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31話 味噌だまり、こぼれちまった悲しみに。

ども、坊丸です。醤油がわりに使えそうな調味料、味噌だまりですが、アクシデントですげー少なくなっちゃいました。さてさて、どうしますかねぇ。


「で、どうするんだい、坊丸様。味噌だまりは、もう、ほとんど無くなっちまったよ。味噌だまりを使って、刺身を食べるつもりだったんじゃないのかい?」


「その通りですよ。でも、ほとんど無くなっちゃいましたからね」


「坊丸様ぁ、すいませ~ん。私が落としちゃったせいで、味噌だまりを使った新作のお料理ができなくなっちゃいましたよねぇ」


心の底では、本当だよ…どうすんだよ…お千ちゃん…って思ってるけど、お千ちゃんを責めるわけにはいきませんよ。

なんてったって、柴田の親父殿に引き取られる時に、自分と弟たちの為にと、わざわざついてきてくれた、お千ちゃんだからね。

謀叛起こした人の息子達なんて、正直、出世できそうにない不良物件だもんね。


「お千ちゃん、さっきも言ったけどね、大丈夫だよ。お千ちゃんが怪我が無いことの方が大切だからね」


「坊丸様ぁ~!」


「お千ちゃん、泣くのはおよしよ。坊丸様も許してくれてるんだ。まぁ、味噌だまりがほとんど無くなっちまったのは仕方ないからさあね、ここは、魚屋の三郎が言ってた通り、ホウボウの刺身は、塩か酢で、カワハギは、肝と味噌をたたいて肝和えを作って、柴田の殿様たちには出すしかないさぁね」


「味噌だまり、もっと無いですか?」


「さっきも言った通り、味噌の状態によってできる時もあれば、出来ない時もあるんだよ。味噌蔵にいけば、ある程度はあるんじゃないかと思うけど、売ってくれるかはわからないよ」


「ですよねぇ~」


「あ、坊丸様、こちらにいたんですか?勝家様が、探してましたよ?なんだか、当家でも清酒ができないか聞きたいって言ってました」

お妙さんが、きょろきょろしながら、台所に登場しましたよ。

どうやら、柴田の親父殿が、先日の信長伯父さんのところで作った清酒を吞みたいご様子。

あの時は、柴田の親父殿、清酒、吞めなかったもんね。


「清酒ね、濁り酒と炭や灰、きれいな布があれば、うちでもできるから、少し作っておこうか。お妙さん、柴田の親父殿に清酒は作って後で持っていくからって伝えてもらっていいかな?」


「わかりました。勝家様には、台所で坊丸様に会ったことと清酒は作ったら後で持っていくことをお伝えしますね?あ、ちなみに、清酒って何ですか?」


「ああ、お妙さんたちは、清須城では伯父上に会ってないから知らないよね。伯父上の要望で濁り酒をろ過して澄み酒にしたものを作ったんだよ。それを伯父上が清酒って名付けたわけ」


「そのお酒が清酒なんですね。わかりました。ちなみに、お千が何やら泣いたようですが、坊丸様、女の子を泣かせちゃだめですよ?」


「そんなんじゃないよ、お妙さん」


「そんなんじゃないです、お妙さん。私がドジって坊丸様に迷惑かけたから悪いんです」

そうそう、俺が泣かせたわけじゃないんだったら!信じてよ!お妙さん!


「本当さぁね、お千のやつが、味噌だまりをこぼしちまったから、ひと騒ぎあったのさ」


「ふ~ん、まぁ、お滝さんまでそういうなら、信じましょう。じゃ、勝家様に報告してきますね」

まったく、お妙さんにひっかきまわされたよ。なんだか、無駄に疲れた。


「じゃ、ホウボウとカワハギは刺身を作っておくから、坊丸様、お千ちゃんと一緒にその清酒とやらを作っておいてくれるかい?酒なら、夕餉の時にあったほうが良いだろう?」


「そうですね。手分けしてやりましょう。今後は、柴田の親父殿が清酒を呑みたいって言った時、対応できるようにお滝さんも作り方、一緒に見ておいてくださいね」


「わかったよ、準備ができたら言っとくれ、清酒造りとやらも見せてもらうよ」


「では、お千ちゃん、甕と漏斗、炭と灰、布を準備してくれるかい?」


「はい、坊丸様!」


「甕の上に、漏斗をおいて、その上にその、持ってきてくれた木綿の布を二重に敷いてくれる?布の上に、かまどや炭置き場から持ってきた灰と炭のかけらを乗せて」


「できましたよ」


「じゃあ、井戸水を何度か上からかけてみようか」


「最初は、灰や炭の小さいかけらが混じってましたけど、だんだん、澄んだ水になってきましたよ」


「よし、準備は整った。ここに、濁り酒を注いで」


「えぇ!炭の上にお酒をかけちゃうんですか?大丈夫ですか?」


「大丈夫、伯父上の前で成功させてるからね」


「ほんとですか?これで失敗しても怒りませんよね?」


「大丈夫だって、心配なら、濁り酒を注ぐのは、自分がやるよ。そうすれば、お千ちゃんの失敗にならないだろう?」


「まぁ、そうですけど…」

お千ちゃんの手から二合徳利に入った濁り酒を受け取り、炭と灰の入った漏斗という簡単なろ過装置の上に、注いでいきます。黒い炭の上に広がる、濁り酒の白。その濁り酒の表面に灰が浮いてます。


「あ、坊丸様、漏斗から出てきたのはきれいな水ですよ」


「いやいや、お千ちゃん、これが清酒なんだよ。澄んだ水みたいにみえるけど、お酒なんだよ」


「じゃ呑んでみようか!」


「そうですね、坊丸様!」


「こらこらこら、お千ちゃんが少しなめるくらいならいいけど、坊丸様が飲むのは駄目だよ」


っち、自然な流れで、清酒呑む作戦は失敗か!

