364話 大広間、二人。
ども、坊丸です。
現在、信長伯父さんと佐脇殿と大広間にて佐久間信盛殿、柴田の親父殿、丹羽長秀殿の帰りを待っています。
信長伯父さんは立ったり座ったり、広間の柱にもたれかかって一眠りしたりしております。甲冑姿のままで。
甲冑を脱ぎませんか、佐脇と自分が外しますのでと二人で提案しましたが、却下となりました。
当然、『奥御殿でお休み下さい、なにかあったら呼びに行きますので』という提案も却下。
三人の家老が帰ってくるまではここで待つ、すぐに会うというのが信長伯父さんのご意見です。部下の身を案じる姿は素晴らしいんですので、二人とも、もう、何も言えねぇ。
広間から外が見えるところまで信長伯父さんが歩き始めたので、慌てて二人で追いかけます。
少し外を見ながら夏の空気を感じていると、信長伯父さんが急に空を見上げました。
既に辺りは暗くなっており、星が瞬き始めるような時刻。先触れの方が言ってた感じだと木曽川の水で溺れ死んだ人も多かったようなので、信長伯父さんも亡くなった方々に思いをはせているんでしょうか…。
「佐脇、篝火を焚け。犬山を落とす前のように全ての篝火台に炎を燈せ。火車輪城が遠くからでも見えるように、な」
って、小牧山城の別名、火車輪城の威容をあえてここで見せるんですね。ていうか、それを考えてたんですか、信長伯父さん!
「はっ。承りました。城内の者に触れ回ります。坊丸、すぐに戻る。殿の御身、命に変えて護れよ」
そして、承ったよ、佐脇さん。
「は、はっ。坊丸。殿の身を護ります」
佐脇さんに言われたから答えたけど、子供が護れるわけ無いよね。いや、賊が来たら身を挺するくらいはするけど。そして、かけていく佐脇さん。いや、佐脇殿。
それを満足そうに見送る信長伯父さん。
「ふっ。信盛、勝家、長秀。早う帰ってこい。帰りつく為の道標はすぐに灯すでな」
そう言うと少し楽しそうな表情で笑う信長伯父さん。織田の大うつけと言われていた時はきっとこんな表情で笑っていたんだろな。
「そうだ、坊丸。奇妙の留守居役は如何であった。そばで見ていただろう。そなたの見立てを申せ」
ええっと、次は奇妙丸様の評価を自分から聞きたいと。いきなり違うこと言い出したけど、頭ん中どんだけ高速回転してるんだ、この人。
「はっ。二日だけの留守居役でしたが、恙無くこなしていたかと」
無難に答えておくか。信広伯父さんや島田秀満殿が答えていたのと同じ感じで。
「ちっ。そんな事が聞きたいのではない。家臣ではなく従兄弟として人として奇妙を評せ、と言っておる」
おぉっと。舌打ち、いただきました。からの、問題発言してきましたよ。
あ、もしかして、篝火を焚く伝令を佐脇殿にしたのってそういうこと。人払いを兼ねた感じで。
一つの動きに二つも三つも意味を乗せてくる信長伯父さん。その思考について行くだけでやっとだよ。ほんと。
「はっ。しからば。留守居役として島田殿の働きを見ておられましたが、信広の伯父貴の説明を聞いただけで勘所を掴んだご様子でした。その様子を見るに才気を感じさせるところがございました。また、長い事説明が続いた時も真面目に聞く様子でございました。奇妙丸様は伯父上の才気と亡き父信行の真面目さの両面をお持ちのご様子です」
「それは、我と信行を合わせた如くか?均した如くか?」
って、答えにくいことをズバッと聞いてくるなぁ。でも、忖度なしに答えろって言ったのは信長伯父さんだからね。知らないよ。
「申しわけございません。均した如くに感じております」
顔を見られたくないので、わざと深く頭を下げておきます。
「で、あるか。産まれた時に奇妙な顔をしていると思ったから奇妙丸と名付けたが、その性根は真っ直ぐで奇妙とはならなかったか。まぁ、それもよかろう。ならば坊丸。そなたの持つ独特な考え方で、奇妙を支えよ。人が天下取りを、天下人を目指すなら、並の優秀さではならん。なにか箍がはずれたようなところが無ければ、な。そうでなければ、三好長慶の様にしばらくすると壊れる」
「御意。この坊丸。今後とも伯父上と奇妙丸様をお支え致します」
「そうしてくれ。奇妙丸にはうつけのふりをさせたくはない。」
エエッと、先程の『独特』は褒め言葉ということで、宜しいですか?そして、やっぱりうつけのふりをしてたんですね、信長伯父さん。ていうか、うつけのふりをさせたくないなんて、いいお父さんの雰囲気少し出てますよ、信長伯父さん。
「そうだ、奇妙丸の乳母役を務めるお桂と言う女子、あれはいい女だな。キツイ様子から急にとろける笑顔になるのが良い。それと、あの腰付きが特に良い。そう思わんか、坊丸?」
「はっ。伯父上がそう申されるのであれば、そうなのでしょう。それがしは、佐脇殿と同じ様に小姓衆の教導役とばかり思ってしまいまする。なので、お桂殿から伯父上や奇妙丸様に向けるような笑顔を向けて頂いたことが無いため、分かりかねます」
「ハッハッハ。坊丸は女について存外生真面目よな。奇妙の嫁取りの後にでもそなたの嫁も探してやる。それまで待つが良い」
ていうか、元服前の自分にお桂殿の腰付きが良いとか言います?伯父上様ぁ。ついさっき、いいお父さんだな、と思ったのが台無しだよ。今の話、帰蝶様や吉乃殿にコソッと耳打ちしちゃいますよ。
しかし、戦に負けて帰ってきたあと、睡眠欲、食欲を満たしたら次は性欲っすか。英雄色を好むとはよく聞きますが、自分の伯父さんがそうなのを眼の前で見ると少し引くなぁ。
あ、でも、五徳姫様の『坊兄ぃのお嫁さんになる!』っていう問題発言を知っていたらこんな感じには話さないだろうから、信長伯父さんはあの話、知らないこと確定で良いのかな。
「伯父上が選ばれた方であれば良い縁となりましょう。その時は宜しくお願い致しまする」
信長伯父さん。良いお嫁さん、ご紹介、宜しくお願い致しまぁす!
織田信忠の幼名、奇妙丸の由来は産まれた信忠の顔を見て奇妙だと思ったから、と言われています。
幼児に邪気が入らぬように、まとわりつかぬようにあえて変わった幼名をつけることもあるそうです。
織田信忠の場合はどっちだったのでしょうか?信長のセンスはなかなか人の斜め上を行っている感じがするので…。どちらとも言えない感じです。さて、皆さんはどちらだと思いますか?
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