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396話 そして岐阜になる 弐の段

ども、坊丸です。

岐阜県の名前の由来、『織田信長が稲葉山城を落とした後に街や城を再興して、その街と城を天下取りの足がかりにするという意味を込めて、沢彦禅師から提案されたものの中から岐阜を選んで名付けた』ってエピソードのちょっと前の段階にいるらしい、坊丸です。


で、『岐阜』がねえんですよ、沢彦禅師達が考えてる候補の中に。

え?何かあったの?オレ、また何かやらかしましたっけ?

いやいや、沢彦禅師に対して改名候補を上げてくれって信長伯父さんの依頼が来てるんだからね、流れは間違ってないはずなんですよ。


沢彦禅師も虎哉禅師も大変に教養があり、名のしれた高僧ですしね。岐阜以外に出した候補にもきっと深遠な意味があるに違いないはずです。きっと、たぶん。

うん、つまりは、自分は何もやらかしていない!よし!


あ、もしかしたら、沢彦禅師だけで考えていたら岐阜がすぐ出てくるのに、この時間線だと虎哉禅師がそばにいるから、虎哉禅師の知識ですこぉしばかり本来の時間線と違う方に引っ張られているのかも。


ん?そうすると、巡り巡って自分のせいか?虎哉禅師が今ここに居るのは、自分の師匠として呼ばれたわけだし…。

どうする?どこかで時間線の修正力が効いてくれると良いんだけど…。いつもは何かと邪魔な時間線の修正力が急に恋しくなる不思議な瞬間ですよ、全く。


「こちらが、その改名候補なのですか。禅師方」


「うむ。『美府』『濃府』が虎哉の案。『岐山』『岐陽』『岐府』『岐陵』が儂の案じゃな」


そう言うと、沢彦禅師が団扇を水の入った盆につけて団扇を湿らせてから仰ぎだしました。何あれ?

団扇って水につけたら紙の部分がヘニョヘニョになって壊れるんじゃないの?気になる。気にはなるけど、まずは『岐阜が無い問題』の方に向き合わないと…。


「虎哉禅師の案は、美濃の府中となる故、でございましょうか?」


「うむ。駿河の府中が駿府。それに倣って甲斐の躑躅ヶ崎館を中心とした街を確か、武田家の先代、信虎公が甲府と呼び始めたとのことだ。であれば、美濃の府中は、『美府』か『濃府』であろうよ」


「と、虎哉は申している。だが、『美府』では美作とかぶる。『濃府』は良いとおもうのだが…」


「ですが、伯父上が今川の本拠地の駿府や武田の本拠地と同じ様な名付けに満足いたしますでしょうか…」


「そうよなぁ。吉法師の名であった頃から、あ奴は変にへそ曲がりで、変な所にこだわるところがあるからのぉ…。

と、いうのを踏まえて、吉法師の考えのクセを読んだうえで考えたのが、『岐山』『岐陽』『岐府』『岐陵』であるな」


「沢彦禅師。禅師の案にはいずれも『岐』の文字が入っておりますが、何故でござりまするか?」


ほんとは、中国の地名からとったらしいって知ってるけど、ね。知らないふりしておくのが、お・と・な。


「坊丸よ。『岐山』と聞いて分からぬか?」


「確か、中国の古典を学ばさせられた時に見たような…」


「学ばさせられた、ではないわ!せっかく学んだのだから、しっかりと覚えておれ。『岐山』と言えば、周の文王の創業の地。周の文王と言えば、徳を持って地を治め、長じて子らと共に殷の紂王を倒し天下安寧に導いた名君。これにあやかって『岐山』であるな」


「『岐山』はわかりました。『岐陽』『岐府』『岐陵』は何故ですか?禅師?」


「うむ。信長殿が儂に似たところがあれば『岐山』では素直すぎで好まれぬと思うのであるよ。で、『岐』の字を残し、その下に中国の都市の名前で良く使われる『陽』や『陵』、それに沢彦禅師の案にあやかって『府』を加えた。

『陽』は、易経や陰陽学において、山の南、もしくは川の北の地を意味する。転じて、人の集まるところ、賑やかな所、中心都市も意味する。井の口は、稲葉山の南西で木曽川の北。そして、新しい街が発展するのを祈念する事も考えれば、ちょうど良いと考えた。

