471話 南伊勢攻略戦 阿坂城攻め 壱
信長より突然に阿坂城攻めの総大将を任された木下秀吉は、全軍での軍議終了後すぐに自陣に戻り軍議を開くこととした。
秀吉は父が足軽、義父が元同朋衆という出自であるため、譜代の臣や麾下と言える存在はいない。そのための、秀吉の陣に控えるのは、第一に弟の小一郎長秀。それと昔馴染みであり朋友から家臣となった蜂須賀小六、前野長康ら川並衆。妻寧々の縁者である一門衆に準じる永原家、浅野家の面々などである。その中に秀吉の母である仲の縁者として福島正信の姿も見える。
「さて、皆の衆。こたびの北畠攻めで一手の大将に抜擢されたのは良いが、早速一仕事と相なった。阿坂城の攻め手大将を相務めよ、と殿は仰せじゃ」
「って、あの山城か?なかなかに堅城と見るが」
そう答えるは蜂須賀小六正勝。
「阿坂城は南北朝のその昔、幕府軍数万の猛攻を半年ほど耐えたとか。小六殿の申す通りなかなか堅固な城かと」
雨で動けぬ間に周辺の地理や城の下調べをしていた弟の小一郎が情報を提示する。
「何ぞ策はあるのか?」
場において最年長の永原家次が秀吉に問う。
「白米城の伝説を聞くに水の手が弱いらしい。水の手を抑えてからの火攻めしかあるまいよ」
「一つだけ水の手を残しておいてそこに馬糞でもぶち込めば、皆々腹を壊すのではないか?」
涼しい顔をして悪辣な策を提示する前野長康。
その軍議の様子を見ながら、縁者だからと請われて着いてきたが、とんでもないところに連れてこられたと福島正信は内心思っていた。
「秀吉様!今、滝川一益様とあとお二方が秀吉様に会いたいとやって来ております」
浅野長政がそう言って陣幕に飛び込んできた。
「なぬ!まだ軍議もまとまっておらぬし、氏家殿、佐久間殿にも話をしていないこんなときにか!ええい、仕方あるまい。軍議の席だとお話した上で、ここにお通しせよ!」
わずかばかり後、陣幕を手で払い滝川一益、源浄院主玄、柘植保重の三名が秀吉達の軍議の席に現れた。
「これはこれは、滝川殿。それと源浄院殿と柘植殿でしたかな。わざわざのお越し、痛み入りまする。ささ、こちらへ」
秀吉は、自身の席の隣に急ぎ準備させた床几に三名を案内する。
「秀吉殿。突然の訪問、相すまぬ。いくつか全体の軍議の前に話しておかねばならぬことがあってな。急ぎ、罷り越した」
「それはそれは。お気遣いありがたく。で、話、とは?」
「本日の軍議、半分は芝居であっての。もともと、阿坂城攻めは殿もお考えであった。殿が小さい城は気にせず、敵の本陣や居城を狙うのを好むお方とはいえ、さすがに阿坂城は喉元の小骨、というわけには行かぬからな。信包様と儂で落としても良いのだが…。それだと手柄が信包様とそれがしに集まり過ぎるとのことで、こたびは秀吉殿に阿坂城を落としていただき軍功をあげてもらうことと相なった。私達以外の将に譲ることになるとは聞いていたが、儂も信包様も誰になるかは聞いておらなかった故、報せることもできなかった。相すまぬ」
そんな話がついていたのか、と言う驚きを隠しそして内心では舌打ちをしながらも秀吉はあくまで謙虚に振る舞う。
「いえいえいえ。確かに驚きましたが、軍功を挙げる機会を回してもらったことはありがたいことにござりますれば。滝川殿にすまぬ等と頭を下げていただくことではござりませぬ。むしろ、他の将に功を譲って良いので?」
「なぁに、構わぬよ。桶狭間のあと、『伊勢の切り取りについては儂に全て任せる』と殿は仰せられた。確かに、美濃攻めや上洛戦で功を挙げられず悔しかったこともある。だが、それらの大戦の後で、殿はそれがしに『伊勢を一益が抑えてくれるからこそ、美濃攻めにも上洛にも注力できる。そなたの功は目に見えぬものだが、儂は深く感謝している』と仰せられた。その殿より任されし伊勢方面の全権委任。その総仕上げこそが北畠攻め。これが成功すれば儂はただそれだけで良いのだ。ただ、それだけで。それに伊勢方面についての委任という重責、これでやっと肩の荷がおりるというものでな」
顔に刻まれた皺を緩めるように笑う一益。それをみて、信長からの無条件の信任を受けている滝川一益に対して秀吉は若干の妬み嫉みを抱くが、無論、顔には出さない。
「それはそれは、大変でございましたな。今のお話からして、『滝川殿が軍功を全て自身のものとはしない』ということでそれがしが抜擢されたということですな」
「そうなるな。ちなみに殿はそなたの目に見える軍功が少ない故それを稼がせるためであると、先程の軍議の後に我々に漏らされた。秀吉殿は殿から期待されておるのであろうよ。ただ…」
「ただ、何でござろうか?」
「十日のうちに落とせねば、自分が出張るとも仰られていた。あの堅固な城相手に、ちと日数が少ない気がした。なので、一つ、入れ知恵をしに参った次第」
「おお、なんぞ知恵を貸してくださるのか!ありがたし!」
「知恵、と言うほどではないが、こたびの戦に向けて阿坂城内に調略を仕掛けてある。今はまだ、名は明かせぬが、良きところで城内に混乱を起こす手はずは整えてある」
「で、あればそれがしが囮となり、大宮父子のいずれかを誘き出しましょう。そうすれば、調略済みの方も動きやすかろうに」
「な!兄上、御大将自ら囮になるなど…。何かあったら如何致しまするか!」
「黙らっしゃい!小一郎!ぽっと出の大将が前線に出るからこそ、囮になるのじゃ!大宮父子は先程の殿の御前での軍議によれば胆力ある父と弓自慢の子と言うこと。城内に二人そろっていては内応する御仁とて動くにうごけまい。だからこそ、儂が囮となりいずれか一名を誘き出すのじゃ!」
その秀吉の言葉に深く頷く一益と源浄院主玄。
既に秀吉と一益、それに源浄院主玄の頭の中では勝利に向けての算段が開始されているのであった。
ちなみに調略されているのは「遠藤源六郎」という人。
大宮父子の子の方の名前は諸説あり、大之丞景連とも吉竹とも、吉行とも伝わりますが、本作では吉行で統一します。
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