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280話 新加納の戦い 終

「おい、宗吉、長康。藤吉郎の言う通り、敵陣に人なんぞおらんぞ」


「ほんとだ。居ないな。ここには人っ子一人居ないな、小六殿、兄者」


「しかし、なんで藤吉郎殿はここがもぬけの殻とわかったんだろうな、蜂須賀殿?」


「儂にはわからんよ、宗吉。ただわかるのは、藤吉郎は、儂らには見えないところも見えているし、驚くくらいに先も読めるようだってことだ」


「だから、藤吉郎殿に賭けるってことか。しかし、せっかく柴田家にも繋がりがあるんだからな。あの墨俣城の改修の絵図を引いた奴が柴田家にはいるはずだし、な」


「まぁ、兄者は墨俣の一件以来、柴田家寄りだからなぁ。それはそうと、斎藤の旗を打ち捨てて、織田と藤吉郎殿の旗を立てようぜ」


「そうだな、宗吉。長康。松明も点けるぞ」


そう言うと、蜂須賀小六、前野宗吉、前野長康とその配下数名で急いで織田木瓜紋と立ち澤瀉(おもだか)紋の旗を立て、松明も点けて並べていく。


少し日が落ち始めた野一色権現山の頂上の風景はごく短時間で一気に様変わりしていた。


そして、その様子は麓で戦う将兵にも見えた。

齋藤家の諸将からすれば、野一色権現山の本陣はあくまでも偽装の本陣であり、旗を倒されてもなんてことはなかったが、詳細を知らされていない雑兵達にとっては違う。


本陣が落ちたと思い込んだ雑兵達には、動揺が広がる。


そして、殿で奮戦する森可成と柴田勝家には、野一色権現山の松明は、まさに光明に見えた。


「森殿!見よ!敵本陣が落ちたぞ!」


「おぉ!柴田殿!儂にも見える!見えるぞ!あの旗印、木下藤吉郎か!やりおったな、あ奴め!」


そして、一拍おいて、木下秀吉の本隊が、竹中重治隊、長井頼次隊に襲い掛かる。


竹中隊は、前一色山をうまく回り込んで木下秀吉隊の攻撃をいなしたが、長井頼次隊は、後方より痛撃を受けたのだった。


「池田殿に坂井殿!この木下秀吉と弟の長秀が救いに参りましたぞ!さてさて、ひと暴れ致しましょうぞ!」


「おお、藤吉郎!救援かたじけなし!なれど、殿より撤退の命令がでておるのだ!」


池田恒興は、救援に来た木下秀吉にそう答えた。


「ならば、このまま、敵の方は振り返らず、すたこらさっさと逃げましょう!帰りましょう!お二方!」


木下秀吉の軽口に気が楽になったのか、池田恒興と坂井政尚も、明るく「おう」と答えると、池田・坂井隊の生き残りの兵達も木下秀吉隊と一緒になって撤退していくのだった。


「森殿、あちらも首尾よく撤退始めた様子。殿(しんがり)の我らもそろそろ、帰り支度と参りましょうぞ」


「そうよな、柴田殿。しかし、激しい戦いだった。左手の指一本、持っていかれたわ」


「なぁに、命があれば、槍を握れるだけの指があれば問題ありますまい!怪我をしているのであれば、一応、森殿からお先にお逃げください。我らはもうひと暴れしてから撤退し申す。よし、ゆくぞ、玄久!」


「おぅよ!権六兄ぃ!」


「柴田殿、かたじけなし。先に行く」


こうして、新加納の戦いは幕を閉じる。


織田軍の損害は第一陣、第二陣を中心に七〜八百。

斎藤家の損害は三百弱。

史実よりは織田軍の被害は少なかったが手痛い損害であった。

ただし、織田軍は名のある将の討ち死はなかったが、斎藤家は第一陣の牧村半之助が討ち死している。

しかし、斎藤家の防衛戦での勝利には、間違いがなかった。


この戦いの結果、長井道利はこの時間線では史実とは異なり竹中重治を重用することになる。

そして、加藤清忠が偶然にも行った鉄砲騎馬隊のアイデアは織田信長の下、より洗練されていくことになるのだった。


〜・〜・〜・〜・〜・〜


さて、新加納の戦い、本編はここで終了である。


ここからは、史実における新加納の戦いの考察、その他の考察になる。


故に、本編を楽しむのにあたっては、読み飛ばしてもらっても大丈夫なネタしか書かないので、興味の無い方は読み飛ばしてもらって結構である。


1)新加納の戦い自体について


当作品が底本にしている信長公記には新加納の戦いの記載はない。

総見記及び斎藤家関連の文書には新加納の戦いが記載されている。

この為、新加納の戦い自体がフェイクの可能性が指摘される事があるのだ。


だが、筆者は新加納の戦いのもとになった合戦は実際にあったという意見である。


新加納の戦いでフェイクなのは、『木下秀吉が稲葉山方向の山々に松明を灯し、せっかく優勢だったのに斎藤軍が稲葉山城落城の可能性に焦って撤退した』というところだけだと考える。


では、新加納の戦いが実際にあったとする根拠は何か?

