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64話 浮野の戦い 第五段

両翼包囲を偶発的に完成させた信長、信清連合軍は、岩倉勢を撫で切りにする勢いで戦をすすめる。

勢いのある織田信清兄弟率いる犬山勢、主君を救わんと奮戦する丹羽長秀隊だけでなく、押し込まれていた信長軍本隊も勢いを取り戻していた。

特に、信長の馬廻り衆は、鬱憤をはらすかの様に岩倉勢に攻めかかっていく。


そして、逃げていく岩倉勢の中で、林弥七郎だけは、信長を狙撃するその隙を狙いながら後退していた。


その隙は、いますこしで現実のものとなろうとしていた。そう、勝ち戦の高揚に当てられた信長旗下、精鋭の馬廻り衆と信長本人との距離が徐々に開きつつあったのだった。


馬廻りが離れつつあることの危険性に気がついた信長は、佐脇良之や長谷川橋介等の手近にいる小姓衆に声をかけ、自分から離れない様に注意を促す。


そして、信長軍の中で、この状況の危険性に気がついた者が信長以外にただ一人いた。


浮野城の大手門から鉄砲を構え、戦場を俯瞰で見ていた橋本一巴である。


「まずいぞ、信長様の供回りの人数が薄い。それに、あれに見えるは、岩倉城一の弓の使い手、林弥七郎。なにやら嫌な予感がする」


そう呟きた橋本一巴は、配下の鉄砲隊に浮野城を死守するよう命じると、自分は腰に着けた火薬入れに弾と火薬がまだ充分に予備が有ることを確認し、信長に向かって駆け出した。


橋本一巴が、信長まであと一町という距離まで近づいた時、今まで、後退しながら、機をうかがっていた林弥七郎が、身を翻し、腰につけた箙から矢を取ってつがえる様子が見えた。


「ちっ」


その様子を見た橋本一巴は、舌打ちすると、既に火をつけて振り回していた火縄を火縄挟みに手早く挟み、速さ重視で、立ったまま射撃を行う立ち放ちで林弥七郎に向かって鉄砲を放つ。


その発射音に集中を乱された林弥七郎の矢は、信長から少しそれたところに飛んでいくことになった。


信長の無事を確認した橋本一巴は、すぐさま次弾の装填に取りかかる。

装填中に、橋本一巴は、一瞬手を止め、虚空を睨んだかと思うと、弾を二つ装填した。疑似的に散弾銃とする、いわゆる二つ弾である。火皿にも火薬を入れ、火蓋を閉じる。


装填がおわった橋本一巴は、林弥七郎の方に走っていく。彼我の距離が10間、約20メートルほどとなった時、箙から矢をとり再度弓につがえる林弥七郎に向かって橋本一巴は信長を狙わせないよう、注意を引くためわざと大きな声で呼びかける。

「そこにおわすは、弓の名手と名高い林弥七郞殿とお見受けいたーす」


林弥七郎は、矢をつがえた弓を下に向け、弓を緩めながらその呼びかけに答える。

「おう、いかにも。して、そこもとは?」


「織田家鉄砲指南役 橋本一巴と申す。いざ尋常に勝負」


「鉄砲とな!家老の堀尾様が気をつけろと言っていた新しい飛び道具とかいうやつよな。面白い、実に面白い。その勝負、受けて立つ」

自分の弓の腕に絶対の自信を持つ林弥七郎は、勝負を受けた。

新しい飛び道具、何するものぞ!という自負心が働いたのは想像に難くない。


「では、参る」「おうよ」

橋本一巴が火縄に点火し、火鋏みに火縄を挟む間に、林弥七郎は、一度緩めた弓に矢をつがえなおし、橋本一巴を狙って、弓を引いていく。

そのころ、橋本一巴は、自分の的を小さくする目的と銃の安定を考え、立膝の上に左手を置き、左手で銃身を把持した状態で放つ膝射姿勢をとる。

流派にもよるが膝台放ちと言われる姿勢だ。一般的に火縄銃は銃床が短いため台尻を肩にあてた現在のライフル射撃のような姿勢では安定性に欠け、命中率が悪化するのだ。


林弥七郎は、橋本一巴がとった見たこともない奇妙な射撃姿勢と黒い筒のようなものを訝しく思いながらも、自分の射撃に集中するように、深呼吸をし、すぐに頭を切り替える。

両者ともにそれぞれの射撃姿勢をとった後、わずかな時間が過ぎ、風が弱くなったその刹那、橋本一巴は引金を引き、銃から轟音と白煙が上がる。

二つの鉛玉が銃口から驚異的な初速をもって吐き出され、林弥七郎に向かい、冷徹な殺意をもって突き進む。

そして、風が弱くなった瞬間は弓にとっても当然、好機であり、ほぼ同時に、林弥七郎も矢から指を放していた。


その直後、林弥七郎の左太ももに衝撃が走った。林弥七郎は、あまりの激痛にそのまま倒れこんでしまう。その瞬間に彼は、信長を狙撃することで逆転する計画がとん挫し、撤退するにも大きな障害を抱えてしまったことを理解してしまった。


