490話 南伊勢攻略戦 謀略戦
信長本陣での軍議の翌日、神戸信包と滝川一益を中心として南の陣の諸将は軍議を行なった。
魔虫谷は西の丸と本丸の間、本来なら西の陣からの方が近い位置にあるが、今回は滝川一益が軍議にて信長より直々に指名されているため、南の陣地の部隊が魔虫谷を攻めることになっているからである。
軍議の結果、滝川一益の率いる奇襲部隊が魔虫谷に向かう間、神戸信包や稲葉良通らが搦手から攻撃を仕掛けるように見せかける陽動を行うことが決まった。
そして、奇襲部隊が西の丸を奪取したら、狼煙をあげ、それを合図に西の丸の奇襲部隊と本隊が搦手門を挟撃する方針となった。
南の陣の諸将が軍議を行っている頃、東の陣地でも動きがあった。柴田勝家の陣地に森可成が義父の林通安を伴って訪問したのだ。
「森殿、先刻、軍議でも顔は合わせたのにわざわざのご訪問、何事でござろうか?」
森可成らに着座を促したあと、柴田勝家はそう、切り出した。森可成が義父であり副将格の林通安をともなって訪問することがわかった時点で、それにあわせるように、柴田勝家は吉田次兵衛と柴田勝定を呼び、陣幕内に控えさせている。
「うむ。柴田殿は、軍議での佐久間殿の発言、どう思った」
「どう思う、と言われれば、殿へあの様に意見できるのは、森殿と佐久間殿くらいではあるが…。殿の機嫌を損なうような意見を述べられると、ヒヤヒヤ致しますな。伊勢神宮への戦勝祈願について意見するのであれば、大河内城を包囲する陣を組んでいるときにお勧めするべきであったと存ずるが」
「いや、それはそうなのだが…。佐久間殿の発言の真意は、殿に兵糧攻めの長い在陣から一時とはいえ離れていただくということだと思ったのだが」
森可成は少し困った様な顔をしながら自分の質問の意味を説明した。
「あぁ、そちらでしたか。たしかに、基本的には兵糧攻めの方針なのにもかかわらず、時々思いついたように力攻めをされるのは、なかなかにしんどいですからなぁ。殿のご気性を考えれば、長きにわたる兵糧攻めはあまり向いていないと思いますが…。
今回は殿自らが大軍を率いて大河内城を取り囲んでおりますので、一時的だとしても、陣を離れていただくのは難しいかと思いますが」
「やはり、そうであるよなぁ…。なんぞ、理由でもあれば良いのだが…」
「佐久間殿もそう考えて、伊勢参りを提案したのでしょうが、時期が悪うござりました…。こうなると、殿のご気性から鑑みるに意固地になってしまうかと」
そう言うと、頭を振る柴田勝家。
「そうか…。難しいか…」
「殿、発言よろしいですかな?」
森可成の言葉を受けて、吉田次兵衛が発言の許可を求める。
「おお、次兵衛。良いぞ。なんぞ、良い知恵でもあるか?森殿、ご存じとは思うが当家家宰、吉田次兵衛だ。以後、見知りおきを」
「吉田次兵衛にござりまする。さて、知恵、というほどではありませんが、信長様を動かすのであれば、一つ、使えるかもしれないものがございます」
「吉田殿、それは何だ。教えてくれ」
森可成は吉田次兵衛の発言に食いついた。
「しからば、ご説明を。滝川様の領地にある温泉、湯の山温泉にございまする。殿のお話では、先日、木下秀吉様が足の怪我の話が出た際、滝川様が湯の山温泉の話をしていたとか。木下様が温泉に行かれる前に、一番に信長様にご視察していただくのが宜しいかと」
「次兵衛。確かに湯の山温泉の整備には、一益殿だけでなく我らからの資金や人手もそれなりに使っておる。だが、秀吉の前に披露すると言っても、殿が乗ってくるかどうか…」
「うむ、柴田殿の仰る通り、殿を動かすには弱いと思うが…」
森可成、柴田勝家の両将から否定の言葉をかけられるが、吉田次兵衛の顔色は全く変わらない。
「そうですな。殿や森様から信長様に申し上げても殿は動かないと存じまする。やはり、湯の山温泉を領地に持つ滝川様から信長様をお誘いしていただくのが、良いかと存じまする」
「一益殿は魔虫谷とか言うところから近日中の敵を攻めるのだぞ?信長様を湯の山温泉に誘うよう頼んでも動くことはあるまい」
「ですが、魔虫谷からの攻撃が失敗した後ならば、滝川様も話を聞いてくれましょう」
「なっ。次兵衛。まるで、一益殿が負けると言うようではないか」
「吉田殿。何故に滝川殿が負けると思った。存念を申せ」
「恐れながら。勝家様から先程聞いたところによると、滝川様の手の者が大河内城から排除された様子。
と、なると魔虫谷の守りが薄いという情報は排除される直前に手に入れたものにございましょう。
その様な貴重な情報が手の者が全滅する前に手に入ったことが気になり申す。
聞くところによると、我ら織田家の動きから近々南伊勢に攻め込むことを予想して、鳥屋尾満栄とやらが大河内城に兵糧を集めていたとのこと。
それ程の知恵者がいるのです。むしろ、わざと虚偽の情報を渡された可能性を考えねばなりますまい」
吉田次兵衛は、ただただそれが事実のように、織田家の家老格の二人に向けて淡々と告げる。
「どう思う?柴田殿、義父殿」
「分からぬが…。そう言われれば、怪しいところもある。五分五分といったところか」
柴田勝家は顎をさすりながら、五分五分と判じた。
「柴田殿を前にして恐れながら。それがしも吉田殿と同じくかなり怪しいかと存じます。八分二分で敵の策かと存じます」
「そうか。だが、既に南の陣の諸将は動いているだろう。我らは見守るのみ、だな。柴田殿」
「敵の策でなくば、一益殿が西の丸を落とし、その他の将が搦手門を攻めることになろう。そうなることを信じて、搦手門の攻めを助ける準備だけはしておこうぞ、森殿」
「うむ」
織田家の武を支える二本柱はお互いの顔を見て、頷き合う。柴田勝定も同様ではあったが、柴田家家宰と森家を支える老将はそれにあわせて頭を下げる。
が、頭をあげた二人の表情はやや冷ややかなものであった。
書籍化されたときは、大河内城と周辺の陣の地図、大河内城と北畠御所の位置関係、滝川一益が北畠御所攻めのときや魔虫谷の奇襲の際にどのように動いたかの略図ををつけたいものです。
現在のところ、書籍化される予定は全くありませんが。
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