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367話 裏切りの連鎖、そして怨嗟

八月二十九日未の刻の前半(午後一時〜二時)には蟹江城に詰める滝川一益のもとに河野島付近での戦の顛末が伝わっていた。


そう、上洛に向けて矢島御所に向かう主君の動きを報せてくるようにして甲賀衆を手配してあったのだ。

上洛前に和田惟政から甲賀衆を通じて、「信長殿の率いる軍の動きや道程を知りたいので、信長殿の軍に甲賀衆を潜り込ませてほしい」という依頼が滝川一益のもとにきたのだった。

一益は、当初利敵行為になる可能性や露見した時の自分の立場を考え、依頼を断ることも考えた。

しかし、主君信長は真剣に足利義秋の上洛、将軍宣下を望んでいる様子であったため、利敵行為にはあたらないだろうと考えた一益は、『上洛後の主君の動きを報せること』『矢島御所までの主君の様子を自分にも報せること』の二つを条件に甲賀衆を信長本隊に数名滑り込ませたのだった。


「木曽川を渡ったところで、斎藤家の軍勢が突如襲ってきたとな。が、信長様は無事ということか。さすがは、我が殿。引きどころを見極める戦勘と引き足の速さは見事なものよ。斎藤龍興が和議を破棄して再び敵にまわったとなると…。明日明後日にでも小牧山に呼ばれるかもしれんな」




信長本隊に忍ばせた甲賀衆からの報告を聞いた滝川一益は、美濃攻めに向けて何ができるかを思案していた。




同日、酉の刻もそろそろ終わり戌の刻(午後七時)になろうかとする頃。世に逢魔時、黄昏時と呼ばれる時刻を矢島御所はむかえていた。


幽閉脱出初期から足利義秋を支える和田惟政は奉公衆の一人ではあるが、その信の厚さから奉行衆や取次としての仕事もこなしていた。

が、彼の本質は甲賀郡の国人領主であり、甲賀衆の取りまとめや甲賀衆を手配しての足利義秋の身辺警護を行うことである。


そして、甲賀の繋がりで滝川一益に無理を言い、信長本隊に忍び込ませた甲賀衆から連絡が来たのだった。


河野島での敗戦からわずかに八時間弱。甲賀衆は交代しながらではあるが、江戸時代の飛脚を上回る速度で街道を、田畑の畦道を、そして山野を駆け抜けた。矢島御所から木曽川沿いの戦場まで現代の距離にして約100キロの道程を、である。


「和田様。ご報告にございます。美濃斎藤が義栄側に鞍替え。織田と斎藤が木曽川沿いにて交戦。油断していた織田は大敗し、尾張に逃げ帰ったことにございます」


和田惟政の背後に微かに気配がしたかと思うと、そこに御所の下働きの格好をした人物が陽炎の様に現れ、そして、和田惟政にだけ聞こえる様な小さく低い声がする。


「な!真か!」


思わず、声の方を振り返り、声を上げてしまう惟政。


「残念ながら、真実にございまする。それともう一つ。本日午後から観音寺城下に軍勢が集結中とのことにございまする。ご注意を」


目立ちたくないのだろう、わずかに咎めるような視線を惟政に送ったが、その下働きの格好をした忍は、信長敗走は事実だと肯定した。


「この矢島御所に各家の軍勢が集結するのはまだ先のはず。すると、六角も義栄側に寝返った可能性がある、か。甲賀衆を六角の動きを探るのに使いたい。すまぬが、今一度、観音寺城に戻り、六角の動きを探ってくれ。追加の褒美は準備する」


「承りました。では」


視線を惟政から外しながら、小さく頭を下げると、その忍はすぐに消えるように居なくなる。

その甲賀忍者が居なくなったのを見届けた和田惟政は、頭を振り呟く。


「何やら三好が動いていると甲賀衆から聞いていたが、まさか六角と斎藤が義栄陣営につくとは…。隠すわけにも行くまいよ。義秋様に急ぎ伝えなければ…」


さすがに夕刻となり、御所全体が闇に包まれゆく時刻である。足利義秋も私室にて寛いでいる時間となっており、急ぎの取次を願い出た。

和田惟政の常ならぬ顔色に取次の者もさすがに明日まで待つと言う選択はせず、惟政は義秋の私室に通された。


「夜分、申しわけございません。火急のご報告がありお邪魔いたしました」


「惟政。明日にできぬ事態なのじゃな。よかろう、申せ」


寛ぎの時間を邪魔された足利義秋はやや不貞腐れているが、これまで二心無く支えてくれている和田惟政が火急というのだからと、話しを聞くしかないと諦めながら惟政に向かい合う。


「はっ。斎藤龍興めが義栄様の陣営に寝返ったとのこと。この御所に向っていた織田の軍勢に襲いかかり、織田軍は敗走。尾張に逃げ帰ったそうです」


「そうか。織田がここに来ない、と。しかし、それについては明日でよかろう」


あくびを一つして、話はそれだけかという雰囲気を醸し出す義秋。


「義秋様。それだけではございません。斎藤だけでなく六角も義栄様の陣営に寝返った可能性がございます。

まだ、上洛の軍を動かす前だというのに、観音寺城下に軍勢を集めているとのことにございます。さきほど、甲賀衆を動かしまして、六角を探っております。

六角が義栄様の陣営に寝返ったことが明らかになった場合、最悪、今晩にこの御所を捨てる事もお考え下さい。念の為、身の回りのお支度を。

では、それがしも細川殿、三淵殿に話してまいります」


義秋は私室を出ていく惟政を見送りながら、手に持った扇子を握りしめ、そしてついには扇子を折ってしまう。強く噛み締めた唇には血も浮かんでいる。


「斎藤め、六角め! 何故だ、何故私に従わん!」


一刻程後、足利義秋には最悪の報せが告げられた。六角が明日にでも矢島御所を囲む、と。


永禄九年八月二十九日深夜。足利義昭とその一党は、矢島御所を捨てた。

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