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470話 南伊勢攻略戦 進軍

八月二十日に岐阜を発した信長は、同日夕方桑名に達した。

翌、二十一日は桑名城下にて滝川一益の歓待を受け、滝川一益と()()()()桑名を訪れていた源浄院主玄を連れて鷹狩りを行なった。


この二人を連れての鷹狩りが、単なる鷹狩りであるだろうか?彼らの行なった密談が後の伊勢統治についての方針を決定づけたことは、想像に難くないだろう。


翌二十二日、そして、源浄院主玄を道案内として桑名城下から約八里を進み鈴鹿にある白子山観音寺付近まで軍を進め、信長は白子観音寺に宿した。白子山観音寺は、別名を子安観音として知られ、子宝、子育てなどに霊験あらたかな真言宗の名刹である。


翌二十三日には木造城下付近まで約六里を進軍。木造城下の源浄院に宿した。木造具政とその家臣一同も源浄院を訪れ、信長に挨拶を行なった。


翌二十四日、 前日夜半からの雨にて雲出川が増水。やむなく、織田軍は木造城下に駐留した。


二十五日、水が引いた雲出川を織田軍全軍にて渡河。

三渡川と阪内川の中間地点まで進んだ。ここまでくれば大河内城まではあと三里ほど。そして、雲出川を渡河してここまで、北畠家配下の小城は全て無視して進軍してきた。ついにここで信長は四人の先手大将と副将、それと軍監を集め、軍議を開く。


「皆のもの。これまでの道程大義。道案内を務めた源浄院主玄ならびに柘植保重もまた、大義であった。北畠の連中は我らを恐れ、城に籠るばかりで立ち向かう勇気のあるものは一人としておらん様子。このまま、大河内城に攻め寄せ、北畠具教、具房親子に目にもの見せてくれよう」


「「「「ハハッ」」」」


一斉に家臣一同が頭を下げるなか、難しい顔をして頭を下げぬものがただ一人、居た。

誰あろう滝川一益である。


「殿のお言葉、いちいちもっともにござります。なれど、伊勢にて関、長野、神戸、それに北畠と戦ってきました一益より伏してお願い申し上げまする。北畠庶流の家々が収める平地の小城はすこしの兵を残せば良いと存じまするが、唯一(ただひと)つ、阿坂城だけは潰しておいたほうが良いと愚考致しまする。何卒、ご検討の程、お願い申し上げまする」


そう言うと床几をおり、深く頭を下げる滝川一益。

それをみて、床几より立ち上がり、滝川一益を見下ろす信長。右の手に持った扇子を左掌に打ちつけ、舌打ちを鳴らす。群臣が二人の様子を固唾を飲んで見守り、ただ篝火から火の粉が爆ぜる音のみがその場を支配する。


「ふぅ~。一益。本来ならば軍議にて儂の言葉に異を唱えること、万死に値する。が、美濃攻め、六角攻め、上洛後の戦いと軍功をあげる機会があまたあったにもかかわらず、儂の命にて伊勢方面に注力し続けた他ならぬ一益の言葉である。ここは、理由を聞こう」


深い深い息吹を吐き出した後に信長は床几に座り、扇子を滝川一益に向けながらそう言葉を吐いた。

信長の言葉を聞いた群臣の間に陣幕の内側に安堵の空気が流れるのはやむをえないことであろう。


「はっ。然らば、恐れながら。阿坂城を守るのは大宮含忍斎とその子吉行。阿坂城自体も堅固な山城でございますが、含忍斎もなかなかに剛のもの。その子吉行は弓の名手。まず、これだけで厄介でございまするが、含忍斎は機を見るに敏。阿坂城を落とさずに進みますると、彼の者は必ずや後方を脅かし、木造城に攻め込みましょう。彼の者はそれができるだけの胆力のある御仁にございまする」


「孫子の第二計、囲魏救趙の計、か。我らは木造家を救うために南伊勢まで出張っておる。木造家を救うことができねば、伊勢に軍を進めた意味が無い、か」


そう言うと扇子を口元にあてる信長。


「囲魏救趙の計もしくは後詰として働くいずれもできましょう。それと、あの城が阿坂城であることが難儀な点にございまする」


「阿坂城であるから、難儀すると?どういうことだ、一益」


信長は好奇心の人である。滝川一益の巧みな言葉に思わず、軽口のようにして尋ねた。


「阿坂城は応永年間の昔、南北朝合一の明徳の和約が破られた際、北畠満雅が籠ったことで知られまする。その際、幕府より、一色、土岐、京極の軍勢一万を相手に半年もの間、少数の手勢で守り抜いた実績がある堅城。こたび、あの城を落とさずに進めば、我ら数万の軍勢でも阿坂城を落ちぬと言うことになり、北畠家の心の拠り所となるは必定。拠点としては要らぬと殿はお思いとは存じまするが、敵の策を無させぬため、敵の心を打ち砕くため、あの城は落としておくべきにござりまする」


「白米城の伝説、でございまするか…。確かに伊勢の者なら知らぬものはいない伝説でございまするな…」


滝川一益の言葉を受けて源浄院主玄がつぶやく。


「主玄、詳しく」


「阿坂城が幕府軍に囲まれて、しばらく、なおも落ちぬため、幕府軍は阿坂城の水の手を断つ策に出たのでございまする。阿坂城は米や兵糧は豊富にあったものの、水はしばらくしてなくなり、城に干上がり始めた時に、北畠満雅の家臣が進言をしたそうにございまする。米をまるで水のように飲む様を櫓の上で見せたり、米を用いて馬を水で洗うようにして見せたら、どうかと。その様子を見た幕府軍は干え攻めが無駄だと思い、水の手を奪った兵を引き上げてしまったということにございまする。それを以て阿坂城を白米城と言うことがございまする」


「はっ。くだらぬ。その時の幕府軍の指揮官は無能を証明したようなものだ。まぁ、いい。その話は話半分として、一益の言葉、理にかなっておる。然らば、阿坂城を落とす。で、だ。そうだな、秀吉、一軍の大将を任せたのである。それに見合う働きをいたせ。阿坂城攻めの大将を命じる。信包と一益は秀吉を補佐せよ。残りの軍は大河内城を向かう。秀吉、落城の知らせ、必ずや儂のもとに持って来い」


「「「ハハッ」」」


降って湧いた城攻めの大将就任に驚きつつ、平伏する秀吉であった。

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