463話 金創医坊丸 準備奔走中 弐ノ段
今度は、少し長くなりました。困ったものだ。
ども、坊丸です。
現在、婆上様に絹糸、しかも生糸を手に入れる伝手がないか確認中の坊丸です。
が、なんでそんな物が必要なのかというお顔をしている婆上様が目の前にいる訳です。さてさて、難儀なことになりそうだ。
「絹糸の生糸については、傷を縫うため、ということになりまする」
「は?誰ぞの傷を絹糸で縫うというのですか?」
はい、縫いますね。主に閉創と血管結紮に使うつもりですので。が、質問は誰の?というのがメインだとしておきましょう。そう、意図的に質問の一部分だけを取り上げて答えることで、問題をすり替えるテクニックですな。
「誰のと言われれば、佐久間盛次殿の傷を縫うことになりまする。過日、二度ほど盛次殿の脚を虎哉禅師と診てまいりましたが、たぶん、傷の中にゴミや小石が入っているのではないかと言う話に、なりました。
そして、虎哉禅師は御仏に仕える身故、傷を開いたりする金創医の真似事はさすがにできぬとのお言葉をいただきました。で、盛次殿より虎哉禅師のご指導のもとにてそれがしが金創医の如き技を行う段取りとなった次第にござりまする」
はい、一部に嘘が含まれておりますが、大筋では本当のことなので、ここは一つ無問題とさせていただきます。
「それに、婆上様の発案ではなかったのですか?それがしに盛次殿の脚を診せるというお話は?」
「私もそのように聞いております」
お、お妙さんからナイスアシスト!
「そうは、申しましたが…。盛次殿の脚からゴミや小石を取り出すということですか?」
「それを行えば、盛次殿の脚はもう少し動くようになるそうにございます。そして、傷から膿が出たり、熱を発することも減らせるかと虎哉禅師は仰っておられました」
「なにも坊丸にやらせたり、虎哉様に迷惑をかけずとも良いとは思いますが…」
「それは、我々も申し上げました。京などの有名な金創医をお呼びになられては如何かと。しかし、その当てがなく、いつになるかも分からぬならば、まずは我らに任せるとの仰っしゃりようにございました」
「婿殿は、全く…。普段はあれほど優しげなのに、こうと決めたら動かぬ、そういうところは、やはり名家佐久間の血なのでしょうね。
話は変わりますが、当家には世継ぎがありませぬ故、いずれ、外孫の誰かを養子にと思っておりまする。その時、やはり頼りになるは盛次殿の家。かの家から次男三男の誰かを養子に、と思っておりました。ゆえに、婿殿にはもう少し元気にいて欲しいと思っていたのですが、このようなことになるとは…」
そうか、久六か伊助が親父殿の後を継いで柴田を名乗るのか。でも、親父殿が後妻も迎えず、未だに世継ぎを定めないのには、何か意図が有る気もしてるんですがね、自分は。
信行パパの謀反を止められなかったこととか、その時、死ぬ気で墨染めの衣で信長伯父さんの下に向かったこととか、そういうことが絡んでいる氣もするんですよ…。
なんとなく、柴田家の世継ぎ問題は信長伯父さんに全て預けて、その意見に全面的に従うつもりなんではなかろうか、と自分は感じているんです。
そういう不器用なカタチであの謀反の責任をとろうとしたり、織田家への不変の忠義を示そうとしている、そんな感じがするんですがね。
まぁ、今、婆上様に向かって言うことではないような気がするので、柴田家の跡継ぎ問題はサラッとスルーさせてもらいますよ。
「ご心配とは、存じまするが、虎哉禅師が後ろにてご指導いただきますれば、それを信じていただきたく。それがしは虎哉禅師の手を血で汚さぬ為の代理として誠心誠意あい努める所存。
親父殿からも、出来ることは全て行って、盛次殿を今一度、織田家の柱石として働けるようして欲しいと頼まれました。
親父殿には、今までこの坊丸と弟達を庇い、守り、育ててくれご恩がございますれば、此度の親父殿の頼み、この坊丸、一身を賭しても応えたく、そう、思っておりまする」
そう決意を込めて婆上様の顔をしっかりと見ながら言うと、斜め後ろからすすり泣く声が。
お妙さん、なんか感動して泣いているご様子。
その様子を見て、何度も頷く婆上様。
「そうですか…。権六がそのようなことを…。ならば、私がそれの邪魔立てするようなことはできませんね。婿殿の傷を縫うのに絹糸が必要なのですね。宜しい。懇意にしている呉服屋、反物屋に一筆認めましょう。で、如何ほど必要なのです?」
あ、なんか説得完了したみたいです。
で、糸の長さ、ですね。
盛次殿の創部は三寸から四寸。皮膚縫合、異物のせいで壊死した部分の切除と残った筋肉の縫合、それと止血のための結紮。一本を三十センチから四十センチとしてとりあえず縫合五十回、結紮五十回の百回は糸結びするとして、四十メートル。安全率を見込んで倍は欲しいから、八十メートルくらいは欲しい感じ。
尺貫法だと一間が百八十センチくらいだから…。四十間くらいかな?
「四十間ほどあれば、十分かと」
「ふむ、ならば、一綛あれば十分ですね。余った分、血に汚れなかった分は私が使います。繕い物には絹糸では豪華すぎますが、わざと絹糸を見せるように裾などを縁取って縫うて見せるのも、一興でしょうから」
そう言うと小袖を口元に持っていきクスクスと笑う婆上様。
はぁ、絹糸が余ったら、そんなふうに利用するんですね。余らせられるように工夫します。
「それでは、絹糸一綛が届きましたら、坊丸に知らせましょう。そこから四十間ほどを下げ渡しますから、何か巻き取る物を用意なさい」
「はっ、は!ありがとうござります。で、絹糸が一綛となりますと、如何ほどのお値段になるのでしょうか?この坊丸の禄で払えましょうや?」
「坊丸様。大奥様は、必要な分を下げ渡すと仰られておりました」
代金を器にする自分の質問に答えたのは、婆上様ではなく、お妙さんでした。静かな調子で自分の誤りを指摘してくれます。
あ、そうですか、下げ渡してもらえるんですね。
って、下げ渡すって…。自分が買ったことにして、一部を無料でくれるってことっすか!え、ええっ!
「婆上様。本当に、宜しいので?」
たぶん、あまりに驚いて、呆けたような表情になって聞き返している自覚は有ります。有りますが、確認しておかないと気が済まない自分もいたりするのです。
「私も柴田家の奥を預かる身。私に二言はございませぬよ。それに、私の言葉を聞いて、権六がそなたに頼んだのでしょう。ならば、この婆も身を切らねばなりますまい。絹糸一綛の代金、私が持ちまする。熊野権現に誓って、二言はありません」
ば、婆上様ぁぁ。漢前すぎるや、ないですかぁ!
ちょっと泪出そう。いや、既に出ている。目尻から流れ落ちる感覚があったもの。
「あ、ありがとうございまする。このご恩はいずれ必ず!」
「坊丸。いずれ、ではなく婿殿を癒やすことで返してください。宜しいですね」
「誓って、必ず!」
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