52話 玄久、登場
ども、坊丸です。魚屋の三郎さんの取引先に津島湊の網元さんがいました。しかも、津島では結構有名な家柄の人らしいです。何はともあれ、これで、干鰯の肥料を作るに当たって必要な物が手に入りそうです。良かった良かった。
いつものように朝の鍛錬の後、朝餉を柴田の親父殿、婆上様といただいていると、本日は柴田の親父殿から声がかかりました。
いつも、こちらから声をかけることが多いので、珍しい感じですね。
「坊丸、今日は、吉田玄久をこちらに来るよう、手配してある。
それと、文荷斎には、今後は、基本一度当家に寄ってから坊丸の用事がなければ、末森にてお勤めするよう話してあるので、もう少ししたら来るはずだ。
次兵衛、玄久、文荷斎と相談して豆腐屋からおからをもらい受ける件、まとめてみせよ。
それとだな、今後の移動を考えると、手が空いている時は、乗馬の訓練を開始すべきと思う。次兵衛や厩番の者には話しておくゆえ、乗馬の訓練を始めよ。
なあに、次兵衛に教われば、大丈夫だ。儂も次兵衛から習ったのだからな」
えぇっと、乗馬の練習は、秋以降だったはずでは?
信長伯父さんからの無茶ぶりのせいで乗馬の練習予定まで早まりやがってますか?
とは言え、石高のことも乗馬の練習もやるしかないからね。でも、四、五歳児が馬を操るのってできるのかなぁ?
あと、昨日は、塩水選を石田村で説明しろって言ってた気がするんだけど…
予定は未定、気にしたら負けなやつでしょうか?
「わかりました。乗馬の練習は、おいおいやるとして、今日は、玄久殿の奥様のご実家に行く感じですね」
「今日行くかは、お主らに任せる。
儂は殿にお目通りして、坊丸に石高を上げるための工夫を申し付けた旨の書状とできれば、幾ばくかの金子を無心してくるつもりだ。
儂の懐から出せと言われればそれまでだが、坊丸の策を実現するには、いろいろ買い付ける物も出てきそうだからな。
殿には少しだけでも金子を融通して欲しいものだ」
その後、柴田の親父殿が清須に向かうため準備していると、屋敷の門の所に誰かが来た様子。
「吉田藤兵衛玄久、権六殿からのお呼びにて、まかりこした!」
「これ、玄久、朝から門の所で、そんな大声を出すな!」
うん、玄久さんと次兵衛さんのやり取りですが、次兵衛さんも十分朝っぱらから大声ですよ。
「これはこれは、次兵衛の義兄貴。今日は、義兄貴ではなくて、権六の奴から呼ばれているのだが?」
「これ、玄久、いくら昔からの幼馴染みとは言え、権六呼ばわりはないぞ。腐っても柴田家の当主ぞ。少しは口の聞き方というやつを気にしろ!」
「おう、玄久、久しいな。末森での仕置き以来か。いろいろ積もる話もしたいが、すまん。儂はこの後、清須に出仕する。ついては、次兵衛とこの後来る中村文荷斎、それと、そこにいる坊丸に仔細を聞いてくれ。あ~、それとだな、次兵衛よ。腐っても柴田家の当主、というのはいかがなものかな」
「さて、勝家様、行ってらっしゃいませ」と次兵衛さんは、にこっと笑って柴田の親父殿を送り出すように、深々と頭を下げました。
次兵衛さんに目で促されたので、玄久さんと一緒に頭を下げて、柴田の親父殿を送り出しました。
なんか、有無を言わさず、柴田の親父殿の話を終了にした感じがしますが、気のせいですか?気のせいですよね。
「玄久、末森城での仕置きの時に居たということならば、既に存じておろう。こちらが、亡き信行様の忘れ形見、坊丸様じゃ。今は、信長様より、織田ではなく、津田を名乗るように命じられておるゆえ、津田坊丸様というのが正しい呼び名になるがな」
「うむ、義兄貴殿、遠目ではあったが、末森城での信長様と坊丸様、それと権六殿のやり取りを見ておった故、坊丸様が、柴田家で預かられることとなった経緯のこと、大体は存じておりますぞ」
次兵衛さんから挨拶するように目で促されます。はいはい、挨拶ですね。
「お初にお目にかかります。津田坊丸です」
「これはこれは、吉田藤兵衛玄久でござる。そこにいる次兵衛どのの遠縁にあたるものでございます。あと、権六とはまぁ、幼なじみみたいなものですな。ところで、権六からは、妻の実家に渡りをつけたいゆえ、一度来いとしか聞いておらんのだ。権六は次兵衛の義兄貴に仔細は聞けといっておったが?今回呼ばれたのはどういう用件か聞かせてもらいたいな」
「全部話すと長くなるので、かいつまんではなすとだな。こちらにいる坊丸様が信長様にいろいろと気に入られてな、幼い身ながら、石高を上げる方策を出せと内々に命じられたのだ。石高を上げる策の中の一つに、肥料の改良があってだな、その改良の方法の一つに、おからを使ってみてはどうかという案が出たのだ」
「ふむ、それで、俺の妻の実家の豆腐屋に渡りをつけたいと、そうなったのだな」
「そういうことだ。お前の奥方の実家が豆腐屋なのは勝家様もご存じゆえにな」
「なら、今からいくか?妻の実家は熱田神宮の近くだからな、騎馬ならさほどかからん。それに今の時間から向かうなら、朝の仕込みも終わっておろう。」
「まてまて、そう、せくな。この後、坊丸様の補佐役として選ばれた、中村殿が来るからな。儂とお前、それに坊丸様で行ってもよいが、今後の話もある。中村殿も同道してもらうつもりだ」
「なら、その中村殿とやらを待つ間、酒を一杯いただきたいのだが?」
おいおい、玄久さん、朝っぱらから酒ですか?マジですか?
「お前な、これから自分の妻の実家に向かうんだぞ。その前に飲んだくれてどうする!」
良かったよ、真面目な次兵衛さんが注意してくれて。なんか、本当に酒飲み始めそうだったもんな、玄久さん。
「遅れました。お、もう皆さまそろっているようで。で、今日はどうします」
「ちッ、もうきちまったか」
「これ、玄久。こちらが坊丸様の補佐役、中村文荷斎宗教殿だ。中村殿、こちらが、我が不肖の義弟、藤兵衛玄久だ」
「中村文荷斎です。よろしくお願いいたします」
「吉田藤兵衛玄久だ。よろしくな」
「で、次兵衛殿、どこまで話が進んでおられるのですかな」
「文荷斎殿、今しがた当家に着いたばかりで申し訳ないが、玄久の妻の実家、熱田神宮の近くの豆腐屋なんだがな。今から向かおうと思う。よろしいか?」
玄久さんの奥さんの実家の豆腐屋さんは、愛知県豆腐商工業協同組合の位置にあると仮定しています。熱田神宮の湧き水、清水社のお水をもらって作っていたら美味しそうだな…という感じ。




