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397話 水団扇と稲葉一鉄

ども、坊丸です。


稲葉山城改名&岐阜の名前決定の舞台裏に立ち会ったわけですが、歴史の修正力が働いたのか、岐府から岐阜に変更の提案をしたら、意外とすんなり通りました。これで、とりあえずミッションコンプリートです。歴史の修正力さん、今回一つお手伝いしたので、何かのおりにお目溢しをお願いします。主には、しばら〜く先に起こるであろう本能寺の変方面で。


それはさておき、沢彦禅師の持っているその団扇、それなんですか?


「ん?坊丸はこれが気になるのか?これはな、水団扇というものらしいぞ。稲葉良通殿が稲葉山城攻めの戦勝祝として信長殿に十ほど献上したらしい。稲葉山城と井の口の改名についての依頼を受けたが、その報酬の前払いとして一つせしめてきた」


そう言うと、カッカッカッと高笑いする沢彦禅師。


「しかし、沢彦禅師。先ほど、水につけておりましたが、団扇を水につけるといたむのでは?」


「それがのぉ。この水団扇とやらはいたまんのだよ、坊丸。むしろ、ほれ、水をつけた後に扇ぐと何やら普通の団扇よりも涼しさが増すであろう」


そういうと、一度、水団扇とやらを水につけてからこちらに向けて扇いでくれる沢彦禅師。

うん、たしかに涼しげです。なんで団扇を水につけて大丈夫かはまだ不明なんですが…。これはアレですな。飛んでくる水飛沫とそれが蒸発する気化熱で涼しいんですな。


「はい。何やら夏の夕暮れ、打ち水をした後に一陣の風が吹き抜けたかのような涼やかさでございますね」


「お。坊丸がその様な風流な表現をするとは…。虎哉、この後、酷い夕立や落雷があるやもしれんぞ」


ん?沢彦禅師ぃ。その扱いはちと酷すぎませんかね。同じ気化熱を利用して涼しさを演出する打ち水を引き合いにだしたんですよ、自分。完璧な表現でしょうが!

くっ!戦国時代の人に向けて、気化熱の説明とか面倒だからしないけどさぁ。


「さて、その水団扇についてですが。稲葉良通殿が送られた通り、その品は我が故郷、美濃の特産でこざいます。

もともと、美濃は美濃紙で有名な土地。さらに揖斐川沿いの竹林もありますれば、団扇の骨になる竹も多く取れまする。紙と竹が揃えば、団扇や提灯を作るのは必定。

雁皮を使った質の良い団扇にさらに松脂や蜜蝋、油桐の油をゆるゆると染み込ませたのが、その水団扇にございます。

水の如き透明感と水につけて水滴を飛ばす事で涼を得られる事から二つの意味を重ねて、水団扇と申すものにございます」


と、まるで実演販売の方々並みに立て板に水で水団扇と美濃の産業の説明をしてくれる虎哉禅師。博覧強記な上に故郷の特産物に対する愛情が重なって、なにやら凄い圧ですな。


はぁ〜、水団扇って、団扇に松脂や蜜蝋なんかの油を染み込ませた品なんですね。高白色な雁皮紙をベースにした超高品質油紙製の団扇というわけですか。

だからこその透明感。そして、その透明感を水に見立てての夏らしい金魚なんかの絵付けなんですね。理解しました。


「しかし、美濃三人衆のうち稲葉良通殿は戦勝祝に夏らしい逸品を贈ってくるとは…。少し気をつけねばならんか。虎哉、なんぞ稲葉良通殿のことを知らんか」


「稲葉殿と申せば、あの武張った雰囲気に武辺一辺倒に思われがちでございますが、もとは稲葉家の末子にて美濃の崇福寺に預けられていた方でございます。なので、それなりに教養や文才なども磨かれて居りますかと。なにせ、その頃の崇福寺住持は快川禅師ですから」


「ということは、家族の不幸がなくば還俗すること無く僧侶となったやもしれんのか。もしそうなっていたら我らと同じく臨済宗妙心寺派、悟渓下八哲につらなる法燈を嗣ぐ者になっていたかもしれんのだな」


「はい。拙僧は岐秀禅師に学びながら、短い間ですが快川禅師にもあわせて教えを受けておりますれば、稲葉良通殿は兄弟子、従兄弟弟子のようなお方ともいえるかと存じまする。それに、稲葉殿は不住庵梅雪殿から斎藤道三殿とともに茶の湯の指南も受けているはず。僧形となり仏教の教えを学び、知識、教養についても快川禅師に仕込まれていれば、そちらも一流かと」


