472話 南伊勢攻略戦 阿坂城の戦い 弐
「その言や良し!この一益、感服し申した。さすがは殿の見込んだ人材。内応を成功させるため、自ら囮となり守将のうちの一人を誘き出す策とは…。
ならば、それがしからも一つ。我々の属する信包様の軍は、阿坂城の支城、麓にある高城を阿坂城を背にして攻めるふりをいたしましょう。
その実、秀吉殿が誘き出した兵を討つ為に本陣の陣幕の内に兵を集め、伏兵の如く致しましょうぞ。
高城は軽く一当てして士気を挫いたところに、目の前で阿坂城の将兵がバタバタと討ち取られるのを見れば、すぐに降りましょうからな。
誘い出しての伏兵策と高城の将兵の心を攻める両面の策。うむ、良さそうだ」
そう言いながら、ポンと膝を打つ滝川一益。
偶然ではあるが、秀吉を囮に島津が得意とした釣り野伏せと同じ事を行うという提案を一益はしてきたのだった。
「であれば、拙僧からも一つ。この阿坂城の登り口の側にある浄眼寺。この寺は阿坂城の麓の拠点となっておりまする。これを速やかに制するのが、重要かと。そして、あえて北畠勢の幟旗を残して置き、味方が健在と思わせまする。さすれば、ここも当方の伏兵を置く拠点となる上、攻め寄せた阿坂城の連中がここに味方がまだ居ると思い込んで油断して近づいたところを攻める事が出来まする」
軍議の場に広げられた地図上の浄眼寺を扇子で指しながらそう追加の策を述べる源浄院主玄。
「さすがは、主玄殿。こちらは誘き出した阿坂城の将兵を驚かせ、慌てふためかせることも含めた二重の策ですな」
そう言うとウンウンと頷く秀吉。
「それでは、拙者からも。大阿坂の阿射加神社の境内も兵を伏せる場所としては宜しいかと」
柘植保重もまた、地元ならではの知識で更に策を積み上げる。
「盤面は整いそうですな。このあとの信包様や佐久間殿を招いての軍議もどうにかなりそうじゃあ。して、やるなら、早い方がいいでしょうな。明日には布陣し、明後日には今話したような方針で阿坂城を攻めましょうぞ、滝川殿。ああ、そうだ。城にいる内応を約した者と今日明日につなぎはとれましょうや?」
策が整ったので早く城を落とし、軍を率いる才においても信長に認められたい秀吉は前がかりになっていた。そして、内応者との調整が必要なことを思い出し、いくぶん不安げに一益に問うてくる。
「どのようにしてとは申せぬが、今晩、明日にはつなぎを取りましょう。それについてはご心配なく」
そう言うとニヤリと笑う滝川一益。
「そうでござるか!それは良かった。まぁ、それがしも調略を行うことがございますれば、その方法について秘しておきたいことがあるのは承知しておりまする。
で、その内応を約した者とつなぎを取るときに、一つ頼みがございまする。
城内の者にそれがしの事を百姓あがりのぽっと出の者、信長様に気に入られているだけの無能者、大将に任じられて舞い上がっている、などという噂をばら撒いていただきたく」
「む?秀吉殿の親父殿は足軽衆、義理の父親は元同朋衆と聞き及んでおるが?」
「それはそのとおりにございまする。まぁ、父は信秀様の頃の足軽衆ですから半農半兵と言ったところでございましたし。まぁ、侍の端くれと言ったところでございます。ならば、いっそ百姓の出という半分嘘の情報を流し、城内にそれがしの事を侮ってもらったほうが、誘き出す策が成りやすいかと。力ではなく、頭を使って心を攻めるのが、秀吉流というところでございましょうか」
そういう言いながら指でトントンとこめかみあたりを叩いて嘲笑う秀吉であった。
「相わかった。その話を城内に広めるよう内応者に話しておこう。では、後刻、正式な軍議の席にて、皆々へ布陣の事、伏兵策の説明の事、お頼み申す」
そう言うと滝川一益達は秀吉の陣を退去したのだった。
そして、半刻後。秀吉の陣には、副将の氏家直元、軍監の佐久間信盛、それと寄騎としてつけられた美濃衆数名、織田信包の率いる軍からは大将の信包と副将の滝川一益、軍監の丹羽長秀、それと寄騎の代表格として稲葉良通の四名が集まった。
これらの面々を前に堂々とそれでいてときに剽げながら軍議を進める秀吉。内応者の事はあえて伏せて、自身を囮にしての伏兵策を説明していく。
「以上が、こたびの阿坂城攻めの方針にございまする。南北朝の頃の戦の如く水の手を止めての渇え攻めも考え申したが、この阿坂城攻めはあくまでも大河内城攻めの前哨戦。奇策を以て早期に城を落とし、本番の大河内城攻めに速やかに向いたいと存じまする。皆々様、如何に?」
その言葉を聞いて、織田信包が一番に答える。
「秀吉殿の策に我は異存なし。そうだな、滝川殿、稲葉殿。軍監の丹羽殿も宜しいな?」
「「はっ」」
「軍監としても異存ござりませぬ」
「それがしも異存なし。安藤殿以下の美濃衆は如何に?」
副将の氏家直元が美濃衆に問いかける。
「「「異存ござりませぬ」」」
「ふむ。水の手を抑えての包囲戦ではなく、誘き出しての力攻めとは驚いたが…。皆々がそれでよければ、まずはそれでよいかと。軍監としてこの佐久間信盛、了解し申した」
一言多いところはいつも通りだな、と皆におもわせる言い方ではあったが佐久間信盛も了解の意を示したのだった。
「では、布陣にござる。囮としてそれがしと我が一党。それに譜代の尾張衆を配したく。わざとやられたふりを装っての退却になり申す。それがしの馬印を高めに掲げ置くので、これが倒れたらやられたふりをして後退してくだされ。
氏家直元殿は浄眼寺を落とし、そのままそこで兵を伏せてくだされ。佐久間信盛殿は阿射加神社にて兵を伏せてくだされ。軍監殿をあまり前に出すわけにも参りませぬからな。
高城攻めには信包様の軍を。阿坂城を背にしたように本陣があると見せかけていただけると助かりまする」
「相わかった。一益もそれで良いな」
「はっ。ではそれがしが偽の本陣を本当の本陣より阿坂城側につくりまする。信包様と稲葉殿は高城攻めをお願い致します。北伊勢の兵の半分をお借りさせていただきたく存じまする。兵が足りない分は一益自慢の鉄砲隊で火力で補いまする」
「では、それがしもそちらへ。鉄砲隊以外の兵の指揮を取りましょう。信包様、宜しゅうございまするか?」
「丹羽殿がそれでよければ、構わぬよ」
こうして信包とその配下の布陣も概ね決定した。
「では、明日は浄眼寺を攻め落とした後に今のような布陣に致したく。明後日の辰の刻にそれがしが阿坂城に偽の総攻撃をかけまするので、そのあとは皆々様、手筈通りに」
「「ハッ」」
自分の出した号令に答える皆々の姿を見て秀吉は満足そうに頷くのであった。
阿坂城の戦いも書籍版になりましたら、布陣図や進軍の様子などの画像をつける予定です。
まぁ、大変残念なことに書籍化の予定は全くございませんが。
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