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419話 義昭様への饗応膳

ども、坊丸です。


なんだかんだとありまして、 またまた饗応膳にかり出されるはめになりました。しかも今度は足利義昭様相手ですよ。やれやれだせ。


「坊丸殿。すまんが、牛酪(バター)を手に入れてもらえんだろうか?」


「と、申しますと?織田家の包丁方、台所の取引先なら手に入るのではないので?それがしの牛乳についての御免状は伯父上がだしているのですから、伯父上の名にて命じれば同じように手に入るのではありませぬか?」


「と、思い、それがしも方方に掛け合ったのだがな。まず、乳が出る雌牛がなかなかにおらんと言うのだ。これではどうにもならん」


「お二方。今回の饗応膳に牛の乳を使うというのか!公方様になられるお方にそのような不浄なものを口にさせるわけにはいかんぞ!」


「先の目録を見ながら、このように明智殿がおっしゃるのこともあるので、それがしも諦めようかと思い始めたところでござる。しかし、坊丸殿なら何か知恵があるやも、と思いお呼びした次第」


うん、厄介事に巻き込まれたのをよく理解しました。


「さてさて、将軍家奉公衆の明智殿も、ものを知らないとお見受け致す。これでは、将軍家奉公衆も程度が知れるというもの」


自分が作った料理をけなされたので、怒りの感情がございますので、あえて光秀さんを煽ってみました。テヘ。


「な!小僧!なにをたわけたことをぬかす!」


懐の扇子を床にバチンと叩きつけて、やや広めの額に血管を浮かび上がらせながら圧を醸し出しす光秀さん。

そして、その様子を冷ややかに見つめる井上さんと自分。


え?お怒りモードの光秀さんの圧に、何故なにも感じないのかって?嫌だなぁ、感じましたよ。そよ風程度には。

ほら、自分も井上さんも激お怒りモードや本気で圧かけるモードの信長伯父さんに接してますからね。その状態の伯父上の圧は楠木を薙ぎ倒すダウンバーストか、風速四十メートルの台風かってなもんですからね。それに比べりゃ明智さんの醸し出す圧なんぞは微風(そよかぜ)ってなもんです。うんうん。


しょうがないので、物の道理と言うやつを明智くんに教えてあげますか。まぁ、屁理屈とも言いますが。

涅槃経にでてくる五味相生の譬えに酪や醍醐が出てくることや乳粥を口にした事で苦行放棄し、その後大悟に至ったブッダの話なんかをいつもの様に光秀さんにも語ってみました。

もう、何度もこの話をしているので、講談みたいに面白おかしく話せますよ、自分。ほんと、何度目だって話。


そして、今の仏法がブッダの教えからかけ離れているならばそれは伝統を守るという心を忘れた改悪であり、先ほど井上殿が包丁方として各流派の教えを踏まえながら自らの創意工夫を以て新たなる料理を模索し追加していくこととは違うと結ぶわけです。


「坊丸殿の言、全て得心がいった訳では無いが、一理あることは分かり申した。井上殿。そなたの示した目録にケチをつけるような真似をしたこと、あいすまぬ」


「いえ、それがしのより良きもの、より美味きものにて饗応したい気持ちをご理解いただければ、それで結構でございまする」


「明智殿、それがしも言い過ぎたところがございました。井上殿が斯様におっしゃられておりますので、より良き料理、饗応のために明智殿にもご理解いただきたく」


三人して頭を下げ合いなんだか和解できた雰囲気です。良かった良かった。


「で、坊丸殿。鮑の焼き物に使う牛酪は手に入るだろうか?」


あ、そこに戻るんですね。了解しました。


「はっ。最近、定期的に牛酪や牛乳を手に入れる伝手ができましたので、大丈夫かと。以前の時よりも牛酪の量がございますので、鮑の焼き物を作るとき、焼き油に牛酪を使うのはどうでしょうか?さすれば、鮑の肝と牛酪の餡に更に馴染むかと」


「しかし、それでは少しクドくなり過ぎませぬか?」


フッフッフ。そう言われると思って先ほどの井上さんと光秀さんとのやりとりのを聞いている間に台所をチェックして考えておりましたよ、自分。


「では、肝と牛酪の餡掛けともう一つ、枝豆を潰して裏漉ししたものとキュウリをすりおろしたものを混ぜて餡にするのはいかがでしょうか?豆乳か卵白でとろみを出せば良き餡になるかと」


「ふむ。枝豆も胡瓜も今どきが旬でございますからなぁ。瓜の中では下品とさる胡瓜の苦味もそれなら味わいの一部となりますかな」


え?キュウリって苦かったっけ?確かに戦国時代に来てから自分の知ってるキュウリよりなんだか味が微妙に違うなぁ…、あんまり食卓に登らないなぁ…と思ってたけど、キュウリってそういう評価なんだ。知らんかった。


そして、タコのカルパッチョも、旬のタコを刺身や焼き物としていただくのが良いという光秀さんの強めのご意見に従い、生、しゃぶしゃぶ風にさっと湯通ししたもの、薄造りで焼いたものの三種盛りに。

醤油がないので、夏らしさを演出するために、伝統的な酢味噌とポン酢代わりの柚子の絞り汁入り垂れ味噌という二種で。なんと一品(ひとしな)で六種の味わいが楽しめる逸品に。


石鯛の天麩羅も出すというお話なわけですが、これは塩でいただくことになりそうです。藻塩や抹茶塩も美味しいだけどね…。

って、目の前に抹茶を手に入れてくれそうな京都方面の伝手がある人いるじゃん!


「ときに、明智殿。明智殿や将軍家奉公衆で茶道に造詣の深い方はおられませぬか?」


「細川殿は、風流人にて茶の湯の造詣も深いと伺っておりますが。いきなり、どう致しましたかな?」


「抹茶を手に入れて欲しいのでございまする。料理にて使いたく」


「茶事を催すわけではないのですな?では、如何ほど必要ですかな?細川殿に話しておきましょう」


よし、抹茶塩の手配もできそうだね。

今回のお料理は、夏場に出張先の会食にていただいた「鮑のバターソテー肝バターソース、枝豆と卵白のムースを添えて」と別店舗でいただいた「キュウリのスリ流し」を参考にしました。

ちなみに、胡瓜は昭和になり品種改良されるまではそれなりに苦味のある瓜らしい味わいだったそうです。

貝原益軒の書物には「胡瓜は瓜の中では下品に当たる。味善からず、小毒あり」という文言があります。

なので、坊丸くんのイメージする現代品種はキュウリ、井上左膳さんがイメージする伝統品種は胡瓜と表記をわけております。


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