454話 バテレンが来た! 什六話
ども、坊丸です。
茶筅丸様に饗応膳を運んでもらって弐回目の無茶振りへの対応終了〜♪と思っていたら、何故かこちらに信長伯父さんが足音を立てて近づいてくる有り様。何でこうなった?
ずんずん大きくなる足音、襖のこちら側に居る我々を想定して近づいて来ているのか?
何かお怒りモードに入るようなミスをしたのか?と色々考えて、ジワッと冷や汗が。
と、突然止まる信長伯父さんの足音。茶筅丸様の少し手前あたりにいると思われます。
が、信長伯父さんから出た言葉は意外なものでした。
「茶筅。今持っている膳をそのまま、ロレンソ殿の前に。こちらは儂が運ぶ」
「はっ、はい。わかりました。父上」
どうやら、信長伯父さん自らが饗応膳をルイス・フロイスさんの下まで運ぶようです。
そのために、わざわざ茶筅丸様の側まで歩いてきたご様子。しかし、濃尾二国の主がバテレンに膳を運ぶとは、ほんと、やることなすことビックリですよね。
ま、それにしても良かった、本当に良かった。茶筅丸様や我々が失敗したのではなかったので、一安心。
今度こそ弐度目のご下命、何事もなく終わったといって良いのではなかろうか。ていうか、そうあってくれ。
ホッとしながら、佐脇さん達をチラ見すると、明らかに胸を撫で下ろしております。
「では、戻ろうか、各々方」
佐脇さんが落ち着いた感じで我々年下の三人に声をかけてくれます。くれますが、あなたもだいぶ焦ってましたからね、さっき。なにはともあれ、お叱りを受けたわけではないので、お互い安堵の顔してその場を立ち去ります。
ちなみに、去り際、信長伯父さんが、ルイス・フロイスさんに汁椀の飲み方について指導してる様な声とそれをポルトガル語に翻訳するロレンソさんの声が聞こえましたよ。ええっと、ルイス・フロイスさんて、柴田家での饗応膳でダブルスープのすまし汁飲んでたはずだよね、確か。まぁ、いいけど。
やれやれ、これで一安心と思って小姓衆控えの間で座っていたら、またまた信長伯父さんがなんか言い出したのが聞こえました。ええっと、なになに。
「そうだ。お二人に衣を準備したのであった。奇妙、持って参れ」
「はっ。承りました、父上」
おおっと!第参弾のご下命きましたよ!今度は、我らが奇妙丸様に。
さて、お仕事だと思いつつ、森虎丸くんの方を見ると虎丸くんもこちらを見ていたので、アイコンタクト&ノッドマイヘッド。で、ハンドサインで、自分は佐脇さん達の方に行くと意思表示。それを受けて、自分は奇妙丸様の方に行くとハンドサインが返ってきました。いいね、この阿吽の呼吸で以心伝心な感じ。
「佐脇殿。既に聞こえたとは思いまするが、次のご下命があり申した。奇妙丸様に準備してある衣を運ぶよう、信長様が申しつけたよし」
「うむ。衣は準備してある。こちらの絹の衣と亜麻布の衣がルイス・フロイス殿、そして、この奈良晒の衣がロレンソ殿用である。坊丸、絹の衣と亜麻布のそれを持っていけ。堀久、手伝え。奈良晒を運ぶように。あと、橋介!すまん、客人の下膳の手配を頼む」
なんか、堀久太郎くんと蒲生忠三郎くんがやたらと使われておりますが。佐脇さんからすれば、この二人が安心して仕事を任せられる後輩ってことなんでしょうか?それとも…、こき使っているだけ?知らんけど。
「はっ」
「佐脇、下膳の手配だな。承った」
長谷川橋介さんが、近くにいた小姓を一人連れて饗応の間に向かうのにあわせて、すっと、動く堀久太郎くん。流れるような所作で奈良晒を携えております。
「では、津田殿。向かいましょう。お先にどうぞ」
今は奇妙丸様へのご下命なので、自分を立ててくれてるのか、そう言うと自分の後ろをついてくるように動く久太郎くん。その気遣いに痺れます。
あ、奇妙丸様と虎丸くんが饗応の間から少し離れた廊下に座しています。それと、長谷川さん達による下膳も完了したご様子。
「奇妙丸様。信長様付きの小姓衆の皆様が準備してくださっていた衣をお持ち致しました」
「奇妙丸様、佐脇にございます。こちらの絹の衣と亜麻布の衣がルイス・フロイス殿に贈られるものでございまする。で、こちらの奈良晒の衣がロレンソ殿に贈られるものでございまする」
「うむ、わかった。が、参着を重ねて運ぶわけにもいくまい。絹を自分が運ぶ。虎丸、亜麻の衣を。坊丸、奈良晒の衣を運ぶように。では、ついて参れ」
「「はっ」」
おいおいおい、信長伯父付きの古参小姓衆、佐脇さんですら饗応の間に入っていないのに、虎丸くんと自分はこの流れで入る羽目になるのかよ…。なんて日だ…。
とか、思ってはいけませんよね。『なんて名誉なことなんだ!誇らしい!頑張るぞ!』って思うことにしないと。
そうだ、そう思おう!そう、自分に思い込ませよう!
