381話 平和とは戦争と戦争の間の準備期間にほかならない
今回は現状の説明回。
永禄九年八月 河野島での決定的な敗戦から一年弱。
三好長逸の書いた絵図に乗った斎藤龍興と長井道利、六角家は足利義栄を将軍とする幕府成立とそこでの高位高官という空約束を現実にすべく義栄の将軍宣下にむけて朝廷に働きかけを続けていた。
そして信長は広域での外交戦の重要性を痛感していた。
三河松平との同盟は徳川家嫡男の竹千代と織田家の五徳姫の婚姻の実現を以てより強固な婚姻同盟となった。
甲斐武田とは東美濃遠山、臨済宗妙心寺派の高僧達を介して諏訪四郎勝頼と信長の姪にして養女龍勝院の婚姻同盟を永禄九年冬に結んでいる。
そして、共に足利義秋の要請に応えて立ち、六角、斎藤の裏切り後、彼らを共通の敵としている北近江の浅井とも同盟に向けて交渉を開始していた。
更に西美濃三人衆に対しては、斎藤龍興の裏切り、河野島の戦いでの敗戦の為に上洛に協力を要請し宿泊の準備をさせたにもかかわらず迷惑をかけたとして、丹羽長秀と木下秀吉の両名に命じてその保証をするとして、交渉の名のもと度々訪問させ、斎藤家と西美濃三人衆、特に最大の勢力を保ちながら人格者と知られる氏家直元に的を絞り離間の計を仕掛けていた。
氏家直元は、実直の人であった。桑原の姓を斎藤義龍が一色姓となり、箔をつけるため一色家臣の名を名乗るよう求められれば、これに応えた。西美濃の有力国人として土岐を支え、斎藤道三、義龍が国を獲っても、自分の領土と領民の為になるならばこれも支えた。
だが、斎藤龍興の代となり、彼の心は一色斎藤から離れつつあった。
三代目で身上を潰すとは良く言ったものである。
斎藤道三とその父松波庄五郎が小守護代と言われた長井家や守護の土岐氏のもとで成り上がるための努力を肌で感じていた斎藤義龍は、美濃での権力掌握と地位確立の為に努力を惜しまなかった。
だがしかし、それらを知らず、斎藤義龍より薫陶を受ける時間も短かった斎藤龍興は、典型的なドラ息子とまではいかなかったが、氏家直元から見れば、受け継いだものの重さや価値を充分理解しているようには見えなかった。
そういう思いが、心の底に澱のようにたまりつつあったところに、足利義秋の目指す幕府再興に応えようとする心ある隣国の若き領主は、幕府再興に応えることができず悔しいという清冽な心情を吐露し、上洛戦では迷惑をかけたといって賠償を行おうとする赤心を示す。
そして何より、彼は書状でとはいえ西美濃三人衆最大勢力である彼に敬意を示しているのだった。
そんな彼のもとにふらりと訪れる木下秀吉は屈託のない笑顔で、自分の主君たる信長に関連するエピソードを語る。そして、木下秀吉との面会の際にすすむ酒と酔。その原因たる酒精が信長への合力をささやくのだった。
そして、素面のときに自分のもとに届く丹羽長秀の誠意が感じられる書状。旧主斎藤道三の娘たる帰蝶とその弟で加治田城主となった斎藤利治を美濃斎藤の正統後継者とし、信長がそれを助けるという名目が記されていた。それは、彼の中にある合理性と斎藤道三へ懐旧の情を揺さぶるのだった。
ところかわって、稲葉山城城内。
長井道利に与えられた部屋にて竹中重治は思案していた。
美濃の主、斎藤龍興とその大叔父長井道利は、三好長逸の策に乗り足利義栄陣営にうつる選択をした。
守護職たる土岐氏と斎藤妙椿の頃には美濃全域がその支配下にあったが、天文二十年頃には東美濃の遠山党は信濃伊那郡を制した甲斐武田の圧に負け斎藤家から距離を取り武田と斎藤の両属になっていた。
そして、織田信長による永禄四年から墨俣城近辺すなわち西美濃への侵略、その後木曽川近辺から中美濃方面への侵略を受けていた。
これらの結果、美濃の国主たる斎藤家の実際の支配領域は西美濃の大部分と中美濃の半分弱になっていたのだ。
そして、西美濃は西美濃三人衆が大きな領地を所有していた。
つまり、斎藤家の影響下にあるのは更に少ない領域になってしまっているのだった。
この様な状況になっているにもかかわらず、斎藤龍興は美濃の国主として強気に振る舞うのを変えず、長井道利は自分が構築した遠山党や甲斐武田との連携にこだわりがあり関城の奪回にその活動の力点がおかれていた。
彼らの様子を側で見続けている竹中重治として、現状を見ていない様に感じていた。
そんななか、織田信長と氏家直元の間に頻回のやり取りが確認されたのだ。
「長井様、氏家殿からはなんと?」
「昨年夏の信長が上洛しようとした際の宿泊に関連する氏家めの持ち出し分の補償に関連するやり取りだそうだ」
「本当でしょうか?」
「氏家のもとに送られた信長からの書状も提出されておる。当家が方針と陣営を変えたせいで出た損失なのだから、信長からの補償や遣り取りをやめるように言うのであれば、その分の金を寄こせと言うてきておる」
「それは…。その様な金を払うのは龍興様は許しますまい」
「あぁ。儂もそう想う」
「氏家殿の意向を探りますか。竹中家は西美濃の出。何かと探れるかと」
「半兵衛。そなた自身が動くことは許さん。稲葉と安藤に氏家の動向を見張る様に話しておく」
「御意。差し出がましいことを申しました」
そう言って頭を下げる竹中重治。
長井道利は西美濃三人衆をお互いに見張らせると言ったが、三人まとめてこちらをたばかる可能性の高さを思い、内心では深く深く嘆息した。
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