清・信賢の二人の性格から信長は読みきっていた。
犬山勢と岩倉勢が初戦を終え、徐々に乱戦になった頃、丹羽長秀隊と信長の馬廻り衆が戦場に到着した。その数300ほど。
決して多い数ではないが、勢いがある軍勢である。
岩倉勢に対して、丹羽長秀隊、馬廻り衆は、信長の指示にて一気に突っ込む。
騎馬の衝撃力を最大限に生かした戦いかたである。
それに対して、挟み撃ちの形になった岩倉勢、特に最前線で戦った者や足軽達は、先ほどの包囲された状況を思いだし、恐慌に陥る。
特に岩倉勢の後方にいた足軽は、命が惜しいと、四散して逃げ出していく。
戦闘は僅か四半刻で終了した。信賢は、後方から挟撃されると、最初は戦意を見せていたが、指揮を放り出して岩倉城へと退却してしまう。
指揮官の無い軍勢なぞ、烏合の衆もいいところである。200人程が討ち取られ、その他は信賢の後を追って城に逃げるもの、その場から逃げ出すもの、帰参してしまうもの、降参するものなど、軍としてはあっという間に崩壊してしまった。
織田信清、広良兄弟が陣を張り、軍をまとめ直しているところに、織田信長と小姓衆、丹羽長秀が訪れた。
「信清殿、危ないところでござったな。清洲に帰ろうとしているところ、この長秀の部隊の物見が信清殿が帰っていった方向で土煙ありと報告してきたので、何事かあったかと少数ながら手勢を率いてきた。まさか、信賢にもう一度、軍を出す余裕があるとは想わなかったわ」
「信長、御加勢感謝いたす」
「いやいや、我らは血族ゆえに、これくらいは当然じゃ。では、我らはこれで引き上げる。あぁ、そうそう。岩倉城側の切り取り勝手こと、信清殿の御才覚にお任せいますぞ、よしなに」
暗に、勝ちにのった軍勢から襲撃を受けた軍勢になり、勢いが無くなった貴様らにできるならやって見せよ、と突き放す信長。あえて、信清広良の顔を見ずに引き上げていく。
むっとした顔の信清は、広良に諌められながら、少し怒気を込めた声で、周囲に犬山城へと帰城する指示を出すしかなかった。
こうして、浮野の戦いは終結した。
織田信長の軍は、橋本一巴を失ったものの、損害は比較的軽微、それに対して、翌日清洲城で行われた首実検で並べられた首の数は、1250程であったと言われる。
この戦いで、岩倉城の守護代、織田伊勢守家の衰退の流れはもはや止めようの無いものとなったのだった。
やっと、浮野の戦いが書き終わりました。
ほぼ資料がない合戦を予想し演出する試みでしたので、どうにか最後まで書ききれて満足です。
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