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319話 犬山、燃ゆ

柴田勝家の陣に吉田次兵衛が帰ってきた。「瑞泉寺のことごとくを焼け」という信長の激しい怒りを現した命をたずさえて。


「殿。吉田次兵衛、ただいま戻りました」


柴田勝家の陣には柴田家の首脳陣というべき面々が集まって、信長の下知を今か今かと待ち受けていた。


「次兵衛、よく戻った。で、どうであった?」


犬山城、瑞泉寺の両方に降伏勧告が出されたことは、ここに居る面々は既に知っている。

なので、その結果がどうであるかが大変気になるのだった。


「はっ。残念ながら、犬山の信清様、瑞泉寺ともに降伏の意志はなく、使者すら来ませんでした」


「ちっ。そうか」

「なんと」「瑞泉寺もか…」


舌打ちする柴田勝家と驚く家中の者共。

犬山の信清が降伏することは無いだろうと皆が考えていたが、尾張の名刹、この地域の臨済宗妙心寺派の中心的な寺院である瑞泉寺と戦いたくないという心が皆の心の何処かにあったのだ。


「しかも、信長様の御下命は、『瑞泉寺のことごとくを焼け』というものにございまする」


その命の内容を聞き、ざわつく柴田家中。


「ことごとくを焼け、か。それで、相違ないのだな」


「はっ」


「権六兄ぃ。どうする?」


柴田勝家と吉田次兵衛とのやり取りを受けて、吉田玄久が勝家にどうするかを問うた。


「やるしかあるまい。瑞泉寺を焼くのは忍びないが、殿の命を破るわけにもいかぬ。それに殿が彼の地に赴いた時に寺が焼けずに残っていたら、儂の命が危うい」


「しかも、信長様は『瑞泉寺を焼く煙や炎をもって犬山城攻めの合図と致す』ともおっしゃられました」


「であれば、焼かないという選択肢は無いかと。我々が瑞泉寺を焼く炎や煙が、他の陣の合図なのですから」


沈着冷静な中村文荷斎が、顎をさすり思案顔で言う。


「仕方あるまいよ。我々は既に善師野で坊主と地域の寺寺の門徒を殺している。十分に仏敵だ。そこに瑞泉寺を焼くという業が加わるだけよ、ハハハ」


柴田勝定が諦めたような乾いた笑いをあげる。


柴田勝家は、こういう時に坊丸の奴ならどうするかな、と思い、思わず小牧山城のあるはずの方向を向いた。

その様子を見た次兵衛は、主君の迷いを感じ取る。家宰として義兄として常に柴田勝家の側に居る彼ならばこそ感じ取れる、迷いを。


「殿。まずは瑞泉寺の山門近くにてこれより百を数えし後、瑞泉寺を焼くとお伝え下さい。歯向かう意志のないものや止むを得ず寺に居る者などは逃げ出しましょう。その後は、塔頭、脇寺などを焼いて、最後に山門と本堂を焼く、という手順で」


「やはり焼くしかないか、次兵衛」


「信長様の命にございますので。山門や本堂を焼く汚れ仕事はこの吉田次兵衛が行いまする。ある程度火の手が上がったところで、殿は、犬山城に向かってくだされ。殿の槍は僧侶を突くよりも、犬山城に籠もる信清の手の者を討つのにお使い下さい」


「次兵衛、すまぬ」

勝家は、次兵衛に頭を下げる。


「なら、それがしも瑞泉寺に火を掛ける方を担当いたしましょう。玄久殿、勝定殿は柴田様の脇を固めてくだされ」


「文荷斎も、すまんな」


「いえいえ、槍働きに自信がないだけにございまするよ。適材適所ということにござります」


そう言うとカラカラと笑う文荷斎。


「各方、では参りましょうぞ」


役割分担が決まった柴田家の動き早い。

僅かばかりの後、瑞泉寺山門の近くに集まっていた兵の中から柴田勝家が進み出る。


「瑞泉寺の衆に告ぐ!恭順すればこれを許すという信長様の温情に応えず、美濃斎藤の手先と成り下がった信清の支援を今後も続けるとは何事か!

信長様の命にて瑞泉寺を焼くことと相成った!

これより百を数える!逃げるものは逃げよ!寺に残り歯向かうは斬って捨てる!ひとーつ!」


勝家の大音声が瑞泉寺に響き渡る。

百を数える頃には、戦火に巻き込まれることを怖れた信徒が、山門以外の出入り口から散り散りに去っていく。

百を数える頃には、瑞泉寺の周囲は柴田の兵がたてる音が響くのみになっていた。


「殿、手勢のうち五十をお借りいたします。それがしと文荷斎殿は塔頭、脇寺より順次焼いていこうかとおもいまする。殿は犬山城へ。玄久、勝定、殿を頼んだ」


そう言うと、吉田次兵衛、中村分荷斎の指示を受け、松明を持った兵が塔頭に火をかけるべく数名ごと散っていく。


「よぉし、ここは次兵衛らに任せ、我らは犬山城に向かう!皆の者、ついて参れ!」


この様なやり取りから僅かばかりのち、瑞泉寺の方向から上がる煙を見た信長は、全軍に犬山城に攻めかかるよう指示を出したのだった。


同刻、犬山城。

瑞泉寺方向から上がる火の手を見た信清は驚愕した。


「瑞泉寺に火をかけたのか!信長め!仏敵となるのを恐れぬとのことか!」


信清は、瑞泉寺方向からの煙の量を見て、信長の本気を感じ取り、恐怖した。


そして、同日夕方には本丸まで信長の兵が押し寄せた。


その様子を見た信清は、夜陰に紛れ城を落ちのびる有り様であった。


永禄八年二月。

犬山城の織田信清は、その城と勢力を失い、甲斐武田の下にと落ちのびた。

海西郡の片隅にて抵抗を続ける服部党を除き、尾張は信長の下に統べられたのであった。

織田信清は、甲斐武田の下に逃げのび、「犬山鉄斎」と名乗り、その庇護を受けますが、甲斐にて亡くなったようです。

武田信玄としては、尾張に侵攻したとき、織田信清を尾張に戻すことを大義名分にするために確保したのではないかと推察しております。

対信長で硬軟取り混ぜて様々な方法を考え、其の為に必要なピースを念の為抑えておく様子は、信玄の深慮遠謀が垣間見えますね。


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