51話 魚屋の三郎さん、そこのところ、一つ、よろしく。
ども、坊丸です。なんと魚屋の三郎さんに網元への伝手がある様子。ありがたいことです。
そして、お千ちゃんと魚屋の三郎さんは仲が大変よろしいようで。
この二人、羨まけしからん!とか思ってしまいますが、まずは、柴田の親父殿や文荷斎さんに塩水選のデモンストレーションするのと、魚屋の三郎さんの伝手で干鰯ができるかもしれないことを伝えないと…
でも、羨まけしからん。お千ちゃんは、謀反人の息子の自分についてきてくれた大切な人なんだぞ。
大切なことなので、羨まけしからんって、二度言いました。
さて、気持ちを切り替えてっと。
「じゃ、お千ちゃん、種籾と卵と塩、あと器をお願い。で、三郎さんも柴田の親父殿と話をするから一緒にお願いね」
「はい」「へぃ」
「お千、重いだろう。俺が器に載せて運ぶよ」
「卵は落として割るといけないから私が大事に持っていくわね」
いや、お千ちゃん、あんたのドジっ娘力だと、卵、割りそうだからね。本当に気を付けて運んでね。
って、魚屋の三郎さん、ナチュラルに紳士やないか~い。
「親父殿、次兵衛殿、中村殿、お待たせしました」
「ん、お千、坊丸に頼まれて、塩水選とやらの道具を運んでくれたのか?して、そちらは?確か魚屋の…」
と次兵衛さん。さすが、柴田の屋敷に出入りしている業者さんは把握しているんですね。
「はい、魚屋の三郎と申します。えぇっと、とりあえず、以後、お見知りおきを。坊丸様に話に付き合うよう言われまして。ついでに、えん?えんすいせん?とやらの道具を運んでまいりやした」
と言って頭をぺこりと下げる三郎さん。
なんだか、すこし緊張気味の三郎さん、そして、塩水選に使う道具を置いたら、三郎さんの後ろに下がって、小さくなっているお千ちゃん。
「ああ、運んでくれてすまなかったな、三郎とやら。で、坊丸。魚屋の三郎のことを話に付き合わせるとは、いったい何事かあるのか?」
ナイス疑問です、親父殿。この後の話の展開がしやすくなるフリ、ありがとうございます。
「はい、先ほど、台所に魚屋の三郎さんがいたので、網元や漁師への伝手はないか、聞いてみました。すると、魚の仕入れ先の大口の一つである津島湊の網元、野々村という方に伝手があるとのこと。できれば、その伝手で、干した鰯や雑魚を使った干鰯を作ってもらうようお願いしたいと思っております」
「ほんとうか、三郎」
「へぇ、うちの縁者で、津島湊の網元でもあり、魚取引の座にも所属している野々村という者がおりまする。うちでは、野々村の伯父貴って呼んでますが、うちの魚の取引の一番大口ですんで、話くらいは聞いてくれるかと」
「津島の野々村だと!津島十五党の一つ、四姓の野々村家の者か?」
と、柴田の親父殿が驚いている様子。え?何事?津島で野々村だと何かあるの?
「ああ、そっちの野々村は伯父貴のところから見て、本家筋のところですよ、柴田の殿様。うちと取引のある野々村の伯父貴は、そこの縁者ですけども、まぁ、そこまで名門の家じゃぁねぇですよ」
「ふむ、だが、四姓の野々村家の縁者であれば、網元としても座でも顔が利くであろうな。そこに伝手があり、干鰯の原料となる小魚の取引を頼めるのならば、素晴らしいのだがな」
「まったくですな」と次兵衛さん。
「ですが、何らかの条件などを出されるかもしれませんね」と、いろいろ考えているらしい文荷斎さん。
「坊丸様のお話だと、獲れた魚のうち、本来なら売り物にならないような物を干しておけば、買い取ってくれるって話ですからね。漁師の連中や野々村の伯父貴としても悪い話ではないと思いますよ。不漁だったり、売れない雑魚が金に化けるんなら、この話、乗ってくるとは、思いますがね」
「よし、後日、信長様の書状をいただいたら、儂も同道して、頼むことにしよう。その際には、三郎、お主も口を利いてくれ」
「えぇぇ!そんな席に同席しろってんですかい。俺みたいな若造が?無理ですよ!」
「お主よりも若くて、年端もいかぬ坊丸はその交渉に同席するのだが?」
「だって、坊丸様は、織田の殿様の甥っ子でしょう!俺とは身分が違いますよ!」
織田の殿様の甥っ子だけど、謀反人の息子でもあるんだけどねぇ~
「わかった。ならば、話だけは、しかと通しておいてくれ。そして、網元の野々村殿が都合がいい時に、こちらから挨拶に向かわせてもらう。どんな取引にするかは、その場で詳細を詰めるとしよう。三郎も、この線で、よろしく頼む」
「分かりましたよ。いつもいろいろ買ってもらっている、坊丸と柴田のお屋敷の皆さんからの頼みだ、それくらいなら、親父と一緒に頑張りますよ」
「すまんな、よろしく頼む」
「「よろしくお願いいたします。」」
「三郎さん、ありがとうね」
で、この後、塩水選のデモンストレーションをやりましたとさ。卵と種籾の両方を使って。
みんな、卵が塩水に浮くのを見てびっくりしていたよ。そして、塩水の濃度によって種籾が浮かぶものと沈むものがあるにも驚きつつ、納得してもらいました。よかった、よかった。
お千ちゃんは、私は知ってたってドヤ顔してましたが、あんたの場合は自分のミスでゆで玉子を作るときに卵が浮くくらいの濃度の塩水を偶然作っただけですからね!
津島十五党は、南朝方に由来を持つ津島湊の有力者
四家 大橋・岡本・山川・恒川の各家
七苗字 堀田・平野・服部・鈴木・真野・光賀・河村の各家
四姓 宇佐見・宇都宮・開田・野々村の各家




