328話 蠢動
坊丸が出ないので三人称です
時は猿啄城の落城直後に戻る。
そして、猿啄城が落ちたという報せは、すぐに稲葉山城に届けられた。
斎藤龍興は、その報せを聞くと驚愕し、ヒステリックに周囲の者に当たり散らした。
が、稲葉山城にも人はいる。その一人が、長井道利である。
長井道利は、斎藤龍興の癇癪を受け流すと稲葉山城城内に与えられた自室に下がってきた。
「今戻った」
「殿、お疲れ様にござりまする」
「やれやれ、龍興様にも困ったものだ。あれでは余計に人心が離れる。それがわからんほどの小物ということか…。三代目で身代を潰すとはよく言ったものよ。
まぁ、兄上や義龍の奴よりはなんぼも操りやすい故に、目をつぶらねばならんがな」
そう言うと、乾いた笑いを少しだけ漏らす、長井道利。
自室の上座に着座すると自身の家臣たちを見渡す。
道利の視線を受けて、家臣たちはかしこまるが、家臣たちの居る位置より少し離れたところで、色白の優男がそれを無視するように何かを考えているのが見える。
猿啄城落城の報せを受けて、対策を考えられる稲葉山城の数少ないの人物の一人、竹中重治である。その竹中重治が静かに口を開く。
「道利様。猿啄城が落ちた際に、水の手の弱さをつかれた聞き及んでおります。城の弱点を織田方に報せた者がおりましょう。城内に間者や内応に応じるものがあったか…。或いは、猿啄城の事を知る人物が織田に情報を売ったか…」
「どちらもあり得るな。で、半兵衛はどう見る」
「周辺で織田に転んだものがおるかもしれません。一つは、土田の生駒。あやつは信長の伯父ですので。
あるいは、堂洞の岸信周か、加治田の佐藤忠能のいずれか、もしくは両方」
「フッ。流石に智慧者よな。我が手のものによると、犬山城が落ちたことを契機に土田の生駒は織田に寝返った。そして、その後に加治田の佐藤も寝返った可能性が高い」
長井道利の言葉を聞いて、ざわつく家臣たち。
「猿啄の事を知るのは加治田の佐藤かと。加治田の佐藤が寝返ったとなると、中美濃の中央に織田の楔が入ったということになりまするな」
「と、なると斎藤家の東美濃への影響力が落ちるわ、中美濃への支配力は落ちるわで困ったことになる。半兵衛はどう見る」
「道利様のお見立て通りかと。しかし、中美濃の中央、加治田であれば信長を釣る良い餌になり得るかと」
「ふむ。信長からすれば失いたくない中美濃の拠点であるからな。で、どうする?」
「加治田城の佐藤父子を撒き餌に信長軍を釣りだします。加治田城を堂洞の岸信周殿、関から長井様の二手で攻めれば信長は加治田を失くたくないと考え、犬山や猿啄あたりから軍を動かしましょう。
その動きを見計らって稲葉山城から龍興様か日根野殿に後ろをついてもらわば三方から包囲できるかと。さすれば、信長の軍を包囲殲滅し、一気に猿啄、鵜沼、伊木を取り返すことができるかと。
可能であれば、遠山党も動かせればさらに良し、でございまする」
「ふむ。半兵衛の策、面白いな。遠山党、武田の秋山も動かせれば確かに面白い。遠山党、秋山殿につなぎをとってみるか。日根野や龍興様にも話を通しておく。そなたらは関にて軍の準備をせよ。それと犬山、小牧山、加治田に間者を放っておけ。半兵衛。どの様に陣を敷くか加治田廻りの土地を見ておけ」
竹中重治は自分の策が通ったことで、一瞬、口角があげたのち、頭を下げた。
竹中重治の戦略・戦術眼、長井道利の外交の才を組み合わせることでなしうる包囲殲滅陣。これを以て信長軍に痛撃を与え、その勢いをくじき、美濃に割拠する国人衆の人心をふたたび斎藤家に取り戻すために長井道利の一党は動き出した。
が、信長の動きはさらに早かった。
佐藤忠能が織田方になったこと、猿啄城を落としたことをうけて堂洞城に寝返りや降伏を促す使者を送る。金森長近らの美濃に縁のある家臣らを使者にして送ったが、堂洞城城主の岸信周、信房父子はこれを拒否。
岸信周が降伏を受け入れなかった報告を受けたことを聞いた信長は、一瞬片眉を上げ、こう言ったという。
「是非もなし。岸めに、今回の判断の対価を払合わせる。その命を以てな。
森長可、丹羽長秀、川尻秀隆に各々一隊を任せる。加治田より佐藤父子にも出陣の触れを出せ!儂も出るぞ!」
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