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372話 五徳姫様の輿入れ 婚礼調度 壱の段

ども、坊丸です。


新年の儀の数日後、いつものように奇妙丸様の小姓として小牧山城にて勤務しておりました。

すると、お桂殿から声がかかりました。


「坊丸殿。吉乃様がお呼びです。奇妙丸様。坊丸をお借りいたしますね」


五徳姫様の輿入れの話が会った後に、吉乃殿から呼び出しですか…。

あまり良い予感はしませんね。

良くて、婚礼調度の遊戯具を作るように依頼が来るってところでしょうか。

悪いほうだと、新年の儀の時、五徳姫様の手を握ったことに対するお叱り。

はぁ、どっちにしても面倒くさいことになりそうです。そんなことを考えていると、奥御殿の吉乃殿のお部屋の前にご案内されました。


「津田坊丸です。お呼びとのことで罷り越しました」


お部屋の中に入るとやはり五徳姫様もいらっしゃりましたよ。そして何故かお市の方様も。


これは、依頼かお叱りかいずれかは確定ですね~。

まぁ、五徳姫様がニコニコしてますから、お叱りの線は薄いでしょうか。


「坊丸殿。呼びだてしてすいませぬ。新年の儀にて五徳のこと、お聞き及びと思います」


「はっ。伯父上より群臣にその様に告知があり、それがしも五徳姫様の後方にて聞いておりました。お輿入れの儀、真におめでとうございまする」


こういうのは、大袈裟に頭を下げるくらいでちょうどいいってもんですよね。なので、ゆっくりと深く平伏しておきます。


「坊丸。祝いの言葉、ありがとうござります。さて、それについてですが、お犬の方様がお輿入れの際のこと覚えておりまするか?」


ええっと、何かありましたっけ?坊丸歌留多を婚礼調度として納品したり、五徳姫様が自分と結婚したいって言いだして大変困惑したり、一門連枝扱いで見送ったりしましたが。

はて?どれだ?やはり婚礼調度関連ですかね。


「歌留多のことでございましょうか?」


「おお、覚えておったのですね。さすがは坊丸。五徳の嫁入りの際にも、記念となる様な逸品となる歌留多を贈っていただけるという件、宜しくお願いいたします」


あ、そういえば、そんな約束しましたね。忘れてましたが。

せっかく覚えてた体で話が進んでいるので、きちんと覚えてました!って感じで話をあわせておきましょう。


「はっ。さすがに勝手に作り始めるわけにもいかず、お声掛かりを待っておりました。坊丸とその一党の総力をあげて姫様の婚礼調度に似合いの逸品を仕上げてご覧にいれます」


そう言って、もう一度大きく平伏。さっきと同様、芝居がかったくらいでちょうどですよね。


坊丸歌留多は、発注があった場合に職人さん達(文荷斎さん、加藤さん、福島さん)が少数受注生産で仕上げる逸品です。

まだ、世界に数個しか存在しておりません。

あ、天正カルタの元になった南蛮渡来の品は堺や津島の豪商は手に入れてらっしゃるようですが。


城主になったら坊丸歌留多の廉価版、簡易版を作って売りさばくんだ。

領内の家庭内手工業を活性化させる事ができて、自分と領内にお金が入る。

夢が広がりますなぁ。うへへへ。平伏しているのに頬が緩んでくる。


「宜しく頼みましたよ、坊丸。それと、五徳よりもう一つ頼みがあるとのこと。五徳、私より話しますか?」


「いえ、母様(かかさま)。わたくしよりお話いたします。坊丸兄様。一つは、歌留多に箱書きをお願い致します。坊丸兄様より私に、と。それと…。できたのなら、もう一つ何か新しき遊具をいただければ…」


はいぃぃ!一つ目のお願いは簡単だけど、二つ目はかなりの難題なんですけど!

って、一つって言っていたのにお願い二つあるし!


「はっ。箱書きは必ずや行います。新しき遊具は…。これもまた、何か考え、仕上げてみせまする。五徳様の願いならば、婚礼調度に似つかわしき品、ご期待下さい」


そう言って、思わず胸を叩いてしまいましたよ。


あ〜あ、言っちゃった。どうする、俺。まだ、何もおもいついてないんだけどなぁ。また、加藤さんや文荷斎さんに迷惑かけちゃうなぁ。やれやれ、だぜ。


「良かったですね、五徳」

「坊丸ならば何か良い品を考えてくれるでしょうからね」


「はい、母様、お市姉様」

そう言うと、満面の笑みになる五徳姫様。うん、可愛い。まだまだ幼いとはいえ、織田らしい細面に愛嬌のある目元、美少女の雰囲気がすでに完成されつつある五徳姫様。こんな美少女と結婚できる徳川家の嫡男、竹千代君は幸せもんだぞ、こんちくしょう。

ま、最期は仲違いして切腹になるんですがね。


「しかし、まさか姪の方が先に婚儀が決まるとは思いませんでした。お犬姉様の次は自分とばかり思っておりましたが…」


首を少しかしげて、はぁ、と溜息をつくお市の方様。そういう憂う顔もお綺麗ですよ。


「お市様、五徳の婚約は数年前から決まっていたこと。まさか、この様な幼子の身で輿入れになるとは…。お市様も必ずや殿が良きお相手を見つけていただけるでしょうから、そんなに焦ることは無くってよ」


「吉乃義姉(ねえ)様、そうは言っても(よわい)が二十を越してくると行き遅れ言われてもおかしくありませぬ。織田の姫であるからに家と家の繋がり、政略結婚になるのはわかっておりまするが、焦るな、と言われてもどうしても…」


扇子で顔を覆う様な仕草と深い嘆息。

史実通りの浅井家との同盟、それによる遠交近攻策を信長伯父さんに提案したから、多分今年、来年には浅井長政と婚儀を迎えるはずだけど…。

さすがに自信満々には言えないからな。匂わせるくらいにしておくか。


「お市の方様ほどのお綺麗な方なら伯父上が同盟と婚儀を持ちかければ、すぐにでもまとまることでしょう。伯父上は、足利義秋様を奉じての上洛を目指しておられるご様子。近江や京近くの有力者との同盟を結ぶことが必要になりましょう。お市の方様の婚儀の話がでることも遠くはないかと」


そう言っての深い平伏。ちょっとした時間線の変更はあるみたいだから史実の通り進むかは分からんので、ボンヤリと伝えるだけにしときましょ。うん、そしてお市の方様の顔は直視しない。


「坊丸にまで慰められるとは…。しかし、近江や京の方ですか、坊丸は本当に面白いことを考えまするな」


そう言って少し笑い声が出ましたので、ご機嫌回復したでしょうか。

しかし、背中からお桂殿の視線が突き刺さっている感じなのは気のせいだろうか…。気のせいってことにしておこうっと。

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