360話 奇妙丸様の留守居 壱日目
久々の坊丸視点。
ども、坊丸です。
ついさっき、城下で信長伯父さんが出陣の檄を飛ばし、出陣していきました。
自分は留守居役…というか、奇妙丸様付きなので、奇妙丸様と他の三名と小牧山城に登城して出陣式には参加していません。
まぁ、柴田の親父殿が出陣式に向かう際には、屋敷からのお見送りいたしましたが。
名目上の留守居役は嫡男の奇妙丸様ですが、お目付け役というか後見役として連枝衆からは織田信広伯父さん、奉行衆の島田秀満殿、護衛兼我らの教導役の佐脇良之殿がついています。
ちなみに、信広伯父さんと佐脇良之殿は城下で行われた出陣式に出席してから御城に戻ってまいりました。
お城って変則的な階段な上につづら折りとかになってますから昇り降りだけでもお疲れ様です。主に肉体的に。
で、戻ってきた二人と島田秀満殿から留守居役の心得等のレクチャーが始まりました。奇妙丸様向けに。
奇妙丸向け、なんですが、奇妙丸様付きの小姓衆は奇妙丸様と一緒に行動するわけで。つまりは自分たちも一緒に聞くことになるわけですよ。
まぁ、いつか使うかも知れない知識だからそれなりに真面目に聞いておこうかなぁ…って、思ったら、隣で理助が船を漕ぎ出しました。おいおい、大丈夫かよ。
メインで話している島田秀満殿は、奇妙丸様ばかり見ているのでいいんですが…。明らかに、佐脇良之が気づいてイラッとなさっている。信広伯父さんも気づいたのでしょう、ワザと扇子をパチンと鳴らしました。
うん、さすが、理助だ。なんとも無いぜ…じゃなかった、起きやしないぜ。
ここまで来ると怒られると思い、コソッと肘でツンツンしましたが、これくらいじゃ起きないかぁ…。
あ、佐脇殿が立ち上がってしまった…。あえて足音を立てずにこちらに来ます。何事かと顔を上げて佐脇殿を見る奇妙丸様。
「奇妙丸様、失礼します」
怒気を抑えた小さい声で、奇妙丸様に声を掛けると、素早く理助の前に回り込んで扇子で頭部を殴打。からの胸ぐらを掴んでお叱りの一言。
「貴っ様ぁ~!自分の主人の側で寝るとは何事かぁ〜!儂が敵の刺客であったら奇妙丸様どころかお前も死んでいるわ!少しばかり武芸の腕が良いからと言って驕るな、小僧!」
うん、メッチャ正論。
そして、左手は胸ぐら掴んだままで、ビンタ一閃。からの、胸ぐら掴んでる左手を一気に下に下げて理助の頭を下げさせました。
「佐久間理介。今、信長様は足利義秋公の将軍宣下に向けて、天下安寧の為に京に向けて進軍しておる。尾張に残る我らは、殿の活躍と健勝を祈りながら本拠地を守る役割を全うするのだ。そして、奇妙丸様の小姓たるそなたらの失態は奇妙丸様の失態となる。信長様が戻られるその日まで、そのつもりで城内にいる時は全身全霊をかけあい努めよ。わかったか」
「申しわけありませんでした…」
いつも強気の理助もさすがに涙目でシュンとしています。ていうか、怒られてシュンとするなら初日の大切な心得講義で寝るなよ。そして、そこで寝られる理助の図太さにホント、ビックリだよ。
で、留守居役の心得の後は、信広伯父さんと島田秀満殿による今回の上洛の意味や周囲の大名や諸勢力の状況の解説になりました。最後の方はいかに斎藤家との和議の交渉が大変だったかの島田秀満殿の苦労話披露や愚痴になってましたが。
うん、これは留守居役の役割をとおしての当主教育の一貫に違いない。きっと、多分。
最後に佐脇殿から軽く一刻程、槍の訓練がありました。理助が怒られたことを見返してやるって呟いて居たんですが、結果はコテンパンにやられていました。
つうか、理助の性根をタタキ直すための扱きですよね、これ。うん、頑張れ、理助。
でも大丈夫。柴田の親父殿との武芸の訓練に比べれば少しだけヌルいから。柴田の親父殿との訓練は手加減されても数メーター吹き飛ぶことあるから。訓練用の牡丹槍なのに胸郭にかすっただけで呼吸できなくなることあるから。胸腹部に直撃したら嘔吐か呼吸困難数分間は確定コースだから。
あ、なんか、涙出てきた。そして、今まで上洛戦が終わるまで柴田の親父殿達に会えない寂しさが勝ってたけど、武芸鍛錬という名のあの苦行が無いと思うと、ホッとしてきた。なんでかな?
その後、奇妙丸様の小姓衆は解散に。慣れてきたら、殿居と言う名の宿直勤務も組み込まれるそうです。佐脇殿を含めて残っている近習衆も居るから一日一人が当番になって先々のことを考えて訓練がてらやるんだって。
どの程度の寝ずの番なのだろうか…。ひっきりなしに救急車が来る三次救急のスーパーローテートな下っ端レジデントの業務量より多いと死んじゃうな…。
なんて思っていたら、お桂殿から坊丸は残るようにと言われました。ん?なにかやらかしたか、自分。今日は何もやらかしてないと思うんけど…。まぁ、理助に比較してですがね。
で、通されたのは奥御殿の生駒吉乃殿のお部屋。
ビクビクしてたので、お桂殿が途中で吉乃様がお礼を申したいと言っていると教えてもらいました。
良かった。お叱りや詰問ではないんですね。
「津田坊丸、お呼びにより参上しました」
お部屋の前で座って声掛け、からの襖の開け閉めと礼。で、もう一回礼っと。顔を上げるとそこには以前より少しふっくらした感じの吉乃殿。顔色は悪くなさそうです。生駒屋敷で静養していた時は結構痩せて動くの辛そうだったからね。そして、隣にはニコニコの五徳姫様。うん、可愛い。
奇妙丸様との留守居役の二日間のお話、もっとサクッと終わるはずだったのに…。なぜだ。解せぬ。