「ちっ、なんだこの痛みは、これでは信長を射殺すどころではない。やむなし、引き上げるか」

そう呟くと、林弥七郎は痛みをこらえて立ち上がろうとしたが、左足にほとんど力が入らない。

愛用の弓をなくなく戦場に投げ捨て、刀を杖代わりに立ち上がって、信長のほうを再度一瞥すると、城に向け撤退を始める。


だが、この一騎打ちを信長とその小姓衆も見ていた。

林弥七郎の意識を信長からそらすためにわざとだした橋本一巴の大声は、信長と小姓たちにも届いていたのだ。そして、橋本一巴の鉄砲の発射音で、信長の周囲にいた敵勢は総崩れとなり、一目散に逃げてしまっていた。信長の周囲は、完全勝利の状態であった。


「信長様、橋本一巴殿が林弥七郎を撃ち倒したようです!」その様子を見ていた小姓の佐脇良之がすぐに信長に報告する。


「儂もだいたいは見ておったわ。良之、林弥七郎はまだ立ち上がって逃げる様子、ひとっ走り行って、その首、上げてまいれ。橋介、橋本一巴が動かんのが気になる、そなたは一巴を見てまいれ」

橋本一巴と林弥七郎の遠距離武器による一騎打ちの全体を把握していた、信長は速やかに佐脇良之、長谷川橋介に指示を出す。


「「はっ」」その指示をうけて、速やかに駆け出す二人の小姓。


佐脇良之は林弥七郎に向かい突撃していく。

「林弥七郎殿とお見受けいたす。一騎打ちの後の様子なれど、主命にて、お命頂戴いたす」

そう叫んだあと、佐脇良之は林弥七郎に切りかかる。

その声に反応した林弥七郎は、振り返り、杖にしていた刀をとっさに抜くと、そのまま佐脇良之に切りかかった。

林弥七郎の下段からの切り上げは佐脇良之の右肘付近に決まったが、いかんせん、左足が銃弾で重症を負った状態の切り上げである。体重も乗らず、踏ん張りも効いていないまさに手だけの斬撃は佐脇良之に負傷させる力はあったが、所詮そこまでであった。

佐脇に切り上げが決まったものの、林弥七郎の姿勢は大きく揺らいでそのまま倒れそうになってしまう。

弥七郎が刀を地面に突き刺し姿勢を立て直そうとしたその瞬間、佐脇良之の二の太刀が林弥七郎の首筋に襲い掛かり、そのまま袈裟に切って捨てる。


「林弥七郎、打ち取ったりぃ!」右肘を負傷しながらも、勝ち名乗りを上げる佐脇良之。


そのころ、橋本一巴のもとに走った長谷川橋介は、橋本一巴が射撃姿勢から徐々に右に崩れ落ちるのを見ていた。

長谷川橋介が橋本一巴に近づいていくと、そこには、信じられない様子があった。橋本一巴の右脇腹には林弥七郎の放った矢が深々と刺さっていたのだ。


橋本一巴のそばまでくると、長谷川橋介は橋本一巴の体を起こしながら、声をかける。

「一巴殿、一騎打ち、お見事でした。先ほど、同僚の佐脇めが逃げる林弥七郎のことを打ち取ったり様子。一巴殿の勝ちにございますぞ」


片目を閉じ、苦悶の表情の橋本一巴であったが、小姓の長谷川の顔を見ると、すこし表情が和らいだ。

「小姓の長谷川殿か、いや、儂も林弥七郎の弓に射抜かれておる。痛み分けじゃ」


傷が深いことは、長谷川橋介も気づいてい入るが、このままこの人を逝かせるわけにはいかぬと、橋本一巴を鼓舞するように声を出す。

「これくらい、傷、なんですか、一巴殿!あきらめてはなりませぬぞ!傷を治し、一騎打ちに勝ちましたぞ!と殿に自慢していただかねば。弓よりも鉄砲のほうがすごいところを証明しましたぞ!と殿に言っていただかねば」


長谷川橋介の言葉に、一巴は無理に微笑む。

「傷の深さは、自分が一番わかるわい。すまぬが、肩を貸してくれぬか、信長様のそばに行きたい」

「わかりました。殿ところまで、必ず、お連れ致す」


長谷川橋介に肩をかりて自分のほうに近づいてくる橋本一巴を見つけた信長は、刀を収めると、橋本一巴と長谷川橋介のほうに歩いていくのだった。

真女神転生Ⅴと12月中に講義、1月に講演の予定がはいってしまい、この先は、どれくらいの頻度で更新できるかものすごく不安です。

エタるリスクがものすごく高い状態です。

続けるモチベーションのためにも、皆さま、評価の★お願いします。

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