358話 河野島の戦い 壱の段
永禄九年八月末。
織田信長は足利義秋の求めに応じ、足利義秋上洛の支援の為に兵を挙げる。
兵三千を率いて近江矢島御所向かうのである。
宿敵である美濃斎藤、北近江の京極浅井の領地を経て南近江近江に至る五日程度の行軍になる。
初日は小牧山城を出立し黒田城から美濃尾張の国境近くまで。翌日は木曽川を越え、あえて各務原から稲葉山城城下の南を通り大垣まで。三日目は大垣から関ヶ原を経て北近江の柏原までになる。四日目は琵琶湖湖畔の街道を一路観音寺城近くまで。五日目には観音寺城から矢島御所に至り、足利義秋のもとに挨拶を行うと言った予定である。
美濃斎藤、北近江の京極浅井、南近江の六角の領地を通ることになるが、そこの調整は細川藤孝、三淵藤英、和田惟政らが奔走して問題なく通過できる手はずになっている。
ただ、信長は二日目の旅程を意図的に西美濃、しかも稲葉山城の南を通るルートを選択していた。
そう、墨俣城を保持してる現状ではわざわざ稲葉山城の南を通らずとも二日目の大半の行程は黒田城から墨俣城までというルートをとれば自領を通って行く事ができるはずなのに、だ。
そして、わざわざ西美濃三人衆の一人、氏家直元の領地である大垣で宿泊せずに木下秀吉が城代をつとめる墨俣城付近で野営をすればより道中や夜間の安全を確保できるのだ。
たが、信長は足利義秋の上洛の支援という大義名分のもと、稲葉山城への示威行動や嫌がらせとしてあえて稲葉山城の南を通るルートを選択し、氏家直元や稲葉良通の領地で宿泊することで西美濃三人衆の内情を探ろうとしたのだ。
氏家直元や稲葉良通にしてみれば迷惑この上ないが、将軍候補の足利義秋からの支援依頼の書状と足利義輝のもと幕府奉公衆を務めた三淵、細川、和田らに訪問をうけ主家である斎藤龍興も足利義秋の将軍擁立に協力を申し出ていると言われれば宿敵とはいえ織田勢の宿泊と歓待をおこなうしかないはめになった。
信長は、足利義秋上洛支援の派兵にかこつけて、斎藤龍興が今回の和平にどれだけ本気なのかを測ろうとしていたのだ。
上洛支援の派兵の出立予定の数日前には、雨が降り続いたが、出立の予定日である八月二十八日には
雨もあがり、良い日よりとなった。小牧山城を立つ兵の顔は将軍候補の支援という名目と矢島御所までの道中は現状敵対勢力の領地ではないこともあり、一様に顔は明るく気力がみなぎっているようであった。
翌、永禄九年八月二十九日。
織田信長率いる兵三千は木曽川を渡った。
以前にも記したが、この頃の木曽川は現在の木曽川と違い複数の支流が入り乱れているような状態である。そして支流により中洲や島を多数形成している。この時の信長は、その中の一つの島、現在の各務原川島河田町あたりにあった河野島を経て、かつて手痛い敗戦の舞台となった新加納方面を目指すルートを選択した。
いつもの美濃攻めでは、この渡河前後から敵襲に備えて警戒をしなければならないが、今回は足利義秋の名のもと和議がなっている為、いつもの美濃攻め程は緊張も警戒も無いなかでの渡河であった。
信長の本隊が渡るのを待つ佐久間隊、柴田隊は後方の本隊渡河を守る様に仮の陣を敷いた。
それにならい、渡河が終わった丹羽隊、信包隊も陣を形成して行く。
陣の外に立ち、新加納宿の方を見ていた柴田勝家は、違和感を覚えていた。
「斎藤家とは和議がなったと聞いていたが、街道からこちらに兵の動きがある様に見える。次兵衛、物見を増やせ。勝定、玄久は一応美濃勢が敵となった場合に備えよ」
「はっ。物見を数騎周囲に出します」
「承った」
「御意。なれど、権六兄ぃ。斎藤とは和議がなったのだろう?挨拶にくる者共ではないのか?」
「玄久。儂もそう聞いている。が、部隊を率いるものとしては一応は警戒せねばならんからな」
「わかった。勝定殿と手分けして陣を引き締めてくる」
そう言うと柴田勝定の後を追うように走り出す吉田玄久。
「杞憂であればいいのだがな」
そうつぶやくと自身も兜を被り紐を締め始める勝家であった。
四半刻後、本隊の渡河も後半となったところで、吉田次兵衛が柴田勝家のもとに現れた。
「殿。こちらに向かってくるのはやはり斎藤の軍勢。その数二千。率いるは長井道利と日根野兄弟。ちなみに武装しております。下知を」
「他の部隊から既に報告があったかもしれんが、念の為、当家からも殿のもとに報告を出せ。本隊がまだ川を渡りきっていない。一応、本隊を守る備えを急げ」
そして、信長のもとに柴田隊、少し遅れて丹羽隊から美濃勢の動きについての報告が入る。
それを聞いた信長は母衣衆馬廻衆十数名を連れてすぐに美濃勢が見える前線に現れた。
信長の動きを聞いた佐久間信盛、柴田勝家、丹羽長秀、織田信包は彼らもまた少数の供回りを連れて信長のもとに集まった。
「殿、危のうござります。もそっと後ろに」
佐久間信盛が先頭近くで敵陣を見る信長に声をかけた。
「なぁに。織田筒を持っておらん美濃勢ならここらへんまでは大丈夫よ。それに母衣衆には剛の者も多い。それに鬼柴田もおるしの。そちらが率いてきた者も合わせばここには百近くおる。相当のことが無ければ大丈夫だろうて」
「しかし!」
「信盛は心配性よな。権六、五郎左。美濃勢の動きをどう見る」
「我が陣の物見の者によれば、美濃勢は甲冑を着込んだ者が二千程。とても、友好的な挨拶の者どもには思えませぬ」
そう言うと首をふる柴田勝家。
「和議がなったと聞いておりましたが、どうも様相が違う様子。それがしも柴田殿の申されることと同じく思いまする。殿、ご注意を」
「で、あるか」
表情を消した信長は美濃勢の方を見ながらいつもの口癖をつぶやいた。
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