そんなやり取りしている間に、お千ちゃんは味見用の小皿に清酒を少し取り、一口口に含む。


「お酒の感じはするけど、濁り酒とは全く別ですね。灰の感じもしないし。すっきりした感じ。でも、坊丸様が本当に炭に向かってお酒を注いだときはビックリしましたよ」


「お千ちゃん、小皿に、清酒とやらは残っているかい?私も一口試してみたいよ」


お千ちゃんはどうぞといって、清酒が入った小皿をお滝さんに渡してます。

魚をさばく手を止めて、その小皿を受け取り、一口、と言ってもお千ちゃんよりは多めに口に含むお滝さん。


「うまいね、これ。濁り酒のべたっとした甘さと苦みや酸味が抑えられてるよ。信長様が飲んでるのを見てうちの殿様が飲みたくなったっていうのも分かるね。あと、これなら、料理の味を壊さずに臭み消しができるそうだよ」


お、お滝さん、さすがは柴田家の台所を預かる料理人、料理酒の概念をすぐに思いつきやがりましたよ。

料理酒かぁ、現代日本だと、酒税法に引っかからないように、塩が結構な濃度で入ってるんだよねぇ…

料理酒といえば、母方の爺ちゃんが、時々、梅干しとか鰹節かとを少し入れて作った煮きり酒を、煎り酒っていって、調味料にしていたよな…


「お滝さん、そういえば、煎り酒って知ってます?」


「知ってるよ。酒の中にほぐした梅干しをいれて軽く煮たやつだろ!でも、あれは滓を引いた澄酒か高級な諸白でやらないと美味しくならないよ。濁り酒で作ると、どうしてもべたっと甘くなる上に、濁りがでるからね」


「澄酒や諸白のような高級酒でなくて、綺麗に澄んだ酒が、今手元にあるでしょう?」


「あ、今作った、この清酒で煎り酒を作ろうってのかい!確かに、それなら、安くて手軽に煎り酒が作れるさぁね」


「試してみようよ、お滝さん。あ、柴田の親父殿の呑む分を作ってからだけどね」


「はっはっは、違いない。清酒を全部煎り酒にしちまったなんて聞いたら、勝家の殿様から大目玉だよ」

柴田の親父殿の呑む分として、二合徳利一本分を取り置いた後、お滝さんは鍋に清酒と種を取り除いた梅干しを入れて、煮始める。


「お滝さん、そこに鰹節少しだけ入れない?」


「へ?あたしが昔見た煎り酒は、酒と梅干しだけだったけど…。まぁ、鰹節を少しばかり入れたほうが旨味が増しそうだね」


梅干をつぶしながら酒に火をかけ、鰹節を少し降りかける。梅干から出た赤い色が少し酒に色移りし、酒が減ってきたところで、鍋を火から降ろし、少し冷ましたところで、梅干しと鰹節を茶巾で漉し取る。わずかに赤味がかった琥珀色の液体が出来た。


「坊丸様が作った清酒で作った煎り酒だよ、味見してみようか」


「坊丸様~、勝家様が清酒は出来たかって聞いて来いって」

くっ、すげえな、お妙さん。ちょうど古くて新しい改良煎り酒ができたタイミングで台所に来たよ。

ここは、清酒の徳利を持たせて、親父殿のところに行っていただこう!


「お妙さん、清酒が入った徳利はこれだよ、親父殿に持って行ってあげて!」


「坊丸様、お千ちゃんやお滝さんと何か新しいの作ったでしょう?」


「いや、新しい奴、では無いかな」

煎り酒は、お滝さんも前から知ってるし作れる調味料だからね、新しくはないよね。だから嘘はついていないのです、えぇl

「坊丸様、お滝さん、勝家様にこれを届けたら、すぐ戻りますからね。私にも味見させてくださいね」

むぅ、戻ってくる気まんまんだな。お妙さんの分も取っておくしかあるまいよ。


「うん、美味しいね。酒の感じが飛んで、梅干しの酸味と旨味、鰹節の旨味が酒が持つ旨味と合わさっている感じね。かなりまえに一度教わりながら滓引きの澄酒を使って作った煎り酒よりいいかもしれないね」


「これで、ホウボウの刺身を食べたいです!味噌じゃなくて、これでカワハギの肝和えを作って、カワハギの刺身をカワハギの肝和えで食べたいです!」


「それ、絶対うまい奴じゃないか!よし、作ろう!すぐ作ろう!そして試食だよ!」


ボウボウの刺身、煎り酒で食べて美味しゅうございました。

煎り酒を使ったカワハギの肝和え、煎り酒の爽やかな塩味酸味と濃厚な肝の旨味、大変おいしゅうございました。なんつうか、幸せです。


カワハギの肝和え作るときに、少しの味噌や味噌だまりを煎り酒に加えたもので肝和え作ったらどうなるかな?

って、思ったんで、お滝さんに提案したら、すぐ作ってくれました。

これまた、うまぁぁぁぁ!ですよ。


って、三人で美味い美味い言ってるところに、お妙さんが戻ってきて、私の分はどうした!って怒られました。でも、残ってるカワハギの肝和え食べさせたら、蕩ける様な顔で「うまぁ!」って言ってたので、たぶん問題なしです。


その晩、柴田の親父殿は、夕食前に清酒を呑み切ってしまったようで、ホウボウの刺身とカワハギの肝和えをあてに清酒が飲みたかったと、何度も何度も言いながら、バクバクと夕食を食べていました。

そして、婆上様に、「うるさい!美味しい刺身をゆっくり味わいたいんだから、静かにしろ!」と怒られてましたよ。やれやれ、だぜ。

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