「ふっ。稲葉殿を語るふりをして快川禅師を褒めているように聞こえるぞ、宗乙。まぁ、善いがの。

 西美濃三人衆は、最大版図を持ち筆頭の氏家直元殿、武辺者の稲葉良通殿、知恵者にて野心家の安藤守就殿という印象であったが…。

稲葉殿は意図的に武辺一辺倒の武人を演じているかもしれんの。氏家殿は実直なお方と聞くし、稲葉殿は武辺と思っておったので、安藤殿だけを警戒する様に信長殿には話したが…。稲葉殿の過去を聞くに今少し、対応を見直すように殿に話しておくがよさそうじゃのぉ」


そう言うと、顎を撫でさすりながら半眼で虚空を見つめる沢彦禅師。気の良い禅僧モードから信長伯父さんのブレーンとしての顔に瞬時に変わる様子を見ると、沢彦禅師も十分に黒衣宰相と呼ばれてもおかしくない人物だと実感できます。


「坊丸、次に信長殿に会いに行った時に近くに居ても、此度三人で改名の相談したことは内緒じゃぞ。儂の手柄が減るでのぉ。あぁ、それとこの水団扇をせしめた時に、近江浅井の使者が先に来ておったらしいぞ。織田との盟約を結び、婚儀も願い出たらしいぞ。美濃を取る前に盟約の話が来ていれば、もそっと使いようもあったのに、浅井の奴ら、遅くて使えんと信長殿がこぼしておった」


また、気の良い禅師モードにモードチェンジした沢彦禅師。浅井との同盟の話を、ついでの茶飲み話のネタかなんかの様に扱いますね。良いのか、それで?

それとも何かな?内緒にする見返りのご褒美情報かな?

これはアレですね。織田と浅井の同盟締結からの、お市様、浅井長政とご成婚の流れが始まった感じですね。


あれなんだよなぁ〜。浅井は朝倉攻めの後から裏切るんだよなぁ〜。でも、それまでは足利義昭−織田信長の政権の良き協力者なんだよなぁ〜。

って、元服前の幼児、童子じゃ、織田浅井同盟の成立には関与できねぇじゃん!ということは、成立後に干渉できるか努力する方針しかないのか…。正直、面倒だなぁ。口をつぐんで、元服するまでは流れに身を任せちゃおうかなぁ〜。


「では、沢彦禅師。改名の案もまとまりましたので、失礼いたします。どれ、坊丸もお(いとま)の挨拶をしなさい」


お、虎哉禅師からナイスパスきました。この流れに乗ろうっと。


「沢彦禅師。本日は様々なことをご教授ありがとうございました。師父、虎哉禅師とともに失礼いたします」


「ん。虎哉、坊丸。協力、ありがたし。助かったぞ」


そう言うと、カラカラと笑う沢彦禅師。絶対この人のなかなかにイイ性格しているところも信長伯父さんの人格形成に影響してるんだろうなぁ。


二人で沢彦禅師の方丈から虎哉禅師の私室に向うわけですが…。

ちと、気になっていたことがあるので、あるきながら確認を。


「虎哉禅師。一つ質問がございます」


「ん?何であるかな?」


「岐山、岐陽、岐府、岐陵、そして岐阜。いずれも岐の字が入っております。周の文王、武王の王業の始まりの地に由来すると先程申されておりましたが…。岐の字を選んだのは、虎哉禅師の師匠、岐秀禅師と関係はしておらぬのですか?」


「フッ。なんのことだ、坊丸。過日、沢彦禅師から改名案の相談をされた後、何か良い知恵は無いかと様々な書状、書籍を読んだのだ。

たまたま、その中に岐秀禅師から拙僧宛の手紙なんぞも含まれてはいたがな。

そして、岐秀禅師との昔話を沢彦禅師に少しした。それと周の文王が出てくる古典についていくつか質問を沢彦禅師にした。それだけだ」


そう言うと、片側の口角が少し上がる虎哉禅師。


って、虎哉禅師、自分の師匠の名前から『岐』の字を使うように、サブリミナルっぽく沢彦禅師に仕向けたな!これは!

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宜しくお願いします。



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