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289話 試作と試食

ども、坊丸です。


くノ一腰元の桃花さんが柴田の屋敷に来たわけですが、来た当日から料理の試作の手伝い要員に駆り出されました。お滝さんの手によって。


「油の準備、ですか?」


何を言ってるんだとびっくりした様子の桃花さん。

まぁ、戦国時代は油が貴重で基本的に燈明用にしか使っていないですからね。菜の花を絞って油を作り始めた織田家の一部しか、料理に油をバンバンつかうなんてことはしていないわけです。

特に揚げ物なんて普通の人は知らないわけですよ。


「さっき、坊丸様が鴨の肝を揚げるって言ってたろ!聞いてなかったのかい?

揚げるってのは、熱した油の中に食材を入れる料理法だよ。こうすると大体の食材は美味しくなるんだよ。

他じゃ知らないが、うちの屋敷では基本だからね。覚えておくんだよ。

ほら、まずは竈門に火を起こして、そこに鍋を置きなよ。それじゃないよ。揚げるためには少し深めの鍋のほうが良いんだよ。そう、それだよ。そこに一寸くらいは油を入れとくれ。そう、そこの甕の中に入ってるから。

あたしは、酢水で鴨の肝を洗っとくから、油を注いどくれ。できたら言っとくれよ」


なんだかんだ言って、面倒見のいいお滝さん。

きちんと桃花さんに手順を教えています。


「坊丸様は、こっちだよ。さっき酢水で洗った肝と心の臓を薄く切るって言ってたけど、どれくらいなんだい。見ておくれよ」


手際よく鴨の肝とハツを酢水で洗浄したお滝さんは、何枚か薄造りに切って見せてくれます。


「この厚さが良いですね。揚げたときにもすこしカリカリ以外の触感があるくらいがいいはずです」


「あいよ。わかった。この厚さで切っていくから、坊丸様はこれにまぶすうどん粉を準備しておくれ。そこの皿に切った奴を並べていくからその隣あたりにうどん粉の皿と別の皿を準備しとくれ」


はいはいっと。料理中はお滝さんの指示にしたがっといたほうが無難ですからね。

他所に行った時には身分とか地位を気にした対応をしてくれますが、厨房はお滝さんの城みたいなもんだから、ね。


「油準備できました。お次は何をすればいいのですか?」


「じゃ、坊丸様の手伝いだね。どんどん切っていくから、二人で手分けしてうどん粉をまぶしとくれよ」


お滝さんの指示のもと、二人ならんで肝とハツに衣をつける作業。

そうしたら、小声で桃花さんが聞いてきました。


「坊丸様。柴田の屋敷ではいつもこんな調子なのですか?たしかに、お桂様や奇妙丸様から坊丸様は新作の料理をおつくりになられるとは聞いていましたが…」


「はっはっは。どう思っていたか知りませんが、だいたい新作料理を作る時はこんなもんです。

自分が案をだして、お滝さんがそれを形にしていく。

そして、自分を含め周りの人間はお滝さんを手伝い。そんな感じです」


「はぁ。坊丸様は変わっておられると聞きましたが、本当だったのですね。

重臣の嫡男であれば厨房でこんなに手を血まみれにしたり服を粉まみれには致しませんから」


ま、自分は重臣の嫡男じゃないですしね。

何なら連枝の嫡男から謀反人の息子になって柴田家預かりという立ち位置で生き延びて、現在は幼子とはいえ織田家より禄をいただく直臣と既に何回もクラスチェンジを繰り返してるわけですが。


「幻滅しました?」


「いえ、親の地位を何も苦労なく継ぐような者よりは好感が持てます」


「そうですか。それは良かった。

桃花さん。敬意を持った言葉遣いをしていただけるのはありがたいですが、もうすこし砕けた感じでいいですよ。

織田の世継ぎたる奇妙丸様や茶筅丸様と自分は境遇が違いますので」


「そうですか…。すぐには難しいですが、徐々に、そうできるように努力します」


砕けた物言いをするのに努力する、か。きっと桃花さんは真面目な人なんだろうな。


「はい。おいおいで良いので、そうしてください」


そんな話をしているうちにお滝さんも作業に加わったので衣をつけるのももう終わりそうです。


「よし。揚げていこう。いつもの様に衣がきつね色から茶色の間くらいで揚げればいいかい?」


「まずはそれで数個作ってみましょう。それで試食してよさそうなら残りも揚げていきましょう」


油に投入される鴨の肝。いい音&香り。

あ、お滝さんが、油を足している。香りがいいから、足したのはゴマ油ですね。

ゴマ油をすこし足して少しでも内臓の生臭さを誤魔化すテクニックでしょうか。

おお、さらにいい香りになってきましたよ。


で、試作第一号を三人で実食といきますか。


「あのぉ。このようなものを私がいただいても宜しいのでしょうか?」


と桃花さん。何を遠慮してるんです。手伝ったんだし、食リポで感想を言ってもらわないと!


「新人さん。手伝ったんだから、良いんだよ。お千なんか新作の揚げ物に一番に手を伸ばしてよく指先を火傷してたもんだよ。試作を手伝ったんだ、役得だと思って食べなよ」


って、それを言うのは、自分の役割じゃぁないですかね、お滝さん。


坊丸印の新作料理を信じているのか、躊躇なく口に入れるお滝さん。自分もまずは一口。

うん、カリッとしていて中はかすかに鶏レバーの感じ。美味しいと思います。あれ、お滝さんはすこしだけ首をかしげている。桃花さんはおそるおそる小さく一口たべただけですね。


「坊丸様。これはそこそこ美味いんだけどさ。病人に出すつもりなんだろ?もうすこし匂いが少なくなるように工夫したほうが良いよ。生姜や垂れ味噌なんかで下味をつけるとか、もう少しだけ揚げ時間を長くするかだね」


「これはこのまま出すわけでは無いのですが…。そうですね、すこしだけ揚げ時間を長くしましょうか」


って、隣で桃花さんが涙を流しながら揚げレバーを食ってるよ。


「美味しいれす。これ、美味しいれす。里でも清須のお城でもこんな美味しい物食べたこと無いです。

正直、鴨の臓物なんてどうするんだろう、と思ってたのに、美味しくてもう食べちゃいました。

こんな美味しいのがいただけるなんて、私、良かった。

柴田の屋敷に行けって言われたときは左遷されたんだな、何かを失敗しちゃったのかなとか思ってたけど、こんなのが食べれるなら、ここで良いですぅ」


桃花さん、良かったね。

って、おい!柴田の屋敷担当になるのは、滝川一益さんの関連の忍びの方々にとっては左遷なのかよ!それ、どういうこと!

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宜しくお願いします。



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