352話 細川藤孝と和田惟政の憂鬱 前段
坊丸くんを出したかったのですが、無理があるので三人称のお話です。
永禄九年春、小牧山城下に滝川一益とその配下に護衛され、二人の武士がやってきた。
一人は一乗院覚慶を幽閉先から救い出した立役者の一人である細川藤孝。もう一人は脱出した覚慶を匿う場所を提供した和田惟政である。
半月ほど前には、一乗院覚慶が還俗する式典が執り行われ、それを取り仕切ったのも三淵藤英、細川藤孝兄弟であったし、その警備を担ったのは和田惟政とその一党であった。そう、この二人は、一乗院覚慶改め、足利義秋の股肱の臣といっても良い人物である。
初めての織田家居城の訪問でも細川藤孝の表情は落ち着いて見えるが、火車輪城の異名の由来となった大量の篝火台をみると、流石に興味深そうに眺めている。それに対して、和田惟政の表情は硬い。
主君たる足利義秋と矢島御所を提供した六角義賢、義治父子が画策した浅井賢政と織田信長の妹、お市の方の婚姻が、浅井側から断られたことを、織田信長に伝えなければならないという役割を果たさなければならないのだ。
「では、細川藤孝殿、和田惟政殿、しばし、こちらで待たれよ」
そう言うと、滝川一益は主君に出座を促すために、広間を離れる。
「承りました」「では、こちらで待たせていただきます」
二人は一礼して、待つことになる。
「ふぅぅぅ。気が重い」
「惟政殿、そう気に病むことはありますまい。貴殿はすでに何度も信長殿にあっておられるのであろう。誠心誠意、事実をお伝えするしかあるまい」
「しかしな、細川殿。大切な妹御の婚礼が御破算になったのだぞ。激怒されても致し方ないことだぞ。この一件で織田殿の気持ちが義秋様から離れなければよいが…。提案と斡旋をした六角も、それを無下に断った浅井も、今の状況がわかっているのかのぉ。三好三人衆のやつらがいつ阿波におられる足利義栄様を担ぎ出してもおかしくはない状況なのだぞ。義秋様も義秋様じゃ。それがしが織田殿と交渉しているうちに六角の用意した守山城下の矢島の館に移ってしまわれるわ、織田と浅井の婚姻の支援はしてくれぬだわ…」
「そう、ぼやくな。義秋様は一乗院にて真面目に学び権少僧都になるほどの方だ。まだまだ、世情に詳しくないところはあるが、愚かではあるまい。おいおい、寺の外のことも学んでいただければ、変わってくるであろうよ」
「そうであればよいが…」
そう言うと、また深くため息を和田惟政であった。
「織田家当主、織田上総介信長様、御成にございます」
小姓の佐脇良之が信長に先行して広間に入り、そう、声を上げる。その言葉に合わせて、すこし頭を下げた状態で二人は信長を待ち受ける。林通勝、滝川一益も信長に先んじて着座する。そこに、わざと足音を立てるような歩き方で、広間に信長が入ってくると、ドカリと着座した。
「織田上総介信長である。両名、面をあげよ」
「「はっ」」
「惟政、久しいな。息災か」
「はっ。信長様にはご心配いただき、ありがとうございます。隣に控えまするは、わが同志にして足利家奉公衆にして淡路守護細川家の細川藤孝殿でごさいます。今後の交渉には私以外にもこれなる細川殿も携わることになりますので、よろしく見知り置きを」
「で、あるか。あい分かった。見知りおく。細川藤孝殿、今後ともよしなに」
「細川藤孝でございます。よろしくお願いいたしまする」
「本日は、浅井家との婚姻のこと、顛末をご報告に参りました。足利義秋様、六角義賢殿の肝煎りにて勧めてまいりました浅井賢政殿とお市の方様の婚礼でございまするが、浅井家の都合にて頓挫する見通しにございます。浅井めが六角殿の意を無視するようなことを言い出した由。浅井の家臣共がどうにも納得しないと聞き及んでおりまする。まことに、まことにあい、すいませぬ」
そういうと、板の間に頭を打ち付けるように謝る和田惟政。その場は静まり返り、和田惟政と板からでた音が鹿威しの如く響く。
「ふぅぅぅぅ。あい、わかった。わかりたくはないが、致し方なし。京極家被官の浅井が当家をなめ腐っておることはよく分かった。婚礼がまとまらずお市を泣かせることになるのは、本当につらいが、致し方なし」
信長の側頭部に青筋が一瞬浮かび上がったのを見た小姓衆は息を飲んだが、さすがに幕臣をまえに怒りに我を忘れたり、怒鳴り散らすような真似はさすがの信長でもしなかった。
「婚礼のこと、力不足にて、まことにすいませぬ」
その様子を見て重ねてあやまる和田惟政。
「そなたのせいではない。我が家の力を読めぬ浅井の衆と近江のことを纏められない六角、そして近江に力を知らしめぬことができぬ織田のせいである。そなたを責めることはせぬ」
「あ、ありがたき幸せ。続きまして、細川藤孝殿より上洛についての説明がございます」
そう言うと、和田惟政は細川藤孝の方に顔を向け発言を促したのだった。
坊丸くんを出した話を書きかけてやっぱり無理があると、そちらはボツにしました。
くっ。もったいない。
足利義昭ですが、足利義秋は誤字ではありません。
還俗した直後は足利義『秋』を名乗っているのです。その後、越前朝倉家にいた時に足利義『昭』に改名している為に、今回は足利義『秋』にしております。少ししたら足利義『昭』になる予定です。
誤字を指摘してくださった方々、大変申し訳ございませんが、こういう理由なので訂正は行いません。悪しからず。
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