361話 奇妙丸様の留守居役 壱日目帰宅前。
ども、坊丸です。
生駒吉乃殿のお部屋に呼ばれたので、参上しました。
五徳姫様もご一緒です。あ、五徳姫様の生母は生駒吉乃殿なので、親子団欒の場に呼ばれた形でしょうか?
「津田坊丸、お呼びにより参上いたしました」
「坊丸。ご苦労様。そなたのおかげで、だいぶ体調も戻りました。以前は少し動くだけでめまいがしたり疲れたりしましたが、ほれ。この通り元気になりました。一時は、この小牧山城にはもう戻ることはできぬやもと思っておりましたが、奇妙、茶筅、五徳らと共に過ごす事ができます。ほんに、礼を申す」
そう言うと、上品に頭を下げる吉乃殿。
「お顔をお上げ下さい、お方様。むしろ、吉乃様には体調回復の為とはいえ、生臭なものを食べていただくことになりました。体の為、それを受け入れ、守っていただいたからこそ、今のお元気な姿がございまする。故にそれがしのみの手柄ではございません。信長様やお子様方のもとに戻るという吉乃様の強い思いもまた大切であったかと」
よし、上手いこと言えてる自信がある。
「しかし、礼のためとはいえ男子が余り入らぬ奥御殿にお呼び頂いたので、少し驚きました」
しれっとこんなとこまで呼ばなくても…、ていうか呼んで良いの?と言葉を選んで聞いてみたわけです。
「フフ。坊丸は何度か奥御殿まで入っているでしょう?それに以前、帰蝶様が申していたではありませんか。坊丸は連枝衆で甥っ子なので入っても良いと」
玉のような笑顔で吉乃殿にそう言われたら、仕方ないかぁ…って思ってしまう魔力と魅力。
「坊兄ぃ様。兄上の小姓衆としてちょくちょくお城には参られているのに、何故こちらにはよってくだされませぬの?」
「小姓衆はお役目ですので、役目が終れば帰らねばなりませぬ。さすがに奥御殿に御用もないのに参るわけには…」
五徳姫様に会いたいって言ってもらえるのは光栄なんですが、ね。
入っても良くても、理由なくは来れないのよ、奥御殿。
「あんまり来てくれないから、私から坊兄ぃ様に会いたいから呼んで欲しいって言っても皆、笑って誤魔化すばかりで、真面目に取り次いでくれないのです!」
あ、プンプンしてちょっとむくれた顔もそれはそれで可愛いですよ、五徳姫様。でもね~、多分なんだけど、その理由は、その昔、どっかの姫様が名字の変わった従兄弟に嫁ぎたいとか爆弾発言したせいだと思いますよ?
しかも、その姫様は今、隣国の大名家嫡男の許婚さんなわけだし。
下手な勘ぐりや問題は起こしていない大人の方々がその姫様の希望を握りつぶしているんだと思いますよ。
そして、握りつぶしているのは主に自分の斜め後ろにいて硬い微笑みを浮かべているお桂殿でしょうが。
あ、そうか。今日は吉乃殿からの呼び出しだから自分が奥御殿に顔を出すのに許可が出たわけね。そこに五徳姫様が同席することで会うことができた、と。
で、五徳姫様が同席するのがわかったからお目付け役としてお桂殿が自分の後ろで目を光らせているんですね。
その後は、お互いの近況報告などをしましたよ。
坊丸歌留多で遊びたいと姫様は言ってましたが、さすがに駄目出しされてました。そして、膨れみかんのようになる五徳姫様。
「五徳姫様、伯父上が足利義秋様のもとから帰ってくるまでは奇妙丸様の小姓として毎日お城に登城しておりますので、時々は奇妙丸様と共に顔を出すようにいたします。何かで遊ぶのは、奇妙丸様もご一緒していただいて、後日といたしましょう。できれば茶筅丸様もご一緒に」
で、チラッとお桂殿や周囲の腰元さん達に目線を送ると、ウンウンとうなづいていただきました。
どうやら正解だったらしい。ふぅ〜、危ない危ない。
まだ、五徳姫様は膨れていらっしゃる。駄目だ。周囲の人達的には正解でも五徳姫様的には不正解の回答だったようだ…。どうする、どうする、俺。
「五徳。坊丸のいう通りになさい。今日は、そなたの兄、奇妙が留守居役を務めた初日。その小姓衆の坊丸も一日一緒だったのです。初めての事に気を張っていたでしょうし、疲れてもいましょう。お桂。奇妙や茶筅も一緒なら、問題ありませんよね?」
「お方様…。たしかに五徳姫様と坊丸だけでは会わせられませんが、兄妹三人に従兄弟の集まりということであれば、なんとか…」
あれ?織田信孝になる勘八丸君がまるっと忘れ去られていますが、良いんすかね?
あ、さっき自分が名前出し忘れたのか!ごめーん、勘八丸君。後日勘八丸君も呼びましょうって言っとくからねぇ。
「むぅ〜。母様がそういうのでしたら…。今日は坊兄ぃ様に会えただけで我慢します。あ、そうだ、母様。昨日、父上から頂いた面白い形のお菓子。ええっと」
「金平糖ですよ、五徳」
吉乃殿の五徳姫様を見る慈愛に満ちた眼差しと微笑み。ウンウン、家族愛だねぇ。帰蝶様のクールビューティでできる女感もカッコええけど、吉乃殿の優しさオーラ全開の慈母感も尊いですな。眼福。
「そう、それ。坊兄ぃを無理にお呼びしたから、少しお分けしたいの。駄目?」
「五徳。頂いた金平糖はそんなに多く無いのですが、宜しいのですね」
「はい。母様。坊兄ぃ様に少しあげるの」
そう言うと、一度頷き吉乃殿の方をじっと見る五徳姫様。その様子を見て意思は固い判断したのでしょう。吉乃殿が折れました。
「わかりました、そこな文箱を」
文箱の中に小さな桃を模した可愛らしい器を取り出す吉乃殿。あのサイズ感本来の用途は香合でしょうか?
それを受け取った五徳姫様が器をあけると中には金平糖が見えました。チラッと見た感じだとそこそこ入ってるご様子。五徳姫様の指で数える感じからすると二十数粒って感じかな。何粒渡すか悩む姿も絵になりますな。一つ頷いた後、顔を上げてこちらを見る五徳姫様。
「坊兄ぃ様には三粒あげるの」
そう言うと、手招きする姫様。
あ、これは手ずからくれるパターンですね。
「五徳姫様からいただけるとは、坊丸、ありがたき幸せ」
そう言って手に懐紙を載せて五徳姫様から金平糖を押しいただきました。
せっかくのいただきものですから懐紙に大切に仕舞おうとすると、五徳姫様から声がかかりました。
「坊兄ぃ様。違うの。一粒は一緒に食べるの」
あ、遊べない代わりに金平糖を一緒に食べたかったんですね。五徳姫様。もう、可愛いなぁ。では、五徳姫様が口にいれるタイミングにあわせて一粒頂きますか。
「うん、美味しいね、坊兄ぃ様!」
「まことに。甘くて美味しゅうございますねぇ〜」
あれ?眼の前の光景と口の中はめちゃくちゃ幸せなのに、なんか背中から圧がかかる気がするんですが。なんでかな?
うん、きっと気のせい。そう、多分、気のせい。ハ、ハハハ。
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