『府』は、沢彦禅師の案にあるとおり、府中からだな。中心都市とするのであれば、美濃の府中となるからな。

『陵』は小高い丘、盛り上がった土地を意味する。木曽川の尾張側から見るとちょうど稲葉山や瑞龍寺山あたりが小高い山になっているからな」


「そういう意味だったのでございますね…。しかし、『陵』は、陵墓、御陵(みささぎ)に通じます故、少し不吉な感じも致します」


「坊丸もそう思うか。拙僧もそれを指摘しましたよね、沢彦様。やはり『岐陵』は外しておくが良いかと存じます」


「では、『濃府』『岐山』『岐陽』『岐府』の四つにするか…」


「あのぉ。宜しいでしょうか」

おずおずと、手を上げ、上目遣いで二人を伺ってみます。


「どうした、坊丸。何か別の案があるか?」

「なんぞ案があるなら申してみよ」


って、二人で同時に言われると少しプレッシャーなんですけど…。


「いえ、大した違いではないのですが…。えっと、筆をお借りして…」


『阜』の文字を近くにあった紙の余白に書いてみてっと。


「確か、中国の古典を学んだ時に、街の名前で『阜』と言う文字が入ったものがあったと思いまして…。音も『阜』と『府』で同じかと思いますれば…」


本当はコウAの三□志シリーズで見たんだけどね。『阜』って文字は岐阜とそのシリーズでしか見たことないし。


「『阜』と言えば、曲阜ですかな?」

「そうよなぁ、虎哉。たぶん、曲阜だと思うぞ」


ん?曲阜?あのゲームにでてきたのは、そんな地名だったっけ…?


「曲阜と言えば、孔子の故郷ですな」

「曲阜は神農、黄帝の都であるな」


うん、二人の言ってることが違いすぎてどう答えれば正解かわかりかねます。


「えっと、曲阜については、どちらが正しいのでしょうか?」 


「拙僧が言う孔子の故郷も、沢彦禅師のおっしゃった三皇五帝のうち神農黄帝が定めた都というのも、両方正しいな。論語や礼記、史記、孔子家語などででてくるぞ。坊丸はそのいずれかで曲阜の名を見たのではないのか?」


ハッハッハ。本当のことはいえないので、とりあえず話をあわせておくが吉、でしょうね。


「いずれで見たかは覚えておりません。が、論語、礼記、史記の三つは柴田家家宰の吉田次兵衛殿より学んでおります。博覧強記な師父殿達とは違いろくに覚えてはおりませぬが」


「まぁ、全てを覚えろとは言わん。知り、学び、その上で忘れるのも、また大悟するには必要であるからな」

「などと申しておるが、虎哉は二度読めばまず間違いなく頭の中に覚え入れる秀英ぞ。騙されるなよ、坊丸」


うん、沢彦禅師が言う通りなのはなんとなく知ってます。じゃなかったら、永田徳本先生の知識をまるっと持っているわけないもんね…。まぁ、おかげで加藤さんが元気になったんですけどねぇ〜。


「まぁ、それはさておき、『岐府』を『岐阜』に置き換えるか…。うむ、良いのではないか。『阜』は小高い丘、栄えるなどの意味を持つしのぉ。『岐陽』とほぼ同じ意味になるのが良いのぉ」


「で、あれば、拙僧の『濃府』は取り下げまする。『岐山』『岐陽』『岐阜』の三つを信長様にお示しになられてはいかがですかな、沢彦様」


「ふぅむ。となると『岐山』が当て馬で『岐陽』『岐阜』のいずれかを選ばせる、ということになると読むか、虎哉」


「然り。信長様の性格では『岐山』は選びますまい」


よしよしよし!史実通りに持っていくことができたぞ!歴史の修正力の代行を自分が行うのはなんか癪に障るけど、今回は致し方ない。うん、仕方ない。

あ、そうだ、さっきのあれ、確認しとこう!


「改名についてまとまったようで、何よりにございまする。ところで…。沢彦禅師の持っている団扇は、なんでございまするか?さっきは水につけていたような…」

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