491話 南伊勢攻略戦 敗戦と密談
翌日、陽動で搦手門を軽く攻めるは神戸信包、丹羽長秀、稲葉良通。
先日の夜襲で引きどころ、戦の勘所の見極めの素晴らしさを見せた稲葉良通が最前線で兵を指揮する。本気で攻めているように見せかけつつ、兵を損なわないように立ち回る指揮は西美濃三人衆壱の武人のそれである。
その頃、滝川一益と池田恒興は南の陣の三割程の兵を率いて西の丸を回り込み、魔虫谷に到達する。
魔虫谷は西の丸と本丸の間にある谷間であり、谷の入口はなだらかな斜面であるが、途中から傾斜のきつい谷であった。
滝川一益が城内に忍びこませた甲賀衆からの情報では、その急峻な谷を登れるものは少ないだろうということで、大手門や搦手門などに比べて配置されている守備兵の数が少ないというものであった。
滝川一益率いる奇襲部隊は伊勢衆を中心に精鋭四千程。移動の間は音を立てぬ様にしていたのだが、この人数が鬨の声を上げて谷を攻めれば、流石に西の丸の守備兵も気付くというもの。
先頭の武者たちが谷の緩かなところを登り始めても、城からの弓矢、投石はそれほど多くなかった。しかも西の丸からの攻撃はあるが、本丸からの攻撃はほとんどなかったのである。この様子を感じ取った織田軍は嵩にかかって攻め立てる。
谷の入口で指揮を取る滝川一益からも、先頭が急峻な斜面に取り付き、少し登り始めたのが見えた。
敵の配置、数は情報どおりであり、これなら精鋭の武者たちであれば西の丸に取り付ける、うまくいけば本丸にも侵入できるかもしれないと思った、その時である。
今まで、ほとんど無かった本丸からの攻撃が急に増えたのだ。
「かかったな!今ぞ!魔虫谷にいる織田兵を射殺せ!鏖だ!
そこの隊は西の丸に走れ!そして西の丸へ増援が着たと触れて回れ!本丸と西の丸の両方から攻撃するぞ」
本丸で息を殺して、織田軍が急峻な斜面まで来るのを待っていた鳥屋尾満栄は立ち上がり、大声で指揮を取り始める。
鳥屋尾満栄の声にあわせて、谷を登る織田軍に向けて石が投げ落とされ、岩が蹴落とされる。
狭間からは弓矢だけでなく、温存されていた火縄銃も釣瓶撃ちに撃ち下ろされる。
そして、西の丸にやって来た増援部隊を見て西の丸の兵達の士気は一気に上がる。
「ほおら、これが当家の御所様が餅を焼いた炭よ!よくも我らの主を大腹御所などと罵ったな!焼けた炭に熱した湯だ!とくと食らうがいい!」
鳥屋尾満栄はそう言うと、主家を馬鹿にされた恨みにあわせ、城の備蓄が豊富であることを示すかのように貴重な炭や湯を織田軍の上に振りまく様に兵に指示した。
先頭の武者がそれらを食らって悶え苦しみながら落ちれば、それに巻き込まれてその後を登っていた兵達もずり落ちる。先程まで、順調に攻め上っていた織田の兵が、随所で人が雪崩を打ったように転げ落ちていく。
当然、それまでの勢いは、雲散霧消した。転げ落ち落ち、うめき声をあげる味方の体の上を越えて攻める勇者もいたが、その数は多くなく、狭間からの弓鉄砲て集中的に狙われ、針鼠のようになっては倒れていく。
滝川一益も谷の途中まで進み、士気の落ちた味方を鼓舞しながら指揮を取るが、一度落ちた士気は戻らない。それどころか、その頬を火縄銃の弾がかすめる様な有様であった。
それでも、半刻程攻め続けたが、ただただ、死体の山を築くのみであった。
最後には、自身の近習を率いて攻め上ろうとする滝川一益であったが、流石にそれは池田恒興に諌められ、泣く泣く兵を引くことになった。
精鋭二百人を失い五百人程度が怪我を負う様な大被害であり、滝川一益も手傷を負った。まさに織田軍の惨敗に終わったのだった。
その頃、東の陣では、一日に二、三度やってくる尺限廻番衆に向けて、湯の山温泉の良さを吹聴すら柴田勝家、吉田次兵衛、それと吉田次兵衛に同じ事をするように頼まれた林通安の姿があった。
滝川隊の撤収、敗走の報を受け神戸信包、稲葉良通は搦手門に一当てするように見せて、一気に撤退したのだった。
そして、搦手門から撤退する神戸信包らの様子をみて東の陣に属する諸将も滝川一益の奇襲が失敗したことを感じ取った。
夕刻。柴田勝家、森可成らは再び会談を行なった。
二人の猛将と二人の苦労人の密談で決まったことは、ただ一つ。
主君信長を短期間でも大河内城から遠ざけるため、滝川一益を巻き込んで、軍議の場で一芝居打つというものであった。
魔虫谷、戦いからのあけて、翌日辰の刻。昨晩の滝川一益からの敗戦の報を受け、信長本陣での軍議開催の報せを持って尺限廻番衆が東西南北の陣に走る。
この報せを受けて、各陣より主将、軍監が本陣に向かう。南の陣だけは、神戸信包と滝川一益が本陣に向かう。
そして、滝川一益が阪内川に沿って本陣に向い、東の陣の近くを通ると、柴田勝家が待ち受けていた。
「一益。魔虫谷では大変だったな」
そう言うと床几から立ち上がり、騎乗の人となる柴田勝家。すぐにら森可成も騎馬で東の陣より出てくる。
「これはこれは。柴田殿、森殿。それがしなどと同行とは…。如何致しました」
「何、ちとお主と細々相談しながら殿のもとに向かいたいと思ってな」
「そういうことだ。滝川殿。良いかな?」
「南の陣の主将と筆頭家老殿からのお願いでございますからな。聞かぬわけにはいきますまい」
そう言うと、滝川一益は力なく笑った。
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