393話 稲葉山城攻め 終いの段
今回は、最終回になるかもしれないと思ったので、はっちゃけて「ちょいグロ」です。グロ耐性が無い方は、最初の破線まで読み飛ばしていただいてもOKです。
竹中重治は、左足を庇いながら歩き続ける。
常ならばヒョイと歩ける数間の距離が、本当に怪我をした後は、何倍もの時間がかかる。そして、一歩ごとに痛みが襲ってくるのだ。
斎藤龍興達と離れるための小さな嘘、それが嘘から出た真となるとはさすがの竹中重治でも思ってはいなかった。
寺の塀が切れたところを進むと、右手から百姓と思われる風体の年寄りから声をかけられた。
「お侍さん、怪我しているのかい。大丈夫かい」
竹中重治は、落武者狩りを疑い、年寄りの様子を詳しく観察するが少し変わった形の鍬を右手に持つだけで、刀や槍、鎌は身につけて居ない様子であった。深く息を吐いた後、少しだけ緊張を解き、老農夫の問いに答える半兵衛。
「ああ、流れ矢に当って足を痛めた。自分は西美濃は曽根を治める安藤守就様の家中のものでな。足を痛めて休んでいるうちに仲間とはぐれてしまった。ご老人、ここはどのあたりかのぉ。それと、安藤様の陣はわからんかのぉ?」
最初は硬い口調から入り、後半はやや柔らかい口調に変えて自分が相手を信頼している、緊張を解いた、信頼したという雰囲気を演じる重治。
「ああ、このあたりは井の口は下竹の辺りでございますじゃ。安藤様の陣は…。分かりませぬ。お力になれず申し訳ありませぬ…。ところで、本当に安藤様のご家中で?」
そんな竹中重治の細かい演技を以てしても、老農夫から帰ってきたのは疑いの声であった。
ここで疑われれば、この老人をかわしたとて、落ち武者狩りにあうのは必定。ここは虚勢を張ったとしても老人を言いくるめるくらいではならぬと心に決めて、今度はあえて少し大きな声をあげた。
「なぁにを疑われる!それがしは安藤様の配下ぞ!安藤様の親族、竹中家より安藤様のもとに派遣された者じゃ!」
全てが嘘であれば、すぐにボロが出るが、一つの真実を交えて話すことで、全てが真実のように見せかける、さすがの話術。そして、わずかに怒気を交えたようにしながら声を張るが、老人の目から疑いの色は消えたない。
「そうですか…」
そう呟くと、老人の左手がヒラリと振り上げられる。
何事とその手を見ると、その瞬間、左脇腹に強い衝撃があり、息を吐くことすらも辛い程の痛みが襲ってきた。痛みのある脇腹に手を持っていくと竹槍がそこに刺さり、青竹にそって自分の血が流れていくのが見えた。
そして、必死に竹槍を突き出すのは齢十五、六の若い百姓である。
十字路近くであり、その若者は遠くからこちらにゆっくり歩いていた様に見えたが、老人と問答をしているすきにいつの間にやら近くにまで来ていたようであった。
「くっ!貴様!」
声を必死に絞り出し、若い農夫の方に向き直ると杖代わりにしていた刀を引き抜いて竹槍を切り落とした。
が、その瞬間、老人がおもむろに三叉鍬を横薙ぎに振り回して来た。気配を感じて身をひねる重治だったが、三叉鍬のうち端の鍬先一本が腰骨、右腸骨稜に突き刺さり、そして腸骨稜に付着する筋群や周囲組織を挫滅粉砕しながら吹き飛ばす。
左太腿の矢傷、左脇腹の刺創、そして右腰の粉砕骨折と削ぎ落ちる血肉。もはや、竹中重治は立っていることはできなかった。
そして、ハアハアと荒い呼吸をしながら横たわる竹中重治を見下ろす。二人の農夫。
「お侍さん、嘘はいけねえな。あんたが背負っている旗指し物、安藤様のところの上り藤を模してはいるが、泥に汚れてるし、所々かすれているんだよ。どう見ても、稲葉山城から逃げてきた落ち武者だろ、あんた」
「くっ」
それに反論しようにも、既に骨盤内、腹腔内に流れ出た血の量は多く、意識は混濁していく。いかな竹中重治とて、出血性ショックのもとでは、十全に知恵も口も回るわけがない。
「お侍さん、済まないな。我らも織田の兵士共に色々焼かれちまってな。あんたの具足や刀だけでもいただいて金にしたいんだわ」
老農夫は竹中重治の側にしゃがみこみ、そう言うと、竹中重治の手から刀を奪った。
「おぅ、あと何回か槍で突いておけや。何なら三叉鍬を貸してやる。こいつの顔に振り下ろしとけ。もし本当に安藤様の家中でも顔を潰しちまえば、わかるめぇて。この三叉鍬なら、硬いシャレコウベも砕けるかもしれんしよぉ」
そして、本当に振り下ろされる三叉鍬。下竹の地に無残に半兵衛の脳漿が、血が、灰色の脳細胞が、撒き散らされた。
本来の時間線では今孔明、両兵衛と呼ばれる存在になるはずだった天才軍師 竹中重治の命は、流れ矢と三叉鍬によって稲葉山城下の井の口は下竹の地に墜ちたのだった。
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わずかばかり、時は戻り八月十五日朝、木下秀吉の陣。
「藤吉郎!昨日の晩、日野のあたりから長良川の川並衆が数艘、川を下っていった。夜なんで、不慣れな川には漕ぎ出さなかったがな」
「馬鹿たれ!それは敵が落ち延びていく船かも知れんではないか!何故、報せん!」