瞑目、そして意図的誤認開始!……。誤認完了!次、覚悟開始!……。覚悟完了!そして、刮目!
坊丸、スタンバイできました。坊丸、何時でも行けます。
「どうした、坊丸?急に目を瞑ったりして」
そんなことをしていたら、佐脇さんから心配そうに声をかけられました。
「あ、いえ、少し緊張したので、気を落ち着かせておりました」
「なら、よいが。奇妙丸様の後ろを歩き、ロレンソ殿の前に衣を置いて戻って来るだけじゃ。そう、気張るな」
その言葉に一つ頷くと、行って来いと背中をポンと叩かれました。佐脇なりの激励、ありがとうございます。
「では、虎丸、坊丸。参ろうか」
脇では蒲生忠三郎くんが襖を開ける態勢に入りました。先頭に奇妙丸様、奇妙丸様の後ろ左手は虎丸くん。逆に自分。スタンバイ、OKです。
こちらも態勢が整ったのを確認した蒲生忠三郎くんが小さく、いってらっしゃいませ、と声をかけてくれます。で、襖オープン。
「父上。バテレンの方々への衣、お持ち致しました」
奇妙丸様の後ろについて饗応の間に入る自分。
そして、三人揃っての一礼。タイミングバッチリ。これが我々の絆です!たぶん。
それはそうと、ロレンソさんとルイス・フロイスさんからの視線が。なんでお前ここに居るんや?って感じの視線のレーザービームですよ。が、ここはガン無視一択とさせていただきます。
で、そのままロレンソさんの前に進み出て、奈良晒の衣をロレンソさんの前に置きます。ロレンソさんの視力が弱いのは知ってますからね。そっとロレンソさんに声をかけて、左手を取り、衣の端を触らせて位置をわかるようにしてあげました。うん、我ながら細かい気遣いのある良い仕事だ。
そして、奇妙丸様は元の位置に着座。自分と虎丸くんはさっさと饗応の間から脱出です。
襖に向かって下がる時には既に信長伯父さんがルイス・フロイスさん達に今ここで着てみるように言ってました。何事も気が早いなぁ。
で、襖の前で一礼。その時、そっとルイス・フロイスさんの方を見ると、非常に真面目な顔をして絹の衣服を身にまとっておりました。
信長伯父さんは、『都の高僧たちに勝るとも劣らない姿だ』と手放しで褒め、奇妙丸様と茶筅丸様の方に向かって『儂がこのようにするのはバテレンの信望や名声を高めるためである』といったことを語りかけておりました。
退室際に見たルイス・フロイスさんは、その話の内容をロレンソさんから通訳してもらったようで、神妙な面持ちで何度も頷いておりました。
いやぁ、ルイス・フロイスさん、キリスト教京都地区布教責任者として良い顔をしておられました。ちょっと前に柴田の屋敷でプリンを涙を流しながらバクバク食べてた人とは思えない有り様でしたよ!ハッハッハ。
虎丸くんと坊丸くんは、長く苦楽を共にした同僚と書いて「友」と呼ぶような関係になり始めています。
ま、初期四人のうち二人が脳筋の理助こと佐久間盛政と芸事は得意だがそれ以外の能力は平均点やや下という牛助こと佐久間信栄なので、どうしてもお互いを頼るしかないという有り様。
奈良晒は麻衣のうち奈良で作られた上質な物の名称。
アイコンタクトに振ったルビ「目と目で通じ合う」は、工藤静香さんの「MUGO、ん…色っぽい」の歌詞の一部抜粋。
覚悟完了は、山口貴由先生の「カクゴのススメ」の主人公葉隠覚悟の決め台詞。
刮目!は蒼天航路の対張糸粛戦で見せた于禁の名台詞「黙祷!」の後に「刮目!」から。
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