380話 五徳姫様の輿入れ 帰宅、そして姫様の出立
ども、坊丸です。
無事、婚礼調度の納品を完了し、帰宅してまいりました。奇妙丸様の小姓業務で登城するのには慣れているんですが、やはり奥御殿にお呼ばれは少し勝手が違うわけで。なんていうか、気疲れします。
え?そんな様子、微塵もなかったって?いやいやいや、奥御殿だよ?奇妙丸様や五徳姫様達の相手だけならどうとでもなりますけど、帰蝶様からの強めの視線とか、マジ、プレッシャー。
なんというプレッシャーだ!って心のなかで叫んでますよ、毎回!
ま、それはさておき、帰宅後に柴田の親父殿に「納品、無事に行ってまいりました!」のご報告しないとね。今回はアイデア自分、交渉文荷斎、資本柴田勝家のユニットだからね。出資者への報告、大事。親父殿は、自室の書院ね。
「失礼いたします。津田坊丸、ただいま戻りました」
刀の手入れをしていたらしい親父殿は、少し待てと言うと丁寧に刀とお手入れの品々をお片付け。その刀はなんでも幽霊だか石灯籠だかを切った名刀だと言っておられました。
「坊丸。戻ったか。婚礼調度の献上、恙無く済んだか?なんぞ、問題でもおこさなかったか?」
問題を起こす前提で質問されると少し凹むんですが…。そんなに毎度毎度問題起こしてるかなぁ、自分?
「はっ。中村殿のご助力にて万事恙無く献上してまいりました。特に問題は無かったかと存じますが…。そうそう、こちら書状を賜ってまいりました」
「書状?感謝状か何かか?どなたからだ?」
「お市の方様からでございます。帰蝶様、吉乃様達から感謝の言葉はいただきました。お市の方様からの文は感謝状ではないかと…」
感謝状でなくて、『私の分も源平挟み碁欲しいから作ってちょうだい』っていうおねだりの手紙だもんね。
「お市の方様から…。とりあえず、みせよ」
訝しげな顔の親父殿に書状をパス。文荷斎さんが源平挟み碁を製作できる方々と交渉を担当したから、後は親父殿と文荷斎の間でやり取りして欲しいですな。自分はノータッチでの製作を強く希望。
「ふむふむ」
最初は眉間に皺を寄せていた親父殿ですが、すぐに柔和…、と言うか少しだらしないお顔に。そして頷くと、立ち上がって大声を上げやがりました。
「坊丸!お市の方様の為に源平挟み碁を作るぞ!柴田の名にかけて銘品を作るぞ!坊丸、文荷斎!金は惜しまん!『あれは良いものだ!』と万人が言うような品を作るぞ!」
なんだろう。お市の方様から頼まれたのが、めちゃくちゃ嬉しかったんだね。でも、もう少し声量を落としてくれませんかね~。鼓膜破ける。
「親父殿、落ち着いてくだされ!まず、文荷斎殿は先ほど、屋敷の前で挨拶したあと、帰宅なされました。さすがに今からは、ご無体かと。末森に戻る前に声をかけるのが宜しいかと存じまする。
先ほど『柴田の名にかけて』とはおっしゃいましたが、さすがに五徳姫様の婚礼調度を上回るような品を贈るのはいささかまずいかとおもいますが…。
明日、文荷斎殿も交えて話しましょう」
「おお、お市の方様からご依頼とあって少し取り乱した。そ、そうだな。五徳姫様の品よりも良いものを作るのはまずいな」
良かった。鬼柴田がお市の方様の可憐さとおねだり上手な文章にわけわからん方向に暴走するところやった。
って、お市の方様から書状をいそいそと文箱にしまう親父殿。って、そこは信長伯父さんから賜った感状が入ってる一番重要な文書をしまってる文箱じゃないですか!お市の方様からのおねだりの書状が感状と同じくらい大切な書状ってことですか、親父殿。
そんなことがあった翌日。文荷斎さんが呼び出されておりました。
自分と吉田次兵衛さんも呼ばれましたが…。幸いなことに、お市様用の源平挟み碁の作成に自分はほぼノータッチの立場を勝ち取りました!良かった、よかった。
そして、五月末。陰陽道や暦学で婚礼や旅立ちに一番吉日を選んで、五徳姫様のご出立となっております。
表御殿での出立に関する儀式一式を今回は奇妙丸様の小姓としてではなく、連枝衆の席次にて参加することになり、すこし違和感を感じている坊丸です。信長伯父さんの兄弟、信包叔父さんたちの並びで、長益叔父さん、長利叔父さんと来て自分。この席次が今の連枝衆のなかでの自分の立ち位置なんでしょうね。まぁ、年齢順的なところもあるかもしれませんが。
そして、儀式的なことが一式終わり、表御殿の玄関にて最後のお見送り。
公式の場には出てなかった生母の吉乃殿やお市の方様も最後の見送りには参加です。本来なら、自分の立ち位置は連枝衆の席次のままのはずですこし後ろ目のはずなんですが、吉乃殿やお桂殿に促され、なぜか奇妙丸様、茶筅丸様、勘八丸様の隣に移動。いいのか、こんな前で見送って。
「五徳。息災にな。信盛、一益。岡崎までの道中、五徳を頼む」
そんなことをおもっていましたが、娘が嫁に出る最後の場面でも信長伯父さんの言葉はいつもながら、端的で短いものです。
そして、お桂殿に誘導されて結構前に出てきた自分を勘八丸様が『お前、なんでここにいるんだ』的な目で見てきますが、自分の意志でここに来たわけでは無いので、サクッとスルー。
いつもと違い柔らかな口調で五徳姫様に言葉をかける帰蝶様。袖で目元を押させ、声を詰まらせながら幸せになるのですよと声をかける吉乃殿。
「皆々様、私の見送り、感謝の言葉もございません。五徳は織田の一の姫として織田と徳川の架け橋となる所存でございます。父上、母上がた。奇妙兄様、茶筅、勘八。そして、坊丸兄様。行ってまいります」
最後の最後、家族に声をかけ、そして、わざわざ自分の方を見て、自分の名前を呼んでくれた五徳姫様。いつにもまして凛としたたたずまいに言葉もありません。
自分の未来の知識では夫になる松平信康殿とは不幸にして死に別れることになるはずだけれども、願わくは、史実よりもすこしでも幸せな結婚生活を。
そう、オセ○のような白黒の無彩色ではなく、源平挟み碁の紅白の石の如く彩のある結婚生活を。
さらば、自分を慕ってくれたMy Fair Little Lady.
柴田勝家の愛刀は「にっかり青江」ということで。にっかり青江は、柴田勝家、勝敏を経て賤ヶ岳の戦いの後、丹羽長秀が所持。豊臣秀吉に献上され、秀頼から京極家に贈られたとされております。
備中青江派の名品で、作者は青江貞次と言われます。大脇差に分類され、にっかり笑う女の幽霊を切ったと言う伝承からこの名があります。
「なんというプレッシャーだ!」はzなやつから。
「あれは良いものだ!」はマクベスに良く似た名前の人が壺を評して言ってた言葉から。
五徳姫の輿入れは永禄十年五月二十七日が正しいようですが、本作品では五月末ごろに小牧山城出立し六月吉日に岡崎城にて華燭の典を行ったこととしております。数日の差異ですのでご容赦を。
どうでもいいことですが、小説家になろうの歴史短編部門で「にっかり青江」という作品を彩戸ゆめ 先生がアップしております。
全く関係がありませんが、「にっかり青江」つながりで是非!すごくいい短編ですよ!
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