それは、牧村家の家督問題から推察される事項である。


本作品でも十四条と軽海の戦い、及び新加納の戦いにて牧村家は登場する。


軽海の戦いでは、「信長公記」に斎藤家の将として「真木村牛助」の名が登場する。

そして、新加納の戦いでは、「牧村半之助」の名が記される。


さて、ここで他の牧村家について見ていこう。


史実の牧村家は、利休七哲が一人、牧村利貞とその子、牛助、そして、牧村利貞の外祖父にして養父の牧村政倫の名が知られる

牧村利貞は、稲葉重通の子であるが、母方の祖父牧村政倫の養子となって牧村家と牧村城を継ぐ。生年は天文十五年、西暦では1546年。文禄二年、文禄の役にて死亡している。

つまりは、牧村利貞は稲葉一鉄の孫の世代で、坊丸より僅かに年長と言ったところであり、牧村政倫はたぶん稲葉一鉄と同世代の人物になる。


ここで疑問になるのは牧村政倫の嫡男などは居ないのか?ということである。


そして、真木村牛助と牧村半之助を別人と捉えれば、いずれかが牧村政倫でいずれかが、本来牧村家を継ぐはずだった嫡男では無いか、と思い至る。

そして、牧村家を継ぐはずだった嫡男が若くして戦死したため、怪我などで一度隠居した牧村政倫が当主として再登板し、外孫の稲葉重通の子を養子にとって家を存続させたのではないか?と推察されるわけだ。

すなわち、ほとんどの歴史書に出ない牧村半之助の名前が新加納の戦いにてだけ出ていることこそが、新加納の戦いの元ネタになった戦があったことを示唆しているのだ。


この推察に従って本作品では牧村政倫を真木村牛助、討ち死した嫡男を牧村半之助と設定してストーリーを組み上げている。


なお、木下秀吉が稲葉山の近くの峰に松明をかかげたのをフェイクと断じたのは、単純に新加納近辺から岐阜城の方を見たと仮定した時、城が落ちると焦るようなところには地図上に該当するような山が見当たらないからである。


豊臣秀吉を持ち上げる為のフェイクだとは思ているが、本作品ではエンターテイメントの為に現実的な線で取り入れさせてもらったので、悪しからず。


2)鉄砲騎馬隊のこと


本作品では鉄砲騎馬隊にあえて、ドラグーンのルビを振らせていただいた。

読者諸賢もご存知とは思うが兵科の歴史的には、火器で武装した騎馬隊のことを竜騎兵、ドラグーンと呼称することがある。

短銃身の鉄砲を持っており、そこに竜の装飾を施しているが故に竜騎兵と呼称される。

現在では騎兵自体が用いられないため、騎兵と小火器という組み合わせから生まれた過渡期的な兵科と見なしうる。


そして、西洋では竜騎兵は後世あまり評価の高くない兵科である。

西洋では竜騎兵は、二つの運用が知られている。


一つは移動する騎馬の上から射撃を行う運用。

当然不安定な移動中の騎馬の上での射撃は命中精度の低下を招くため、効果的な制圧力、衝撃力は期待できない。


もう一つは、下馬後に射撃を行う運用。

騎馬を高速移動の道具と割り切った運用になる。乗馬中の射撃に比して命中精度は上がるが、騎馬で運べる取り回しの良い小火器を使うしか無いため、一般歩兵の射程よりは短めになる。また、下馬して射撃中の馬への対応が必要になるため、余計な要素が増える。


こういった問題がある為、名前の格好良さの割に評価が辛くなるのがドラグーンの悲しいところ。


ちなみに本邦の伊達政宗が組織した鉄砲騎馬隊は、騎馬で移動後、停止して騎馬の上から射撃を行なったらしい。

射撃後は、一般騎兵について行って突撃した様である。

ただし、大阪夏の陣にて一度運用した以外の記録が無いらしいので本当のところは不明である。


加藤清忠が行なった運用は、騎馬で高速移動し、停止。停止した馬の上で射撃。射撃後は、自陣の安全圏に戻り、再装填後、次の射撃地点に移動というものである。

加藤清忠が足と胸に創傷をおっているが故に、下馬後の射撃や射撃後の突撃を行いづらいという事情があるにせよ、鉄砲騎馬隊の運用方法としては伊達の鉄砲騎馬隊に近い運用に偶然にもなったわけである。

無駄な誤字脱字の指摘が来る前に予防線を張らせてもらいます。


秀吉の家紋は「太閤桐」「五七の桐」などが有名ですが、木下秀吉時代は「立ち澤瀉」です。

秀吉の弟の名前が「長秀」になっていますが、天正年間になって「秀長」に名を改める前は、彼の名前は「長秀」です。


蜂須賀小六や前野兄弟が、斎藤家の本陣がもぬけの殻であることを発見した時のやり取りは「パトレイバー the MOVIE」より「いないよ、ここには人間なんていないよ!」ってセリフから。


少しでも「面白い!」「続きが気になる」と思った方は、下の★でご評価いただけると、作品継続のモチベーションになります。

宜しくお願いします。

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