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302話 美濃大乱

「あの小僧共は何をやっているのだ!安藤も安藤だ!娘婿の竹中を抑えるべきなのに一緒になって馬鹿なことを!儂の苦労を無にするつもりか!」


永禄七年二月七日。

長井道利は関城の広間にて、稲葉山城が竹中重治、安藤守就によって占拠されたことを知ると、手に持った扇子を床に叩きつけ、叫んだ。


「で、龍興は無事か?」


「はっ。殿は夜陰に紛れて城下に逃げ、日根野殿を頼った由」


その答えを聞いて安堵する長井道利。


「そうか。それはよかった。他に城の様子や城にいた者などはどうなった」


「はっ。稲葉山城は竹中重治様率いる僅かな人数にて乗っ取られたとのことです。その後、安藤守就様が兵を率いて城に入ったとのことです。城に詰めていた斎藤飛騨様が竹中重治様に討たれた由」


「そうか。斎藤飛騨が討たれたか…。ということは斎藤飛騨と竹中半兵衛との仲違いも今回の騒動の底にはありそうか…。城の外で闇討ちで済ませは良いものを…。

あい分かった。安藤守就が敵かもしれんとなると、日根野が居城の本田城は、安藤の北方城とさほど離れておらん。あそこに殿を長く置くわけには行くまい。殿と日根野にこちらに来ていただくよう書状を書く。

岸信周と佐藤忠能、他の西美濃の衆にも軽挙妄動しないよう釘を刺さねばなるまい。半兵衛と安藤めがどうする所存か問いただすのも必要よな。

各所に使者を出す。人を集めよ」


「はっ」


火急を知らせる家臣を下がらせると、深い深い溜め息をついた長井道利の顔には、痛々しいほど沈鬱な表情が刻まれていた。


「右筆を呼べ。また、多くの書状を書かねばなるまいて」


近くに居た小姓にそう声をかける長井道利は、既に文面を考えて思案顔であった。


翌日、小牧山城。

信長のもとに稲葉山城が竹中重治、安藤守就に占拠されたとの報が入った。


「稲葉山城が落ちただと!外からの攻めには固いが、内部からには弱いのか。

まぁ、良い、安藤、竹中に使者をだす。美濃半国をくれてやるから、織田に下れとな!それと、犬山城と黒田城にも稲葉山城の様子が伝わるようにしておけ!お前らの後ろ盾はボロボロだとわからせてやるが良い」


信長の言葉を受けてすぐさま右筆は書状の準備にかかる。


「クックック。面白くなってきた。安藤、竹中がこちらになびけば良し。なびかずとも、美濃が荒れてあるうちに犬山の信清を討つ算段をすれば良し。美濃斎藤の後ろ巻きが無ければ、信清なんぞ恐れるに足らずよ。長秀と可成を呼べ。黒田城をいかがするか、相談する」


二日後、稲葉山城の竹中重治と安藤守就のもとにはいくつかの書状が来ていた。


「重治、重矩。長井道利殿と織田信長から書状が来ている。あと、龍興殿からは詰問の書状だな。どうする?」


「それがしの目的は長井道利様が稲葉山城を離れたとたんに龍興様が女色にふけり佞臣を重用し政を疎かにしたこと、それに対する諫言を聞かなかったことに対する実力行使に過ぎません。

佞臣、斎藤飛騨亡き今、長井道利様、義父殿(おやじどの)はじめ西美濃のお三方の言葉を聞き、しかと政に精をだすと誓っていただければ、稲葉山城はお返しする所存」


「しかし、兄上。城をお返ししたとて龍興様が我らを許す保証はございません。我らのやったことは、はたから見れば謀叛と見えまする。ここは直ぐには城をお返しせず、今しばらくこの城を守って動きを見ては?」


「そうだな、重矩。儂もそれが良いと思う。西美濃、中美濃の衆へ我らの行動が正しい事を知らせて、支持を取り付ける。その上で龍興様が詫びを入れてくるのを待つか、長井殿のとりなしを待つかが良いだろうな」


「安藤様。織田信長の美濃半国話はどうしますか?」


「重矩。さすがに織田になびく、下るは無いぞ。まぁ、今のところは、だが。龍興様、長井殿が力攻めをくりかえすようなら、織田に奴等の後を突いてもらうのも考えるが。それで良いな、半兵衛」


「織田については、義父殿の意見に大筋、同意いたします。それで良いかと」


「では、今のように返事を出しておく。すまんが、書状を作る間、城の様子を頼む」


「「はっ」」


少し後、右筆とともに書状の返信をしたためる安藤守就は、ふぅ~と声を出すと筆をおき、稲葉山城の中御殿、かつては斎藤道三、義龍父子が執務を行った書院の窓から外を見る。


「半兵衛。若いな。氏家、稲葉の支持さえあれば儂がここの城の主になっても何も問題はない。後は長井道利がどう動くか、だな。あのジジイ、謀略や外交戦が好きな割に意外と野心は無いからな。まぁ、今しばらくはこの城で過ごさせてもらおうか」


安藤守就には、娘婿の竹中重治よりも強い野心があった。戦国の世では、力なき主が力をつけた家臣に追い落とされるのが日常である。


美濃でも守護の土岐氏が力を失い、守護代の斎藤家が力をつけ土岐氏を凌ぐ権勢を得た。さらに守護代につかない斎藤妙椿の持是院家が惣領家を凌ぐ権勢をふるった事もある。斎藤道三も長井家、斎藤家と乗っ取って力つけたのだ。


北方と井ノ口の街、北方城と稲葉山城を押させて、周囲の支持と仮の主として担ぐ土岐氏の人間があれば斎藤ではなく自身が美濃の守護代として力を振るうこともあり得る、と安藤守就は腹の底で考えていたのだった。

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