「お、お前も近くにおったはずだぞ!織田家に従っとらん川並衆の話をしたろうが!」
「くっ!あの時か!これは大変なことだぞ!小六!先程、日野からと言ったな。そこから稲葉山城には行けそうか?」
「鼻高山を越えりゃあ、そりゃあ、行けんことも無いが…」
「よし、小一郎!長康!殿の陣に走ってくれ!稲葉山城への搦め手を見つけた、とな。秀吉は搦め手を調べに行く、場合によってはそのまま攻める、と伝えておいてくれ!さて、小六!宗吉!急いで日野に向かうぞ!」
違うと信じたいが、本当に斎藤龍興の一党が日野から川を使って逃げたのであればら見逃した自分の失策となる。が、船の動きを見て、金華山頂上の大櫓までの搦め手を見つけたと言えば、これは手柄になる。失策を違う情報で上書きしてしまえば、失策には見えないだろうという秀吉らしい算盤勘定が働いたのだった。
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そして、同刻、金華山頂上。
壱の門を護る井戸頼重と丸毛光兼は、門防衛の指揮官たる日根野兄弟の姿が見えないことに気がついた。
「丸毛殿。日根野殿たちが見えないが」
「昨夕、大櫓に呼ばれたのを最後に見ておらんな。もしや!」
二人の脳裏には、日根野兄弟が逃げた場合と既に大櫓で自決している場合の二つの結末が浮かんだ。
「行くか」
「大櫓を確認せねば」
供回り数名と大櫓に早足で向かう二人。
「失礼仕る」
大櫓の戸を打ち破る井戸頼重と丸毛光兼の一党。
大櫓の内部はガランとして、人気はない。ただ、無人なのを察して入ってきた鳥が数羽、窓辺に止まっているのみだった。
「おらん。ここには誰もおらんぞ」
その声を聞いて、窓辺の鳥達が鳴き声を一声上げた後、北に向けて飛び去った。
「くっ。真のようだ。奴ら、儂らをおいて逃げおった!」
「丸毛殿、どうする?」
「どうするも、クソもあるまい!龍興の奴がおらんのに、こんなところで命を張れるか!降るしかあるまいよ!井戸殿」
「そうよな。よし、織田に降ろうぞ!幸い、寄せ手には利治様がおられる。矢文にて降伏する旨をお伝えしようぞ」
そして一刻後。
織田信長は、金華山の頂上、大櫓近くの一の門までゆっくりと登ってきた。
大櫓の側には、斎藤利治、西美濃三人衆、それに柴田勝家と丹羽長秀が居る。そして、斎藤利治の後ろには井戸頼重、丸毛兼光の姿も見える。
大櫓の近くまで信長が来た時、鼻高山のある東側に人の動く気配がした。一気に高まる緊張感のもと、丹羽長秀の率いる数名と金森長近ら黒母衣衆、小姓衆は信長を守るべく周りに集まる。柴田勝家の一党と前田利家ら赤母衣衆は人の気配の方に槍を向けた。
剣呑な雰囲気のなか、赤母衣衆の前に飛び出してきたのは、木下秀吉だった。
「お、お待ちくだされ!秀吉にございます!搦め手から大急ぎで攻め上ってまいりました!これはこれは、皆様!既に稲葉山城は落ちてござったか!秀吉、遅参致しました!」
そう言うと、大仰に悔しがり、その後、信長に向けて平伏してみせる秀吉であった。
「猿!遅いぞ!搦め手を攻めるなら、もそっと早よう致せ。まぁ、良い、大櫓に登ってみる故、他のものとともについて参れ」
その言葉で、首の皮一枚繋がった事を確信した秀吉は、再度、大袈裟に平伏してみせるのだった。
永禄十年八月十五日。
斎藤龍興の一党が前日、夕闇に紛れて落ち延びたことによって、予想よりも少ない被害にて信長は稲葉山城を落とし、濃尾二カ国の主となった。
その影で、竹中重治は、名も知らぬ落ち武者狩りの百姓達によって下竹の地にて落命した。享年二十四歳。この世界線において、彼の辞世の言葉は、無い。
〈未完〉
長らくのご愛顧ありがとうございました。
井戸頼重さんと丸毛兼光さんはここで使う為に名前を出しておきました。
しばらく前から、落鳳坡の逸話や流れ矢で死んだ方々の名前を出していたのはここに繋げる伏線でした。
ちなみに岐阜市に下竹の地名は実際にありますので、興味のある方は確認してみてください。
そして、農業改革編で優れた鉄の農具を農民に広く渡したくないという領主目線のエピソードを繰り返した伏線をここでやっと使えました。
『信長公は英知大才の方ではございまするが、性温順にはあらず、偏りある方なれば用心召されたく候』と言った内容の事を竹中重治は最期に秀吉に伝えたと言い伝えられます。
7割方書いてあった今回の話すらも、モチベーションが無くなった状態では書き上げるのになかなかに辛いものがありました。
レビューにて様々なご意見、ありがとうございました。いずれも参考にさせていただきます。
しかしながら、前回、記させていただいた通り、しばらくお休みさせていただきます。またモチベーションが戻ることがありましたら、再開するやもしれません。
車田正美先生が「男坂」の少年週刊ジャンプ最終回にて『未完』として、遥かな時を経て真の完結に至った様に、再開する場合に備えて、完結とはいたしません。
それでは皆様がより良い「なろう小説」生活、読書ライフを送ることを祈りながら、一時、終いとさせていただきます。




